五章

第1話 団長を拉致したらどうなるか? 不幸になる、犯人が


 アスラたちは予定通りにコトポリ王国を出た。

 コトポリ王国では、ジャンヌによる市民の虐殺が行われた。

 それを止めるためと、アスラたちにも牙を剥こうとしたジャンヌを救うため、ルミアが去った。

 ジャンヌの目的は生き別れた姉妹であるルミアの確保だったので、ルミアがジャンヌと行くことで色々と丸く治まった。

 あくまでジャンヌ側の視点では、全てが終わった。


 しかし《月花》側は違う。

 ジャンヌが遊び半分でアスラを斬り付けたので、報復戦争を始めるつもりでいる。

 ちなみに、《月花》の目的地はアーニアだが、現在アスラたちがいるのはコトポリ王国の北に位置する国。

 要するに、まだコトポリ王国の隣国だ。

 そこの城下町で、アスラたちはやっぱり豪遊していた。

 ただし、今日は娼婦を呼んでいない。身内だけで楽しむ日も必要だ。


「飲みなよエルナ! 美味しいよ! もっと飲みなよ!」


 アスラは酔っ払っていた。

 酒場には《月花》のメンバーとアイリス、エルナも一緒だった。


「アスラちゃん、そんなに飲んで平気なのー?」


 エルナが心配そうに言った。


「やっと吐かずに飲めたんだよ!? 嬉しいよ私は! ははっ! みんな楽しんでるかい!?」


 今までのアスラは、酒を飲むとすぐに吐いていた。

 身体が受け付けなかったのだが、今日は吐き気がしなかったので、嬉しくなってグイグイ飲んだ。


「うるせぇガキだなおい」


 アスラたちの席に、3人の男が寄って来た。

 全員革の鎧を装備していて、剣を腰に差している。

 見たところ、兵士ではなく傭兵のような雰囲気。


「消えろ」マルクスが言った。「死にたいか?」


「ああ? てめぇこら、オレら誰か知ってて言ってんのか?」


 革の鎧を赤く染めている男がマルクスを睨んだ。


「知らない」レコが言う。「バカってこと以外知らない」


「バカで粗暴です」サルメが言う。「こういう人たちのこと、クズって言うんですよ、レコ」


「オレらは傭兵団《焔》だぞコラ」


「へぇ。そりゃすげぇ」ユルキが言う。「現状、最大規模の傭兵団じゃねーか。俺らなんて木っ端だぜ? 《焔》に比べりゃな」


 傭兵団《焔》は各地方に大小様々な支部があり、フルセンマーク大地全体で活動している。


「なんだ、同業者か? とりあえず、その銀髪のガキ黙らせろや? うるせーんだよ。迷惑だって言ってんだ。オレが間違ってんのか? ああ? いきなりバカだのクズだの言いやがって。酒場で盛り上がるのはしゃーねぇ。けど、その銀髪ちゃんはやかましすぎんだよ」


 予約をしていなかったので、アスラたちは酒場を貸し切れなかったのだ。

 よって、今日は他の客も大勢いた。


「私のせいか!? 私のせいなのか!?」アスラが楽しそうに叫ぶ。「はははは! 奢ってあげるから君らも一緒に飲むかい!?」


「そうじゃねー。声を落とせって言ってんだ。大人の言うことは聞くもんだぜ。迷惑がってんのはオレらだけじゃねぇ。みんな思ってるけど、テメェらちっとヤバそうな雰囲気してっから、何も言えねぇってこった。オレらは腕に自信あるからよぉ、こうして注意してんだ」


