EX02 新ジャンル、私フェチ! リョナ・フェチじゃなくてアスラ・フェチだよ?


 その日、傭兵団《月花》は憲兵の屋外訓練所を借りて、訓練に励んでいた。


「私の攻撃魔法【地雷】は、最大でも7枚までしか同時に作れない。これは私のレベルが低いからなのか、そこが【地雷】の限界なのかはまだ分からない。8枚目を作る努力はしているが、上手くいかないんだよね」


 アスラは楽しそうに言った。

 立っているアスラの前に、レコとサルメが座っている。

 レコとサルメはMPを認識するために集中しているが、アスラの話も聞いている。


「私は魔法を2つ同時に展開できるんだけど、なぜか【地雷】と【地雷】は同時に使えないんだよね。それができたら14枚出せるんだけどね。これはでも、私に才能がないか、レベルが低いかのどっちかだね。ジャンヌは攻撃魔法を同時に3つ出したという話だからね」


 レコとサルメは、午前中はずっと近接戦闘術を教わっていたので、生傷だらけでボロボロの状態だった。


「そもそも魔法を極めた奴がいないから、魔法がどこまで伸び代があるのかも明確じゃない。一応、今のところ区切りとしては固有属性の獲得だけどね。正直、それより更に上があっても私は驚かない。むしろロマン派としてはあって欲しいところだね」


 すでに昼食と休憩を済ませ、今は午後の訓練中。

 他の団員たちは、午前中はずっと連携を高める訓練をしていて、今はルミア以外の全員が個別で魔法の特訓をしていた。

 魔法はとにかく使いまくって熟練度を上げ、MPを高めたら、ある時、ふっと固有属性が開花する。


「魔法の性質に関しても、本当に4つだけなのかな? 性質というか系統でもいいかな。私は個人的に、新しい系統を確立させるために訓練してるけど、まだ上手くいってないね。でも手応えはあるから、近く確立できそうな気がするよ」


 アスラは魔法の可能性をずっと模索している。


「どうしたのアイリス、その程度じゃないでしょ?」


 ちなみに、ルミアはアイリスと剣の稽古をしていた。

 正確には、午前中ずっと1人で剣を振っていたアイリスに、「相手がいた方がいいでしょ」とルミアが持ちかけた。

 なんだかんだ、ルミアはアイリスを鍛えるのに一番熱心だった。

 15歳の英雄が、ジャンヌの影と重なるのかもしれない、とアスラは思った。

 2人とも訓練用の木剣で対戦しているが、特にルールはなく、自由に戦っている。


「あの、団長さん、質問いいですか?」

「許可しようサルメ」

「MPと闘気は違うものなのでしょうか?」

「元は同じだよ」

「えっと、イーナさんが闘気は相性が悪いって言ってたんですけど、アイリスさんを見る限り、有効な技だと思うのですが……」


 サルメは視線をアイリスとルミアの方に向けた。

 アイリスがルミアに苦戦して闘気を使った。だからサルメが反応した、という感じか。


「バカねぇ。普段からバンバン闘気使ってどうするのよ。いざって時だけにしなさい」


 言いながら、ルミアも闘気を放った。

 アイリスに対抗するために仕方なく、というか、まだアイリスに負けたくないのだろうなぁ、とアスラは考察した。


「あなた強いんだけど、まだまだ経験不足ね。マティアスは闘気使わずに私より強かったわよ? でもそれが本来あるべき姿よ。英雄が一般人を相手に闘気出さなきゃ勝てないなんて話にならないでしょ?」


 元々、ルミアは魔法戦士だったから、闘気を使うのは珍しい。

 ルミアが闘気を扱えることに、アイリスが酷く驚いていた。


「サルメ。訓練の時に闘気を使うと最大の力が出せてしまうから、伸びないんだよ。実力がそれ以上伸びない。分かるかな?」

「はい。なんとなく分かります。でも普段の戦闘とかでは、有効だと思うのです」

「どうして私たちが闘気を使わないのか、って話かね?」

「はい。気になっていたので」

「説明しよう」


 ルミアがアイリスの腹部を打った。実戦ならアイリスは死んでいる。

 ルミアの闘気に驚いてしまったせいで、隙ができたのだ。

 やはり経験値の低さが問題だ。対戦相手も闘気を使えるかもしれない、という考えがアイリスになかった。


「闘気なんてハッキリ言ってしまえばクソの極みだよ」アスラが言う。「第一に、闘気はMPを垂れ流して、持続時間も短いくせに本来の実力が出せるだけ。まぁ、元がMPだから使い続ければ持続時間は延びるかな。個人差がある、ってやつだね。でも、そんなの普段からコンディション調整して、最大に近い能力が出せる状態を作っている方がいいに決まってる」


