EX04 ジャンヌ・オータン・ララの友達 彼女と出会ってしまったのが、全ての始まりさ


 プンティ・アルランデルは公園のベンチで空を眺めていた。

 青く澄み渡った空。


「死ぬにはいい日だねー」


 兵士がよく言う言葉。戦場に出る前、そう言って笑うのだ。雨の日でも、風の日でも。

 戦うための覚悟のようなものだ。

 まぁ、プンティは軍を辞めたので、もうあまり関係ないが。

 プンティの銀髪がそよ風に揺れる。


「おう、ここだったか」


 熊のような大男、アクセル・エーンルートがゆっくりと歩いて来た。


「アクセルさん。どうも」


 プンティは軽く右手を上げた。


「隣、座るぜ?」

「ええ。どうぞー」


 プンティが微笑み、アクセルがドカッとベンチに座る。


「母ちゃんの様子はどうだ?」

「落ち着いたよー。父さんが死んだ時は、犯人見つけてぶっ殺すって荒ぶってたけどね」

「はは、あいつらしいぜ」


 アクセルが肩を竦めながら笑った。


「それでー? 進展?」


「いや」アクセルが少し言いにくそうに顔を歪めた。「捜査は打ち切った。それを伝えとこうと思ってヨォ」


「……そっか。見つからなかったんだねー。東の英雄が総出で探して、それでも見つからなかった……そっかー」


 プンティが肩を落とす。


「総出での捜査を打ち切ったっつーだけだぜ。個人的には、みんなまだ探してるぜ? けど、手がかりもネェのに、いつまでも拘束しとくわけにはいかネェだろ? 連中にも生活があんだ」


「分かった。ありがとうアクセルさん」

「俺様はなんもしてネェ。犯人野放しだしヨォ……」

「いいよ。いつか、僕が見つけて殺すよ」

「テメェの腕じゃまず無理だな。相当狡猾な奴だぜ?」


「分かってるよ……僕は驕ってた……国内で負けナシだったから……」プンティが溜息を吐く。「だから父さんは、僕を英雄選抜試験に送り込んだんだねー」


「おう。聞いてたぜ。三次選考で息子の驕りをへし折っておく必要がある、ってな」


 英雄選抜試験は東だと大抵、年に2回開催される。

 一次選考が最も人数が多く、日程もかかる。英雄3人以上の推薦があれば、免除も可能。実力がハッキリしているなら、受ける必要はない。

 プンティは免除組。父が英雄だったので、特に問題もなく免除された。

 合格通知が届いた者から順に、二次選考へと進むのだが、二次選考は絶対に全員参加。

 もちろんプンティも参加した。そして合格し、英雄候補となった。


「僕は英雄の器じゃないかなー?」


 プンティ自身は、三次選考も合格するつもりでいた。

 でも、そんなに甘いものではない。プンティの今の実力なら、まず間違いなく負ける。

 マティアスは、愛する息子に普通の敗北を教えたかったのだ。英雄ではない相手に負けて欲しかった。今後、更に伸びるために。


「いや? 5年か6年ありゃ、なれるぜ? 見込みがなきゃ英雄候補にしネェって。つーか、20代前半なら、早い方だぜ? マティアスなんて28歳の時だったからヨォ、英雄になったの」


「そしてその翌年に、いきなり《魔王》討伐。父さんって運が悪いんだよねー」


 ふふっ、っとプンティが笑った。


「でも生き残ったぜ? 2年前の《魔王》討伐もな」アクセルは遠い昔を懐かしむような口調で言った。「そんで? テメェはこれからどうすんだ? 一応出てみるか? 三次試験」


 プンティは首を振った。

 三次選考は辞退することも可能だ。英雄候補であれば何度でも参加できるので、逆に出ないという選択も可能。

 英雄候補には何の特権もないので、普通は開催ごとに参加するけれど。


「そうか。ま、テメェの人生だ。親父みたいに口出す気はネェけど、動向は知っときてぇな」

「傭兵になるよ」


「ああ!?」アクセルが驚きの声を上げた。「テメェ、傭兵って分かってんのか? クソ汚ネェこともすんだぞ? テメェはアレだろ? 王道歩いてるタイプだろうが。マジで言ってんのかヨォ?」


