第9話 アスラ・リョナはいつもボロボロ 名前のせいかな? それとも私の性格かな?


「あ……ぐっ……」


 アスラは両手を植物の根で縛られ、宙づりにされていた。

 クレイモアは地面に転がっている。

 クレイモアの周囲には、膨大な量の分断された根も一緒に転がっている。

 アスラはたった1人で、数え切れないほどの根を捌いた。

 だが多勢に無勢。最終的に捌き切れなくなって、今の状態になった。

 受けたダメージも相当なもの。どこが痛いのか分からないぐらい、全身が痛かった。


「サァ、養分、ナレ」


 アルラウネは無表情で言った。

 ずっと無表情だ。

 植物の根が、アスラを吊ったままアルラウネのすぐ前に移動。


「私は約束を果たすタイプなんだよね」アスラが少し笑う。「それより、ちょっと聞きたいんだけどさ、君はどうして人間を知っている?」


 アルラウネは何も答えない。

 質問の意味が理解できていないのかも、とアスラは思った。


「過去に人間を食べたことがあるのかね?」


 公式には、ここは未到の地となっている。よって、アスラたちが初めての人間のはず。

 それなのに、アルラウネはアスラたちを見て人間だと言った。


「人間、養分、シタ……。冒険者……探索……探検……。秘密、教エテ、養分シタ」

「なるほどね。私たちが最初じゃないのか」


 まぁ、大森林にロマンを抱く者は少なくない。非公式にここまで辿り着いたチームがあったのだろう、とアスラは思った。

 でも帰還できなかったから、ここは未到の地のままなのだ。

 アルラウネに食べられて終わったのだ、彼らの冒険は。


「オマエ……秘密、知リタイ?」

「そうだね。冥土の土産に聞いておこう」

「言葉……ドウシテ、知ッテルカ、知ッテル?」

「知らないよ。人間に教わったのかね? 君が過去に食べた人間に」

「……? 人間ニ、言葉教エタノ……彼ラ。アルラウネ、彼ラ二、聞イタ……」

「ふむ、最初に言葉を発明した誰かが、君にも教えたということかな? 長生きだね、君。まぁ植物だからかな?」

「秘密教エタ……養分、ナレ」


 アルラウネの下半身を形成している花が、巨大な口を開いた。

 ギザギザの尖った歯がいくつも生えていて、口を開いた瞬間に少し甘い香りがした。


「なるほど。そっちが本体で上の人型は疑似餌のようなものか。私も秘密を教えてあげるから、少し待ちたまえ」

「秘密……? 知リタイ……」


 アルラウネは大口を開けたまま。


「君は最上位の魔物じゃない。上位の中では真ん中ぐらいの強さってとこかな。酷く不穏な気配をまとっているが、それは君の花粉か何かのせいじゃないかな? 不安を煽るような成分があると推測している。自分をより強い魔物だと錯覚させるための、いわゆる自衛手段的なものだろう」


 アルラウネはアスラの言葉を聞いている。


「いやー、喋る魔物には初めて出会ったから、最上位かと思って撤退させたんだけど、うちの連中なら普通に君に勝てたよ。ああ、それと、君は自分の未来は視えないみたいだね。私を閉じ込めたこと、死にながら後悔してくれ。聞いてくれてありがとう。では死ね」


