第7話 「生きるなら、無様に泣き叫んでもいい」 死にたくない! 死にたくないよぉ!


 3人ならいけそうだ、とユルキは思った。

 ルミアがキマイラの攻撃を捌き、マルクスが側面から斬撃を与える。

 キマイラがユルキの存在を忘れた頃、ユルキは木の上から飛び降りる。

 ルミアは捌くだけであまり反撃しなかったが、ちゃんとユルキのいる木までキマイラを誘導してきた。

 ユルキはキマイラの背中に【火球】を叩き込んだ。

 着地して即、キマイラを見ながら飛ぶ。ファイア・アンド・ムーブメント。

 ルミアとマルクスがもがくキマイラに攻撃を加えようとした時、

 アスラがルミアを呼ぶ声が聞こえた。

 ただごとではないその絶叫に、一瞬、気を取られる。

 その隙に、キマイラが大きく跳躍して、地面をのたうち回り、火を消してしまう。


「行くわ! 任せるわよ!」


 ルミアは迷うことなく本隊の方へと駆け出した。


「移動するぞユルキ!」マルクスが言う。「すぐに炎と煙が邪魔になる!」


 キマイラの吐いた火で、周囲が燃えているのだ。まだ小さな火災だが、もう少し広がったら危険だ。

 戦闘がまだ続くなら、留まらない方がいい。

 ユルキとマルクスが木の枝を飛びながら移動、少し遅れてキマイラが追って来た。

 森の中なら巨体のキマイラより、ユルキたちの方が移動速度に分がある。遮蔽物や足場が多いから、小さい方が小回りも利く。


「ここでやるぞ!」


 マルクスが叫びながら飛び降りて、追って来たキマイラを一閃。

 しかしキマイラは躱す。

 続いてユルキもトマホークを振り上げながら飛び降りた。

 キマイラは躱さず、タイミングを合わせて右の前足を振り抜く。


「ちっ」


 ユルキは攻撃をキャンセルして、トマホークでキマイラの前足を受ける。

 そのまま横に弾かれた。

 キマイラが追撃を入れる前に、マルクスがキマイラを攻撃。キマイラの注意はマルクスへ。


「副長抜かれたの、きっちぃ」


 地面を転がってから、ユルキは体勢を立て直す。

 キマイラの前足での攻撃を、マルクスが横に飛んで躱すのが見えた。

 キマイラの攻撃は、それなりに太い木を一発でへし折った。凄まじい筋力だ。まともに当たったら、一撃で骨が砕ける。


「半端ねぇなクソ!」

「だが、集中していれば対応可能だ。落ち着けユルキ。アイリスより遅いぞ、こいつは」


 キマイラは巨体の割には動きが速い。

 だが、あくまで巨体の割には、だ。

 それに。

 すでに【火球】を一発喰らわしている。

 キマイラはのたうち回ってすぐに火を消してしまったが、ダメージは与えた。


「んなこたぁ分かってるっての」


 キマイラがマルクスを狙ってユルキに背を向けたので、ユルキはトマホークを投げつけた。

 トマホークがキマイラに刺さるが、致命傷とは言えない。

 キマイラが一瞬怯み、その隙にマルクスが長剣で斬り付ける。


「くっ、毛が固いな。ダメージは与えたが、致命傷にならん。やはり【火球】だユルキ」

「分かってんだよ、それも」


 ユルキが【火球】を右手の中に創る。

 しかし、近付かなければ当てられない。

