ExtraStory

EX17 さようなら、私の昔の家族 二度と会うこともないでしょう


 サルメはティナとレコを連れて城下町で買物をしていた。

 アクセサリーを見たり、服を見たり、色々と店を回った。

 アスラたちは監獄島の資料を精査していて、サルメはその作業からは外されていた。

 少しだけ悔しい気持ちもあるが、アスラの決定には逆らえない。

 買物の最後に、アスラに頼まれていたクリームパンを買った。

 結局、サルメが買ったのはクリームパンだけだった。

 ティナとレコも、特に何か買ったわけではない。


「帰りましょうか」とサルメ。

「うん。団長にクリームパン渡したら、リバーシでもしよう」とレコ。

「いいですわね」とティナ。


 3人が宿に向けて歩いていると、憲兵が2人寄ってきた。


「何か?」とサルメ。


「そっちの赤毛の……ティナに用がある」憲兵が言う。「任意同行してもらいたい」


「任意なら断れるよティナ」レコが言う。「嫌なら嫌って言っていい」


「行きますわ」


 ティナが言うと、憲兵たちは明らかに安堵した。

 ティナが《月花》の連れだと理解しているのだ。


「ティナ、大丈夫ですか?」

「平気ですわサルメ。アスラに対処法を教わってますの」


「そりゃ安心だね」とレコ。


「そうですね。では先に帰ってますが、道に迷わないように戻ってください」

「ぼくは子供じゃありませんわ」


 ぷくーっ、とティナが頬を膨らませた。


「では一緒に」憲兵がティナを促す。「シルシィ団長がいくつか質問したいだけなので、不快なことはないかと」


「それってシルシィの質問によるけどね」


 レコが肩を竦めた。

 サルメは小さく手を振って、ティナも小さく手を振った。

 サルメとレコは再び歩き始める。


「サルメは城下町の子だよね?」

「ええ。馴染みですよ、この辺は」


 サルメにとって、城下町にいい思い出はない。

 と、前方からすごい勢いで走って来る男がいた。


「待ちやがれテメェ!」

「借りた金返せコルァ!」


 男は追われているようだった。

 サルメとレコは通りの隅に寄った。

 追われている男が、サルメのすぐ近くで転ぶ。


「あーあ、追いつかれちゃうね」


 レコが楽しそうに言った。

 そしてその言葉通り、男を追っていたガラの悪い2人組が追いついた。

 地元の犯罪ファミリーか、その下部組織の人間だろう、とサルメは思った。

 いわゆる取立て屋。フルマフィの台頭以前から、城下町に巣くっていた連中。

 私の家も、毎日ドアを激しく叩かれて怖かったなぁ、と過去の記憶が呼び起こされた。


「てめぇ、ティッカ! いつまでも逃げてんじゃねぇぞ!」

「おう! 今日は何がなんでも、利息分は回収すっぞ!」


 取立て屋が転んだ男の胸ぐらを掴み上げる。

 そして。

 転んだ男の顔を、サルメは知っていた。


「お父さん……」


 サルメが呟いた。

 転んだ男がサルメを見る。

 取立て屋2人もサルメを見た。


「お、おお! サルメ!」サルメの父が泣きそうな声で言う。「1万ドーラ貸してくれ!」


「……はい?」


 サルメは耳を疑った。

 久しぶりに会った娘に対して、最初に出た言葉が金を貸してくれ?


「お前、娼婦だから結構、持ってるだろ!? こんなところで会えるなんて運がいい! 頼む! 1万でいい!」


「そんな大金……」サルメの声に、怒りが滲む。「私を娼館に売り飛ばしたお金はどうしたんですか?」


「残ってるわけねーだろ! 何年前の話だ!? いいから早く貸してくれ!」


 サルメの父が言った。

 取立て屋が、サルメの父の胸ぐらを掴んでいた手を離す。

 サルメの父が立ち上がり、サルメの両肩を掴んだ。

 かなり勢いよく掴んだので、サルメは持っていた紙袋を落としてしまう。


「あ! 団長のクリームパンが!」


 レコが急いで紙袋を拾って、中を確認した。


「さっさと出せよサルメ! それともオレがボコられてもいいのか!? オレは父親だぞ!」

「……私、もう娼婦じゃないので」


 サルメは冷たい声で言った。


「あ? 娼婦じゃない? 嘘吐くな!」そこで、サルメの父はハッとする。「まさか買ってもらえたのか!? お前みたいな平凡な顔の女を買うなんて、よっぽどの物好きか金持ちだな!? 金持ちなら1万ドーラぐらい出せるだろう!? お前の主人に頼んでくれ!」