 割と常識人だった。


「ごめんなさい」サルメが素直に謝った。「すみません。いきなり暴言を吐いてしまって。絡まれたのだと思って……つい」


「自分もすまなかった。声を落とすことにする。手間をかけた」


 マルクスも謝った。


「いや、分かってくれりゃいいんだ。マジで頼むぜ。オレらはもう出るけど、今夜は客が多いからな」


 傭兵団《焔》を名乗った3人組がそのまま会計を済ませて店を出た。


「……団長、貸し切りじゃないし、ちょっと静かに……」イーナが言った。「って、団長が気分悪そうにしてる……」


「悪いが……ちょっと吐いてくる……」


 アスラはフラフラと立ち上がる。


「あたし、一緒に行こうか?」とアイリス。


「子守りはいらないよ……。1人で吐ける。それとも、私の喉に指でも突っ込んでくれるかね? 当然ゲロまみれになるがね……」


 アスラはフラフラと酒場の外に出た。

 そして店の裏手に回って、そこでしこたま吐いた。


「クソッ……やっぱり無理なのかな……? それとも、単に飲み過ぎたかねぇ……」


 口元を拭うが、またすぐに吐きたくなって、片手を壁に突いてから吐いた。

 ちょうど吐いている時に、人の気配を感じる。


「子守りは……いらないって言ったはずだよアイリス……それとも何かね? 私のゲロ姿が好きかね……?」


 言いながら、振り返った瞬間に腹部を酷く殴られた。

 胃の中に残っていた物が逆流して、アスラはまた吐いた。

 そして、頭部を殴打される。

 ああ、チクショウ、私としたことが……。

 誰が近付いたのかちゃんと識別できなかった。

 敵意を汲み取れなかった。

 酷い失態だ。


「ち、まだ気絶しねーのかこのガキは」


 男の声が聞こえて、

 再び頭部に痛み。

 アスラの意識がぶっ飛んだ。


       ◇


「ちょっとアスラちゃん遅くなーい? 倒れてるとかないかしらー?」


 いつまでもアスラが戻らないので、エルナが心配そうに言った。

 エルナの頬は紅潮している。ワインを何杯か飲んだからだ。


「ありえるな」ユルキが言う。「団長、マジで酒弱いからな。無理に飲み過ぎだぜ。なんだかんだ、ルミアいなくなったのショックなんじゃねぇの?」


 アスラにとって、本当の意味での家族はルミアだけだった。

 それがあんな風に、あっさり妹の方に行ってしまったのだ。

 自分なら寝込むほどのショックだな、とマルクスは思った。


「やっぱりあたし見てくる!」


 アイリスが立ち上がり、駆け足で外に出る。


「酔った団長って可愛いね」レコが言う。「興奮する」


「え?」とエルナ。


「こいつは団長フェチなんだよ」ユルキが説明する。「相手が団長ならだいたい何でも興奮すんだよ。叩かれても興奮すんだぜ? 笑えるだろ?」


「オレ、ビンタされた時、ビーンってなった。興奮した」


「な?」とユルキ。


「……あたしだと興奮しないって言うから……なんかムカツク」


「だってイーナはイーナだし」とレコ。

「レコって本当に面白いですね」とサルメが笑う。


「自分はレコの将来が実に心配だ」マルクスが苦笑い。「特に、相手が団長だというのが心配だ。趣味が悪すぎる」


「……変わってるわねー」


 エルナも苦笑いした。


「そういやさ、エルナはなんで俺ら追ってきたんだ?」


 エルナは事情を聞いたあと、報酬を置いてすぐに憲兵のところに行った。

 それから、《月花》を追ってここまで来たのだ。

 何のために追ってきたのかはまだ聞いていない。


「豪遊するって言ってたじゃなーい? わたしも好きなのよー」

「マジかよ。それ信じねーぞ俺は」

「ふふ。用があるのはアスラちゃんだけよー。別に急いでないから、明日でもいいの」

「ジャンヌはどうする? 動くんだろう?」


 マルクスが真面目に聞いた。


「ええ。わたしがアクセルに報告して、アクセルが緊急で大英雄会議を開くでしょうねー。各地方から、代表の大英雄を1人ずつ集めて、会議するのよー。わたし嫌いなのよー。だからいつもアクセルに任せてるわー」


