EX15 神のように? いいえ、神を滅ぼすように


「クッソ、なんでババアになってんだよ。俺はまだヤッてねーのに」

「女どもに渡すからだろ。拷問しやがったんだ。チッ、王子や偉いさんらは、ジャンヌそっくりの状態ですり切れるまで犯したらしいぜ?」


 ルミア・オータンは小さな荷馬車の荷台で、兵士2人の話を聞いていた。

 兵士2人は荷馬車の御者で、ルミアを国境付近で殺す任務に就いている。


「おぉ、ジャンヌー、我がジャンヌーってか?」


 そういえば、みんながあたくしをジャンヌと呼んでいた気がする、とルミアは思った。

 ルミアは傷だらけの身体に、ボロ布の服を一枚着ているだけ。

 ルミアは荷台に寝転がって、膝を折り畳んでいた。


「はん。俺もそうしたかったぜ。本物はもうすぐ死刑だし。クソ、本物拷問するとこ見たかったんだけどなぁ」


 死刑?

 そんなバカな話があるか、とルミアは思った。


「けど実際、ジャンヌと一発楽しみたかったぜ」

「後ろで死にかけてる白髪じゃダメなのか?」

「ダメだろ。アソコもぶっ壊されてるし、傷だらけで萎える」

「つか、もう殺せばよくねーか? なんでわざわざ国境まで行くんだ?」

「国外に逃がす約束なんだとさ。んで、国外に出た瞬間に、どうなっても知ったこっちゃねーって話。建前ってやつだろ?」


 約束。

 彼らは守らなかった。


「姉様」


 ルミアは小さな声で言った。

 ほとんど掠れていて、風の音に溶けた。

 ジャンヌ・オータン・ララの罪を被る、とルミアは言ったのに。

 正確には、嘘の自白をした。

 姉の名誉を守りたくて。

 あたくしが罰を受ければ、ジャンヌを助けると第一王子は約束したのに。

 だから、ルミアは大人しく犯されて、大人しく拷問されて、大人しく死ぬつもりだったのに。

 思い出しただけで、気が狂いそうになる。

 みんながルミアをジャンヌと呼んだ。

 みんなが『ルミア』を否定した。

 なんてことはない。

 偉大な姉の代替品に過ぎなかったのだ。

 顔が同じだったから。


「殺、して……やる」


 黒い黒い感情。

 憎しみと絶望が入り交じった醜悪な感情。

 ルミアは丸腰だけれど。

 魔力を認識し、取り出す。

 そして。

 属性変化を加えて、

 そこで気付く。

 いつもと違う。

 何かが違うと。

 キラキラと輝くような、いつもの光ではない。

 酷く薄暗い。

 深淵ではないけれど、輝くこともない。

 薄暗い。

 まるで宵のように。

 固有属性を得たのだと、ルミアは気付いた。

 ならば、新しい攻撃魔法を構築しなくては。

 強い魔法。とにかく強い魔法。何より強い魔法。みんな殺せる魔法を。

 性質変化をゆっくりと加える。


「【神罰】……」


 ルミアの知っている、最強の魔法。

 誰よりも強い魔法。

 ああ、でも、とルミアは思う。

 神なんて信じない。神なんていない。いても殺す。

 で、あるならば。


「改め……」


 願いを込めて。

 神ですら殺せるようにと。

 誠心誠意、心の底から。


「【神滅の舞い】!」


 ルミアが突然大きな声を出したので、兵士たちがギョッとして振り返る。

 そして彼らは目撃した。

 黒い翼の堕天使を。

 漆黒のクレイモアを携えた破壊の使者を。


       ◇


 ルミアは国境付近の森に移動した。

 兵士から奪ったクレイモアを引きずって歩き、そして倒れ込む。


「……思ったより、傷が痛みます……」


 回復魔法を発動させるが、いつ治るのか分からない。

 ルミアはずいぶんと長い時間、地面に抱かれていた。

 その間、ずっと考えていた。

 全てを整えたら、ユアレン王国を滅ぼす。

 そして命が続く限り、世界を破壊し続けてやる。

 やがてルミアは微睡みに沈む。

 微睡みの中で、ルミアは自分が舐められていることに気付いた。

 動物? あたくしは食料じゃありませんっ。

 ルミアは跳ねるように起きて、即座にその場から飛び退く。

 そしてクレイモアを構えたのだが。


「女の子?」


 ルミアの視界に移ったのは、酷く驚いたような表情をした女の子だった。

 赤毛で、とっても可愛らしい顔立ち。

 けれど、服がボロボロに破れていた。

 森の中を彷徨ったのかもしれない、とルミアは思った。


