EX06 ジャンヌ・オータン・ララの終幕 もはや誰でもないのなら……


「……ノエミ殺す……ノエミ殺す……ノエミ殺す」


 怒りに満ちた声で、イーナが言った。


「今から行ってもいいっすよ、俺は」


 ユルキもキレていた。


「相手は大英雄だよ?」アスラが言う。「それにルミアはもう裏切り者で、仲間じゃない」


「それでも、自分はノエミを殺したいですね」

「私もです。できれば、ルミアさんと同じ屈辱と痛みを与えてから殺したいです」

「オレも。ノエミにルミアと同じことしてやりたい」

「……大英雄様が……そんな酷いこと……」


 アイリスは信じられない、という風に言った。


「ま、どこかで会う機会があれば、殺してもいいよ」アスラが言う。「その時考えよう。続けるよ?」


       ◇


 次に目が覚めた時、ジャンヌは十字架に縛り付けられていた。


「最期まで見届けたかったんだが、招集がかかってな」ノエミがジャンヌを見上げて言う。「最上位の魔物が出た。我は行かねばならん。残念だが、貴様の哀願が聞けただけでも、良しとしよう」


 そしてノエミが立ち去る。

 しばらくの間、ジャンヌはさらし者にされた。


「言い残すことはあるか?」


 第一王子が槍を手に言った。

 最初の一突きは自分の手で、ということ。

 ジャンヌは何も言わなかった。

 言うべきことはない。早く死にたい。痛くて泣きそうなのだ。


「ふむ。ではこれより、余の父と弟を殺害した極悪人を処刑する!」


 ジャンヌは何の反応も見せなかった。

 第一王子には、それが面白くない。

 だから、言った。言ってしまった。ジャンヌを苦しめたくて、絶対に言ってはいけなかったことを。


「良かったなジャンヌ、これで妹に会えるぞ!」


 その言葉。その言葉が、ジャンヌを引き戻した。

 世界に引き戻した。もう全てを諦めていたジャンヌを引き戻してしまった。


「何を……言っている……? ルミアは助けてくれるって……」


 声が震えた。


「お前の妹など、生かしておくものか!」「そうだ裏切り者!」

「お前の旅団もみんな死ぬべきだ!」「王を殺しやがって!」


 罵声が飛ぶ。どいつもこいつもが、ジャンヌを罵倒した。

 血液が沸騰するような激烈な怒りが、ジャンヌの中を駆け巡った。

 痛みも何もかもが吹っ飛んだ。

 このクズは、約束すら果たさなかった。

 このクズどもは、真実を見ようともしない。

 ジャンヌは絶叫した。言葉にすらなっていない。まるで獣の咆哮だった。

 誰もが唖然とし、固まった。


「呪ってやる!! わたしは貴様らを呪ってやる!! 死ね!! 死んでしまえ!! 貴様らみんな死ね!! 死んで詫びろ!! あの世でルミアに詫びろ!! 【神罰】!!」


 身体はボロボロでも、魔力は十分。

 死を運ぶ天使が降臨し、集まっていた人間たちを斬り伏せる。


「【神罰】!!」


 新たな天使が光の剣を振り回す。

 首が飛び、肉が飛び、血が飛んだ。

 容赦もない。慈悲もない。ただただ無惨な死体だけが山となる。


「クズどもが!! クズどもが!! クズどもがっぁぁぁぁあ!! 【神!! 罰!!】」


 3体目の天使は、まず十字架を切り刻み、ジャンヌを解放した。

 ジャンヌは傷付いた身体で、近くの憲兵の死体から剣を奪った。


「やめ……ジャン……待て……余は……」


 第一王子はその場で腰を抜かしていた。


「黙れ。死ね」


 ジャンヌは第一王子の首を刎ねた。

 それから、第一王子のマントを剥ぎ取って自分で羽織った。


「いつか滅ぼしに戻る……。わたしはこの国を完全に滅ぼしてやる……」


 ジャンヌが呟いた時、周囲に生きている人間はいなかった。

 死体の山と血の臭いだけ。死の天使たちは斬殺する対象がいなくなった時に消えた。

 この場には、ジャンヌだけ。

 ジャンヌは剣を引きずりながら、東へと向かった。

 意識して東に向かったわけではない。

 とにかく、一度この場を離れたかった。

 身体を癒し、力を蓄え、必ず壊しに戻ると誓った。


 何日も歩き、ジャンヌは空腹で倒れそうになった。

 そんな時、燃えている村を見つけた。

 ジャンヌは知らなかったが、各国の軍がジャンヌ探しを口実に各地で無法を働いていた。

 村が燃えているのも、略奪の名残だ。

 何か食べ物が残っていれば、と思ってジャンヌは村に向かった。

 村に入った瞬間に、歌が聞こえた。

 知らない歌。

 けれど綺麗な旋律で、まだ幼い無垢な歌声。

 ジャンヌは釣られた。いつの間にか、歌の方へと歩いていた。

 村の中央広場で、銀髪の幼女が歌っていた。

 死体に囲まれて、一人で歌っていた。

 その姿が、その光景が、酷く美しく見えた。

 ジャンヌは幼女と言葉を交わした。

 そして幼女が問いかける。


「私はアスラ・リョナ。君は?」


 わたしは。

 わたしは何者でもない。

 もはや、わたしは誰でもない。

 ならば。


「ルミア」


 せめて妹の名を名乗ろう。

 守れなかった者の名を。

 大好きだった者の名を。

 呼ばれる度に、彼女を思い出せるように。


       ◇


「えぐっ……なんで、アスラもルミアも……そんな酷い目に遭ってんのよぉ……」


 アイリスが泣いていた。


「とはいえ、ルミアの場合は回避する手段もあった」アスラが言う。「私なら、地下牢の時点でノエミを殺し、第一王子を脅して妹の居場所を吐かせる。早々に諦めすぎなんだよ」


