第2話 「ねぇアスラちゃん。英雄にならない?」 どう考えても、団長は《魔王》側だっつーの!


「断る。魔物がたくさん出るのは魅力的だが、そろそろ普通に戦争がしたいね。人間同士で血塗れの地獄を創り上げるのさ。とっても楽しいよ、きっと」


 ククッ、とアスラが笑う。


「なるほどねー」エルナが言う。「その笑い方ねー。アクセルが言ってたのは」


「ん? 私の笑顔が素敵だって話かい? アクセルがそんな話をしているとはね」


「団長の笑顔は太陽みたい」とレコ。

「だとしたら、みんな焼き殺されるだろうぜ」とユルキ。


「とりあえず20万ドーラを前金で渡す予定だけどー、それでも断るのー?」

「魅力的な金額だけど、戦争がしたいんだよ私は」


 血で血を洗うような凄惨な戦場が好きだ。

 怒号と悲鳴が入り交じった壮絶な戦場が好きだ。


「護衛で20万ドーラは魅力的ですよ団長」マルクスが言う。「それに前金と言ったので、成功報酬が別にあるかと」


「そうねー。もし上位の魔物が出たら、1匹につき10万ドーラを追加報酬として渡すわー。どうかしら?」


「上位の魔物は少し危険ね」ルミアが言う。「確か、英雄が1人では対処に困るから、基本的には2人以上で対応する魔物の区分でしょう? 単純に英雄並の魔物もいるってことだわ」


「……それはキツイ。あたし、この前まで……中位の魔物もキツイと思ってたから、やってみないと……分からない部分もあるけど」


 あの時の団員たちは、自分たちの強さをハッキリ認識できていなかった。

 まだ2回目の仕事だったので、仕方ない部分もある。

 今はもちろん違う。

 その証拠に、イーナはキツイと言ったが無理だと主張しなかった。


「上位の魔物なら、私たちの実力に見合った敵だと思うけれど」アスラはまだ渋い表情をしていた。「うーん。戦争大好きの私としては、やっぱり戦場に行きたいという気持ちが強いなぁ」


「正直に言うとねー」エルナが笑う。「アイリスに魔物討伐を経験させてあげて欲しい、というのもあるのよー」


「そこまで面倒みる義理はないよ。アクセルに育成費用を貰ったけれど、あくまで普通に戦えるようにするためのもので、魔物討伐を教えるためじゃない」


「えっと、育成費用って何?」アイリスが言う。「あたし、アスラたちの監視じゃないの? 毎日ちゃんとアクセル様に手紙出してるし」


「ええ。愉快な手紙ねー。わたしも読ませてもらってるわー。そうじゃなくてね、傭兵団《月花》と関わることで、あなたの成長を促す狙いもあるのねー。だから、アスラちゃんに少しだけお金を渡して、あなたに色々と教えてあげてって頼んだの」


