第8話 アスラ・リョナは特別かって? 当然じゃないか、見たら分かるだろう?


 エルナ・ヘイケラは、とある弓工房を訪ねていた。


「ふぅん。コンポジットボウ……ね」


 色々な素材を合成して作った弓を見詰めながら、エルナは呟いた。

 弓工房の作業場の椅子に座っているエルナは、コンポジットボウを手の中でクルクルと回し、色々な角度から眺めた。


「……エルナ様……ワシが話したことは……」


 工房の主人が、苦い顔をして言った。

 主人は50代の男性で、東フルセンではそれなりに有名な弓職人だった。


「ええ。大丈夫よ。さっきの契約書を見せてくれるかしらー?」


 エルナはコンポジットボウを作業台に置く。

 主人がすぐに契約書を持って来て、エルナに渡した。


「ふふ、アスラちゃんったら、こーんなすごい弓を作らせてたなんてねぇ」


 エルナは契約書に目を通す。

 一度見せてもらったのだが、もう一度じっくりと内容を吟味。


「……それは、試作品で、あの子の要求は満たしていません……」


 主人は作業台のコンポジットボウを見ながら言った。


「念のため、弓の線を当たってみて正解だったわー」


 エルナはとっても嬉しそうに言った。

 東の英雄総出で、マティアス殺しの犯人を捜していたのだが、それはもう打ち切った。

 けれど、エルナはアスラに会った時にアスラが犯人だと確信した。

 魔法か、あるいは、従来の弓ではない新しい弓があるのでは、と思って弓工房を家宅捜索したのだ。

 英雄殺しの捜査だと言ったので、主人は逆らえない。

 まぁ、大英雄のエルナが頼み事をして、それを堂々と断れる人間というのはあまり多くない。


「コンポジットボウについては3年間、秘匿すること、ね」


 契約書の内容を読み上げる。


「……その分の、ドーラも貰っています」


 製作資金、成功報酬、それから、3年間秘密を守るための口止め料。アスラはそれらを惜しみなく支払っていた。


「秘匿するのは何のためか、聞いてるかしらー?」

「はい。3年ぐらいは、自分たちだけの特権としてコンポジットボウを使いたい、とのことです。以降は、世に出してもいいと言われています」


「ふぅん。その秘密を守らなかった場合は、違約金として100万ドーラをアスラちゃんに払わないといけないのね」


 そんな大金を払ったら弓工房は潰れる。

 それどころか、一家心中しなければいけない。


「ですから、ワシが話したことは……」


「ええ。ええ。もちろんだわ」エルナが微笑む。「100万ドーラはわたしが立て替えるわ」


 といっても、エルナ自身もそんな大金は持っていない。

 ただ、英雄なので金を稼ぐこと自体は難しくない。

 どんな仕事でも、エルナを雇わないという選択肢などない。たとえそれが酒場であっても、英雄がいるというだけで格が上がるのだから。


「ま、待ってくださいエルナ様。話すんですか?」

「ええ。話すわよー。だってアスラちゃんを英雄にしたいもの」


 普通に頼んだら断られてしまったので、別の手段を講じる必要がある。

 コンポジットボウはまだマティアス殺しの証拠には弱い。

 でも、こっちの要求を通すのに使えるはず。


「ワシの信用にも関わるので……考え直して頂きたい……」


「でも話しちゃったじゃなーい」クスクスとエルナが笑った。「そこは諦めてー。でも大丈夫よー。わたしはこれからも、あなたの弓を使うし、他の弓使いたちにも、あなたを勧めておくから」