「サルメは可愛いよ」レコが言った。「お前の子だとは思えないぐらい」


「あ? なんだクソガキ、黙ってろ殺すぞ?」


 サルメの父がレコを睨んだ。

 レコが肩を竦める。


「おい、出すのか出さないのかさっさとしろや」

「マジでもう2人とも拉致りますか兄貴?」


 取立て屋の2人がイライラした様子で言った。


「もちろん出すさ!」サルメの父が言った。「サルメが借金を全部払う! オレの代わりに! ほら、連れてってくれ!」


 サルメの父は、サルメを強引に動かして取立て屋の前に立たせた。


「おう。んじゃあ、娘が払うんだな?」と取立て屋の兄貴。

「まぁ娘なら、もっかい娼館に売りゃ、ギリ借金分になるんじゃねーっすか」と取立て屋の弟分。


「くふふ……」


 サルメが笑う。


「はははははっ!」


 大きな声で、腹を抱えて笑った。

 その姿に、取立て屋2人がギョッとする。


「私、お父さんに会えば、色々と思い出して、震えてしまうと思っていたんです!」サルメが恍惚の表情で言う。「でも違った! 違ったんです! 少しも怖くない! ほんの少しも!!」


 サルメは回転しながら、裏拳を父親の顔面に叩き込んだ。


「やったっ!」とレコ。


 サルメの父親が地面に引っ繰り返る。


「あなたはもう、私にとってなんでもない。誰でもない」サルメが言う。「縁を切ります。惨めに死ね。行きましょうレコ」


 サルメが踵を返す。

 しかし取立て屋2人が立ち塞がった。


「いやいやいや」兄貴分が言う。「勝手に縁切られても困るんだ嬢ちゃん」


「おう。父親の借金、利息分だけでも払ってもらおうか」弟分が言う。「てめぇは娘だ。その義務があるだろうが」


「ありませんね。いいですか? 私は払いません。1ドーラも。それとも、私を拉致して売りますか? 」サルメが睨む。「面白いから、やってみろ」


「舐めた口利いてんじゃねぇぞ小娘が」と兄貴分。

「おう。てめぇ、舐めてんじゃねぇぞクソガキが」と弟分。


「実力行使、してみては?」サルメが言う。「口先だけの半端な犯罪者でないのなら」


「クソガキがっ!!」


 弟分が怒り狂って拳を振り上げる。

 とても大きく振り上げた。

 サルメは間合いを詰めて、弟分の振り上げた腕を左手で掴んだ。

 そして右手の短剣を弟分の頬に当てる。

 間合いを詰めた時、同時に短剣を抜いていたのだ。


「人を殴ったこと、ないんですか?」サルメが右手の短剣をヒタヒタと弟分の頬に打ち付けた。「予備動作が大きすぎます」


 弟分が唾を飲み込む。額には冷や汗。


「は、刃物出しやがったな!」


 兄貴分がポケットからナイフを取り出す。

 普通のナイフだ。サルメの短剣とは違う。料理に使うナイフ。

 兄貴分がナイフを構えた。


「ほいっ」


 レコがナイフを握った兄貴分の手を蹴り上げた。

 ナイフがすっぽ抜けて舞い上がる。

 ナイフはクルクルと回転しながら地面に落ちた。


「短剣で戦ったこと、ないでしょ」とレコ。


「こ、このクソチビがぁぁぁぁ!!」


 兄貴分が顔を真っ赤にして、レコに掴みかかった。

 レコは紙袋を抱いたまま、ヒラリと身を躱して足をかけた。

 兄貴分が豪快にすっ転ぶ。

 サルメは右手を下げて、掴んでいた腕も放す。

 弟分は自由になったのだが、動かなかった。


「動いたら殺そうと思ったのですが、生存本能でしょうか?」


 サルメがアスラの真似をして微笑む。

 サルメの放つ殺気が強すぎて、弟分は怯えていた。


「こいつら、人を殺したこともなさそう」レコが言う。「そんなんじゃ、オレたちの相手にならないよ?」


「では、私たちは帰ります」サルメが言う。「邪魔さえしなければ、何もしません。ですが、次に私の道を塞いだら殺します。ズタズタに引き裂きます」


 サルメが歩き始め、レコが隣に並ぶ。

 取立て屋の2人はサルメたちの邪魔をしなかった。


「団長の真似、いっぱいしたね」とレコ。

「はい。どうでしたか?」とサルメ。


「迫力がちょっと足りない。それと」レコが言う。「やってみろ、じゃなくて『やってみたまえ』だよ」


「そうでしたか。次は気を付けますね」


「でも良かったね」レコが言う。「クソの父親と縁切れて」


「そうですね。本当に良かったで……す……」


 サルメとレコの前を、憲兵4人が塞いでいた。


「喧嘩の通報があった」憲兵が言う。「悪いが屯所まで来てもらおうか」


 サルメが振り返ると、取立て屋2人も捕まっていた。

 サルメの父はいつの間にか消えていた。

 逃げ足の早さだけは感心です、とサルメは思った。

 サルメとレコは特に抵抗せず、屯所まで連行された。

 そこで絞られたが、誰もケガをしていないので、罪には問われなかった。

 取立て屋2人も、「なんでもない、肩がぶつかって少し言い合っただけ」と喧嘩を否定したのだった。

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