EX14 心を潰すとロクな結果にならないよ? ああ、またしても私以外、ね


 アスラはジャンヌの記した魔法書を読んでいた。

 新たな拠点となった古城の一室。

 アスラはシャツだけというラフな姿で、椅子に座って魔法書の文字を追った。

 すでに夜も更けていて、読書して眠るだけの状態だ。


「……字が下手だね……」


 理解不能、とまでは言わないけれど。

 それでも、スラスラ読めるものではない。


「団長!!」


 勢いよくドアが開いて、ユルキが入ってきた。


「どうしたんだい? 魔物でも出たかね?」

「違うっす。そうじゃなくて、ティナが俺のケツを揉むんっすよ」

「そうか。良かったじゃないか。あと、ティナは魔物だ」


 アスラの視線は魔法書に向いたまま。


「よくねーっすよ! 俺は揉むのは好きっすけど、揉まれるのは苦手っす!」

「尻フェチなんだろうね。許してやれ」


 アスラはどうでも良さそうに言った。


「……団長っ!」


 深刻な表情でイーナが入室。

 アスラが顔を上げる。


「……ティナが、あたしのお尻は、15点だって……言うの……」

「いいじゃねーかよ。俺なんか10点だぞ? 団長と同じだぞ?」

「私と同じだとそんなに不満かね?」


 アスラは魔法書をパタンと閉じた。


「団長、起きていますか?」マルクスが来た。「ティナが団員たちの尻を揉みまくって困っています。自分は20点だと言われました」


「……最高得点だし……」

「ふざけんなよ、俺のキュートなケツがマルクス以下だと?」

「私の倍じゃないか。ぶっ殺すよ?」

「なぜ3人がキレているのか、自分には理解できませんが……」


 マルクスが困惑した様子で言った。


「なんだか、前にもこんなことがあった気がするよ」アスラが立ち上がる。「叱ってくれと言うんだろう?」


 アスラが言うと、イーナ、ユルキ、マルクスの3人が頷く。


「君らも傭兵なら、自分で叱りたまえよ」

「……怖いし……」


 イーナが真面目に言った。


「ティナが怒ったら俺死ぬじゃねーっすか」


 ユルキは笑っている。


「ここは団長が威厳を示すべきかと」


 マルクスは冷静に言った。


「あー、はいはい、分かったよ。このヘタレどもめ。私がいないと何もできないんだから、まったく」


 アスラは魔法書を机に置く。


       ◇


「こんな感じで、ビーンてなる」


 レコは腰を反らして股間を見せつけた。


「すごいですわ! 何が入ってますの!? どうなってますの!?」


 レコの前にしゃがんだティナが、レコの股間をマジマジと見詰める。

 ちなみに、レコはちゃんとズボンを着用している。


「まだ知らなくてもいいのでは?」


 ベッドに腰掛けたサルメが冷静に言った。


「サルメは知ってますの?」

「むしろ詳しいですね」

「詳しいんですの!? ぼくも知りたいですわ!」

「まだティナには早いのではないかと」

「ぼくの方がサルメより年上ですわよ? 知りたいですわ」


「触ってみる?」とレコ。


「いいんですの? 噛み付いたりしませんの?」

「大丈夫。ただ棒があるだけだよ?」


 レコはニコニコと笑っていた。


「棒がありますの? なぜ股間に棒がありますの? 普段はどうなってますの? どうしてぼくがお尻を撫で回したら棒が現れましたの? 種族の固有スキルですの?」

「あ、オレのお尻の点数は?」

「まだ柔らかくて、割といい感じですわ。40点ぐらいありますわね。ぼくの推測では、アイリスが80点ぐらいありそうなので、早く帰って来て欲しいですわ」