 アイリスは腹部の痛みでゴロゴロと地面を転がっていた。

 アイリスは打たれ弱いのも問題だ。

 拷問訓練を受けさせてあげようかな、とアスラは思った。


「第二に、闘気を使っている間は魔法が使えない。闘気なんか使うぐらいなら魔法を使った方がいい。魔法兵たる私たちが魔法を使えないなんて冗談にもならない」


 ルミアはアイリスを見てやれやれ、と首を振っていた。

 アイリスは本当に強いのだけど、問題がまだまだ山積みだ。


「第三に、闘気は気配が大きくなりすぎる。隠密作戦では絶対に使えないし、普通の戦闘でも行動が読みやすい。まぁ、読まれても問題ないぐらい素早く動けるのなら話は別だがね。最初から強い英雄たちが使うから、そこそこ効果があるんだよ」


「じゃあ、副長さんやマルクスさんなら……」


「だから、MPを垂れ流しにするんだよ? 持続時間が切れたあとどうする? もう魔法は使えないよ? 途中で闘気を仕舞ったのでない限り、MPは尽きている。闘気を放って、それを敵に凌がれたら? 自分の最大の力が跳ね返されたら? もう負けるしかないじゃないか」


「……なるほど。なんとなく、分かりました。逆に言うと、無尽蔵のMPがあるなら、使い分ければいいんですね?」


「あればいいけどね」アスラが笑う。「でも私たちにはない。だから最初から使わない方がいいってことだよ。打つ手はたくさんあった方がいい。だがまぁ、覚えたいなら、魔法兵になったあとで個人的に教えてあげるよ」


「団長さんも、使えるんですか?」


「ルミアに教わったけど、すぐにクソだと分かって、以来使ってないし、今後使う気もないかな。私が大英雄だったら、英雄になった奴に闘気より魔法を教えるね」


「団長、オレ、MP認識できたかも」


 レコが淡々と言った。


「ほう。私の想定より早いな。集中力が高いのかな?」


 アスラが微笑む。

 レコは闘気の話をしている間も、アスラの話を聞きながら練習を続けていた。


「むぅー」


 サルメはレコに負けたくないのか、すぐにMPを認識するために集中した。


       ◇


 その夜。


「ちょっとアスラ!!」


 アイリスが烈火の如く怒りながらアスラの部屋のドアを乱暴に開けた。

 アスラは魔法書を読んでいたのだが、顔を上げてアイリスを見た。


「レコがあたしの胸に触って来たんだけど!!」

「そうか」


 アスラは魔法書に視線を戻した。

 魔法書は貴重だ。魔法を研究している者が少ないから、刊行も10年に1冊ぐらい。

 大魔法使いたちの連名で、出版される。

 アスラが読んでいるのは、一番新しいやつ。

 実はアスラもこっそり魔法書を書いているのだが、そのことはまだ誰にも教えていない。


「そうか、って何よ!! 胸に触ってきたのよ!! 注意してよ!!」

「いいじゃないか、減るもんじゃないし」

「何その言い方!? アスラだって女の子でしょ!? 胸触られたら嫌でしょ!?」

「私は君より多くレコに触られているし、抱き付かれたり匂いを嗅がれることもあるが、そんなに怒ってない。普通に触るなと言うだけだ」


 アスラは顔を上げて、アイリスを見ながら言った。

 ちなみにもうローブは畳んでいて、アスラは下着とシャツだけという姿。


「ああでも、うっかり頭突きしたことはあるかな。レコのやつ、全力で私の胸を揉みながら『団長の胸が行方不明だから探してこようか?』なんて言いやがったからね」

「胸がないって言われて怒ったの!? そっちじゃなくて、触ることに対して怒ってよ! レコはアスラに懐いてるんだから、注意したら聞くでしょ!?」


「別にないことはない。少し小さいだけだよ。体脂肪率が低いことが原因だ。私だってせっかく女に生まれたんだから、自分の胸揉みたいさ。でも傭兵だから鍛えなきゃいけない。鍛えれば体脂肪率は下がる。私だって辛いんだよ」