「僕だって、傭兵なんかになりたくなかったさ。でも、綺麗なままじゃ僕はあの人に及ばない。どうしても、勝ちたい人がいるんだよー」


 プンティが曖昧に笑った。


「ルミア・カナールか?」

「そう。ルミアさん。負けたその時は、もう会いたくないって思ったんだけど、最近はずっとルミアさんのことばっか考えてる僕がいてねー」


 マティアス殺しにも、ルミアは関わっていないとプンティは確信している。

 だって、あの時、ルミアは本気で驚いていたから。


「……テメェ、それ、惚れたってことか?」

「そう。元々、僕は年上が好きだしねー」

「……いや、テメェをボコボコにした相手だろ? 手も足も出なくて、プライドもズタズタにされて、テメェは生きる屍みたいだったって聞いたんだけどヨォ……」


「そうだよー。英雄選抜試験に出るまでもなく、僕は自分の驕りを打ち砕かれた。でも、あの人、本当に綺麗でさー」プンティが言う。「僕が思い描いていた、憧れの人とも重なったんだよねー。中央の剣術とかね。だから、その人なんじゃないかって思って、偽名か聞こうとしたら、すっごい怖い顔してた。でもその顔も、今思うと素敵だったな、って」


「憧れの人ってのは?」

「僕にとって、英雄は父さんじゃなくて、ジャンヌ・オータン・ララ」


 ジャンヌの全盛期、マティアスはまだ英雄ではなかった。


「テメェ、割と鋭いじゃネェかヨォ」

「え?」

「ルミア・カナールの本名はルミア・オータン。ジャンヌの妹だぜ? 今のテメェが勝てるような相手じゃネェよ。元《宣誓の旅団》、その三柱の1人だぜ?」

「そっか」


 プンティはゾクゾクした。惚れた相手は憧れの人の妹だった。

 運命さえ感じる。


「で? どこの傭兵団に入るんだ? まさか《月花》じゃネェよな?」

「まさか。それもアリだけど、強くなってからルミアさんに会いたいんだよねー。だから《焔》に入ることにしたんだー。もう入団試験はパスしたよー」


 傭兵団《焔》は、現在最大規模の傭兵団だ。

 地方を跨いで多くの支部があり、各地で色々な依頼を請けている。表に出せないような、汚い依頼も。


「そうかよ。まぁ頑張れや」


 アクセルが立ち上がろうと腰を浮かす。


「待って。ジャンヌの話、聞かせて欲しいなー」


「ああ? 俺様は大して知らネェよ。地方が違うからヨォ。《魔王》討伐の時だけだぜ、実際に会ったのはヨォ」言いながら、アクセルが座り直す。「けど、まぁ、そうだなぁ、中央の奴に聞いた、選抜試験の話でもするか。別に面白くはネェがな」


