四章

第1話 サイコパスは天性のプロファイラー? 少なくとも、私はフィクションの探偵たちより賢いよ


 アーニア王国、貿易都市ニールタの憲兵団支部。


「わざわざこっちまで出向いてくれるとはね」アスラが言う。「伝言してくれれば、私が城下町の方まで行ったのに」


 ここは取調べ室で、部屋はそれほど大きくない。

 飾りもなく、簡素だ。

 アスラは硬くて安っぽい椅子に腰掛けていて、その前にはテーブルが一つ。


「いえ。問題ありません。こちらに用があったので」


 テーブルを挟んだ対面に、シルシィが座っていた。


「そうかい。それで? 頼んでいた件だよね?」

「はい。情報を入手しましたので、リストを渡します」


 シルシィは制服の内ポケットから封筒を取り出す。


「これで」シルシィが封筒をアスラに見せるように持った。「借りを返したことにして頂けますか?」


「もちろん。そもそも、私は気にしていなかった。それに、苦労しただろう?」

「そうですね。わたくしには権限がなかったので、議会を招集して承認を得ました」


「よく承認されたね」アスラが笑う。「諜報機関が得た国外の情報って、普通は機密だろう?」


「まぁ、現在戦争をしている国と、今後戦争に発展しそうな国のリストですから、それほど重要なものではないですよ。ただ、東側限定のものです。アーニアは地方を跨いだ諜報活動は行っていません」