「何の話よ!? そうじゃなくて、レコを叱ってって言ってるの!」

「レコはソシオパスだから簡単には反省しないし、11歳だから女の身体に興味を持ってもおかしくはない」

「だからって触っていいわけないでしょ!?」


「君が注意したまえ。君が触られたんだから。別にレコを殴ってもいいぞ? レコの行動はレコの自己責任だからね」

「……分かったわよ。あたしが注意するわよ。すっごい怒るからね? レコ泣いても知らないからね?」

「好きにしたまえ。でも手を出すならちゃんと加減をしろよ? 殴るのはいいが、虐待にならないよ……」


 アスラの言葉の途中で、アイリスが部屋を出て乱暴にドアを閉めた。


「……最後まで聞きたまえよ……」


 アスラは溜息を吐いてから魔法書に目を通す。

 しばらく静かな時間が経過する。


「アスラーーー!!」


 アイリスが半泣きで部屋に入ってきた。


「今度は何だい?」

「また触られたー!!」

「……君、英雄だろう? 避ければいいじゃないか……相手レコだぞ……」

「だって! だってお説教してる時にいきなり鷲掴みにされるなんて思ってなかったんだもーん!!」

「分かった。分かったから叫ぶなアイリス。レコを呼んできてくれ。注意するから」

「グスン……、ちゃんと注意してよ……」


 アイリスが部屋から出る。


「私の静かな読書時間が……」


 アスラは小さく溜息を吐いた。

 しばらく待っていると、レコとアイリスが部屋に入ってきた。


「レコ。アイリスの胸に触ったのかね? 2回も」

「うん」

「どうだった?」

「柔らかい」

「そうか。興奮したかね?」

「別に。だってアイリスだし」


「ちょっと待ちなさいよぉぉ! だってアイリスだし!? だってアイリスだしって何!?」

「興奮して欲しかったのかね?」

「そうじゃないけど! そうじゃないけど! 酷くない!? 何で触られたのあたし!?」


「胸に興味あったから。副長は母さんみたいだし、イーナはイーナだし、サルメはそういうの嫌で娼婦辞めたんだろうから、アイリスでいいかって」

「あたしだって嫌よぉぉぉぉぉ!! しかもアイリスでいいかって何!? あたし何番目なのよぉぉ!!」


「偉いぞレコ。サルメにやったら私もガチで怒った。あと、ルミアだったらルミアが君を殴った。イーナはイーナだし、判断力は悪くない」


「えへへ」とレコは嬉しそう。


「なんで褒めてんのよぉぉぉ! 注意してくれるんでしょー!!」

「そうだったね」


 アスラが立ち上がる。


「団長の生足、興奮する」とレコ。


「あたしの胸揉んで興奮しなかったのに!?」

「ふむ。これはどうだ?」


 アスラがシャツを持ち上げて下着と腹を見せる。


「団長のお腹、興奮する」


「なるほど。お腹の方か。それはそうとレコ。一応、アイリスも女の子だからなるべく胸を揉まないように。私もセクハラするのは好きだが、セクハラは悪いことだよ? お仕置きするからこっちおいで」


 アスラが言うと、レコがトコトコとアスラの前に移動。

 アスラはそのままレコの頬を平手打ちした。

 それほど強くはないが、弱くもない。

 適度な威力だった。痛すぎず、ヌルすぎず。


「一応、アイリスの胸に触った罰だけど、今のも興奮するかね?」

「一番興奮した!!」


 アスラがレコの股間に目をやると、本当に興奮しているようだった。


「なんで!? ねぇなんで!? 今レコ叩かれたよね!? なんで興奮するの!?」

「ふむ。私の判断では、レコはフェチだね」


「フェチ……って何?」とアイリスが首を傾げた。


「性的嗜好の1つで、多くは身体の部位や服やブーツなんかに対する執着だよ。でもレコの場合は少し違っている」

「どう違うのよ?」

「うん。レコは私フェチだ」

「は?」


「私なら何でもいいんだよ。私の身体なら何でも興奮する。あるいは、私に何をされても興奮する。そういうフェチ。私フェチ。アイリスの胸に触ったのは、純粋に胸に興味があったのだろう。男子としては健全な成長だろう」