 エルナはどうやってアスラを言いくるめるか考えていた。

 コンポジットボウは完成してからすでに1年以上経過している。けれど、今はまだ世に出されたくはないはず。

 まずはそこから。次に、マティアス殺しにも突っ込む感じだろうか。

 あとは、英雄のメリットをコンコンと説くぐらいか。


       ◇


 夜が明けて、ルミアがぶっ倒れた。

 ルミアのMPは完全に空になったし、一晩中魔法を使っていたので、体力も限界だった。

 ルミアの回復魔法は、持続させる必要がある。よって、使っている間中、魔法に集中しなければいけない。

 MPの消費は緩やかなので長く使える。しかし長時間の使用はルミア本人の気力も根こそぎ持って行ってしまう。


「良くやったルミア。ゆっくり休め。出発の時はマルクスに担いでもらうといい」

「眠いわ……」


 ルミアが目を瞑った。


「サルメも助かったし、カーロも無事。実に良かったよ」


 アスラは交代で眠ったので、ルミアほど疲れてはいない。

 ちなみに、サルメは寝息を立てている。隣でレコも眠っていた。

 致命傷だった傷が塞がった時に、サルメに眠ることを許可したのだ。

 まだ折れた腕は治っていないし、傷跡も残っているが、それはまた追々でいい。


「本当ですね」マルクスが長い息を吐いた。「出発はいつ頃ですか?」


「カーロに聞いてくるよ。予定より遅れているけど、できればもう少し休みたいね。私が、じゃなくて君たちがね」


 アスラは軽やかな足取りでカーロの方に移動。

 カーロはまだ寝袋に入っていたが、目は開いていた。

 カーロの側に、ユルキとイーナが立っている。

 アイリスは寝袋の中でスヤスヤと眠っていた。


「ユルキ、腕はどうだね?」

「痛むっすね。まぁ、折れてはなさそうっすけど、たぶん」


 ユルキが肩を竦めた。


「カーロ。こっちの戦力が少々低下している。予定より遅れているが、もう少し休みたい。構わないかな?」

「1日増やせるかい?」とカーロ。

「探索の期間をかね?」

「そう。全5日の行程だったけど、6日にできる? 未踏の地の調査はちゃんとしたいんだよ、僕としてはね」

「ふむ……」


 水はマルクスが生きている限り問題にならない。

 食料も、幸いなことに食べられる木の実や薬草が自生している。

 それに、経費は1日につき1万ドーラを支払ってもらう約束。

 だから日程が延びても損はしない。


「昼まで休んでいいなら、1日増やそう。それでどうだい?」

「いいよ。サルメちゃん助かった?」

「ああ。大丈夫」

「そりゃ良かった。安心したよ」


 カーロがホッと息を吐いた。


「よし、サルメの方に集合してくれ。そこで、交代で昼まで休む」


 アスラが言うと、カーロがモソモソと寝袋から出る。

 イーナがアイリスを蹴っ飛ばして起こす。


「アイリス、サルメは助かったよ」


 アスラが言うと、アイリスが泣き出した。


「……感動してないで、向こうに集合……」


 再び、イーナがアイリスを蹴っ飛ばす。

 アイリスは泣きながら寝袋から出て、すぐに寝袋を畳み始めた。


「……でも良かった……」イーナが少し笑った。「サルメ、死ななくて……良かった……」


「ああ。俺も嬉しいぜ」


 ユルキが一度、大きく背伸びをした。

 それから、昼までゆっくりと休息を取った。

 幸いなことに、魔物の襲撃もなく、平穏な時間が流れた。

 そして出発の時間。


「戦術を変更する」アスラが言った。「ルミア、自分で歩けるかね?」


「ええ。大丈夫よ。ただ、MPは半分も回復していないわ。それと、体力も通常の半分ぐらいかしら。あまり戦力になれないわね」

「ふむ。先行はイーナだ」


「……了解」とイーナが頷く。


「赤い矢ならオフェンスにアイリスが行ってくれ。イーナと2人で魔物を排除。いいね?」

「頑張る」とアイリス。


「黒い矢なら、私もオフェンスに回ろう。残りはディフェンス。レコは荷物持ちを継続。ユルキも荷物持ちをやってくれ。襲撃された場合、相手が中位の魔物なら戦闘はしなくていい。ただし、上位の魔物の襲撃があった場合、荷物を降ろして戦闘に参加」