「それで十分」アスラが肩を竦めた。「自分たちで情報を集めると金がかかるし、君を待っている数日間で、団員たちに新しいことを教えることができた」


「どうぞ」


 シルシィが封筒をテーブルに置いて、アスラの方に滑らせる。

 アスラは封筒を受け取って、ローブの内ポケットに仕舞う。


「それぞれの国の戦力や戦況、経済状況なども記されていますので、活用してください」

「ありがとうシルシィ。このあとヒマならお茶でもどうだい?」

「お誘いは感謝しますが、わたくしたちはそういう仲ではないでしょう?」

「ああ、言ってみただけだよ」


 アスラが席を立つ。


「国を出るんですね?」

「そう。もうアーニアでやることがない。私たちは傭兵だからね。それに、私自身がそろそろ戦闘を楽しみたい」


 アーニアで受けた依頼の多くが、訓練重視で遂行可能なものだった。

 次は自分で指揮を執り、自分で戦いたい。

 身を切られるような絶望を味わったり、勝利の美酒に酔ったり、殺したり殺されたりしたい。

 もっと明け透けに言うと、強い敵と戦いたい。


「フルマフィでは満足できませんでしたか?」

「雑魚は訓練にはいいけど、私はちょっと退屈だよ」


 まぁ、最後にやらかしてしまったけれど、とアスラは思った。


「……わたくしたちが潰せなかったフルマフィを雑魚扱いですか……」

「君らは法を守らなきゃいけないからねぇ。私らのようなやり方はできないだろう? 仕方ないさ」


 アスラは肩を竦めてから、「じゃあまたいつか」と言って取調べ室を出た。


       ◇


 傭兵団《月花》はその日のうちに次の目的地を決めた。

 現在戦争中で、更に負けている方の国。特に揉めることもなく、あっさりと決まった。


「……人口密度……」とイーナが言った。


 ずっと我慢していたけど、話し合いが終わったから気が緩んだのだ。

 現在、全団員がアスラの部屋に集まっていた。

 この部屋はけっして狭くないのだが、全員が集まると少し窮屈に感じる。


「もう解散でいいよ。明日の朝一番で旅立とう。今日はこのままオフで……」アスラが出入口に視線を送る。「鬱陶しいなぁ……」


「なぜ普通に訪問できないのか」とマルクスが苦笑い。

「これ、アクセルじゃねぇよな? 誰だ?」とユルキが短剣を両手に装備。

「……英雄でしょ、どうせ」とイーナも短剣を構えた。


「英雄さんには、闘気を出しながら訪問するという決まりでもあるんでしょうか?」

「団長、サルメが冗談言った!」


 レコが弾んだ声を出した。


「構えなくて大丈夫よ」ルミアが言う。「戦う気ならもう蹴破られてるでしょ」


「あたし、闘気出しながら部屋入ったことないでしょ?」


 アイリスが真面目に言った。サルメの冗談への返答だ。


「入っていいよ!」アスラが少し大きな声で言う。「できれば闘気よりノックが好みだがね!」


 ドアが開いて、40代前半の女性が入室した。

 クリーム色の髪を低い位置で一つ結びにしていて、微笑みを浮かべている。


「あら? すごい人口密度ねー」


 女性は闘気を仕舞ってドアを閉めた。


「エルナ様!?」アイリスが驚いたような声を出した。「どうしてここに!?」


「用事があるからに決まってるじゃなーい。お馬鹿さんねー」


 エルナはニコニコしながら座る場所を探したが、見当たらなかったようで、小さく右手を広げた。

 エルナの服装は、暗いグリーンの服の上に、暗い茶色のベスト。グリーンの服にはフードが付いている。ズボンとブーツはベストと同じ色。

 背中には矢筒が装備されていて、左手で小さな弓を持っていた。

 ロビンフッドみたいだ、とアスラは思った。


「本当、人口密度……」とイーナが呟く。


「エルナ・ヘイケラ? 大英雄の?」


 ルミアが少し驚いたような声を出した。


「そうよー、初めましてルミア・オータン。お姉さんとは《魔王》討伐でご一緒したのよー」

「わたしはルミア・カナール」


 ルミアが肩を竦めた。


「そんなことはいい」アスラが言う。「闘気を出しながら訪問するな。普通にノックしたまえよ」


「えー? だって、アクセルが闘気出したら気付いてくれるから、って言うんだものー。ねー、わたし座りたいんだけど、椅子譲ってくれない?」


「ほらよ」とユルキが立ち上がった。


 エルナはその椅子に浅く腰掛ける。

 ちなみに、アスラとサルメはベッドに座っていて、マルクスは壁にもたれている。

 ルミアは別の椅子に座っていて、レコは床。

 イーナはさっき、短剣を構えた時は立っていたのだが、今はまた床に座っている。

 アイリスはマルクスとは逆の壁にもたれていた。


「ああ、そうだ」アスラが何か閃いたように言う。「ちょうどいいから、みんな応用訓練で教えたやつを実行したまえ」


「エルナを相手にですか?」とマルクス。「自分たちはオフでは?」


「では、この瞬間にオフはエルナが帰ってからに変更しよう」

「あらあら。わたしは何をされるのかしらー?」


 エルナは楽しそうに笑った。


「余裕ぶっているけれど」ルミアが言う。「弓を握る左手に少し力が入ったわ。警戒しているのね。さすが大英雄。どこかの誰かとは違うわね」


「エルナ・ヘイケラは弓を扱う大英雄」マルクスが言う。「元々は狩人だったはず。戦士たちに弓の有効性を叩き付け、散々臆病者とバカにされていた弓一本で上り詰めた。よって、強気で勝ち気な性格。負けず嫌いで信念が強く、拷問に屈することはないでしょう」


「……服装は暗めだけど、たぶん好きな色じゃない」イーナが言う。「狩人の出だから、そういう服なだけ……好きな色は赤?」


「ええ。赤は大好きよー。なぜ分かるのかしら?」


「負けず嫌いの奴は赤が好きなんだってよ」ユルキが言う。「他に赤色好きの特徴としては、決断が早くて、人の上に立つのに向いてんだったか。ああ、それから、喧嘩っ早い」


「エルナさんのつま先は団長さんの方に向いています」サルメが言う。「この中で、エルナさんが一番興味を持っているのは団長さんですね」


「ちょっと待ってー」エルナが言う。「わたしは何をされているの? なぜわたしのことを知っているの? わたしを調べていたの? それとも、今、調べているの?」


「今の言葉で分かるのは」レコが言う。「本当に団長に興味があるってこと。それから、この人、すごく頭がいい。たぶん柔軟な思考ができる」


「そうね。何をされているのか理解できなくて焦ったけれど、すぐに推論したわ」ルミアが言う。「表情は驚きで一杯だけれど、なんだか嬉しそうにも見えるわね。状況を楽しむ強さがあるわね。脳筋戦士たちとは違う。英雄の中でもきっと浮いているわ」


