EX05 ジャンヌ・オータン・ララの凋落 凄まじく胸くそ悪いから気を付けたまえ


 ジャンヌは16歳で《魔王》討伐を経験し、生き残った。

 その後すぐに、貴族王がわざわざジャンヌに会いに来た。これは異例のことだった。

 フルセンマーク大地で、あらゆる貴族の頂点に立ち、各国の王ですら跪くと言われているのが貴族王。実際にどこかの国の王というわけではない。

 このフルセンマークの歴史が始まった頃から続いている貴族の血筋で、貴族号はロロ。

 ジャンヌに会いに来た当主――貴族王の名はナシオ・ファリアス・ロロ。

 ロロ号を名乗れるのは、唯一、ファリアス家のみ。

 ファリアス家は奴隷制度のある西フルセンに住んでいる。

 強大な権力と権威を持つナシオは本来、誰かに会うために出向いたりしない。

 だからこそ異例。そしてナシオはジャンヌを気に入り、当代貴族号であるララをその場で授けた。


 その頃にはノエミも英雄になっていて、ジャンヌはノエミと個人的な交流を続けていた。

 17歳の時に、神聖リヨルール帝国がユアレン王国の独立を認め、事実上、ユアレン王国の勝利で戦争が終わった。

 ほとんどがジャンヌの功績だった。《宣誓の旅団》のあまりの強さに、リヨルール帝国側が「もはや訓練代わりもクソもない。消耗するだけだ」と早期終結に向けて動いたのだ。


 その頃には、ノエミを姉のように慕っていた。

 押し倒されるまで。

 その日はノエミがジャンヌの家に遊びに来ていて、戦争の終結を祝って軽く飲んだ。

 そしてノエミがジャンヌをベッドに押し倒すのだが、ジャンヌは戯れだと思って笑っていた。

 だがキスされ、舌を入れられ、やっと貞操の危機を実感した。

 ジャンヌはノエミを突き飛ばし、すぐに起き上がった。


「何をする!? 戯れにしてはやりすぎだ! わたしには純潔の誓いがある! 相手が女でも身体を許すことはできない!」


「くだらん」ノエミが言う。「貴様は性の喜びを知らぬまま一生を終える気か? 我に身を委ねろ。そうすれば、そのうち自分から求めるようになる」


「正気か!? わたしはお前のことを友人だと思っていた! お前は違ったのか!?」


「違う。性の対象として見ていた。我は英雄になって、何がしたかったと思う? ハーレムを作りたかった。修道女たちを淫乱に調教してやった。だが、本当は貴様が良かった。貴様の喘ぐ声が聞きたい。神性を汚したい。ずっとそう思って見ていた」


「……なぜそんな酷いことを言う……」


 ジャンヌは大きなショックを受けた。

 慕っていたのだ。ノエミのこと、本当に慕っていたのに。


「その顔が見たかったからだ」ノエミが笑う。「神聖なるジャンヌ。英雄のジャンヌ。神の使徒のジャンヌ。貴様のその、愕然とした表情が見たかった。だから、貴様が我を慕うまでゆっくりと時間をかけた。次は快楽に溺れる表情を見せてくれ。心配するな。最初は優しくしてやろう」