 エルナの発言に、アイリスは酷く驚いたような表情を見せた。


「だから私はいちいち君の質問に答えたり、色々レクチャーしてるだろう? ルミアも君の稽古相手になったり、他の団員も何気に君を気遣ってる」


「オレが一番構ってあげてる」とレコ。

「あんたは胸に触りたいだけでしょ!」


 アイリスが怒鳴ると、レコは楽しそうに笑った。


「ねぇアスラちゃん、わたしねー、20年後は魔法兵や魔法戦士が主流になると思ってるのよー」

「ほう」

「だから、アイリスには最先端にいて欲しいのねー。時代に取り残されない、最強にして最高の大英雄になって欲しいのねー。ジャンヌ以上の才能があるのよー、アイリスには」

「それはどうかしら?」


 ルミアが少しツンとして言った。


「何が言いたいんだい? エルナ」

「アイリスを魔法兵にしてくれないかしらー?」

「え?」とアイリス。

「断る。団員でもないのに、ノウハウを全て教えるつもりはないね。どうしてもと言うなら、100万ドーラ。それだけの価値があるよ、魔法兵にはね」

「良かった……」


 アイリスがホッと息を吐いた。


「じゃあ団員にしてあげてー」


 エルナがサラッと言ったので、アスラも団員たちも面食らった。

 アイリスに至っては、口を半開きにして驚いている。


「私は構わないけど、アイリスの意思が問題だよ。それに私の命令は絶対だよ? アイリスが素直に従うとは思えないし、命令違反の度にアイリスを罰するのも面倒だね」

「大丈夫よー、ねーアイリス?」

「嫌だし! 絶対に嫌よ! エルナ様はこいつらが人でなしだって知らないからそんな簡単に言うのよ! 無理! あたしアスラの部下なんて絶対無理!」


「困ったわねー」エルナが右手を自分の頬に添える。「分割でもいいのかしらー?」


「構わないよ。でも、アイリスのやる気によっちゃ、基礎訓練過程を受けるまでに1年ぐらいかかるかもしれない。魔法を覚えなきゃいけないしね」

「基礎訓練過程ってなーに?」


「立派な魔法兵になるための短期集中講座」マルクスが言う。「試験と言った方が伝わりやすいかもしれんな」


「考え直せよ」ユルキが言う。「そこに至るまでがまず地獄で、そこに至ったら更なる地獄だぜ? また地獄へようこそってか? やめとけ。アイリスに耐えられるとは思えねーよ」


「……アイリス絶対泣く。絶対。……拷問訓練で逃げ出すかも……」

「は!? バカにしないでよ! 泣かないし! 逃げないし! イーナにできたなら、あたしにだってできるし!」


 売り言葉に買い言葉。

 アイリスは別に魔法兵になりたいわけではない。

 イーナに反発しただけ。


「でもアイリス」ルミアが言う。「あなたが二発で失禁した鞭あるでしょう? あれ、最低でも5打は耐えなきゃいけないのよ?」


 その言葉で、アイリスがガクガクと震えて、「無理……そんなの無理……」と呟く。


「アイリスは打たれ弱いからね。拷問訓練は特別に受けさせてあげようかなって思っていたんだよ。でもまぁ、100万ドーラ貰えるなら、ちゃんと魔法兵にしてあげるよ。アイリスがなりたいなら、だけどね」


「なりたいわよねー?」

「……嫌だし……」


「困ったわねー。時代に取り残されちゃうわよー? それに、今のアイリスを《魔王》討伐に連れて行ったら、すぐ死んじゃいそうだし、魔法兵になってもらわないと困るわー」


 超自然的、かつ定期的に出現する《魔王》の正体は誰も知らない。

 ただ、《魔王》は人間に対して大きな憎悪を抱いている。

 悪意の嗤いとともに、ひたすら破壊に明け暮れる。

 そんな《魔王》を、英雄たちは倒さなくてはいけない。地方を問わず、全ての英雄が集結して、命を懸けて戦う。アイリスだけ除外されたりはしない。

 それが英雄の最大の義務だからだ。


「本当に困ったわねー」エルナが言う。「わたしはアイリスに死んで欲しくないのよー?」


「あたしが死ぬって決めつけないでよ」


「いや死ぬね」アスラが笑う。「秒だよ、秒」


「なんでバカにするのよ!? アスラあたしのこと強いって言ってくれたじゃない!」

「だって君、まだお花畑だしね。《魔王》にお話しましょう、とか言いそうじゃないか」

「さすがに《魔王》にそんなこと言わないわよ!」

「そうかい? 私はそういう君が好きだし、眩しく感じることもあるんだけどね」


「そりゃ俺もっすよ」とユルキが肩を竦める。

「闇を漂う自分たちには、確かに眩しい」とマルクス。

「……バカが治ればそれでいいと思う……」とイーナ。

「アイリスさんには光の中を歩いて欲しいです。私はもう無理ですけど」とサルメが笑った。

「オレ、アイリス嫌いじゃない。胸柔らかいし」とレコも笑う。


「わたしたちはみんな、アイリスを買っているのよ、エルナ様」ルミアが言う。「だから、魔法兵じゃなくてもちゃんと戦えるようにするわ」


「あらあら? アイリスは人気者なのねー」


「はん。君らだろ? アイリスが大好きなのはさ」アスラが肩を竦める。「いいよ、分かった。南の大森林に行ってあげよう。別途、1日1万ドーラの経費も払ってくれるならね」


