七章

第1話 「サルメが調子に乗っているようです」 では鉄拳で制裁したまえ


「わぁ!」


 ヘルハティ王国の大通りで、サルメは感嘆の声を上げた。


「こりゃすげぇや。人、人、人、店、店、店、ってか」


 ユルキが口笛を吹いた。

 サルメ、ユルキ、マルクス、ティナは乗って来た馬を馬屋に預け、大通りを憲兵団本部に向かって歩いていた。


「それはそうと、結局、潜入して盗むってプランでいいんだよな?」


 ユルキが言った。

 監獄島の収監者リストのことだ。


「ああ。渡してくれと言っても無駄だろう。ヘルハティの憲兵は買収に応じないことでも有名だ。他に手はない。しかし凄まじい発展ぶりだな、ヘルハティは」


 マルクスもヘルハティの活気に驚きを隠せない。


「ニールタが田舎に思えてしまいますね」


 アーニア王国の貿易都市とは比べものにならないレベルで、ヘルハティは栄えている。


「えっと、確か一つの大きな都市国家だっけか?」


 ユルキたちはヘルハティについて、ある程度の情報を持っている。

 いつもの通り、事前に情報収集をしたのだ。


「アーニアみたいに、領土内にいくつかの街があるわけじゃなくて」サルメが言う。「この街だけがヘルハティなんですよね?」


 巨大な街がそのまま国。サルメにとっては不思議な感覚だった。


「そうだ」マルクスが言う。「ここには何でもある。正直、この街はアーニアの領土に近いぐらい大きいぞ」


「そりゃ言い過ぎだろ。ジョークのつもりかよ」ユルキが肩を竦める。「まぁでかい街ではあるがな」


「潮の匂いがしますわね」とティナ。


 サルメはクンクンと周囲の匂いを嗅いだのだが、潮の匂いは分からなかった。


「海からはまだ距離がある」マルクスが言う。「人間には分からんだろう。ティナは肉体的に人間より優れている」


「なるほど」サルメが頷く。「この街なら、娼婦のレベルも高そうです」


 サルメは娼婦としてのレベルは低かった。まぁ、高めようとも思っていなかったのだが。


「娼婦のレベルは知らないが」マルクスが苦笑い。「憲兵のレベルは高い。東フルセン憲兵機構の盟主でもある」


 東フルセンには多くの国がある。そのほとんどの憲兵団が加盟している国際組織、それが東フルセン憲兵機構。


「主に国際犯罪に対応するための組織ですよね。あとは情報交換や伝達をスムーズに行うためでしたか?」


「まぁ、会議室があるだけだぜ?」ユルキが言う。「犯罪に対応するのは各国の憲兵で、憲兵機構はあくまで情報の交換がメインだな。たまに、優秀な奴が出張することはあったみたいだけどな」


「さすがに詳しいですね」とサルメが笑う。

「まぁな。元盗賊としちゃ、憲兵のことは知ってねーとな」とユルキも笑った。


「むぎゅ……」


 ティナが他人の尻に突っ込んだ。

 躓いた振りをして、顔面から。

 相手は女性だった。

 女性は驚いた表情で振り返ったが、ティナを見て微笑んだ。


「大丈夫? 人が多いから気を付けてね」

「ごめんなさいですわ」


 ティナが謝ると、女性は立ち去った。


「……俺が同じことやったら憲兵呼ばれるよな」


「50点でしたわ」とティナが深く頷いた。


「ティナ。あまり妙なことをするな」マルクスが言う。「本気でこけないようバランスを取っているのも、相手が倒れない程度の絶妙なぶつかり方をしたのも理解できるが、もう止めておけ」