「ふざけるな! わたしがそれを許すとでも!?」

「許さなければ、貴様は後悔する。我は根っから腐っている。自分でそれを知っている」

「帰れ! もう帰れ! そして二度と来るな! 貴様は不浄だ!」


 ジャンヌが叫ぶ。怒りと失望と悲しみ。


「帰ってもいいが、どの道、貴様は我に屈服する。今なら、優しくしてやる。だが、今でないのなら……」

「消えろ! 二度とわたしの前に現れるな!」

「ふふっ、素晴らしい。それでもいいんだジャンヌ。我はどっちでも良かった。ああ、その日が楽しみだ」


 ノエミは楽しそうに笑いながら、ジャンヌの家を出た。

 ジャンヌは少し泣いた。


       ◇


「ノエミってそんなクズなんっすか?」


 ユルキが苦笑いした。


「ルミアの話ではね」アスラが肩を竦めた。「正直、ノエミの思考が私にもよく分からんよ」


「オレ分かるよ」レコが言う。「団長大好きだから、団長をえっちにしたい。できないなら、団長をいじめたい。そういうことじゃない?」


「……好きな子をいじめたい的なアレかね?」アスラが苦笑い。「それより君、将来、私に変なことするなよ? 普通にウッカリ殺しちゃうよ?」


「理解できないんだけど?」アイリスが首を傾げた。「えっちにしたいのと、いじめたいのって、イコールじゃないでしょ?」


「……なんで?」イーナが言う。「いじめると……気持ちいい……」


「ノエミは性的サディストですか?」とマルクス。


「違うね。もしそうなら、酔ったルミアを縛り上げて無理やり乱暴に犯すだろう。合意を得ようとしたのだから、性的サディストではないよ」


「でも、歪んでますよね?」サルメが怒ったように言う。「合意を得られないなら、何か報復するという意味ですよね?」


「そうだね。続けよう」


       ◇


 そしてしばらく平穏な日々が流れ、ジャンヌは18歳になった。

 その翌日に、ユアレン王国の第二王子がジャンヌにプロポーズし、ジャンヌがそれを受けた。

 しばらくお祭り騒ぎになって、国が湧いた。

 そしてある日、ジャンヌの家に憲兵たちが押しかけた。


「殺人容疑がかかっている。一緒に来てもらおう」


 憲兵はそう言った。

 ジャンヌは怒ったが、結局は一緒に行くことにした。

 ジャンヌは誰も殺していなかったし、すぐに疑いは晴れるだろうと思ったのだ。

 ジャンヌは自国の憲兵をまったく疑っていなかった。


 しかし。

 その時はまだ国民に伏せられていたが、殺されたのは第二王子と現王だった。

 よって、尋問は過酷の一言に尽きた。

 疑いは晴れることなく、何日も薄暗い牢屋で尋問を受け、ジャンヌは疲れ果てた。

 わずかな水を与えられただけで、まともな食事すら与えられなかった。

 そんな時、第一王子がジャンヌの牢に入ってきた。

 ジャンヌは挨拶をする気力もなかった。


「見る影もないな。神性もほとんど感じん」第一王子がジャンヌを鼻で笑った。「余の父と弟を殺したのだろう? 素直に吐けば、比較的、軽い拷問と処刑で許そう。お前のこれまでの功績を考えての、譲歩である」


「……わたしは、殺してなどいない……」


「だが目撃情報がある。動機は分からんが、お前が殺したのだよジャンヌ。いつまでも国民に王の死を伏せることもできん。だが殺人となれば、犯人が必要だ」


「……何度、言わせる? わたしはやってない……。なぜ婚約者とその父を殺す?」

「ふむ。ではルミアの方か。お前たちの容姿は双子と見間違うほどに似ている」

「バカを……言うな……ルミアがそんなこと……」

「ではルミアを拷問にかけよう」


 第一王子は淡々と言った。


「なぜだ!? ルミアではない!! ルミアがそんなことをするはずがない!!」

「殺人者はみな、そう言う。だが拷問すれば、大抵は吐く」

「やめてくれ……。なぜそんなことになる……。これは何の茶番なんだ……」

「お前か、ルミアか、どちらかだ。分かるかジャンヌよ。どちらかなのだ」

「分からない……。なぜだ? なぜわたしを苦しめる? わたしはこの国を勝利に導いた……。なぜこんな扱いを受ける?」

「後悔すると言っただろう?」


 いつの間にか、牢の前にノエミが立っていた。


「貴様は我に屈服する、とも言ったはずだ」


「謀ったのか……? お前が……」ジャンヌがノエミを睨む。「【神――】」


「ルミアが死ぬぞ?」ノエミがニヤニヤと笑った。「すでにルミアはこちらの手の中だ。なぁ第一王子殿」


「うむ。ジャンヌよ、考えてもみよ。お前は第一王子たる余を差し置いて、第二王子のプロポーズを受けた。ふざけているのか? お前のせいで、父も国民も、余ではなく第二王子を次の王にすると言った。余の屈辱が分かるか?」


「……あなたが、殺したのか……?」


 ジャンヌの声が微かに震えた。


「だが裁かれるのはお前かルミアのどちらかだ。選ばせてやろう。どちらだ?」

「ふざけるな……殺すぞ……お前ら……」


 ジャンヌは拳を握り、唇を噛んだ。


「やってみろ」ノエミが言う。「だがルミアは酷い目に遭う。それはもう、想像を絶する地獄を味わうだろう。確実に心が壊れるほどの拷問を用意している。殺してくれと哀願するかもしれないな。どうする?」


「クズが……お前たちはクズだ……心底、クズだ……」


「すでに貴様の有罪の証拠を大英雄に提出している。すぐに英雄の称号は剥奪される。どうせ貴様はルミアを助け、自分が罪をかぶる」ノエミは勝ち誇ったような表情で言う。「ちなみに、貴族王は当てにするな? すでにララ号の剥奪要請を出している。もちろん、十分な証拠とともにな」