 キマイラはマルクスを攻撃していて、マルクスが長剣でキマイラの爪を弾いている。

 ユルキは背後からサッと距離を詰めた。

 しかし、キマイラの尻尾が鞭のようにしなって真横から飛んで来た。


「うおっ」


 それを左腕でガードしたが、激痛が走る。

 折れたかもしれない、とユルキは思った。

 けれど。

 痛みが何だと言うのか。折れていたら何だと言うのか。

 ユルキはアスラ・リョナの拷問訓練を潜り抜けているのだ。

 痛みで止まるものか。


「《月花》舐めんな!」


 右手の【火球】をキマイラの尻の辺りに叩き込む。

 一瞬にしてキマイラの体毛が燃える。

 キマイラが絶叫して、横っ飛び。

 そのまま地面を転がる。

 ユルキは即座に新たな【火球】を創造する。

 マルクスがキマイラとの距離を詰めて、長剣での攻撃を加えた。

 マルクスが注意を引き、ユルキが有効打を与えるという作戦。

 と、キマイラの右後ろ足に矢が刺さった。


「援軍がおっせぇんだよ!」


 ユルキはその場で【火球】を投げた。

 本来なら、【火球】はあまり遠くまで飛ばないし、投げても速度は出ない。

 しかし。


「【加速】」


 ユルキが【火球】を投げたと同時に、イーナが【火球】に【加速】を乗せた。

 その【火球】がキマイラに命中する前に、ユルキは更に【火球】を生成。

 即座に投げる。同時にイーナが【加速】させる。

 マルクスに対応していたキマイラは、【火球】を躱せず絶叫する。

 それから、横に飛ぼうと沈み込む。

 しかし後ろ足を矢で射貫かれているので、横っ飛びしようとして失敗。

 更に【火球】が命中。

 キマイラの身体が激しく燃え上がる。

 マルクスが剣を上段に構えた。

 マルクスが剣を振り下ろすと、イーナがマルクスの腕を【加速】させた。

 キマイラの首が落ちて、地面を転がった。


「やったか……」ユルキがホッと息を吐く。「遅いぜイーナ……」


「……ユルキ兄たちが、どこにいるか分からなかったから……」


 イーナが肩を竦めた。


「最初にいた場所は、燃えていたからな」マルクスが剣を振って血を払う。「副長を抜かれた時に移動した」


「火災に巻き込まれて死ぬのはマヌケだろ?」とユルキが笑った。


 まだそれほど大規模な火災ではないので、雨でも降れば鎮火するはず。


「ユルキ、腕はどうだ?」

「腫れてんな。そういうマルクスも、全身傷だらけじゃねーか」

「お互い様だ」


 ユルキとマルクスが笑い合う。


「……やっぱ、上位は強いね……。中位の時は、余裕だったのに……」

「まぁ、でも、俺らめっちゃ強くね? 自分でもビックリしてんだぜ? あと、俺の魔法は魔物には結構有効だよな。よく燃えてくれるぜ」


 まぁ、全ての魔物が毛むくじゃらというわけでもないのだが、ユルキはちょっといい気分だった。


「うむ。自分たちは強い。どうも長いこと《月花》を過小評価していたようだ。しかし驕りは禁物だユルキ。自分たちの場合、人数が増える度に加速度的に攻撃が強化される。たぶん、単体だと自分たちはそれほど強くない」