「わざわざ顔から行くために、躓く振りしたのは執念感じるぜ」


「ティナ、アイリスさんと合流したら好きなだけ触っていいです」サルメが言う。「なんなら叩いてもいいです。だから今は止めましょう」


「サルメってアイリスに厳しいよな」とユルキが笑った。


 それからは比較的、平和に大通りを進んだ。

 しばらく雑談を交わしながら歩いて、憲兵団本部前に到着。


「でかいな」とマルクス。

「アーニアの憲兵団本部が玩具に見えますね」とサルメ。

「ま、ヘルハティは憲兵と商人が力持ってるからな」とユルキ。


 ヘルハティは王国なので、王や中央官僚もいる。

 しかし中央官僚のほとんどは商人か憲兵の出だ。

 都市国家なので、政治形態は元から中央集権。

 貴族による地方分権と、中央集権への革命を経験していない国なのだ。


「ん?」


 マルクスが憲兵団本部から出てきた人物を見て目を細めた。

 海のような青い髪に、白い制服の人物。

 女性で、メガネをかけている。


「見たことあると思ったら、シルシィじゃねーか」


 ユルキが手を振った。

 シルシィが気付いて、目を丸くした。

 シルシィ・ヘルミサロ。

 アーニア王国の憲兵団長。30歳独身。フルマフィに拉致され、暴行を受けたが、それでも折れずに憲兵団長を続けている。

 シルシィは無言で寄って来て、右手でユルキの腕を掴んで引っ張った。

 左手には大きな封筒を持っている。


「お? お? お誘いか? 俺ならいつでもオッケーだが、ちょいと強引じゃねーか?」

「バカなんですか? 捕まりますよ?」


 ユルキは手配書リストに載っている。

 シルシィはユルキを引っ張ったまま、憲兵団本部から少し離れた。

 サルメたちもそれに続く。


「別に捕まっても平気だぜ?」ユルキが立ち止まって言う。「むしろ、潜入する気だったしな」


「は? 本気ですか?」シルシィがユルキの腕を放す。「ヘルハティ憲兵団は、甘くないですよ? ユルキさんは間違いなく監獄島送りになります」


「シルシィさんは何をしているんです?」とサルメ。


「勉強会に参加していました。ちょっと、難しい事件を抱えているので、ヘルハティ憲兵団の意見を参考にしようという意図もありましたが……」


 シルシィの表情が曇る。


「その様子だと、大した意見はもらえなかったようだな」


 マルクスが冷静に言った。


「そうですね。期待外れで……きゃ!」


 シルシィが小さな悲鳴を上げて、両手を尻に回した。


「いいですわ……」ティナが自分の両手を見詰める。「姉様に近いものがありますわ。まぁ、姉様より少したるんでいますが、70点は固いですわね」


「……誰ですこの子?」


 シルシィが首を傾げながらティナを見る。


「戦災孤児だ。ジャンヌ軍との戦争で家族を亡くした」マルクスがスラスラと言う。「団長の趣味で囲っている。レコと同じだ」


「なるほど」シルシィが納得する。「アスラさんは子供を集める趣味がありますよね」


 シルシィの視線がサルメに向く。

 そしてまた首を傾げた。


「なんです?」とサルメ。


「雰囲気が……ずいぶんと変わりましたね。アーニアで会った時は、無力な少女のような印象でしたが……今は傭兵の顔です」


「私も戦いましたから」サルメが胸を張って言う。「元《宣誓の旅団》のミリアムを殺したのは私です」


 その言葉に、シルシィは心底驚いた。


「勲章確定の武勲じゃないですか……。短期間でよくそこまで……」言いながら、シルシィの視線はマルクスへ。「ジャンヌ軍の討伐、お疲れ様でした。噂はここでも聞きます。素晴らしい功績です。ところで、ヘルハティの憲兵に何の用でしょう?」


「シルシィさんって、ヘルハティの憲兵に情報請求できますよね?」とサルメ。


「はい。憲兵機構に加盟しているので、どんな情報でも交換可能ですが、それが何か?」


「じゃあ、監獄島に収監されている囚人たちのリスト貰ってください」サルメが言う。「代わりに、その事件について意見をあげます」


 サルメはシルシィの封筒に視線を送った。


「プラス1万ドーラで、犯人を特定してもいいですよ?」

「調子に乗るな」


 マルクスがサルメの脳天に鉄拳をお見舞いする。

 サルメは頭を押さえてうずくまった。


「うぐっ、うぐぅ、痛いですぅ……」


 その様子を見て、ティナがサッとユルキの背中に隠れた。


「ちょっと待ってください。なぜこの封筒に捜査資料が入っていると?」シルシィ言う。「なぜ犯人を特定できないと? わたくしは、難しい事件を抱えている、としか言っていません」


「意見聞くなら捜査資料がいるだろ?」ユルキが言う。「んで、持って出てきたんだから、その封筒が資料だろ。ヘルハティ憲兵団に資料を渡したかもしれないが、見直すために副書をとって手元にも残しているはず」


「それと、事件には必ず犯人がいます」サルメが頭を撫でながら立ち上がる。「難しい事件というのは、単純に犯人が分からない事件、という意味だと思いました」


「おそらく殺人事件だ」マルクスが言う。「ヘルハティまで意見を聞きに来るのだから、単純な窃盗や暴行ではない。組織犯罪の線もない。アーニアには、というか世界的にフルマフィは壊滅した。地元の犯罪ファミリーなら、アーニアの憲兵で対応可能だろう」


「誘拐なら初動が肝心だし、ヘルハティで意見を聞くことはねーな。そんなことしてる間に、被害者が死ぬからな」


「連続的な殺人事件では?」サルメが言う。「憲兵が犯人を見つけられなくて、国民が怯えているか、あるいは憲兵団が批判されているのでは?」


「すぐにリストを請求してきます!」シルシィが言う。「アーニアに行く準備をしてください! 1万ドーラは払います!」


「あ、おい……自分たちは……」


 シルシィはマルクスの台詞を聞かず、ヘルハティ憲兵団本部へと走って行った。


「……おーい」ユルキが苦笑いしながら言う。「どうすんだサルメー? 仕事請けたことになってんぞー?」


「大丈夫です。殺人事件なんてパッと解決しましょう。私たちなら余裕ですよ。ほら、収監者リストも盗むことなく手に入りますし、前向きに考えましょ……痛いぃ!」


 再び、マルクスがサルメの頭に鉄拳を浴びせた。


「仕事を請けたことになっているのは、もう仕方ない。自分たちは傭兵だ。今から断ったら信用に関わる。だから犯人は特定する。しかし全責任をサルメが負うように」マルクスが言う。「まずは団長に手紙だ。アーニアに移動することと、仕事を請けたことを報告しろ。あと、副長は自分であってサルメではない。勝手な行動は慎め」


「うぅ、ごめんなさいぃ……」サルメは半泣きで言う。「でも、手紙書くなら資料の副書を作って添えた方がいいかもしれません……。団長さんの意見も聞けるので……」


「ではそうしろ」


 マルクスが大きく溜息を吐いた。


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