EX18 寵愛の子は死にましたわ 姉様が死んだ時、一緒に死にましたの


「遅い」とアスラが言った。


 アーニア城下町の宿。アスラの部屋。


「アスラが早すぎるのよ」


 アイリスが手を止めてアスラを見た。


「団長、もう全部見たんっすか?」


 ユルキも作業を中断した。

 現在、アスラ、アイリス、マルクス、ユルキ、イーナの5人は監獄島の収監者リストに目を通している。

 リストの数は軽く200を超えていてる。


「私の分は全部見たよ」アスラが肩を竦めた。「でも、そのことじゃない」


 アスラたちはみんな、床に座っていた。


「では何が遅いのです?」とマルクス。


「サルメたち」

「……団長、心配しなくても……あいつら、迷子になるほど……バカじゃない」

「それにサルメは地元だしな」

「そもそもアスラが言ったんでしょ? オフだから買い物でも楽しんできたまえー、って」


 アイリスはアスラの口調を真似した。でも全然似ていなかった。


「そうじゃなくて」アスラが苦笑い。「私のクリームパン……」


「ああ」とマルクス。

「急げって言わなかったじゃねーっすか」とユルキ。


「小腹が減った」アスラが言う。「夕食には早いし、パンがあればいいなぁ、って思っただけだよ。進捗はどうだい?」


「こっち、すげぇ大物がいるっすよ」ユルキが嬉しそうに言う。「海賊王コンラート・マイザー」


「……伝説級の海賊……」イーナが言う。「西の出身だけど……中央と東の海も制圧した……大海賊団……の、カシラ」


「確か、ジャンヌが手配書リストのトップになる前はコンラートがトップだったか」マルクスが言う。「各国の海軍が連合を組んでコンラートたちと戦ったんだったな」


「海賊大戦でしょ? あたしでも知ってる」アイリスが言う。「最終的に、コンラートが部下と一緒にヘルハティで投降したのよね? 死刑がないから」


「で?」アスラが言う。「そいつの年齢は?」


「えっと、逮捕が42歳の時っすね……」ユルキが資料を見る。「だからえっと、8年前っすから、今は……」


「50歳だユルキ」とマルクス。


「そいつはダメだね」アスラが言う。「10代が最高だけど、まぁ20代を中心に探しておくれ。最悪でも30代まで。40以上は不可。言わなくて悪かった。理由の説明も必要かね?」


「経験豊富な人材はいらないってこと?」とアイリス。


「そうだよ。その経験が邪魔になる。40歳を超えてると、大抵は自分の観念を変えるのに苦労する。要するに、私らに合わせられない。変なプライドも根付いてるから、私のような若者の命令にも従わない。以上だ」