「アイリスは胸も80点あるよ」

「胸には興味ありませんわ」


 ティナの発言で、空気が少し変わった。

 和やかな空気から気まずい空気に。

 胸派のレコと尻派のティナは相容れない。

 サルメは冷や汗をかいた。戦争が始まるのではないか、と。


「だ、団長さんはどっちも微妙ですよねー」


 サルメは苦笑いしながら、場を和ませようとした。

 しかし。


「おいおい。集まって私の悪口かい? さすがに傷付くね」


 入り口に立っていたアスラが言った。

 ドアは開けっ放し。

 サルメは硬直した。


「……早く入って、団長……」


 イーナがアスラを押して、アスラが入室。

 続いてイーナ、ユルキ、マルクスも部屋に入った。

 部屋の人口密度が極端に上がった。


「どうしましたの?」


 ティナがキョトンとして言った。


「ああ。大したことではないんだけどね」アスラが言う。「ティナ。うちの団員の尻を揉みまくるのは止めてくれないかな?」


「なぜですの?」ティナが首を傾げた。「その二つの丘は人類の至宝、と姉様は言っていましたわ」


「君の姉様は色々な意味で変態だから、影響を受けてはいけないよ」


 アスラが笑顔で言った。


「でも、尻は座るためにあるのではない、時に撫で、時に揉み、時に叩くためにあるのだと力説していましたわ。人類の常識だと姉様は言っていましたのよ?」

「とんでもない常識を教え込んだものね……」


 いつの間にか、ルミアが入り口にいた。


「そして顔の上に座って貰うことが何よりの幸福だと言っていましたわ」


「……ジャンヌのイメージが崩れたぜ……」とユルキ。

「……ただの変態……」とイーナ。


「娼館のお客さんの中にも、尻フェチはいましたね」サルメが言う。「でも、数は少なかったかと思います。顔の上に座ってくれという要望も希でした」


「団長、試しにオレの顔に座って!」


 レコがベッドに仰向けに転がる。


「そうだティナ、君とジャンヌの出会いを教えてくれないかな?」アスラが話題を変える。「私らは君の正体を知っているから、そこを無理に隠す必要もないよ」


「……え?」とティナ。


「自分たちはティナを受け入れている。最上位の魔物だろう?」


 マルクスは腕を組んで壁にもたれた。


「……正確には、ダブルですわ」


 ティナは言葉を選びながら言った。


「ほう。人間と魔物のダブルかね?」


 アスラの質問に、ティナが頷く。


「団長が! みんなが! オレを無視する!」


 レコが駄々っ子みたいに言った。


「……人間と、魔物の間に……性交渉が成立する……?」

「いや、それは性器がありゃ可能だろう? それより、子供を授かる方が驚きだぞ?」

「どっちがどっちです? 父親と母親」


 イーナ、ユルキ、サルメはレコをスルーした。


「父が人間で、母が魔物ですわ」


「なるほど」アスラが頷く。「知性の高い魔物であれば、人類との共存が可能になるね。面白い。世界が変わるね」


「団長、何を考えています?」とマルクス。

「よからぬことだと思います」とサルメ。


「大方、魔物と人間のダブルを団員にすれば使えるとか、そういう感じでしょ?」


 ルミアが肩を竦めた。


「その通りだけど、その案はリスクが高すぎる」アスラが言う。「なぜなら、私より強いからだ。私の命令に従わない可能性がある。幼い頃から洗脳すれば問題ないが、そういうのは好きじゃない。私は個性的な仲間が好きだからね」