 マルクスが冷静に言った。


「だから、俺ら、って言ったろ? 1人で倒せって言われたら無理だぜ。ま、団長と副長ならできるかもな。ちなみに俺も結構、俺らのこと過小評価してたぜ?」


 ここにいる3人、全員ソロだったらキマイラに勝てなかった。

 だが3人いれば、アスラとルミア抜きでも上位の魔物を狩れた。


「……あたしも、中位の魔物でも無理だと、思ってたから……過小評価してた……」

「仲間というのはいいものだ。特に、同じ方向を向いている仲間は」


 マルクスが感慨深そうに言った。


「騎士団は窮屈だったか?」


 ユルキが少し笑った。

 傭兵団《月花》にフィットしているマルクスが、騎士団の思想に合うはずがない。


「あ」イーナが思い出した、という風に言った。「……その仲間だけど……サルメたぶん殺されちゃった……」


「マジかよ!? キマイラにか!?」


 ユルキはとっても驚いた。


「うん……。爪刺さってたから……助からないかも……? サルメ、なんでかアイリスを守った……。アイリス、やっぱりまだ使えない……」

「なるほど、それで副長が呼ばれたのか」


 マルクスが腕を組んで、苦い顔をした。


「合流しようぜ。サルメも心配だけど、アイリスが使えねぇなら、向こうの戦力って団長だけじゃね?」

「だな。副長はサルメの治療中で、戦力にならんはずだ。更なる魔物の襲撃があるかもしれん。戻るぞ」

「……燃えてるから、迂回しなきゃ……」


 3人はそれぞれ武器を仕舞って走り出した。


       ◇


「うぐぅ……痛いですぅ……」


 サルメは半泣きで、苦悶の声を上げた。

 アスラの【花麻酔】の効果が切れ始めたのだ。


「大丈夫よサルメ」ルミアが優しく言う。「わたしの回復魔法は、何だって治せるの。でもちょっと時間がかかるのが弱点。分かるかしら? サルメが死ななければ、生きることを諦めなければ、絶対に助かるの。だから耐えて。いい? 目を閉じないこと。返事は?」


「……はいぃ……」


 現状、レコがサルメに膝枕をしている。

 レコは時々、サルメのおでこを撫でた。

 アスラは少し離れた場所でカーロと2人でいる。

 たぶん、こっちを足手まといだと考えて離れたのだろう、とルミアは思った。

 その判断は間違っていない。最優先で守るべきはカーロなのだから。


「暗くなってきた」とレコが空を見上げて言った。

「そうね。日が落ち始めたわ。今日はこのまま、ここでキャンプするしかないわね」


 今はまだ、サルメを動かしたくない。

 助かるかどうかは五分五分。


「……寒いです……」

「ええ。そうね。ユルキが来たら、火を焚いてもらいましょう」


 サルメの傷口に貼り付いているアスラの花びらに目をやる。

 元々は白かったはずの花びらが、9割近く赤くなっていた。

 アスラの【花麻酔】は、花びらが白から赤に染まった時、完全に効果が切れる。


「アイリス、アスラと交代して」

「え?」


 アイリスはぺったんこ座りして、心配そうにサルメを見ていた。


「アスラを呼んで。代わりにあなたがカーロを守るの? いい? できるわよね?」

「……自信ない……」


 アイリスが俯いてしまう。


「英雄のくせに情けない」レコが言う。「さっきのキマイラだって、アイリスなら1人で倒せたんじゃない?」


 キマイラは上位の魔物だ。英雄1人では対処が難しい。

 レコだって魔物図鑑を暗記しているのだから、そのことは知っているはず。

 レコがアイリスを励まそうとしているのか、追い込もうとしているのか、ルミアには分からなかった。

 レコが表情を変えず、普通の感じで言ったからだ。


「……どうせあたしなんて、英雄の資格ないわよ……。ぐすっ……」


 アイリスが涙を拭った。

 アイリスはサルメが傷付いたことに酷いショックを受けている。


「そうかもしれないわね」ルミアが淡々と言う。「でも、サルメが勝手にやったことよ? アイリスが気にすることはないの」


 だがサルメの判断は悪くない、とルミアは思った。

 戦力的に、アイリスとサルメなら、失ってもいいのはサルメの方。

 サルメも自分でそのことを理解していたはず。

 けれど。

 ルミアは怒っていた。

 勝手な判断での自己犠牲は尊くない。

 サルメの実力で、誰かを庇うというのは無理がある。

 ルミアなら、アイリスを庇いながら自分の身も守れた。

 つまり、身の丈に合わない行為なのだ。


「本当、勝手なことしたわね。アスラが許しても、わたしがお仕置きするわ。誰もサルメの死なんて望んでないのよ? まだ見習いなのよ、サルメは。言われたことだけやっていればいいの」


 アスラはきっと想定していなかった。

 サルメがアイリスを守るなんて。傭兵見習いのサルメが、英雄のアイリスを守るなんて、たぶん誰も想定できない。


「ごめん……なさい……。身体が、勝手に……動いてしまって……」


「やめてよ!」アイリスが悲鳴みたいに言った。「サルメはあたしを守ってくれたの! だからルミアはお仕置きなんて言わないでよ! あたしが代わりに受けるわよ! だからやめてよぉ……」