「今までの受け答えで、精神的な不安定さは見えない」マルクスが言う。「感情もしっかり動いているようだし、サイコパスやソシオパスの類いではない。しっかりとした理由なしには他人を傷付けない。だがバカにされるのは嫌いだろう。キレるとしたら、舐めた態度を取られたり、弓をバカにされた時か?」


「今はそんなにキレないわよー」エルナは小さく息を吐いた。「弓をバカにする人も減ったしねー」


「……返答が早いから、自分に自信がある……。たぶん実力だけじゃなくて、容姿にも……」


「ま、若い頃は綺麗だったんだろうなーってのが分かる。いや、今も十分、その年齢にしては綺麗だぜ? ちゃんとしてる。女を捨ててない。ってことは……」


「てゆーか、あんたたちすごくない?」アイリスが言う。「なんでできるの? あたしも説明聞いてたけど、全然できないわよ、それ」


「それ、じゃなくてアスラ式プロファイリング」アスラが言う。「元々は犯罪者を特定するためのものだけど、私が改良を加えている。表情の観察と行動科学的分析。統計学。それから演繹的推理を用いて相手を知る技術だよ。相手を理解すれば、行動や言葉の先が読めるし、有利な状況を作ることも可能だし、いざという時に役立つ。ちなみに、君ができないのは真面目に聞いてなかったから。自分には関係ないと思っていたから。団員たちは私の教えることをちゃんと聞く。聞かないと罰を与えるからだけどね」


「自分は団長を尊敬しているので、罰などなくても聞きますがね」


 マルクスが肩を竦めた。


「さっきの続きですが」サルメが言う。「女を捨てていないのは、恋人がいるからですか? 結婚指輪はないですし、していた痕もないので、未婚です。恋人も英雄ですか?」


「わたしのプライベートまで丸裸にされる理由はないわねー」


「そう言いながら、左右で顔の表情が違う」レコが言う。「図星で焦った表情と、言葉の通りの少し怒った表情。だから恋人は英雄」

「恋人じゃないわー。プライベートの話は……」

「寝てるだけ、ってことね。誰かしら? アクセル・エーンルートかしら?」


 ルミアが言うと、エルナは目を見開いた。


「今のは知っている名前を挙げただけで、確証はなかったの。その表情を見るまでは」


 ルミアが肩を竦めた。


「なぜ隠すのか、自分には推理できませんね。可能性が多すぎる」


「では私が手本を見せようマルクス」アスラが薄く笑う。「ずっと昔から寝ているからだよ。大英雄になる前からね。つまり、エルナは身体で大英雄の座を買ったと思われたくないんだよ。そんなことを思う奴も、少しはいるだろう? それが嫌。どうかな? おや? 表情を見る限り、正解って感じだけど」


 ここで必ずしも正解を言う必要はない。今回は運良く一発で正解したが、本来は相手の反応を見ながら正しい答えを探る。


「いいわ、もう分かったわー。全部正解、正直、すごすぎて理解が追いつかないわねー。今会ったばかりで、丸裸にされるなんて思わなかったわー。本当、あなたたちは危険で、そして賢いわー。マティアスちゃんを殺して、それを隠し通せそうなぐらいにねー」


「強引に話を変えようとしたのは」サルメが言う。「アクセルさんのこと、本気で好きだからあまり突っ込まれたくないのでしょうか? だとしたら……」


「この人の弱点はアクセル」レコが笑う。「操るならアクセルを人質にすればいい。物理的にじゃなくても」


「言っておくけれど」エルナが怒ったように言う。「アクセルの左手を吹き飛ばしたこと、アクセル以上にわたしの方が怒ってるのよー? だからもう終わり。用事を済ませるわねー?」


「勝手に決めるな。これは訓練の一環で、私がいいと言うまで続ける。まだ本題が残っているからね。さぁ、この状況で敵対した場合、どうエルナを制圧する? あるいは殺す?」


