第4話 団長の胸は神秘的だよ! いつもソコにいないんだから!


「ってな具合で、ミルカと王子に大見得を切ったから失敗は許されないよ!」


 アスラが昨日のテントでの会話を説明し、そう締め括った。

 昨夜は全員、かなり早く眠った。体力を回復させるためだ。

 よって、アスラは昨日、団員たちに何も説明していない。予定通りリヨルールに向かうと告げただけ。

 現在、傭兵団《月花》はリヨルールを目指して、馬で移動している最中だ。

 拠点の荷馬車は速度が落ちるのでサンジェスト王国に置いてきた。

 早朝から走りっぱなし。

 休憩を挟んでも、このペースなら夜にはリヨルール帝都付近まで到達可能だ。


「それで作戦はどんな感じっすか!?」


 ユルキが言った。


「帝都に潜入して、朝まで休む! それから帝城に潜入して、ジャンヌを見つけて、殺す!」

「団長って緻密なようで大ざっぱだよね!!」


 レコが嬉しそうに言った。

 馬を走らせながらの会話なので、みんな自然と声が大きくなる。


「はっはっは! それで十分だよレコ!」


 アスラは笑っていたが、他のメンバーは顔をしかめた。

 当然、必勝の策があるものだと思っていたからだ。


「……ティナはどうするのです団長? 懐柔可能なのですか?」

「心配するなマルクス。ティナの性格上、余程のことをしない限り戦闘にはならんよ」

「俺ら、これから余程のことをしに行くんじゃねーんすかねぇ」


 ユルキが呆れ口調で言った。

 ティナが戦闘に前向きなタイプではない、というのは団員共通の認識。


「ティナには絶対に手を出すな」アスラが真面目に言う。「出したら私ら死ぬぞ? ティナ単独であっても、今の実力では勝てるか際どい。あくまで目標はジャンヌだ」


「そのジャンヌも、たぶんあたしより強いんだけど?」


 アイリスが淡々と言った。


「ノエミだってアイリスさんより強かったのでは?」


 サルメが冷静に言った。


「……まぁそうだけどさー」


 アイリスは少し悔しそうな雰囲気。


「……てゆーか! ジャンヌは!」イーナが頑張って大きな声を出す。「……まだ! 本気出してない! ……よね!?」


「その通りだよイーナ」アスラが言う。「何か奥の手を隠し持っている。それだけは確かだね。みんなも分かっているだろう?」


 アスラの言葉にみんな頷いたが、アスラは先頭を走っているのでみんなの顔は見えない。

 けれど、気配で頷いたのが分かった。


「しかし残念なことに、彼女がどんな切り札を持っているのかサッパリ分からないね!」

「だよねー!」


 アスラが笑って、レコも笑った。


「臨機応変に現場で対応するしかないでしょうね」マルクスが冷静に言う。「英雄たちよりは、自分たちの方が対応し易いとは思います。よって、勝率も自分たちの方が高い」


「連携すりゃ、団長抜きでも英雄殺せそうだしな、俺ら」

「……その殺せそうな英雄ってさー、もしかして、あたし基準にしてる?」


「……当然……」とイーナ。


「他の英雄たちは、あたしみたいに甘くないわよ? 真面目に言ってるけど、確かにあたしはお花畑よ。認めるわ。でも、あのミルカさんだって、戦場では全然違った顔になるのよ? アスラ抜きでそう簡単に英雄殺せるわけないでしょ?」


