ExtraStory

EX01 傭兵団《月花》について報告します 拝啓、大英雄アクセル・エーンルート様


 アイリスです。

 今日はアスラがピエトロを殺した翌日です。

 傭兵団《月花》は、今日はオフの日なのだとか。

 みんなの行動を追ってみようと思います。


 まず副長のルミア・カナールから。

 ルミアは宿の部屋でずっとお茶を飲んだり本を読んだりしてのんびりしていました。

 なんだか、日だまりで微睡む猫みたいにゆったりしています。

 動きがないので、他の団員のところに移動しますね!

 あ、これリアルタイムで書いてるんですよー!


 マルクスの部屋に入ると、マルクスはひたすら筋トレをしていました。

 今でもムッキムキのマルクスですが、将来は絶対アクセル様みたいなスーパーマッチョになると思います!

 しばらくすると、今度は魔法の練習を始めました。

 マルクスすっごい真面目。

 他に動きがないので移動します。


 ユルキの部屋に入ると寝ていました。

 ユルキって美形です。あたしと同じ金髪だし。

 あたしのことも気に懸けてくれるし、《月花》で一番いい人!

 でもあたしを子供扱いするのは許せない!

 とりあえず、移動します。


 イーナの部屋に入ったら、「バカが来た」と言われたので、カッとなって口喧嘩に発展してしまいました。

 イーナって酷いんです。あたし卑猥なこととかいっぱい言われて、泣きそうだったので移動しました。


 レコとサルメは部屋にいません。

 探したらアスラの部屋に2人ともいました。でもアスラはいません。

 レコは「団長の香り」と言いながらベッドで幸せそう。

 サルメはあたしに挨拶してくれた。

 サルメは割といい子。なんで《月花》にいるのか不思議!

 特に動きがないので、またあとで。


 夜になりました。《月花》はみんなで酒場に移動してドンチャン騒ぎ。

 娼婦まで呼んでた!!

 アスラは女の子なのに女の子が好きみたい。

 娼婦のお姉さんとイチャイチャしてて、ルミアがすっごく不機嫌!

 騒ぐだけ騒いで、解散でした。

 あ、料理は美味しかったです。

 以上、《月花》のオフでした!


                               敬具


       ◇


 アイリスです。

 ドンチャン騒ぎの翌日です。

 今日はアスラとルミアが罰を受けるみたい。

 作戦行動中の暴走と、命令違反だとか。

 何をするのかと思ったら、アスラとルミアがメイド服を着ていました。エプロンドレスです。うちのメイドも似たような服を着ています。

 今日はアスラとルミアが一日だけみんなの召使いになるようです。

 軽いというか、健全というか、あたしの想像した過酷な罰とは違うみたい。

 こいつらのことだから、血塗れになるまでぶん殴るとかを想像してたので、ちょっとホッとしてる。


 ってゆーか召使いじゃなかったぁぁぁ!!

 2人はいきなり土下座させられて、みんなに頭をゲシゲシ踏まれ始めました!

 そしてひたすら「ごめんなさい」を連呼しています!

 てゆーか、そうするように言われたみたい。

 これ、ユルキの案なのだそうです!

 なんでエプロンドレス着させたのか謎です!

 ルミアはとっても悔しそうな雰囲気ですが、アスラは普通っぽい感じでした。


 それが終わると、今度はマルクスの案。

 2人とも延々と筋トレをやっています。

 マルクスがやらせています。エプロンドレスのままで!

 2人とも汗だくで、今にも倒れそうなぐらい筋トレして、それでもマルクスは許さないんです!

 しかも。


「わたしは筋肉痛が遅れて来ます。わたしは筋肉痛が遅れて来ます」


 ってルミアはずっと言わされてる!

 ものすごい屈辱みたいで、すっごい表情してるのルミア。

 アスラの方は、


「筋トレ大好き、筋トレのためなら死ねる、筋トレ大好き」


 って言わされてる!

 明らかにアスラ、筋トレとか好きじゃなさそうなのに!

 2人ともぶっ倒れて、それでやっと許されたみたい。

 でも次はイーナの案。

 イーナは椅子に座って両足を投げ出し、


「……舐めろ……」って言いました。


 その時のルミアの表情は、たとえるなら魔王の表情!

 アスラの方は普通にペロペロと舐め始めたのでビックリ!

 さすが団長! 進んで罰を受けている感じです!