       ◇


 ジャンヌ・オータン、15歳。

 英雄選抜試験、三次試験会場。決勝戦の舞台。

 ジャンヌは全ての試合を1分以内で勝ち上がり、サクッと決勝戦まで進んでいた。


「いい天気だ。アーニアの茶でも飲みたいところだ」


 空を眺めながら、ジャンヌは呟いた。

 アーニアの茶は高価だが、ジャンヌは好んで買っていた。


「噂のジャンヌか……。間近で見ると、本当に美しいな」


 対戦相手が、ジャンヌの前に立った。


「ああ。よく言われる。ところで、いい天気だと思わないか? 試合を外でやるというのは、なかなかありがたい。わたしは屋内で戦った経験が少ない」


 ジャンヌは戦場を駆け回っていたので、本当に屋内での戦闘経験は少ない。

 まぁ、屋内でも変わらず戦えるとは思うが、やはり外の方が慣れている。

 ここは神聖リヨルール帝国軍の屋外訓練所。つまり、ジャンヌにとっては完全に敵地。だがそんなこと、ジャンヌは少しも気にしていなかった。

 ちなみに、三次試験は一般の客が入る。

 訓練所の周囲には、大勢の人間が詰めかけていた。


「双方、用意はいいか?」


 審判をやっている中央の大英雄が言った。


「少し待ってもらおう」対戦相手が言う。「我はノエミ。見ての通り、修道女だ」


 ノエミは水色の長い髪で、修道服に身を包んでいる。

 服の上からでも、肉感的なのが分かる。

 太っているわけではない。細身だが、出るところが出ているという意味。

 年齢は21歳。


「わたしはジャンヌだ。見ての通り、神の使徒だ。ひれ伏しても構わんぞ?」

「ひれ伏す気はないが、良かったら個人的に付き合わないか?」

「個人的に、とは?」

「茶を飲んだり、菓子を食べたり、買い物に行こうと誘っているのだ、我は」

「……修道女にしては、現代的だな」


「我は不良修道女だ。英雄になって、その立場を利用して色々やりたいことがある」

「……そうか。わたしは英雄になって、誰もわたしを殺せなくしたい。敵兵がわたしを殺せなくなれば、戦争が有利に進む」

「そんなに可愛いのに、貴様は戦争にしか興味がないのか?」

「それがわたしの使命だ」


「ふむ。我がもっと楽しいことを教えてやろう」ノエミがジャンヌに寄って来て、耳打ちする。「気持ちいいこともな」


「?」


 ジャンヌは首を傾げた。


「純粋だな、貴様は。汚したいが、まぁいい。個人的な付き合いについては考えておいてくれ。我は貴様が好きだ。永遠に貴様の心に残りたいと思うほどに」


「わたしも、少しだけお前を好きになった。お前は面白い。だが手加減はしないぞ」

「もちろん。我は貴様が倒してきた雑魚どもとは違う」


「おい、いい加減にしろ」審判が言う。「始めるぞ?」


 ノエミがジャンヌから離れる。

 そして試合開始の合図があり、二人が戦闘を開始。

 ジャンヌは大剣、ノエミは槍。

 息を吐く暇もないような激しい攻防が続く。

 死闘。

 まさにそれは死闘だった。後世に語り継いでもいいと、見ていた誰もが思った。

 神は同じ時代に最強の二人を産みだしてしまったのだと、誰もが感じた。

 しかし、実際にはノエミは二回目の試験だった。前回は決勝で敗れたのだ。


「どうした? 【神罰】は使わないのか?」


「殺してはいけないというルールがある」ジャンヌが言う。「【神罰】は殺すための魔法で、使ったらお前が死んでしまう」


 二人の試合は実に30分にも及んだ。

 そして最後に、ノエミが降参して終わった。

 その後、ジャンヌはノエミと個人的な交流を持つようになる。

 それが凋落の始まりだと、この時のジャンヌは気付かなかった。


       ◇


「ノエミとはノエミ・クラピソンですか?」マルクスが言う。「中央の大英雄ですよ? それをルミアは、【神罰】なしで打ち倒したと?」


「そのノエミだよ」アスラが普通に言う。「ま、当時のノエミは大英雄のレベルにはないだろうがね」


「……ルミア、とんでもない……」

「10年まともに生きてりゃ、とっくに大英雄、ってルミア言ってたんっすけど、嘘じゃなかったってことっすねー」

「そりゃそうだろうユルキ。ジャンヌ・オータン・ララだよ?」


「でも、団長の方が強いよね?」とレコ。

「殺していいならね」


「あたし、それ良く分かんない」アイリスが言う。「アスラは強いと思う。上位の魔物一人で倒したし。でも、殺していいなら、って良く言うけど、そんなに違うの? 強い人は殺し合いでも試合でも強いんじゃないの?」


「アイリスさん大丈夫ですか?」サルメが心配そうに言った。「試合と殺し合いって、全然違いますよ? 料理と馬術ぐらい違いますよ?」


「もっと分かり易く言ってあげるよ」アスラが少し笑った。「試合だと私は攻撃魔法が使えない。当たり所が悪ければ死ぬからね。魔法兵たる私が、魔法の一部を封じられるわけさ。それに近接戦闘術だって、相手を壊すことが前提の技術だよ? ファイア・アンド・ムーブメントもできないしね」


 戦場では容赦なく相手の急所を狙う。遮蔽物に隠れ、不意を打ち、移動しながら奇襲をしかける。そういう基本的な戦術を、全て封じられるのが試合。


「試合だと制限が多すぎて、強さが半減しちゃう、ってこと?」

「そう。だから負けることもある。あと、私たちは基本、連携して戦う。連携することによって、単体で戦う時の何倍もの戦闘能力を発揮できる。これで分かるかね?」


「なるほど」アイリスが頷く。「じゃあ、やっぱあたしも間違ってない。一対一の試合なら、あたしみんなに勝つ自信ある」


「そりゃ英雄なんだからそうだろう……」アスラが苦笑いした。「言っておくけど、魔法兵になったら、個人の強さにはこだわらないように」


「でも、みんな強いですよね」サルメが笑う。「なんだかんだで」


「ある一定の強さは必要さ。技術もね。だからわざわざ基礎訓練過程を用意しているんだよ、私は。君がそこに辿り着く日が楽しみだよ、サルメ」


「頑張ります」とサルメ。


「あ、魔法兵になるために、あたしはまず何を覚えればいいの? 近接戦闘術?」

「「魔法」」


 アスラ、マルクス、ユルキ、イーナの声が重なった。

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