「ういっす」

「サルメはマルクスが背負って移動」


 現状ではこれが最善。


「ごめんなさい、マルクスさん……」


 サルメは一命を取り留めた。けれど、まだ自分で大森林を歩けるような状態ではない。

 熱もまだ下がりきっていない。


「気にするなサルメ。だが、魔物の襲撃があった場合、自分はサルメを地面に落とす。頭を打たないようにしろ」

「は、はい」

「よし、では移動を始めよう」


 アスラが号令をかける。

 マルクスが座っているサルメを抱き上げようとした。


「あ、あの、待ってください」サルメが申し訳なさそうに言う。「あの、みなさん、ありがとうございました……私、迷惑かけました……ごめんなさい」


 サルメが言うと、団員たちが順番にサルメの頭をグシャグシャと撫でた。

 何気にカーロも混じってサルメの頭を撫でた。

 サルメは照れている様子だったが、抵抗しなかった。


「えっと、サルメ、ありがとう」アイリスがサルメを抱き締めた。「あたしを守ってくれてありがとう。今日はあたしが守るから!」


「そういえば、私はサルメにキスする約束だったね。どうだい? 欲しいかね?」


 アスラがニヤニヤと言った。


「あ……」とサルメが頬を染める。


 まぁ、熱のせいで元々赤いのだが。


「サルメいらないなら、オレもらう」とレコ。

「だ、ダメです。私がもらいます……」


 そう言って、サルメがアイリスを少し押す。

 アイリスがサルメから離れた。

 そして、サルメが目を瞑って唇を突き出す。


「……ほっぺか、おでこのつもりで言ったんだがね、私は……」

「あ、ああ、そ、そうですよね……。あはは……」


 サルメが右の頬をアスラに向けた。

 アスラはサルメの頬に軽く唇を当てた。

 ちゅっ、という擬音がよく似合う感じだった。


「オレも次は死にかけよーっと」

「そしてそのまま死ぬかね? 変なことを考えるなレコ」


 アスラはやれやれと肩を竦めた。

 それから、マルクスがサルメを抱き上げる。


「背負えマルクス」アスラが苦笑い。「君が疲れてしまうよ、お姫様抱っこだと」


 マルクスは少し照れてから、サルメを降ろして背負い直した。


「よし!」カーロが手を叩く。「じゃあ出発! 日が暮れるまでに未踏の地まで行こう!」


       ◇


 翌朝。

 アスラたちはすでに未踏の地に到着していた。

 そこでキャンプして、何度か魔物の襲撃があったが、無事に朝を迎えることができた。

 今日は1日、周辺の調査を進める。

 カーロは何か目印になるようなものを見つけたいとのこと。

 サルメも自分で歩けるぐらいまで回復したので、またアスラは編成をいじった。

 ルートが決まっていないので、先行者はなし。アスラが先頭を歩き、ルミアを最後尾に。カーロの左右にアイリスとマルクス。

 荷物持ちのレコとユルキ以外、全員でカーロを守りながらの移動。

 サルメはカーロのすぐ隣に配置。とりあえず、今日は自分で歩いてくれればそれでいい。


「副長、今夜は俺の腕、治して欲しいっす」


 昨夜のルミアは、眠る前にサルメの腕に回復魔法をかけていた。サルメの腕はまだ腫れているが、だいぶマシな感じになっている。


「はいはい」ルミアが言う。「いい子にしてれば治してあげるわよ」


「俺はいつだっていい子っすよー」


 ケラケラとユルキが笑った。

 と、唐突にユルキが笑うのを止めた。

 アスラを含む全員が立ち止まり、戦闘態勢に入る。

 アスラは背中のクレイモアを抜いて、額の前で構えた。それから、柄を握った両手に魔力を集めておく。魔法を発動させる手前の状態なので、性質変化はまだ行っていない。

 ルミアもクレイモアを構え、周囲を警戒。

 マルクスは長剣を抜き、集中する。

 イーナは矢を弓につがえ、いつでも射られるよう準備。それと同時に、魔法をすぐ発動できるように魔力を認識し、取り出し、属性変化までを両手で行った。この状態なら、臨機応変に弓と魔法を使い分けることができる。