「……ルミアの安全を、保証するのか……?」


「しよう」ノエミが言う。「我の興味は貴様だ。妹の方ではない。安全に国外に出してやろう」


「……信じられない……」


「だが信じるしかあるまい」第一王子が言う。「ユアレン王国の新国王として、約束しよう。ルミアは助ける。死ぬのはお前だけだ」


「……分かった。好きにしろ……」


 ジャンヌは折れた。他に方法がないのだ。ルミアがどこにいるのかも、分からない。

 逆らえば、確実にルミアは殺される。


「違うだろう?」ノエミが言う。「わたしが殺しました、だ。神の使徒などと名乗って申し訳ありません、わたしはただの人殺しです、だろう?」


「わたしが……」


「頭が高い!!」第一王子が言う。「床に伏せろ!!」


 ジャンヌは言われた通り、床に伏せた。


「わたしが殺しました。神の使徒を名乗って申し訳ありません。わたしはただの人殺しです」


 この瞬間に、ジャンヌに残っていたわずかな神性が完全に消失した。


「くははっ! これがあのジャンヌか!」第一王子が、ジャンヌの頭を踏みつける。「余を差し置いて弟と婚約などするからだ!! 思い知れクソが!!」


「ああ、ゾクゾクする」ノエミが恍惚とした声で言う。「貴様の屈服した姿、本当にゾクゾクする」


       ◇


「酷すぎませんか?」


 マルクスが言った。


「クソみたいな連中が、クソみたいな理由でルミアを嵌めたってことかよ……クソ、今からユアレン王国潰しに行きてぇ」

「ユルキ、もう滅んでいるよ。続けよう」


       ◇


 ジャンヌは全裸に剥かれ、木製の手枷をはめられ、街の中を引き回されていた。

 手枷に鎖が付いていて、それを馬に乗った第一王子が自ら引いていた。

 やがて、誰かが石を投げつけた。それは第一王子の仕込みなのだが、それに呼応するように、みんなが石を投げた。

 祖国を独立に導いたジャンヌに罵声を浴びせた。


 ジャンヌはぼんやりとしていた。

 こんなクズどものために、

 与えられた架空の事実に踊らされるような連中のために、わたしは戦ったのか。

 そんな風に思った。

 ジャンヌは真っ直ぐ前を見ていたけれど、もう何もかもがどうでも良かった。

 もう心は折れた。どうでもいい。

 飛んでくる石は痛いけれど、どうせ死ねば終わる。

 なぜ戦ったのだろう?

 なぜわたしは、戦ったのだろう?

 疑問。

 答えは見つからない。


 やがて拷問の舞台に辿り着く。

 少し高い木製の舞台。そこに上がり、手枷の鎖で軽く吊られる。

 ジャンヌは背伸びをしているような状態。

 大きな鞭を持った拷問官が、舞台に上がる。

 拷問官は体型が分からないように大きなゆったりとした服を着ている。

 顔が分からないように、かぶり物をしている。

 職業柄、拷問官は嫌われる。だから身元が分からないようにしているのだ。


「楽しもう、ジャンヌ」


 ノエミの声だった。

 ジャンヌは何も言わなかった。

 ノエミの鞭が、ジャンヌの背に炸裂。強烈な痛みに、ジャンヌは悲鳴を上げそうになった。

 けれど。ノエミを楽しませたくはない。だから耐えた。

 二打目も耐えた。

 だが三打目で失禁。観客がジャンヌを罵倒する。だがジャンヌには聞こえていない。あまりの痛みに、意識が飛びそうになっていた。

 四打目は本当に危なかった。一瞬視界が真っ白になって、死ぬのかと思った。むしろ死ねた方が良かったのかもしれないが。

 ノエミが寄って来て、ジャンヌの身体をチェックする。


「足を開け」ノエミが言う。「本来なら、我の指や舌が、優しく撫でただろうな」


 ノエミがどこを打つつもりか分かった時、ジャンヌは絶望した。


「……やめて……もう止めてください……お願いします……」


 哀願した。

 恐ろしくてたまらなかった。


「その哀願は、我だけの胸に留めよう。我と貴様の、大切な思い出だ。時々、思い出そう」

「……お願いです……許してください……」


 恥も外聞もない。とにかく怖かった。

 ガタガタと身体が震える。


「《宣誓の旅団》のメンバーが、死んでもいいのか? 連中がなぜ、誰も救いに来ないと思う? 上の方の連中は逮捕させたんだ。戦争犯罪でな。まぁ、何人かは逃げたが。どうするジャンヌ? 許してもいいが、彼らは死刑にする。だが貴様が足を開けば、解放しよう」


 選択の余地はなかった。

 ジャンヌが足を開く。もう親指だけで立っているような状態。


「それでいい」


 ノエミが離れ、すくい上げるように鞭を振った。

 幸いだったのは、ジャンヌの意識が一瞬でぶっ飛んだこと。

 脳が意識を保つことを拒否したのだ。

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