「それって全然、健全じゃない気がするんだけど……」


「バカ言うなアイリス。私を見ろ。美少女だろう? それはもう絶世の美少女だ。私に興味を持たないマルクスやユルキがおかしいんだよ。つまりレコはまともだね。もちろん、胸に興味を持つこともね」


「団長大好きなオレは普通」

「あんた絶対普通じゃないから!! てゆーか、アスラもそれ嫌じゃないの!? 常に興奮されてるじゃない! レコがその、えっと、アスラ・フェチなら!」

「特に何も思わない。ああ、でも私は女が好きなんだよレコ。悪いけどね」


「てゆーか、アスラもなんで女の子が好きなわけ!? ユルキとか美形だし、マルクスだって男らしくてカッコイイじゃないの!」

「私は中身がおっさんだからだよ」

「意味分からないんだけど!?」

「うん。説明するのも面倒だから、とりあえずこの話は終わりってことで」


 アスラが再び椅子に座る。


「なんでよ!? 全然レコ反省してないよ!? レコ絶対また触ってくるでしょ!」

「うん。触りたくなったら触る」

「ほら!!」


「……どうしろと? 私はもうビンタしたよ? ついでにレコの尻でも引っぱたくかね?」

「そうして!! 反省しないと意味ないでしょ!!」

「それすごく興奮する」

「やっぱりダメ!!」


「私が何してもレコは喜ぶから、あまり意味がない。自分で解決してくれ」アスラが少し笑った。「いやー、それにしても私フェチとは恐れ入ったねぇ。ははっ、面白い奴がいたものだ」


「全然面白くないから! 全然面白くない!」

「アイリスってうるさいね」


 レコがやれやれと肩を竦めた。


「もー! どうしたらいいのよぉ!」


「触られそうになったら躱せ英雄」アスラが言う。「ついでに殴れ。アイリスなら興奮しないだろうから、そうしたまえ。でもやりすぎるな? 罰の範囲でやれ。虐待はするな」


「あたし、そんなことしないもん」

「だろうね。一応言っただけだよ。私たちはみんな、それぞれ理不尽な目に遭ってきた」


 アスラも無意味に団員たちを殴ったことはない。

 訓練や、命令違反に対する罰だけ。傍目だとメチャクチャに痛めつけているように見えても、後遺症が残らないよう、心の傷にならないよう、注意してやっている。


「うん……」

「だからちょっと敏感なんだよ。まぁ身内に対しては、だけど」


 サルメがウーノたちに性的虐待を受けた時の団員たちのキレ具合は、アスラの記憶にも新しい。

 あの時、サルメはまだ正式に仲間ではなかった。

 でも仲間にしようとしていたし、みんな了承していた。心情的にはすでに身内だった。


「まぁ、サルメは身内でなくても、本気で怒るだろうね」

「だから、あたしそんなことしないってば……」


「本題に戻ろうアイリス。君は英雄だ。君は本当に強いんだよ。ちょっとアホなだけでね。だから、君にその意図がなくても、虐待に見えることがあるかもしれない。君がもし本気で殴りつけたらレコはどうなる?」


「……ケガすると思う……」


「そうだね。私は罰として適切な痛みをレコに与えた。それで興奮されてしまったけど、あのぐらいで十分だろう。もちろん、繰り返すならもっと痛みを増やすけど、私だと意味がない。レコは喜ぶ。だから君がやる。自分の力を理解し、冷静に適切な罰を、だ。いいね?」


「分かった……」


 アイリスがそう返答した瞬間、レコがアイリスの胸を揉んだ。

 レコは話をしている時、自然にアイリスの隣まで移動していたのだ。

 アスラは知っていたが、まさかこのタイミングでまた揉むとは思っていなかった。


「どうするアイリス?」


 レコが挑発的に言って、そのまま走って部屋を出た。


「……やっぱりまぁまぁ強く叩いていいぞ……。他の団員に何か言われたら、私が許可したと言いたまえ」

「ま、待ちなさいこのクソガキィィィィィ!!」


 アイリスがレコを追って部屋を出た。


「あれは完全にアイリスを玩具にしているな。まぁ、楽しそうで何よりだ」


 アスラは魔法書に視線を落とす。

 やっとゆっくり読める。

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