「だ、大丈夫……ですの? その……ケガが……酷いので」


 女の子がおっかなビックリ言った。


「大丈夫です」ルミアがクレイモアを降ろす。「あなたは森で何を? 山菜を採りに来たようには見えません」


 言いながら、ルミアは身体の状態をチェックする。

 想定以上に回復している。

 しかし、思った以上に寝てしまった。

 いつの間にか、日が傾いている。

 とはいえ、今の状態なら、魔物が出ても戦える。


「ぼ、ぼくは、もう行きますわ」


 女の子が立ち去ろうとする。


「待ってください。迷子なのでは?」


 声をかけて、ルミアは気付く。

 あたくしは何をしているのです?

 さっき、考えたばかりじゃないか。

 世界を破壊し続けてやる、と。

 ならば、人間は全て殺すべきだ。

 子供から老人まで分け隔て無く。


「ぼくは、その……」

「いたぞ! こっちだ!」


 誰かの声が聞こえて、女の子がビクッと身を竦めた。

 あっという間に、ルミアと女の子は囲まれる。

 ルミアと女の子を囲んでいるのは全部で5人。

 男が3人と女が2人。

 ルミアは5人の中に見知った顔を見つける。

 ノエミ・クラピソン。

 英雄にして、ルミアを拷問した女。

 正確には、最初だけ弄び、途中で飽きたのか他の者たちに任せてノエミは消えた。


「ほう。ジャンヌ……ではないな」ノエミが言う。「偽物の方か。本物はもう死んでいるはずだ」


「ジャンヌの妹?」と男が言った。

「なぜこんなところに?」と別の男。


「さぁな」ノエミが言う。「しかし、最上位の魔物と一緒にいるのであれば、我らの敵だろう。容赦なく処分すればいい」


 ルミアはクレイモアを構える。

 まずいですね、こいつら、全員英雄です。

 そしてチラッと女の子を見る。

 女の子は酷く怯えた様子だった。


「最上位の魔物なのですか?」


 ルミアが女の子に向けて言った。

 女の子は俯いて、何も言わなかった。


「その通りだルミア・オータン」ノエミが言う。「この際、貴様は見逃してやってもいい。我は貴様に興味がない」


「そうですか」ルミアがクレイモアを降ろす。「この子は人間ではないんですね」


「そういうことだ。失せろルミア」

「名前は?」


 ルミアはなるべく優しい声音で言って、女の子に歩み寄った。


「……え?」

「名前です」


 ルミアは女の子の頭を撫でた。


「ティナ……ですわ」


「そうですか。いい名前です。あなたが魔物で良かった。守ってあげます。英雄たちに追われながら、あたくしを気にかけてくれた優しさに報いましょう」ルミアが優しく笑いかける。「あたくしは全ての人間を殺す。いずれあたくしは世界に滅びをもたらすでしょう。でも、あなたは人間じゃないので殺しません」


 ルミアの言葉を聞いて、英雄たちが笑った。


「イカレてるぞ」

「何があったか知らないが、バカなことを」


 本当に愉快そうに、彼らは笑った。


「気が触れたのかルミア!」ノエミが楽しそうに言う。「ははっ! 貴様如きが、世界を滅ぼす!? 完全にどうかしているぞ! だが本気で言っているならば、貴様は英雄の敵ということになる!」


「あたくしはジャンヌ・オータン・ララです」


 ルミアは真っ直ぐに英雄たちを見据える。


「この名は死なない。あたくしが引き継ぐ。姉様の無念、あたくしの絶望、ティナの恐怖。《宣誓の旅団》が受けた仕打ち。それら全てを、新たなジャンヌ・オータン・ララとして引き継ぐ。【神罰】改め――」


 ルミアは真面目に言った。

 全て引き受ける。

 姉の無念を、自分の絶望を、幼いティナの味わった恐怖を、仲間たちの悲しみを。

 この世界を滅ぼす。

 全ての人間を殺す。

 きっとあたくしは《魔王》にだってなれる。


「【神滅の舞い】!! お前たちが最初です! 滅んで消えて砕けて死んで嘆け!」


       ◇


 目が覚めるような美しい堕天使に、ノエミたちは目を奪われた。

 呆けてしまった。

 感動的ですらある。

 まるでジャンヌの【神罰】のようで。

 堕天使が高速で移動し、ノエミの仲間を1人斬り殺した。

 血しぶきが舞って、

 ノエミたちはやっと我に返った。


 その瞬間にルミアが突っ込んできた。

 ルミアの斬撃を槍の柄で受ける。

 だが受けきれず、後方に飛ぶ。

 バカなっ! 我が力負けしただと!?