「ほう。真面目に自分がお花畑だと認めるとはね。偉いじゃないか。進歩だよアイリス」


 アスラがうんうんと頷いた。


「まぁ、英雄を殺せるかどうかは置いておきましょう」サルメが話をぶった切る。「それより、私はジャンヌの目的が気になります」


「簡単だとは言ってねーんだけどな、俺」


 ユルキが小声で言った。


「目的オレも気になる!」レコが言う。「新世界秩序の話はどこいったの!? って感じ!」


「下っ端には本当のことを話していないのだろうね。ところで、みんなそれぞれジャンヌの目的については考察していると思うが、答え合わせをしてみよう。アイリスから」

「あたし!?」

「考えてないんだね。いいよ。別に期待してない」

「か、考えてるし! そんな冷たく突き放さなくてもいいじゃないの! ちゃんとあたしだって考えてるもん! いきなりあたしだったから驚いただけなんだから!」

「団長、答え合わせをするなら、一度休憩を入れませんか? 馬も休ませたいですし」


 マルクスは副長らしく、冷静に提案をした。


「そうだね。町の残骸が見えているから、あそこで休もう」


 リヨルールとサンジェストの間にあった国。

 その国はもう存在していない。つい最近滅びたからだ。


       ◇


 その町は酷い有様だった。

 瓦礫と死体が重なり合って、地獄絵図を創造していた。

 そこに生はない。死と絶望だけが、風に乗って運ばれている。

 これほど無惨という言葉がシックリ来る光景もないだろうね、とアスラは思った。


「なんなのよ、これ……」


 アイリスは愕然とした。

 焦げた匂いと死の匂いが、町全体にこびり付いている。


「滅び。滅亡。終焉。破滅。絶滅。何でもいいけど、そういう場所だよ。まぁ、私に言わせれば、とんでもなく非効率的だね。オーバーキルなんてレベルじゃない」


 アスラが吐き捨てるように言った。

 これだけの惨状を作る労力があるなら、さっさと次を攻めればいい。

 ここまで徹底して破壊する必要性を、アスラは感じない。


「話には聞いていましたが……ここまで酷いとは……」


 マルクスの表情が歪む。

 大人も子供も皆殺し。

 誰1人生き残っていない。


「これって何のため?」レコが首を傾げる。「ムルクスの村はさ、アーニアの産業の中心だったから、焼き払われるのは分かるけど、この町をここまでやる意味って何?」


 建物は全て焼かれるか、倒されている。

 原型を留めた建造物は何一つとして残っていない。


「……主に家畜を育てていた町。別に主要産業じゃない……。特に目立たない普通の町」


 イーナが周囲を見ながら言った。

《月花》は事前に地図でルート確認をしていた。

 だからこの町を通ることを知っていたし、どういう町だったのかも多少は知っている。


「実際に目で見ると……酷いですね」サルメが言う。「ジャンヌのプロファイル、ちょっと修正する必要がありそうです」


「早速やろう。アイリス」


 アスラは手頃な瓦礫に腰掛けて言った。

 他のメンバーも適当な場所に座り込む。

 レコがアスラの膝に座ろうとして、アスラに押されて結局地面に座った。

 サルメもアスラの膝を狙ったのだが、レコと同じ結末に。


「お前ら、本当いつも元気だな……」


 ユルキは呆れた風に言った。

 アイリスは溜息を吐いてから、自分のプロファイルを発表する。


「どう見ても怨恨でしょ? 憎くて堪らない、って感じよ? たぶん人間全般が憎いんだと思うわね。新世界って、人間の存在しない世界のことを言ってるんじゃないの?」

「……アイリスに賛成……。人類の滅亡……とか、そういうのが目的な気がする……」


「だとしても、達成するのは至難の業だぜ?」ユルキが言う。「本気なら正気じゃねーな。途中で絶対力尽きる。全方位戦争だぞ? バカとしか思えねー」


「ユルキに同意だ。ジャンヌは正気じゃない。こんなやり方、途中で確実に死ぬだろう? 戦力が保たん。陥落させた国を取り込まず、ただ滅ぼすだけなら、ジャンヌ側の戦力も徐々に低下する」


「つまり自殺行為ってことだよね」とレコ。


「それが目的なのでは? 緩慢な自殺……いえ、壮大な自殺? 人類を巻き込んだ自殺、でしょうか?」


「それは私も考えたよサルメ。これはどう考えても自殺行為。憎しみや悲しみだけが増加して、いずれジャンヌは誰かに討たれる。私らが何もしなくても」アスラが小さく肩を竦めた。「けれど、あるいは勝算があるのかもね。彼女の切り札を私らは知らない」


