EX19 久しぶりの決闘です! 大丈夫、私は出ないから普通に決闘できるよ


 貸切りにされた酒場で、アスラは地元犯罪ファミリーのボスと対峙していた。

 酒場のホールの中央に、テーブルが一つだけ置かれて、他は全て隅に寄せられている。

 そのテーブルを挟んで、アスラとボスが座っている。

 2人の周囲には、《月花》の人間とファミリーの人間が立っていた。


「昼にはアーニアを出るから、手短に頼むよ」


 アスラは脚を組んで、不遜な態度で言った。


「俺らは別に、《月花》と敵対したいわけじゃねぇ」ボスが言う。「話し合いがしたいだけだ。そっちも応じただろう?」


 ボスの年齢は40代前半といったところ。

 屈強な男だが、脳筋全開というタイプではない。


「君らが宿を囲んだからね」アスラが肩を竦めた。「迷惑だろう? 宿にも憲兵にも」


 一触即発の空気に、アイリスがオロオロしていた。

 他はみな冷静だ。

 マルクスは腕を組んで成り行きを見守っている。

 ユルキは退屈そうに欠伸した。

 ティナは「姉様ならもう開戦してますわ」と呟いた。

 イーナは小声で「皆殺し、皆殺し」と自分の望みを呟いている。

 サルメとレコは当事者なのだが、特に何も思っていない。

 昨日、サルメの父を追っていたチンピラに絡まれたと、宿に戻ってすぐアスラに報告しているからだ。

 アスラは「そうか。それより私のパンは?」とほとんど興味を示さなかった。


「俺らもな? 舐められちゃ商売あがったりなわけよ?」ボスが言う。「フルマフィも消えて、これからって時にな? ガキに遊ばれたとあっちゃ、メンツが保てねぇ」


「分かるよ。私らも似たような稼業だからね。それで? 何を話し合いたい?」


「解決策は2つ」ボスが指を2本立てた。「前提として、俺らは《月花》と全面戦争をするほど愚かじゃねぇ、ってことは理解してくれな?」


「もちろんだとも」アスラが言う。「私はそれでもいいがね。戦争は大好物。もっとも、そっちにやる気がないなら、引きずり込むつもりはない」


「1つ。金で解決する。《月花》が俺らの提示した金額を払って、円満解決。そういう噂も流させてもらう。こっちのメンツのために。そっちのメンツも保てるだろう? トラブルを迅速に解決するわけだからな」


「ん?」とアスラが首を傾げた。


「2つ目。そっちのガキ2人を、適度に痛めつけさせてもらう。大通りでな。俺らはガキが相手でも容赦しねぇ、ってとこを見せてメンツを保つ。もちろん、《月花》と戦争はしたくねぇから、殺したりはしねぇ。あくまでパフォーマンス。どうだ? 悪くない話だろう? あんたらが大物だと知ってるから、わざわざボスの俺が出てきたことも汲んで欲しい」


「んー?」とアスラがさっきと逆方向に首を傾げた。

「団長。どうしたのです?」とマルクス。


「いや、いくつか疑問があるだけさ」アスラが言う。「まず、君は誰だい?」


 アスラがボスを指さした。


「今更っすか!?」とユルキが突っ込む。


「私たちを知っているようだけど、私は君を知らない」

「……知らない人に……ホイホイ付いていく、団長……。そんなんだから、拉致される……」


 イーナが苦笑い。


「あ、えっと団長さん」サルメが言う。「昨日報告した、私とレコに絡んできたチンピラの親分だと思います。アーニアの犯罪ファミリーです」


「あぁ」とアスラが頷く。


 完全に忘れていたか、心からどうでも良いという反応。


「でもそれなら、その解決方法はおかしい」アスラが真面目に言う。「君たち犯罪ファミリーが、うちの子に絡んだ謝罪をするべきだろう?」


 アスラの言葉で、犯罪ファミリー側の人間たちが顔を見合わせた。


「私らの提示する金額を君らが払って、円満解決。もしくは私らに皆殺しにされるか、その二択のはずだよ? うちの子に喧嘩売ったんだから、普通は死ぬ。サルメとレコがまだ優しいから、君らは生きているに過ぎない。もし絡んだのが私だったら、あるいはユルキやイーナだったら、君らは息をしていない。私らの流儀では、舐めた態度を取る奴は殺してもいいことになってる」


「そうなんだ?」レコが言う。「騒ぎ大きくしない方がいいのかと思ってた」


「私もです」サルメが言う。「殺そうと思えば、昨日の2人は殺せました。ただ、そうしない方がいいのかと……」


「作戦中ならその通りだ」マルクスが言う。「無用のトラブルは避けたい。任務遂行が最優先。しかし、今は特に進行中の作戦があるわけではない」


「どっちでもいい、ってこった」とユルキ。


「おい勘弁してくれよ団長さんよぉ」ボスが言う。「メンツを潰されたのはこっちの方だろ? あんたは大物で、話せば分かる奴だろう?」


 ボスの言葉で、イーナが噴き出した。

 アスラも笑った。


「勘弁して欲しいのはこっちだよ君」アスラが笑いながら言う。「話せば分かる? おいおい、本気か? 私は聖人君子だったか? 話せば分かるって? 武力を売りにしている私らが、話せば分かるって? そのジョーク最高。センスあるよ」