 いや、それだけではない。

 ルミアは満身創痍のはず。

 傷だらけで、ボロボロのはずなのだ。

 それでも、あの速度。あの膂力。

 こいつ、万全の状態なら我より強い!?

 違う。そうじゃない。ノエミは焦りながらも、相手の力量を計る。

 こいつ、ジャンヌより強い?


「【神罰】改め【神滅の舞い】」


 新たな堕天使が降臨。

 ノエミ以外の3人が堕天使と斬り合う。


「【神罰】改め【神滅の舞い】」


 更に堕天使が増える。

 ノエミの仲間たちは堕天使と一対一の戦闘へ。

 まさにジャンヌ・オータン・ララだ、とノエミは思った。

 英雄並の天使を3体同時展開。

 一時的に英雄4人分の戦闘能力を発揮する、最強の英雄。


「【神罰】改め――」


 まさか、とノエミは驚愕する。


「【神滅の舞い】」


 4体目の堕天使。

 この瞬間、新しいジャンヌは古いジャンヌを超えた。

 本人も合わせて英雄5人分の戦闘能力。

 ノエミは恐怖した。

 心の底から恐怖した。

 かつて憧れたジャンヌ。自分の物にしたいと願ったジャンヌ。

 屈服させたいと祈ったジャンヌ。

 それを、

 目の前の偽物が、

 あっさり超えていった。


       ◇


「すごい……」


 堕天使たちを見て、ティナが呟いた。


「神を、神さえも殺せる魔法です」


 ルミア――いや、ジャンヌの名を継いだ彼女が言った。


「高みの見物をしましょうティナ」ジャンヌはティナの隣に立つ。「あたくしは、あなたの味方です」


「ぼくが……人間じゃないから、ですの?」


「そうです」ジャンヌが微笑む。「それにあなたは、あたくしを助けようとしてくれた」


 まるで動物のように、傷を舐めていた。

 そしてティナの舐めた箇所の傷は塞がっている。

 魔物は種族固有のスキルを持っている場合がある。

 たぶん、ティナの舌か唾液には治癒効果がある、とジャンヌは予測した。

 であるならば、仲間にしておくのが得策。


「あっ」とティナ。


 英雄が1人死んだ。

 これで堕天使4、英雄3になった。


「ふむ。あたくしの堕天使は、本物より少し強いようですね」


 長いこと、本物の天使を間近で見てきたのだ。

 その戦闘能力も十分に理解している。

 そこからはもう、一方的な虐殺だった。

 2体の堕天使が1人の英雄を細切れにして、3体の堕天使が1人の英雄を肉の塊に変えた。

 そして残ったのはノエミだけ。

 堕天使と1対1を続けていたノエミだけが残った。


「さすが、大英雄を除けば、ジャンヌ・オータン・ララの次に強いと言われた英雄」ジャンヌは楽しそうに言った。「でも、英雄並の堕天使を4体同時に相手にできるでしょうか?」


「どうか命だけは助けてください!」


 突如、ノエミが槍を捨てて地面に伏せた。

 その光景に、ジャンヌは困惑した。

 ノエミの額は地面に貼り付いているように見えた。

 堕天使たちの動きを止めているが、いつでも戦闘を再開できる。

 ジャンヌはノエミに近寄り、後頭部を踏みつけた。


「それでも英雄ですか? 助けてください? あなたはあたくしに何をしましたか? あなたは第一王子を操って姉を死刑にした。《宣誓の旅団》を解体して、多くの仲間を殺した!」


 何度も何度もノエミの頭を踏みつける。


「それこそ、我が使える人間であることの証明。助けて頂ければ、今後はあなた様のために働きます」

「ふざけるな!」


 ジャンヌはノエミの頭を蹴り飛ばす。

 それでもノエミは屈服の姿勢を維持した。


「奴隷のようにあなた様にお仕えいたします。我は使える人間です。どうかご一考を」

「そんなに、そんなに命が惜しいんですか!? 矜持はないんですか!? 英雄としての、戦士としての矜持はないんですか!?」


 こんな女のために、こんな人間のために、みんな死んだのか?