「……もし自殺なら、1人でやって欲しい……」


「そうよ、その方が早いじゃないのよ」アイリスが怒ったように言った。「なんで巻き込むの? 理解できない」


「世界に爪痕を残したいんじゃない?」レコが言う。「自分の爪痕を、ずっと残したいのかも」


「爪痕を残して自殺するために行動しているなら、ジャンヌはむしろ正気、ということになるな。しかし、団長の言うように勝算がある可能性も捨て切れん」


 マルクスはいつものように腕を組んだ。


「正気だよ、彼女は」アスラが言う。「結果だけを見れば、気が触れているようにも見えるけど、実際、私らと相対した時の彼女は正気だった。今もそうだろうね」


「正気で市民虐殺して、正気で団長の背中斬ったんっすか? その方が怖いっすよ」

「私らも別に、市民虐殺ぐらいはできるだろう? 私が命令すれば、君らはやる。どうだマルクス?」

「命令ならやりますが、団長は正当な理由もなく突然暴れたりはしないかと。特に、平和に暮らしている連中を無意味に巻き込みたいとは思わないでしょう? 誰か補足するか?」


「はい。私もマルクスさんに同意です。私たちが市民を虐殺するなら、虐殺するべき市民だったということです。そこがジャンヌと団長さんの違いでもあります」

「あーあ、君らが私をプロファイリングするから、私の神秘性が減ってしまったじゃないか」


「大丈夫! 団長は神秘的だよ!」レコが言う。「家出から帰ってこない胸の謎とかね!」


「まぁ君らの言葉は正しいよ」アスラはレコを無視した。「私は楽しいことは好きだが、無意味なことは嫌いだね。無意味だけど楽しければ、まぁ好きだね。ちなみに、虐殺を楽しいとは思わないから安心したまえ」


「それは朗報ね」アイリスが肩を竦める。「それで結論だけど、ジャンヌは正気だけど自殺志願者ってこと? もしくは何かとんでもない切り札があって、勝てると信じてる?」


「根底は自殺志願者だろうね。この世界が嫌いなんだろうね、きっと。生きていたくない、とさえ思っているのだろう。彼女の切り札については、出たとこ勝負になるね」

「……じゃあやっぱり……1人で死ねばいいのに……」


「まぁそう言うなイーナ」アスラが笑う。「この世界か、もしくは社会に対して報復したいという気持ちもあるんだよ、きっとね。私らは彼女の自殺を手伝ってあげよう。なるべく速やかにね。そもそも、彼女は自分の死に私を選んだ」


「背中斬ったから?」


「そうだよレコ。私に報復して欲しいのさ。くくっ、彼女は私を待っている。だけどもちろん、彼女だってただ死ぬことは選ばないだろう。切り札を全部出して、それでも私らに敵わず、全てを諦め、やっと死ねるってところか」


 アスラの言葉が終わると同時に、全員が真剣な表情に変わる。


「蹄の音ですね」マルクスが言う。「数は30か……40といったところでしょう」


「……リヨルールの方からだから……確実に敵……」

「どうするんっすか? 隠れてやり過ごすのもアリっすよ。俺らこれからジャンヌと戦う必要あるし、無駄な体力使うことはねーんじゃ?」


「連中がサンジェストに行くなら、ここで止めた方がよくない?」レコが言う。「サンジェストが無事じゃないと、オレたち依頼達成したことにならないし」


「蒼空の人たちもいますし、大丈夫なのでは?」

「どうすんのアスラ? 隠れるなら早くしないと、見つかっちゃうわよ?」


「撃破だ」アスラが立ち上がる。「理由はレコと同じ。私らは依頼を確実に成功させる。サンジェストへの増援ならここで潰す。用意したまえ。瓦礫に隠れて奇襲をかける」

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