 でもなんか、子犬みたいでちょっと可愛い。

 ルミアの方はもうこの世の終わりみたいな感じで舐め始めました。

 それを見てユルキが、


「副長エロすぎて俺見てらんねぇわぁ。汗だくで、舌でペロペロとか……」


 って前屈みになっていました。

 なんで前屈みなんだろう?


「このエロさに、耐えられるのか自分……」


 マルクスは何かを必死に堪えている様子。

 でもそれが何かあたし分かんない。


「私はどうかね?」とアスラが言って、


「団長は全然」とユルキ。


「何も感じませんな」とマルクス。


 それから長い時間、イーナは2人に足を舐めさせていました。

 イーナはとっても嬉しそう。


「……足ふやけそうだからもういい……」


 それで2人は許されたようです。

 次はサルメの案。


「恥ずかしいと思いますが、服を脱いでください」


 サルメが言うと、2人ともあっさり脱ぎました。

 きゃー! きゃーきゃー!

 2人ともなんで抵抗なく脱いだの!?

 サルメもビックリしてる!


「拷問訓練は裸でやるから、今更だね」アスラが言う。「むしろ汗でベタベタの服が脱げて爽快なぐらいさ」


「そうね。さすがに裸には慣れたわ」とルミア。


「俺もなんか見飽きてっから、裸は逆に冷静になるわー」

「自分もだ。サルメ、これでは罰にならん。他にないのか?」

「え? え? どうしよう私、他に考えてないです」

「じゃあサルメ飛ばしてオレ」


 レコの案。


「あ、ごめん、汗だくで裸の団長に興奮して何考えてたか忘れた」


 レコがアスラをガン見しながら言った。


「……バカ……」


 イーナが呟きました。


「ふむ。全体的にヌルイな」

「ヌルくないわよ。わたしもう嫌よ。許してよみんな、ね?」


 ルミアが瞳を潤ませて、両手を胸の前で組んで言った。

 あたし、すっごいドキッてした!

 これ許す! 絶対許す!


「副長はもう許そうぜ? 実害なかったし、団長の方が悪いだろ」

「ああ。副長はもういいだろう。団長はまだダメだと自分も思うが」

「……バカばっかり……」


 イーナが溜息混じりに言ったけど、あたしはユルキとマルクスの気持ち分かる。


「まぁ、ルミアにとっては酷い屈辱だったようだし、いいだろう。ルミアは終わりでいい。問題は私だ。ハッキリ言って全然堪えていない。筋トレはしんどかったがね」


 堂々と反省してないって言った!

 サルメがルミアに手拭いを渡して、ルミアはそれで汗を拭っています。

 それが終わると、ルミアはさっさと自分の服を着始めた。


「どうするよ?」

「うーむ」

「……どうせ団長、何しても泣かないし、面白くない……」

「く、くすぐってみます?」


 サルメが言うと、みんな「その考えはなかった!」みたいな表情。

 みんなでアスラをくすぐりました。

 あたしも混じった。

 アスラ普通に泣いた。笑い泣きだけど。


「笑いながら死ぬかと思った……。なるほど、これはキツイ。さすがの私も参ったよ」


 終わったあと、アスラが感慨深そうに頷いていました!


                               敬具


       ◇


「俺様はヨォ、《月花》の動向を報告しろっつったけどヨォ、あいつアホなのか!?」


 アクセルはアイリスの手紙を読んで叫んだ。


「まぁまぁアクセル。アイリスは類い希な才能を持ってるけど、頭が弱いでしょう?」


 アクセルの対面に座っている女性が言った。


「テメェは本当、ハッキリもの言うなぁ、エルナ」

「ふふ、それが私のいいところ、でしょ?」


 エルナ・ヘイケラが笑う。

 エルナは42歳で、クリーム色の髪を低い位置で1つに括っている。

 穏やかな表情を浮かべていて、服装は小綺麗。淑女と表現しても差し障りない。


「まぁ、な」


 アクセルの左手には、鉄製の義手。常に拳を握った状態の義手なので、そのまま殴りつけることができる。


「それでアクセル、進展はあった? 私の方は全て空振りなのよねー」


 エルナが溜息を吐く。

 アクセルとエルナの間には、丸い小さなテーブルがあって、その上にはアーニア周辺の地図が広げられている。


「こっちもだ。手詰まりだぜ、正直な」

「マティアスちゃん殺した犯人は、もうきっと見つからないわねー」


 エルナが首を振る。

 東フルセン地方の、もう1人の大英雄。

 それがエルナ・ヘイケラだ。


「矢がどっから飛んで来たのかすら、俺様らは分からネェ」アクセルは悔しそうに言う。「つーか、2本の矢だぞ? たった2本の矢で、マティアス殺せるか? テメェならできるか? 《破魔の射手》の異名を持つテメェならどうだ?」