「いいわ。そうしましょう。じゃあ早速、今すぐアスラと交代してカーロを守りなさい。あなたは傷付いていて、心が痛んでいて、ずっと泣いているけれど、わたしは慰めないわ。泣くのは任務が終わってからにしなさい。それが罰よ」


 ルミアが言うと、アイリスは右腕で自分の目をゴシゴシと擦った。

 それから立ち上がり、アスラの方へと走り出す。


「変な罰」とレコが笑った。

「アイリスが乗ってくれて良かったわ。アスラの魔法がないとサルメが痛いでしょ? それに止血もまだ必要だわ」


 ルミアはホッと息を吐いた。

 サルメに対して怒っているのは事実だが、罰を与えるつもりはなかった。

 だって、サルメはもう十分に苦しんでいる。


「……挑発したんですか……アイリスさんのこと……」サルメが言う。「私、本当に……お仕置きされるのかと……」


「しないわよ、バカねぇ」


 ルミアが微笑む。


「どんな感じだい?」とアスラが駆け寄ってきた。

「正直、五分五分ね。わたしの魔力が尽きるより先に、大きな損傷を治せれば、ってところかしら」

「ふむ」


 アスラは少し考えて、真剣な表情を作る。


「サルメ。君に選択肢をあげよう。その1、ちゃんとお願いできるなら、私が楽にしてあげよう。【花麻酔】は痛みを緩和するけど、取り去るわけじゃない。つまり、君はこれから何時間も苦しまなくちゃいけない。無理だと思うなら、お願いしたまえ。大丈夫、痛くないように、一瞬で首を落としてあげるから。その代わり、活き活きと笑いながら逝きたまえ。なぁに、それで最期なんだから、できるだろう?」


 サルメはすでに汗だくで、高熱にうなされている。

 でも、生きるなら意識を保っていなければいけない。眠ったら、たぶんそのままもう起きない。


「その2、生きるなら、無様に泣き叫んでもいい。私が許す。その代わり、絶対に意識を絶やすな。痛みと高熱で朦朧としながら苦しみ続け、それでも生きたいと君が願うなら、私は最優先で君を助ける。カーロはアイリスと、ユルキたちが戻ったら任せればいい」


「マルクスはこっちに必要よ」


「分かってる。水が必要だからね。ふふ、私は割と欲張りでね。任務を果たしつつ団員も失いたくない。だからお勧めは選択肢2だよサルメ。もちろん、君の意思を尊重するから、1でも怒ったりはしないよ。さぁ、考えている時間はもうないよ? 今すぐ選んで」


 アスラがそう言うと、サルメはボロボロと泣き始めた。


「ああ……痛いです……! 痛いです……!」


 今までずっと耐えていたのだ。

 サルメはずっと泣き叫びたいのを我慢していた。


「でも……死にたくないっ! 団長さん! 私死にたくない! 助けて、お願い助けて!」


 切実な悲鳴。これがサルメの本音。


「こんなの嫌です……! こんなところで……死にたくない!」


 嗚咽と涙と願い。


「私まだ、何にもなれてない! 何もやってない! 嫌です! こんな、こんなの嫌です! 生きたい! まだ生きていたい! ここで終わったら、私の人生って何だったんですか!? お父さんに殴られて、娼館に売られて! 気持ち悪い男たちに犯されて! それでもいつか、って願い続けて! やっと自由になれたのにっ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!」


 痛みと絶望を紛らわせるように、サルメが叫び続ける。


「もちろんだサルメ。君は死んだりしない。さぁ、花びらを取り替えよう。いい選択をしたよ、君。明日の朝には優しくキスしてあげるよ。構わないから泣き叫べ。意識を絶やすな。思ってること、全部言っていい」

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