「マジかー」ユルキが言う。「海賊王を仲間にするとか、ロマンあっていいんっすけどね」


「団長の方はどうです? めぼしい者はいましたか?」とマルクス。


「かなり良さそうなのがいる」アスラがリストを一枚持ち上げる。「問題は、心が壊れている可能性があるってこと」


 マルクスが手を伸ばして、アスラの持ち上げたリストを取る。


「元ヘルハティ憲兵……」マルクスがザッと資料を読む。「……のエース。独特な捜査方法……ですね……。しかしこのやり方は……」


「壊れてそうだろう?」アスラが肩を竦めた。「でも面白い。、そいつは」


「え? 面白いかどうかで選ぶの?」アイリスが困惑して言う。「あたし、実力見てたんだけど?」


「実力でもいいよ、もちろんね。その元憲兵だって、実力はあるさ。エースだったからね。だけどそれ以上に特殊な人間だよ。興味深い。20代前半だし、ぜひ欲しいね」

「……特殊な奴……も候補……。それは、団長言ってた……」


 イーナがアイリスを見る。


「き、聞いてたし。別にあたし、特殊な奴を見逃してたわけじゃないし」アイリスが言う。「てゆーか、あたし手伝っていいの? 正式な団員じゃないのに……」


「英雄の意見も参考になるってだけさ」アスラが片手を広げた。「さぁ、続けよう。何枚か私が貰うよ。君たち読むの遅いからね」


「団長が早いだけっす」


 言いながら、ユルキがリストを数枚アスラに渡す。

 イーナ、マルクス、アイリスもそれぞれ少しずつアスラに渡した。


       ◇


 アーニア王国、憲兵団本部の取調べ室。


「警戒しなくても大丈夫です」

「別にしてませんわ。珍しくて、キョロキョロしただけですわ」


 シルシィとティナが向かい合って座っている。

 2人は簡素なテーブルを挟んでいるが、テーブルの幅が短いので、距離は割と近い。

 窓が小さく、やや薄暗い部屋だ。


「そうですか。いくつか質問があります」

「どうぞ」

「単刀直入に聞きますが、あなたは寵愛の子ですか?」

「違いますわ。聞いたこともありませんわ」


 ティナは表情一つ変えずに言った。


「国際的な犯罪組織がありました」シルシィが言う。「フルマフィと名付けたのですが、そのフルマフィを率いていたのが、寵愛の子です」


「知りませんわ」

「特徴が、あなたと一致しています。それに、あなたは《月花》と一緒にいました」

「一緒なら、なんですの?」

「寵愛の子はジャンヌの配下で、アスラさんが殺した、という報告を受けています」

「じゃあ死にましたのね、その子」


「ところが、死んだことにして《月花》が保護している」シルシィは淡々と言った。「なぜです?」


「知りませんわ。ぼくはティナですわ。寵愛の子じゃ、ありませんわ」


「わたくしは《月花》と敵対したくありません」シルシィは表情を緩めた。「ですから、逮捕ではなく任意同行なのです」


 ティナは何も言わない。


「本来なら、寵愛の子が生きているなら、逮捕するべきでしょうね。その疑いがあるだけでも、厳しく尋問するべきでしょう。ジャンヌと一緒に世界を滅ぼそうとしたわけですから」


 シルシィが真っ直ぐにティナを見た。

 ティナもシルシィの瞳を覗き込む。


「《月花》にとっても、寵愛の子は敵だったはず。なぜ生きていられるのです? なぜ保護されているのです? 純粋に知りたいのです」


「なぜぼくに聞きますの?」ティナが首を傾げた。「アスラに聞けばいいですのに」


「舌戦で勝つ自信がないからです。わたくし、これでも憲兵団の団長なので、尋問には割と自信があります。でも、アスラさんには通用しない。それどころか、全て見透かされてしまいます」


「仮の話をしますわ」

「ええ。聞きたいです」

「仮に、ぼくが寵愛の子だったとして、仮に、アスラたちに保護されているとして、シルシィはぼくを、どうしたいんですの?」


「分かりません」シルシィが言う。「本来、基本的には、逮捕して裁くべきです。間違いなく。犯罪者ですからね。それも超一級の。被害者があまりにも多すぎる。それこそ《一輪刺し》の比ではありません」


 ティナが溜息を吐く。


「寵愛の子は死にましたわ。たぶん、あの子がそう」ティナが言う。「ぼくに少し似ていましたわね、確かに。でもアスラが殺しましたわ。ね……ジャンヌやルミアと一緒に」


「あくまで、ティナは違うと?」

「はいですわ。そもそも、どうしてぼくだと? 少し容姿が似ているからって、ぼくだと断定する証拠はありませんわ」


「では仮の話を」シルシィが言う。「仮に寵愛の子が生きているとして、仮に《月花》に保護されているとして、それはなぜだと思いますか?」


「《月花》は傭兵ですわ」ティナが言う。「だったら、誰かに依頼されたと考えるのが妥当ですわね」


「依頼……なるほど」シルシィが頷く。「敵であり、更に凶悪な犯罪者を保護するとなると、かなりの費用になるかと思いますが……。《月花》は割とふっかけますからね」


「その額を用意できたのかも」ティナは淡々と言う。「あるいは、お金以外でアスラが喜ぶものを提供できたのかも。仮説ですけれど」


「その仮説が正しいなら」シルシィが溜息を吐いた。「寵愛の子を逮捕したら確実に《月花》は敵に回りますね」


「そう思いますわ。彼らは依頼を遂行する。それは彼らの美学であり、生きる道ですわ。付き合いは短いですけれど、それはぼくにも理解できますわ」

「なるほど。もう帰っていいですよ。逮捕はできません。確かな証拠もありませんし」


 シルシィが肩の力を抜く。

 ティナが立ち上がる。


「送りましょうか?」とシルシィ。


「必要ありませんわ」ティナが微笑む。「でも、一つだけ覚えておいてくださいませ。寵愛の子は死にましたわ。生きている、と吹聴するのはよくないと思いますわ」


「脅されているように聞こえますが?」


「アスラから伝言ですわ。『脅迫なんてしていない。なぁに、一般論さ。不確かな情報を拡散するのは憲兵として恥ずべき行為だよ。寵愛の子は私が殺した。これ以上私を疑うなら、君にはお仕置きが必要かもね。ハートマーク』ですわ」


「……やっぱり見透かされましたね」


 シルシィが苦笑い。


「それじゃあ、ぼくはこれで」

「あ、ハートマークってどういう意味です?」

「そのままですわ」


 ティナは小さく手を振って、取調べ室を出た。

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