 あんまりアスラが笑うものだから、ファミリーの人間たちが殺気立った。


「あ、あの!」アイリスが手を挙げる。「あたし、英雄のアイリス。知ってるかもだけど、英雄なの!」


 みんなの視線がアイリスに降り注ぎ、アイリスはちょっとビクッとした。


「もちろん、知ってる」ボスが言う。「あんたらと全面戦争したくねぇ理由の1つだ。英雄なんか相手にしたら、割に合わねぇ」


「そのあたしが保証する! 今すぐ謝らなきゃみんな死んじゃう! アスラは本気で喧嘩売ってきた相手を殺す人間だから! どんな事情があっても、一切考慮してくれない! だから謝ってお願い! 血の海になっちゃう! あたしには止められない! あたしにはまだ、アスラを止める覚悟がないの! だから謝って! そしたら、アスラたちが手を出さないよう説得ぐらいはできると思うから!」


 酒場内がシンッ、と静まった。

 みんな考えているのだ。全面戦争になった場合の被害を。


「なんでアイリスが仲裁やろうとしてんだ?」とユルキ。

「……ルミアの代わりを、目指すみたい……。たぶん」とイーナ。


「へぇ。じゃあ団長殺すのかアイリス」ユルキが言う。「そりゃすげぇ、俺には一生無理だぜ。尊敬するわー」


「無理じゃない?」とレコ。


「だから! 今は覚悟がないから、こうやって円満解決できるように仲裁しようとしてんの! 英雄が仲裁するのよ!? 傭兵と犯罪組織の揉め事を! 普通ないわよ!?」


「ふむ。頑張る気になったか」アスラが嬉しそうに言う。「ではその気概に免じて、君の仲裁案を聞こう。どうだいボス、英雄の仲裁なんて、一生に一度あるかないかだろう?」


「案による」ボスが言う。「だが聞こう。俺らはまず、全面戦争は避けたい。それと、英雄との対立も避けたい。だがメンツは守りたい。いい案があるか? ん?」


「え、えっと……」アイリスは焦って言う。「け、決闘すればいいと思う!」


 アイリスは何も考えていなかった。

 勢いに任せて殺し合いを止めようとしただけなのだ。


       ◇


 中央のテーブルも片付けられ、酒場は急造の決闘場になった。

 犯罪ファミリーの人間と《月花》の人間が円上に並んでいる。

 その円の中心に、サルメがいた。


「まぁ……私が発端ですから、私が出ますよね……当然」


 サルメは軽いストレッチを開始した。


「あたしが立会人するから! 完全中立!」アイリスがサルメの隣に立つ。「ルールは、相手を殺さないこと。だから武器はナシ! 死にそうだと思ったらあたしが止める!」


「脳筋英雄らしい解決方法で笑いも出ない」


 アスラも円上にいるのだが、椅子に座っている。

 アスラの隣にボスも座っていた。


「俺は文句ねぇ」ボスが言う。「勝てば結局のところ、俺の提案した2案目とだいたい同じだ。それに、金も手に入るってんだから、言うことねぇわな」


「私らが勝ったら、金を払うのは君らだよ?」アスラが言う。「サルメは弱くない」


「だろうな。けど、俺らは一番腕の立つ奴を使わせてもらう。そっちは本当にサルメ・ティッカでいいのか? あんたが出てもいいんだぞ? 団長さん」


「いや、私はルールを守らないからアイリスが許さないよ」アスラが肩を竦めた。「だって、私は普通に殺すよ? くくっ、そのまま流れで皆殺しさ。それでも私に出て欲しいかね?」


 アスラの台詞で、ボスは沈黙した。

 サルメの前に、男が立つ。

 大きな男だ。マルクスより背が高い。筋肉質で、見るからに強そうな男。

 スキンヘッドで、年齢は20代後半。

 スキンヘッドは上半身裸で、筋肉を見せびらかしている。


「ほう」マルクスが感心して言う。「犯罪ファミリーの人間とは思えないほど鍛えているようだな」


「サルメ、ボコられるんじゃない?」レコが言う。「オレ、どっちかと言えば団長がボコられるの見たいけど?」


「サルメもボコられる快感に目覚めるかもな、団長みたく」とユルキ。

「……これ以上マゾ増えるの……勘弁……」とイーナ。

「わざと追い込まれるような人間が増えるのは自分としても、あまり嬉しくない」とマルクス。


「アスラ、ボコられるの好きですの?」ティナが言う。「じゃあ今度、お尻叩かせてくださいませ」


「嫌だよ」アスラが肩を竦めた。「痛みと性的快感は結びついてない。今のところね」


「次の罰それにしよ!」レコがウキウキした様子で言う。「団長どうせ、何かやらかすから!」


「いいですね!」とサルメが反応した。


「おいサルメ。それより負けたら君にお仕置きするから覚悟しておくように」


 アスラに言われて、サルメの表情が引きつった。


「アスラがお尻叩かれてるところ想像すると、すっごいスカッとするのなんでだろう?」


 アイリスがちょっと楽しそうな表情で言った。


「アイリスは別に聖人じゃない。悪人には罰を受けて欲しいのさ。許すし、更生して欲しいけど、罰は受けて欲しいと思ってる。だからスカッとする。まぁ一般的な思考だがね」


「……団長、自分が悪人って……認めてる……」とイーナ。


「今のはアイリス視点で言ったんだよ」


「誰視点でもアスラは極悪でしょ!?」とアイリス。


「おい……そろそろ始めたいんだが……」ボスが複雑な表情で言った。「あと、ガキどもの性癖なんざ知りたくもねぇ。善悪観もな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る