 エルナは弓使いとして英雄になり、弓使いとして大英雄になった。

 当時の弓使いは臆病者と罵られる存在だったが、エルナがそれを変えた。

 今ではどこの軍にも弓兵がいる。


「マティアスちゃん限定なら、まず不可能ね。英雄になりたてのボーヤなら、できるかもしれないけれど」

「その不可能を、やってのけた奴がいる。んで、俺様らはそいつに報復もできネェ」

「それに有効な暗殺対策もできないわねー」

「頑丈な地下室にでも隠れてろってさ。アスラに言われたぜ。クソ、英雄にも人生があることを分かってネェ」


「そうねー。英雄だって人間だものねー。でもだからこそ、矢で頭を射貫かれたら死ぬの。マティアスちゃんがまったく察知できないような矢なら、本当にどうしようもないわねー。たぶん私たちも、同じ方法で殺せてしまうでしょうねー」


「それだそれ、あのマティアスに察知できネェって、どんな矢だ?」

「推測に過ぎないけれど」


 エルナは地図を見て、森を指さす。


「ここからなら、射手は見えないし、たぶんどんな人間も察知できない」

「冗談言うなエルナ。どんだけ離れてんだ。そんなとこから、狙えるわけネェ。つーか、届かネェだろ?」

「魔法なら?」

「魔法?」


「そう。私たちの知らない、何かしらの魔法を使った、とかね。傭兵団《月花》は魔法を使うでしょ? 魔法兵っていうらしいわ」

「そりゃ俺様も知ってるがヨォ、奴らじゃネェよ。テメェはあのアスラに会ってネェから、まだ疑ってんだろうけど。ありゃガチでマティアスやったら宣伝するぜ?」


「それらも全てフェイク、ってことはないのかしらー?」


「ネェ。俺様はガチで、あのアスラにビビッちまった。13歳のガキだぜ? 恐るべきガキだ。ありゃマジで英雄とガチ戦争やってもいいって思ってやがる。だからやってたら隠さネェだろうぜ」


 アクセルはすでに、《月花》を容疑者から外していた。

 それでも危険な存在に変わりはないので、監視は続ける。


「んー、だったら、最上位の魔物、とかが犯人かしら?」

「その方がマシだぜ。人間に殺されたってのよりはな」

「でもそれだと、やっぱり見つからないわねー」


 エルナは首を振った。


「敗北だぜ、完璧にな」

「そうねー、私たちは、敗北したのねー。犯人が人間なら、心底から恐ろしい人間だわね」

「だな。完全犯罪だ。認めたかネェが、数百年に1人いるかいネェかの天才だぜ、単独犯なら、だがヨォ」

「天才……ね。私はやっぱり、アスラが怪しいと思うわねー」

「あれも恐るべきガキだが、天才っつーよりは、とにかく恐ろしいって感じだがヨォ。《魔王》みたいに笑いやがるんだ、あいつは」


「そうかしらぁ? ファイア・アンド・ムーブメントって、彼らが提唱してる基本戦術らしいのだけど、それの内容って私がずっと実践してたことなのね。もし、それを13歳の子供が自分で考えて、実践しているのなら、天才だと思うけれど?」


「よく分かんネェけど、テメェが自分を天才だと思ってんのは分かった」


「アクセルは完全武闘派だものねー」ふふっ、とエルナが笑う。「ねぇアクセル、アスラはね、魔法を実戦に組み込んだのよ? 誰もがバカにしてた魔法を。唯一、魔法で強かったのはジャンヌの【神罰】だけ」