 姉も、仲間たちも。

 頭痛がした。

 ジャンヌはフラつき、その場で両膝を突いた。

 そんなジャンヌを、ティナが支えた。


「なんてバカバカしい……」


 ジャンヌはたまらなくて泣いた。

 こんな卑しい女のために、全てを失った。


「我は順当にいけば大英雄になります。あなた様のための大英雄になります。全ての命令を遂行します。世界を滅ぼすのが目的ならば、尽力します」


 ノエミは地に伏せたまま動かない。


「……勝手にしなさい」


 殺す気すら失せた。

 堕天使たちを消して、ジャンヌが立ち上がる。


「ティナ、もし帰る場所がないなら、あたくしと来ますか?」


 ジャンヌは微笑み、ティナに手を差し伸べた。


「いいんですの? ぼくは……」

「だからこそ、です。あたくしは人間が嫌いです。だから、側にいてください」


 独りぼっちの復讐劇は、あまりにも寂しく、そして悲しすぎる。

 ティナは少しビクビクしながらも、ジャンヌの手を握った。


「あの、助けてくれて、ありがとうですわ……」

「いいんです。これからも守ります。だから側にいてください」


 あたくしは全てを失った。

 でも、だからこそ、

 温もりを求めたのかもしれない。

 この小さな手に。


       ◇


「ノエミのクズっぷりぃぃぃ!!」とレコ。

「凄まじいですね。私でもその場面で命乞いなんてしません」とサルメ。

「……ノエミ、クズの王様……」とイーナ。


「ゴミクソ過ぎるだろノエミ」ユルキが言う。「いや、知ってたけどよぉ」


「殺したことが誇らしいよ」アスラが溜息混じりに言った。「しかしジャンヌは寂しがり屋だね」


「そうですね」マルクスが頷く。「団長と同じです」


「元々、寂しいのは嫌いなのよ、あの子」ルミアが言う。「アスラと同じね」


「団長の寂しがりも相当なもん」レコが言う。「毎晩、オレとサルメと一緒に寝てるんだよ?」


「おいおい。私は別に寂しがりじゃない。賑やかな方が好きなだけさ。おかしいかね?」


 前世の傭兵団も賑やかで楽しかった。


「おかしくはないですけど、論理的でもないですね」サルメが言う。「前から思っていたのですが、拷問に耐える訓練を施すのは、生きていて欲しいからでしょう?」


「だな」ユルキが言う。「捕まった時点で自決すりゃ、情報は漏れねぇ」


「我々に人質は通用しない。それは仲間を見捨てたように見えるが」マルクスが言う。「拷問に耐えさせるということは、要するに、敵を全滅させるまで生きていろ、ということですな」


「仲間を愛していますのね」とティナ。


「ふん。私はサイコパスだから君らに執着しているだけさ」アスラがムスッとして言う。「全然少しも愛しちゃいないね。ただの執着さ」


「愛に見えますわ」ティナが言う。「だってアスラは仲間を独り占めしていませんわ」


「抜けたわたしを許してくれたし、幸福を願ってくれているわ」


「君を許したのは契約だからだよ、勘違いするなルミア」アスラが言う。「それと、別に1人ぐらいハッピーエンドでもいいんじゃないかと思っただけだよ。他はみんな傭兵らしく無惨に死ね。もちろん活き活きとね」


「実際オレらが無惨に死んだら、一番怒り狂いそうなのが団長だけど?」


「そんなわけあるか」アスラが苦笑い。「私に夢を見るな。君らが無惨に死ぬのは君らが弱いからだ。つまり君らの自己責任。私は何も感じないね」


「だから死なないように訓練して強くするんだものね」


 ルミアがニコニコと笑いながら言った。


「……ああ言えばこう言うじゃないか……」アスラが溜息を吐いた。「もういいよ。私が寂しがり屋だというのは認める。それでいいだろう? もう寝るよ。君らも休め。


 アスラが立ち上がる。


「ういー、また明日っす」

「……うん、おやすみ団長……また明日」

「ゆっくり休んでください団長。また明日」

「オレも一緒に寝るよー」

「私もです」

「じゃあぼくも!」

「ちっ、またベッドが狭くなる」


 舌打ちしながらも、アスラは拒絶しなかった。

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