 アスラは花魔法【地雷】をアルラウネの口の中で発動させた。

 7回の爆発があって、アルラウネは内側から粉々に飛散した。

 アスラが地面に落ちるが、ちゃんと受け身を取る。

 でもアスラはそのまま転がっていた。

 アルラウネが爆散した時に、壁を形成していた根は全て崩れ落ちている。


「魔物図鑑に私の名前を載せてもらおう。初めてアルラウネを倒した人間、ってね」


 アスラはククッ、と笑った。

 花が本体で、防御力もさほど高くないというのは有益な情報だ。

 不穏な気配を感じて不安になるが、上位の中では真ん中ぐらいの強さというのも有益。


「アスラ!!」


 アイリスが駆け寄ってきた。

 足音が聞こえていたので、アスラは特に驚かない。


「撤退しろと命令したはずだが?」


 アスラが上半身を起こす。


「あたし団員じゃないし! みんな心配してたから戻ったの! 1人で倒したの!?」

「まぁね。大した敵じゃなかったよ」


「……その割にはボロボロに見えるけど?」アイリスが苦笑い。「しかもアスラ、ベトベトじゃない? 酷く甘い匂いするし……」


「ああ。アルラウネが悲惨な感じで飛散した時に、体液だか樹液だか蜜だかを浴びてしまってね」

「そうなんだ? 大丈夫なの? 毒とかないの?」


 アイリスは心配そうにアスラの顔を覗き込んだ。


「アルラウネは悲惨に飛散したよ、ははっ、悲惨に飛散したんだよ?」

「?」


 アイリスが首を傾げた。


「クソ、ギャグが理解できんのかね君は……」


 アスラは小さく首を振った。

 突っ込みがないと面白くない。

 ユルキだったら、「うわぁ、団長がまたくだらないこと言ってんぞー」って感じで乗ってくれるのに。


       ◇


「ベトベトでギトギトの団長、興奮する」


 みんなと合流した瞬間に、レコがアスラに抱き付いた。


「わぁ、でも団長、酷い匂いする……興奮できないぐらい臭い……」


 レコがアスラから離れた。

 アスラ・フェチのレコが興奮できないとなると、それはもう想像を絶する匂いということ。


「甘すぎて胸焼けしそうな匂いね……」とルミアが顔をしかめた。

「団長、マジで離れてくれねぇっすか? 鼻が曲がりそうっす」とユルキ。

「これはキツイ……団長は平気なんですか?」とマルクスが苦笑い。


「ほら! やっぱり酷い甘い匂いじゃないの!」アイリスが言う。「あたしが変なんじゃなくて、アスラが変なのよ! なのにあたしのこと、『これだから貴族のご令嬢は』とか言ってバカにしたのよ!」


「私自身はちょっと甘いかな、ぐらいなんだよね。悪かったよアイリス。君の過剰反応だと思ったんだ」


 事実、みんなが言うほど酷い匂いだとアスラは感じていない。


「団長ちゃん、ケーキより甘い匂いしてるよ……」カーロが力なく笑った。「まぁケーキの香りとは種類違う甘さだけどさ」


「……そしてその匂いに釣られて、魔物登場……」


 イーナが淡々と言った。

 アスラたちの周囲に、下位の魔物と中位の魔物が大量に集まっている。

 群れと表現しても差し障りない。今まで、これほど大規模な襲撃は受けていない。

 そうなると、やはりアスラの匂いが原因か。


「……私のせいで魔物が集まっているのか……クソッ、とりあえず脱ぐ」


 アスラはその場でローブを脱ぎ捨てる。


「やばくねーっすか? 数多すぎて、きっちーっすよこれ」


「分かってる。さすがにこれだけの数を相手にしたら、こっちも無傷じゃ済まない。撤退が最善だね。殿はマルクスとアイリスで頼む。私は割とダメージを受けているから、殿を務めるのは無理だね」