「ちょ、ちょっとあんたたち! なんてこと言うのよ!」

「いいのよアイリス、それ、わたしも聞きたいわー」


 エルナは酷く真面目な表情で言った。


「この室内じゃ、弓は不利よ」ルミアが淡々と言った。「たぶんナイフもベストの下に忍ばせているでしょうけど。わたしの見立てでは、利き腕を潰せばそれで十分ね。殺すにしても、戦闘不能にするにしてもね。でも、アスラの【地雷】はアクセル様に聞いて知っているでしょうから、まず当たらないわね。最優先で躱すはず」


 たぶん、【閃光弾】についても知っているだろう、とアスラは思った。

 英雄たちはマティアスの件で散々情報収集をしているのだから、ついでに知ったとしても不思議じゃない。


「弓を左で持っているし、身体の筋肉のバランスを見る限り、右利き。よって、右腕を潰して戦闘能力を奪うのが最善。やり方は時間差攻撃。自分たちは現状でエルナを囲んでいる。タイミングを少し外しながら全員でかかる。同時だとお互いが邪魔になる可能性が高い。もちろん殺すつもりでかかる。魔法の使用に関しては、団長の指示を仰いでからだ」


 マルクスは言いながら、チラッとユルキを見た。

 室内なので、ユルキの火属性は危険だ。

 有効なのはイーナの【加速】。


「俺らの攻撃、全部は躱せねぇ。この部屋ん中じゃ、ってことだがよぉ。誰か1人が右腕を潰せりゃ、もう勝ちだな。蹴技も使えなくはねーだろうけど、純粋な体術ならたぶん俺らの方が上だぜ」


 エルナはあくまで弓使い。格闘家ではない。よって、弓さえ封じてしまえば、エルナの戦力は激減する。


「……でも、最初に攻撃した1人か……多ければ2人はこっちも死ぬ……。たぶん1人はあたし。でも、団長がやれって言うなら……もちろんやる」


「アイリスさんが邪魔をする可能性があります」サルメが立ち上がって、アイリスの隣に移動した。「私とレコで抱き付いて、動けなくします」


「アイリスどうせ、オレやサルメを殺せないしね」


 レコもアイリスの隣まで移動した。


「そこまで言ってやっても、君は身構えないのかねアイリス」アスラが苦笑いした。「お花畑もたいがいにしたまえ」


「……やんないでしょ? 今って、敵対した場合の話でしょ?」

「なぜ敵対しないと思う? 君に未来を視る能力があったとは驚きだよ。ああ、それと、エルナは臨戦態勢だよ?」

「え?」


 アイリスが驚いたようにエルナを見た。


「アイリス。分からないの? 彼ら、やる気よ? そして彼らは正しいわね。わたしは弓使いなのよー? 屋外なら負けない自信あるけど、室内じゃ、わたしの良さは半減しちゃうのよねー。ファイア・アンド・ムーブメントがわたしの基本だものー。だから、アスラちゃんの合図で、わたしは死ぬわねー。2人じゃなくて、意地で3人道連れにするけれど」


 そして短い沈黙。


「よし、訓練終了。みんな楽にしていい」


 アスラが大きく手を叩いた。

 その瞬間に、室内の不穏な空気が一気に消える。


「すごいわねー」エルナは安堵したように言った。「訓練であれだけの殺気を出すのー? わたし、本気で攻撃されると思っちゃったわー。それが理解できないなんてアイリスは本当にお馬鹿さんねー」


「実際にやると仮定しているからね」アスラが笑う。「悪かったねエルナ。私たちは君と敵対する気はない。あくまで訓練だよ」


「心臓に悪いわねー。寿命が縮んだわよー。悪いと思っているなら、依頼を請けてくれれば許すわよー?」

「依頼ね。まぁ聞くだけ聞こうか。でも、なぜ君がファイア・アンド・ムーブメントを知っている?」

「あらー? わたしが実践してたことと同じだったから、名前を使わせてもらってるのよー。ダメかしらー?」

「いや、別に構わんよ。それで? 依頼内容は?」

「南の大森林の調査員の護衛。大森林だから、当然、魔物が出るわねー。未踏の地だから、上位の魔物が潜んでいる可能性も。どうかしらー?」

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