「オレたちとっても個性的!」


 レコが楽しそうに言った。


「レコは個性が強すぎます」とサルメ。

「……サルメもね……」とイーナ。

「自分が一番まともな人間だろう、この中では」とマルクス。


「あら? 蒼空騎士団の次期団長の座を蹴ってまで魔法に執心して、アスラを神様みたいに崇めているのに?」


 ルミアが面白がって言った。


「つーことは、俺が一番まともってことだな、消去法的に」


「それはない」とレコ

「……ない」とイーナ。


「ないだろう」

「ないですよね」


 ユルキの発言は一斉に否定された。


「じゃあ私だね、やっぱり」

「「ない!」」


 全員の声が重なった。

 何気にティナも混じっていた。


「ところで、話を戻しましょう」マルクスが言う。「ティナとジャンヌの出会いは自分も気になるところだ」


「……そこまでしか、戻らないの……?」

「俺らのケツを撫で回す件は?」


 イーナとユルキが不満そうに言った。


「ぼくを止めることはできませんわ」


 ティナが胸を張って言った。

 しばしの沈黙。


「大丈夫だよ」レコが言う。「アイリスが戻ったら、そういうのはアイリスの役目になるから」


「レコに胸を揉まれ、ティナにケツを揉まれるのか」

「……アイリスも災難だね……」

「そういう星の下に生まれたのだろうな」


「じゃあ解決だね」アスラが言う。「アイリスに犠牲になってもらおう。さて、ジャンヌとの出会いは話してくれるのかい? 嫌なら無理にとは言わないけど」


「別にいいですわよ?」


 ティナがベッドに腰掛ける。サルメの隣。

 アスラは椅子に座って、イーナとユルキが床に腰を下ろす。

 ルミアはマルクスと反対側の壁にもたれた。


「10年前ですわ。あることがキッカケで、ぼくと母の正体がバレてしまいましたの。それで、母はぼくを逃がして、そのまま死にましたわ。父も母を庇って死にましたわね」


「なぜだい?」アスラが驚いた風に言った。「母は魔物だろう? ティナの戦闘能力から考えて、最低でも上位の魔物だし、普通に考えれば最上位の魔物だ」


「母は、人間との共存を目指していましたの。ですから、父と母とぼくは人間の街で生活していましたの。正体は隠していましたけれど。でもある時バレてしまって、よってたかって攻撃されましたわ。でも母は人間を傷付けることなく、殺されましたわ」


「そりゃ悔しかっただろうな」とユルキ。


「そんなことありませんわ。母は信念に生きて、信念に死にましたの。誇りに思いますわ」


「無抵抗だった、というわけか」アスラが言う。「私なら殺さないがね。人間ってのは魔物に対して強い恐れを持っているから、ある意味では仕方ない」


「でもそういうの、酷いと思います」とサルメ。

「……人間が、一番クソだから……」とイーナ。

「なぜ正体がバレた?」とマルクス。


「街に魔物が入り込みましたので、みんなを守るために母が戦いましたの。ぼくも少し手伝いましたわ。それでバレましたわね」


 しばしの沈黙。


「君、淡々と話しているけど、悔しくないかね?」

「誇りに思いますわ」


「嘘だね」アスラが言う。「君はジャンヌに共感していた。そう、君は共感していたんだよ。心の底では悔しかったんだ。母は人間たちを守った。なのに、よってたかって殺された。君は悔しくて仕方なかった。だからジャンヌを愛した。少なくとも、ジャンヌを愛したキッカケになったはずだよ」


 アスラの言葉で、ティナが瞳いっぱいに涙を溜めた。


「団長、それは言わなくて良かったのでは?」

「……ひとでなし……」

「俺も気付いたけど、あえて言わなかったんっすけど……」


「アスラは正直なのよ、良くも悪くも」とルミア。

「でもさ、嘘の誇りは崩れるよ?」とレコ。


「はい。自分の本当の気持ちを知った方がいいです。経験から言っています」


「隠す必要はない」アスラが言う。「私はありのままの君を受け入れる。私に本心を隠す意味はない。どうせ私は見透かしてしまうのだから。悔しいことは悔しいと言ってもいい。母がどういう信念を持っていたとしても、君は母じゃない。君はティナという個人なんだよ。母と対立しても構わない」


「そりゃ……」ティナの頬を涙が伝う。「悔しいですわ! なんで殺されますの!? 助けたのに! 守ったのに! どうしてぼくは逃げなければいけなかったんですの!? どうして英雄たちがぼくを追い回して攻撃しますの!? 姉様が助けてくれなければ、ぼくも殺されていましたわ! ぼくはまだ7歳だった! 7歳だったのに!」


 ティナの隣に座っているサルメが、ティナの肩を抱いた。

 レコが起き上がって、ティナの逆隣に座って、ティナの頭を撫でる。


「だから、ジャンヌは英雄を殺したかったのね」ルミアが言う。「《魔王》になれば、全ての英雄を集められる。ティナの復讐も兼ねていたのね」


「魔物退治は英雄の仕事の一環だけれど」アスラが言う。「頭が固すぎるね。私ならティナもその母も保護して、人類の戦力として数えるがね。あるいは、人類と魔物の共存モデルケースとして大切にするがね」


「……人間は狭量……」とイーナ。

「そうっすね。団長みたいな器の大きさはないっす」とユルキ。


 アスラたちはティナが泣き止むのを待った。

 ティナは泣いてばかりだな、とアスラは思った。

 でも。仕方ないことだ。

 ティナはジャンヌに共感し、ジャンヌの計画を手伝った。

 だけど、ティナも多くを失った。


「なんだか、スッキリしましたわ」


 ティナが笑う。


「姉様のことを話しますわ。姉様やノエミに聞いた話も織り交ぜて」ティナは袖で涙を拭く。「ぼくは英雄たちに追い立てられて、森の中に逃げましたの」

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