「なるほど。良ければだが、自分たちとも情報を共有しないか? こちらもフルマフィ壊滅に動くつもりだ」

「あら? いいのー?」

「構わん。自分は副長だ。任務達成のために最善だと思って言っている」

「じゃあ共闘関係ねー」


 エルナがニコニコと笑った。


「ねぇ! 大変!」アイリスがすごい勢いで走って来た。「アスラいないの! なんか、ゲロに混じって血があったの! 何かあったと思う!」


「ユルキ、イーナ、行け」

「うい」

「……あい」


 マルクスの命令で、ユルキとイーナが即座に外へと走り出る。


「可能性を洗うぞ。レコ」

「可愛いから拉致された」


「なくはないな。サルメ」

「ジャンヌの手下でしょうか?」


「それはない。連中はこっちを気にしていない様子だった。アイリス」

「えっと、えっと、暴漢に襲われて、連れ去られた?」


「レコと同じことを言うな。エルナ」

「わたしにも聞くのー?」

「外の意見も必要だ。思い当たることはないか?」

「コトポリの人間……というのは飛躍かしらー?」

「なくはないが……可能性は低いのでは? エルナが憲兵に説明したのだろう?」


 コトポリ王国では、傭兵団《月花》がジャンヌを引き入れたという根も葉もない噂が飛び交っていた。

 多くの人間がジャンヌに殺されたので、市民たちは殺気立っていて、罰する対象を求めていたのだ。

 まぁ、それでも《月花》は堂々と国を出た。コソコソ出たりはしなかった。

 私らに非はない。襲われたら容赦なくやり返せ。

 それがアスラの言葉。


「そうねー。わたしがちゃんと説明したわー」


 エルナが説明したのは、《月花》もジャンヌの被害者であること。


「あの、さっきの人たち、《焔》の人たちはどうです? 今、もういませんし、さっきの会話はこっちを探ったのでは?」


「大いに有り得る」マルクスが言う。「傭兵なら、仕事を請けてうちの団長を拉致した可能性が高いな。酔っ払って吐いている最中の団長なら、拉致されても不思議ではない」


「でも、ジャンヌたちじゃないなら、誰がアスラの拉致なんて頼むのよ?」


 アイリスが目を細めた。


「現時点では不明だ。拉致ではなく、突発的な殺人の可能性もある。団長の死体を埋めるために運んだ、という可能性だ」


「もしくは」レコが言う。「団長が酔ったままフラフラどっか行っちゃったか」


「それも有り得ますね」サルメが頷く。「どちらにしても、みんなで周辺を捜索した方がいいのでは?」


「ユルキとイーナの現場検証が終わってから、次の動きを考える。とりあえず飯を食え」


 マルクスが冷静に言って、レコとサルメは食事に戻った。

 その様子に、エルナが酷く驚いていた。


「……えっと、アスラちゃんが、もしかしたら拉致されたかもしれないのよねー?」

「そうだが?」


 マルクスも肉料理に手を伸ばした。


「……焦らないのかしらー?」


「なぜ焦る?」マルクスが言う。「拉致と確定したわけでもない。仮に拉致だとして、拉致した相手の心配など不要だろう」


「そうそう」レコが言う。「団長を攫ったのが運の尽き」


「そうですよね」サルメが笑う。「ちょっと同情します。もし本当に拉致なら、ですけど」


「えーっと、わたし、ちょっと混乱してるのよー?」

「エルナ様。アスラの心配なんて誰もしてないの。だってアスラよ? 攫っちゃった人が本当に心から可哀想だってあたし思うもん」

「そ、そうなのねー……」


 エルナは苦笑いを浮かべた。

 それから、エルナも気を取り直してワインを口にした。

 しばらく平和に食事を続けると、ユルキとイーナが戻ってきた。


「複数の足跡。団長以外に3人だな」

「……あの出血量なら、団長は死んでない……」

「けど、気絶した可能性が高いぜ」

「……1人が団長を、担いで……移動したみたい」

「立ち去った時の足跡が、ちっと深かったからだ」


「拉致で確定だな」とマルクス。

「3人ということは、やっぱり《焔》の人が怪しいですね」とサルメ。


「うん。もんらいは、られが……」

「食べてから喋りなさいよレコ」


 アイリスが呆れ顔で言った。

 ユルキとイーナが自分の席に座って、普通に食事に手を付けた。


「方針を言うぞ」マルクスが真面目に言った。「まず、団長を攫った者を敵と認識する。よって、団長を盾にこちらに何か要求してきても無視でいい。その時は、団長は死んだと仮定し、全力で敵対勢力を叩き潰す」


 マルクスが言うと、みんな頷いた。

 アイリスも頷いていた。攫われたのがアスラだから、あまり本気で心配していないのだ。


「アイリスとエルナは憲兵団を訪ねて、念のためこの辺りで起こった人攫いについて洗ってくれ。この時間でも、英雄になら情報を出すだろう」

「ちょっとー、わたしは団員じゃないわよー?」

「食事代だと思って手伝ってもいいのでは? 自分たちの奢りだぞ?」

「……分かったわよー。でも手伝うのはそこまでよー? それ以降は、わたしもお金取るからねー?」

「うむ。ユルキとイーナは、《焔》を見つけて締め上げろ。情報を得たら、一度宿に集合だ。サルメとレコは周辺で聞き込みをしろ。一見、無関係な話でも、気になったら報告しろ」


「はーい」

「分かりました」


 レコとサルメは素直に返事をした。


       ◇


 気がついたら、アスラは後ろ手に縛られて樽の中に詰め込まれていた。

 樽の隙間から外を窺うが、同じような樽が見えただけ。


「樽に詰め込まれるとは貴重な経験だね」


 ちょっと楽しいアスラだった。

 周囲の様子を探って分かったのは、荷馬車に乗せられているということ。

 悪路ではないので、舗装された大きな街道を移動しているのだろう。


「ああ、でも頭痛がするね」


 腹も痛い。殴られたからだ。

 頭部と腹部に【花麻酔】の花びらを貼る。


「あと、背中がなぜか痛い……って、そうか。私斬られたんだったか」


 アスラは背中の【花麻酔】も取り替えた。すでに効果が切れていたので、痛んだのだ。

 豪遊の前に医者に縫ってもらったから、たぶん出血はしていない。


「何がキツイって、自分の口がゲロ臭いことだね」


 脱出しようと思えば簡単にできる。特に何の変哲もない普通の樽に詰め込まれているからだ。

 けれど。

 しばらく状況を楽しもうと思った。

 と、


「誰かー! 助けて! 誰か!」


 女の子の声が聞こえた。

 どうやら、アスラ以外にも拉致された者がいるらしい。


「ふむ。ということは、私をピンポイントで狙ったわけじゃないんだね」


 犯人はアスラの個人的な敵でも、《月花》の敵でもないということ。

 いや、とアスラは考えを改める。

 まだ決めつけるのは早計。情報が十分に出揃っていない。


「うるせぇ! 黙らねぇとぶち殺すぞこら! こっちは剣持ってんだ! 突き刺すぞ!?」


 男が怒鳴って、すぐに樽を蹴っ飛ばす音。

 女の子は沈黙した。


「この声は確か、傭兵団《焔》の奴だったかな?」


 ククッ、とアスラが笑う。

 さぁどこに連れて行ってくれるのだろう?


「でも、きっと後悔するんだろうなぁ、私を拉致ってしまったこと」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る