「いや、団長、当時のルミアは魔法兵じゃねぇっすよ。ぶっちゃけ仕方ないというか、俺も魔法兵じゃない頃なら、諦めるっす。イーナを盾に同じことされたらって話っす」

「ふむ。まぁ、これでルミアの話は終わりだよ。だいぶ大ざっぱだが、なぜ妹の名を名乗っていたか分かっただろう? 何か質問があれば答えよう」


 アスラがみんなの顔を見回す。


「あの」サルメが小さく右手を上げた。「ユアレン王国は滅びた、って団長さん言ってましたけど、それってルミアさんが滅ぼしたんですか?」


「いや違うよ」アスラが肩を竦めた。「王族みんな死んだんだから、そりゃ滅ぶ。あっと言う間に領土を切り取られて、消えてしまったよ。抵抗する戦力もないしね。自分たちで守りの要である《宣誓の旅団》を解体してしまったんだからね」


「仮に王族がみんな死んでいても」マルクスが言う。「ジャンヌと旅団さえ残っていれば、誰もユアレンを攻めようなどとは思わなかった。皮肉なものだ」


「旅団って確か、300人以上だよね?」レコが言う。「それで、三柱がいたってことは、100人連隊が3つだったってこと? 多くない?」


「そりゃ多いさ。ユアレン王国の戦力の3割が《宣誓の旅団》なんだからね」アスラが言う。「正直、《宣誓の旅団》が強かったのは上の方が強かったからで、下っ端に至ると別に普通の兵士だよ。ジャンヌが最初に選抜した大隊の時のメンバーが強かった」


「……全員が一騎当千……じゃなかったっけ?」


 イーナが首を傾げた。


「という噂」アスラが少し笑った。「噂には尾ひれが付くものだよ。まぁ、ルミアや三柱の指揮が良かったから、本来の実力以上に強かったのは事実だろうがね」


「……なんで、酷いことばっか……起こってんのよぉ……」アイリスが言った。「間違ってる……間違ってるわよそんなの……」


「おいアイリス。頼むから闇落ちだけは止めておくれよ」アスラが苦笑いした。「正直、小さい国が乱立している戦国時代なんだから、ある程度、酷い目に遭う人間がいるのは仕方ない。でも全員というわけじゃない」


「その通りだ。自分は特に酷い目に遭っていない。精々、騎士時代に飛ばされたぐらいだ」

「おう。俺も孤児で虐められたっつーだけで、団長やルミア並にキツイ過去は持ってねー」

「あたしも……ユルキ兄に会ってからは……別に普通だったし……。団長に会うまでは……。むしろ団長に会ったのが……人生最大の不幸……」


「それな」とユルキが笑った。


「私も虐待されたり、娼館に売られたりと色々ありましたが、ルミアさんや団長さんに比べるとそこまで酷くはないのかも、と思いました」

「オレも、魔物に家族皆殺しにされて、村を焼き払われただけ」


「いや、お前は団長並にヒデェよレコ」ユルキが苦笑い。「まぁ不幸ランキングなんか意味ねーけどな」


「まったくだね」アスラが肩を竦めた。「とりあえず、旅立つ準備をしようか。私たちはこれから、フルマフィを狩る。となると、いずれはゴッドハンドのミリアムともやり合うだろう。英雄並の奴とね」


「ミリアム以外にも気を付けるべき相手が2人いるはず」マルクスが言う。「中央と、西のゴッドハンドだ。《宣誓の旅団》関係者かもしれないし、ただの犯罪者かもしれないが、まぁ油断はできん。ミリアムとそう変わらない実力と見ていいだろう」


「更にそれが済んだら、ティナとルミアかー」ユルキが遠くを見る。「まぁまぁキツイぜ、ジャンヌに辿り着くまでがよぉ」


「積極的に狩るが、焦る必要はないよ。間で別の依頼を請けたって構わないし。ほら、アイリスは涙を拭きたまえ」


 アスラが言うと、アイリスはグシグシと右腕で目を擦った。


「白髪のジャンヌは、きっと凄まじい地獄を見たのだろうね。ノエミの用意した拷問、あれはきっと遂行されたのだろう。どうやって生き延び、どうやって今まで生きていたのか、そして何を考えてジャンヌを名乗っているのか知らないけれど、ジャンヌ・オータン・ララなんて、とっくの昔に終わってるんだよ」アスラが言う。「幕が降りたことに気付いていないだけさ。言うなれば、過去の亡霊に過ぎない。今を生きる私らの敵じゃない。さぁ、準備を始めろ」


 アスラが両手を叩き、団員たちが荷物をまとめるためにそれぞれの部屋へと向かった。

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