 魔物たちは低く唸りながら、徐々に距離を詰めてくる。


「でも団長の匂いのせいだから」レコが言う。「団長残したらオレたち助かるんじゃない?」


「君、私のこと本当に好きなのかね? 割と鬼畜な発言するね。ゾクゾクするよ」


「ゾクゾクしている場合ですか?」マルクスが呆れ口調で言う。「早く決めてください」


「カーロ、済まないが撤退でいいかね? 命があれば、また探索には来れる。それとも、ここでみんな死ぬかね?」

「魔物図鑑が増えただけで、今回は良しとするよ。次の探索の時も君たちに頼みたいね」

「よし! 撤退! 急げ!」


 アスラたちが走り出すと同時に、魔物の群れが飛びかかってくる。


       ◇


 アスラたちは満身創痍だった。

 すでに日が落ちて、キャンプを張っている。

 かなりの距離を戦いながら走ったので、みんな体力が底を尽きかけている。

 一体、どれほどの魔物を殺したのか。

 ちなみに、アスラは今、マルクスの攻撃魔法を浴びている。

 身体に染みついた匂いを全部落とすためだ。服は走りながら全て脱ぎ捨てたので、全裸の状態。

 日が落ちているので、焚き火があっても水を被るのはかなり寒い。

 だが、服を全て捨てたおかげで、途中から魔物の襲撃が減った。


「アルラウネめ、とんでもない置き土産を残しやがって」


 アスラがブツブツと文句を垂れる。

 アスラは身体中、細かな傷と痣でいっぱいになっていた。

 アスラ以外の団員たちも、みんなそれぞれに傷を作っている。

 ルミアが殿で奮闘していたアイリスに回復魔法をかけていた。

 アイリスの傷が一番酷いからだ。

 サルメもキャンプを張ったと同時に寝袋に入ってそのままダウンしている。

 病み上がりの状態であれだけ走ったのだから、当然と言えば当然。

 イーナとユルキは見張りに立ってくれているが、2人も相当の疲労があるはず。


「上位1匹よりも、下位や中位の群れの方が厄介ですね」


 マルクスの攻撃魔法が終わった。

 水をかけるだけの攻撃魔法は、シャワーの代わりに使えるのがとっても便利。


「そうだね」と言いながら、アスラが髪を振る。


 それからすぐに焚き火の前に座り込んだ。


「自分のローブを羽織りますか? 返り血でべっとりですが」


 マルクスも殿だったので、数多の魔物を斬り伏せ、その返り血を浴びている。

 ケガがアイリスより少ないのは、戦闘経験の差。


「いや、乾いたらこのまま寝袋に入らせてもらう」


「ボロボロの団長、興奮する」言いながら、レコが背後からアスラに抱き付く。「あっためてあげる」


 レコはローブの前を外して、アスラを覆うように広げた。


「君、私に叩かれるのと、私がボロボロになっているのとでは、どっちがより興奮するんだい?」

「ボロボロの団長が一番!」

「……性的サディストになりつつあるのか、それとも私フェチの延長か? まぁどっちでもいいけど、勃起したモノを押し当てるな」

「分かった」


 レコがアスラから少し腰を離した。

 なんだかんだ、レコは素直。


「性的サディスト」マルクスが言う。「相手に肉体的、または精神的苦痛を与えることで興奮する者、でしたか?」


「そう。一種のパラフィリア。普通のサディズムとは違う。パートナーとの間で合意があって行われるプレイは健全なものだよ。けれど、性的サディストは相手のことを考えない。合意も得ない。前世じゃ、かなりヤバイタイプの犯罪者だったね。拷問してから殺すか、もしくは死なせてしまうタイプのシリアルキラーで、大抵は反社会性人格障害」


「団長がそれだったと記憶していますが? 反社会性人格障害の方です」

「そう診断されたこともある、という話さ。ちなみに私は痛めつけるより痛めつけられた方が興奮する。命の危険があると余計にね」


 ククッ、とアスラが笑った。

 生きるか死ぬか、みたいな状況が大好きだ。

 今日の撤退劇は心が躍った。

 アルラウネとの戦いも、それなりに良かった。欲を言えば、アルラウネがもっと賢くてもっと強く、そしてもっともっとアスラを追い込んでくれれば更に良かった。


「……そうですね……」


 マルクスが苦笑いした。


「オレ、ソシオパスで団長フェチで、性的サディスト?」


「ソシオパスで私フェチなのは確定しているけど、性的サディストの方はまだ分からないかな。私フェチの延長の可能性の方が高い」

「オレ、団長フェチ、団長大好き」


「ふふ。私は女が好きだが、モテるのは気分がいい」アスラが笑った。「とりあえず、そろそろ休ませてもらう。私の見張る番になったら、優しく起こしておくれ。明日から街に戻るだけだし、もう大きな脅威はないだろう」

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