 ジャンヌの全盛期に、魔法が少しだけ流行した。

 けれど、結局ジャンヌが特別だったという結論に達し、また魔法の立場は元に戻った。


「魔法に対する認識は改めたぜ? 俺様も魔法にやられたからヨォ」


 アクセルは左腕を持ち上げた。


「20年後の兵士は、きっと魔法兵が主軸になるわねー。英雄も半分は魔法戦士じゃないかしらね?」

「傭兵団《月花》が、世界を変えちまうのか?」

「そう。このまま彼らが実績を重ねれば、必ずそうなるわねー。弓の時と同じよー」

「マジで恐るべきガキだ。世界さえ変えちまうのか、あのガキは」


 アクセルは肩を竦め、少しだけ笑った。


「だからこそ、アスラを疑うべきなの。ずっと疑い続けるべきなのよアクセル。アスラは天才よ。間違いなくね。私たちには理解できない方法でも、アスラなら思い付く」

「……それでも、俺様は違うと思うが、テメェも一度会ってみたらどうよ?」


「そうね、そうするわ。ちょうど、いい感じの依頼があるのよねー。アイリスを鍛えるにもちょうどいいのよー」

「どんな依頼だ?」

「南の大森林の調査。正確には、調査員の護衛ねー」


「おいマジで言ってんのかエルナ」アクセルが目を細めた。「アイリスに大森林は早い。早すぎるって言ってもいいぜ。テメェの後釜候補を死なせる気か?」


 フルセンマーク大地の南には、広大な森林がある。

 その森林の先に何があるのか、誰も知らない。

 まだ誰も大森林を抜けたことがないからだ。


「基本的には傭兵団《月花》への依頼よー。アイリスはついでに経験値を上げてくれればいいなー、って感じかしらねー」

「ちっ、調査ってことは、未踏の地まで行くんだろ? 上位の魔物が出るかもしれネェ。連中なら大丈夫だとは思うがヨォ、それでも数が出たら厳しいだろうぜ。英雄ももう1人は行くべきだ」


 魔物の多くは、大森林からやってくる。

 まだ見ぬ脅威も存在している可能性が高い。

 大森林の未踏の地まで調査に行く場合、必ず英雄が2人以上護衛に付く。場合によっては大英雄も同行する。今まではそうだった。


「えー? 大丈夫よー。アイリスは実力だけならアクセルと対等でしょー? それに《月花》が一緒なのよー? 経験の低さを《月花》が埋めてくれるわ。それでももし、連中もろともアイリスが死ぬなら、アイリスにはその程度の天運しかなかったのよ」


「……テメェ、アイリスの天運を試す気か? それとも《月花》の方か?」

「両方よアクセル。わたし、アイリスは歴史に残る大英雄になれると思ってるわー。素質だけならジャンヌさえ上回る。あとは天運があれば、ってところでしょー?」

「……ちっ、そうかよ」


 アクセルだってアイリスのことは買っている。


「アイリスが育ったら、大英雄を譲って私は晴れて引退」


 エルナが弾んだ声で言った。


「先に俺様引退させろや? 俺様の身体はガタガタだぞ? 度重なる戦闘でヨォ、もう全盛期とはほど遠いぜ。大英雄のレベルにあるかどうかも疑問だぜ」


 アクセルは今年いっぱいで、大英雄の座をマティアスに譲るつもりだった。


「頑張ってマティアスちゃんの代わりを見つけて、としか言えないわねー。それに、アイリスが育つのなんてまだ5年は先のことよー。とにかく、50歳までには引退したいわねー」


「現状、東の英雄連中の中にマティアス並はいネェ。次点で蒼空のミルカ・ラムステッドってとこか」


 英雄の中でも当然、強さの序列はあるし、大英雄を任せるなら人格や思想も厳選しなくてはいけない。


「ミルカ君はイケメンだし、いいんじゃないのー?」エルナが笑う。「わたしのお勧めはアスラ・リョナを英雄にすることだけどねー?」


「冗談言うなエルナ。ありゃ特権だけ振りかざして義務を蹴飛ばすタイプだぜ」

「それでも、天才の能力は《魔王》を打ち倒す役に立つと思うわよー?」

「テメェは昔から、戦士とは違う考え方するよな。どっちかっつーと、《月花》の連中に近いんじゃネェか?」

「弓をバカにする奴は、とりあえずみーんな倒したし?」


 エルナが笑った。

 今でこそ落ち着いた雰囲気のエルナだが、大英雄になる前の気性は荒い方だった。


「ま、とにかくアクセル、アスラが恐るべき人物なら、側に置いた方が何かと都合もいいわー。打診だけしてみるわねー、次の英雄選抜試験に出るようにって」

「出ネェだろうなぁ……」


 アスラが英雄になる姿がまったく想像できないアクセルだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る