 ユルキは右手にトマホークを構え、左手で【火球】をいつでも作れるよう魔力を集めた。


「な、何この不穏な感じ……」とアイリスが呟く。


 アイリスも片刃の剣を抜いて、しっかりと構える。

 アイリスは昨日からずいぶんと活躍している。サルメを守らなきゃいけない、と強く思っているからだ。


「分からない」アスラが言う。「でも、異様だね、これは」


 不安を感じるような、冷や汗が出るような、妙な空気が流れている。

 そして。

 地面が盛り上がって、何者かがゆっくりと出てきた。

 アスラたちはまだ誰も動かない。

 恐怖に駆られて先走るようなマヌケは、さすがにここにはいない。


「人間……カ……ココデ、何シテル?」


 アスラたちの目の前に出現したそいつは、人間のような形をしていた。


「土の中に住んでいる魔物なのか?」とマルクス。

「ココデ、何、シテル?」


 そいつは人間の女性のような身体だが、肌が緑色だった。髪の毛は少し明るい緑で、腰の辺りまで伸びている。

 服は着ていないので、胸が丸見えだが、そいつは気にしていない様子。

 そして、気になることが2つある。

 1つは、そいつの下半身が桃色の花であること。

 遠目だったら、大きな花の上に人間が座っているように見えるはず。

 しかし実際は違う。下半身そのものが花なのだ。

 2つ目。喋っているという点。人間と会話するだけの知能があるということ。 

 アスラは唾を飲み込み、右手をゆっくりクレイモアから離す。

 左手だけでクレイモアを持ち、右手を背中に回してハンドサインを送る。


 そのサインは、

 撤退。

 知性ある魔物は危険だ。上位の中でもかなりの上位。

 最悪、最上位に分類される魔物かもしれない。《魔王》の次に脅威とされている最上位の魔物は、滅多にお目にかかれない。

 もし最上位の魔物なら、全滅する可能性もある。今の《月花》に、最上位の魔物はまだ早い。


「悪いね。君の領土だったかな? 私たちに敵意はないよ。散歩みたいなものさ」


 アスラは笑顔を浮かべた。


「サンポ? 分カラナイ……。オマエタチ、私ノ、養分……ナレ。ソシタラ……未来、教エル」


 魔物図鑑にこいつは載っていない。


「いや。未来なんて別に知りたくないよ。ところで、君、名前は? 私はアスラ・リョナ」

「名前……種族……アルラウネ……個別ノ名……ナイ。養分……ナレ。未来……教エル……」

「アルラウネというのか。よろしく。そしてさようなら。私たちは立ち去る。養分になれなくて悪いね」


「モウスグ、救済……訪レル……。大キナ、闇ガ、神ヲ滅ボス舞ヲ……神罰ノヨウニ……ソシテ、死ニ絶エル……。今、養分、ナッタ方ガ……幸セ。救済ヲ自称スル絶望ガ、訪レル」


「そんな意味不明な言葉の羅列で、私たちを養分にする気とはね。まったく笑えない」


 アスラは再び両手でクレイモアを握り、構え直した。


「未来、教エタ。養分、ナレ!」


 地面から、植物の根が生えてくる。


「走れ!!」


 アスラが叫び、アスラ以外の全員が元来た道を走る。

 アスラは植物の根をクレイモアでぶった斬って時間を稼ぐ。

 無事に撤退させるため、殿を務めるつもりなのだ。

 パッと見た感じ、アルラウネはあの場所から動けない。あそこに生息しているのだ。

 よって、無理に倒さずとも、離れれば問題ない。

 いくつかの根を叩き斬って、そろそろ自分も離脱しようとアスラは思ったのだが。

 膨大な量の植物の根が、アスラとアルラウネを囲む壁のように迫り上がった。


「おい、冗談が過ぎるよ、それは」アスラが苦笑い。「君、どんだけ根が大きいんだよ……。とんでもないな、まったく……」


「最初カラ、オマエガ、欲シカッタ……。オマエ、トッテモ、美味ソウ」

「ははーん。他の連中はわざと逃がしたと?」


 まぁ、こんな壁が作れるなら、最初から作れば全員捕獲できた。


「アノ中デ、オマエダケ、特別ナ、存在。ダカラ、オマエダケ、欲シイ」


「まぁ私は美少女な上に、武器は何でも扱えて、固有属性の魔法を会得し、更にIQは190もあるからね。ははっ! よく分かったね、私が特別だって! 私の未来を視てそう感じたのかな? だとしたら、私は歴史に名を残せるんだろうね! ははっ! 一つ約束しよう。私を閉じ込めたこと、後悔させてあげるよ!」

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