「案外、アスラちゃんがめついのねー」エルナが笑う。「いいわー。払うわねー」


「仕事の安売りはしないよ。見合った報酬が欲しいだけさ。まぁ、大森林では調査員を護衛するとともにアイリスを鍛える。《魔王》なんかにアイリスが殺されたんじゃ、私らも寝覚めが悪い。アイリスが魔法兵になるかどうかは、ゆっくり考えればいい。今のままでも、普通に大英雄にはなれるだろう」


 いつか。

 いつの日か。

 自分たちで育てたアイリスが敵に回るかもしれない。

 でも、それって最高だろう?

 ある日、唐突に告白するのさ。

 やあアイリス、実はマティアスを殺したのは私たちなんだよ、ってね。

 きっと胸が引き裂かれるほど悲しくて、痛みと憎しみと愛情の入り交じった辛い戦いになる。

 ゾクゾクするよ、私は。


「おい。団長が悪そうな笑み浮かべてんぞ。何か企んでるぞ。やべぇ気がするぜ俺は」

「実に不穏だ」

「……絶対によくないこと。それだけは確信できる……」

「ふん。とにかく、明日には出発しよう」


「助かるわー」エルナが笑う。「魔法兵の件は、アイリスがよく考えておいてねー」


「……分かったけど……」


 アイリスは俯いて、やはり乗り気じゃない。

 いや、この反応は違うな、とアスラは思った。

 アイリスの頬は朱色に染まっていた。照れているのだ。


「それじゃあ、次のお話ねー」


「まだあるのか……」マルクスが苦笑いする。「多くないか……」


「ねぇアスラちゃん。英雄にならない?」


 エルナは大切なことをサラッと言ってしまう。

 前置きも何もなし。

 団員たちが硬直してしまう。

 アスラも驚いた。


「いや、いやいやいや!」ユルキが言う。「ない! それはない! 世界滅ぼす気かよあんたは!」


「特権だけ振りかざして義務を無視」マルクスが言う。「即座に称号を剥奪される団長が目に浮かぶ」


「……団長は、英雄より《魔王》と友達になるタイプ……。だからダメ……。それだけはダメ……」


「わたし今、倒れるかと思ったわ」ルミアが自分の額を押さえた。「とんでもない発言よ? エルナ様は世界の敵か何かなのかしら? 恐ろしいわ……」


「あらー? 実力者に声をかけるのは普通でしょー? どうアスラちゃん?」

「いや、面倒だから遠慮しておくよ」


 メリットもあるが、デメリットも大きい。

 取り分け《魔王》退治は最悪だ。

 何が最悪かって、

 アスラが自分で指揮を執れないこと。

 いつか団を大きくして《魔王》を倒したい気持ちはある。楽しそうだから。


 でも、魔法兵ではない英雄たちと連携なんて考えられないし、脳筋たちに戦術理解があるとも思えない。

 毎回英雄の半分が死亡するのは、結局のところノープランで突っ込むからだとアスラは思っている。

 個の力を寄せ集めたって限界がある。


「じゃあ、英雄選抜試験に合格する自信はあるのねー?」


 英雄を選抜するための試験は、地方によってやや基準が異なる。ただ、戦闘能力が高いことだけは全地方で共通。

 ちなみに、東フルセン地方の英雄選抜試験は三次選考まである。

 一次選考で、基本的な戦闘能力や体力のテスト。

 二次選考で、人格のテスト。いわゆる面接だ。ここの基準が、地方でやや異なる。


 西側は面接自体が存在せず、強ければそれでいい。

 中央では、信仰心が大切な要素となる。

 東側では、礼儀や英雄らしさなど、曖昧な感じ。

 二次選考まで通過して初めて、英雄候補を名乗ることができる。この時点で、かなり絞り込まれている。


 そして三次選考では、実際に英雄候補同士が戦い、一番強い者だけが英雄の称号を与えられるのだ。

 一次選考から数えると、腕に自信のある数万、あるいは数十万人の中のたった一人だけ。

 故に、英雄は強い。単純に強い。

 まぁ、三次選考は定期的に開催されるので、負けたとしても次がある。

 腕を磨き、何度も挑戦することができる。

 初めての三次選考で英雄になれたのは、歴史上たった二人だけ。

 ジャンヌ・オータン・ララとアイリス・クレイブン・リリ。

 エルナですら、二回落ちている。


「二次選考を通してくれるなら、三次は余裕だろうね。皆殺しにしていいなら、だけど。殺していいなら私対残り全員でもいい」

「エルナ様、アスラは本当にその条件でも勝つわよ。保証するわ。英雄候補をみんな死なせてもいいなら、アスラは合格できる。絶対よ。アスラに殺せない人間なんてこの世にいないわ」


 ルール無用なら、アスラは英雄ですら殺してしまえる。

 そのことをもうルミアは知っている。

 そして、自分たちにもそれができてしまうと気付いたはず。

 傭兵団《月花》が恐ろしいほどのを持っていると知ったのだ。

 まぁ、アスラは最初から知っていたけれど。


「殺さずに、だったらどうー?」

「面倒だからそもそも試験に出ない」

「出たと仮定して」

「ふむ。どうかな? 手足を消し飛ばすのはあり?」

「それもダメよー。戦士生命を奪わないことが条件。どうかしら?」


「そこまで制限されると、相手によるね。試合形式は苦手だよ、私は」アスラが苦笑いする。「私は基本、殺し合いが生業でね。正直、ルールの多い試合形式だと、アイリスにすら勝てるか怪しいね」


「怪しいっていうか、あたしアスラに勝ったわよね!?」


 アイリスが激しく抗議した。フルマフィの支部での戦闘を言っているのだ。


「3歳の私にね」アスラが肩を竦める。「しかも理性がぶっ飛んだ私」


「アイリスと五分なら、十分なのだけど……」エルナが真剣な口調で言う。「それにねー、本当はアスラちゃんのような人物こそ、《魔王》討伐に必要だと思っているのよ、わたしは」


「私もそう思うよ。なぁに、心配するなエルナ。いつか私が団を大きくしたら、《魔王》も狩ってみせるさ。そこで君たち英雄はお役ご免となるがね」


 ハハッ、とアスラが笑った。


「それでも、できれば英雄になって欲しいわねー。アイリスと2人で、次世代の英雄になって欲しいのー」

「もしもの話だが、私がマティアスを殺していたら? それでも英雄になって欲しいかね?」


 場が凍り付いた。

 団員たちの「このクソアマ、何言ってやがんだ殺すぞ」という表情が面白かった。


「証拠がないわねー、だから殺していないのと一緒よー」


 エルナは冷静を装っているが、少し表情が引きつっている。


「では、もしも私がやったと告白したらどうだね? それでも私を英雄にするかね?」

「……知ったのがわたしだけなら、目を瞑るわー」


 その発言にはみんなが驚いた。


「マティアスちゃんには悪いけど、アスラちゃんの方が上だったってことでしょー? なら、やっぱりアスラちゃんの方が役に立つわー」

「君はやはり、英雄の中では浮いているね。頭が良すぎるんだよ、きっと。思考が柔軟で、合理的。周りがみんなバカに見えて辛かっただろう? 他の英雄たちは報復一辺倒だろう?」


「ええ。そうねー。でも、わたしも報復のつもりだったのよー。でも、あなたたちに会って考えを変えたわー。もしあなたたちが犯人なら、報復するより利用した方がいい、って」


「なるほど。よく分かった。ちなみに、マティアスは殺してないから安心したまえ。あと、英雄の件は断る。気ままな傭兵が向いているからね、私は」


「そう。残念ねー」エルナはベストの下から封書を取り出す。「これを持ってコトポリ王国のカーロ・ハクリに会って。大森林探索の第一人者よ。彼の護衛が仕事。よろしくお願いねー」

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