第3話 光り輝くものほど素敵なものはない そう、だから【閃光弾】は最高なのさ


 プンティはアーニア城下町の酒場で、夕食を摂っていた。

 あの日、イーナに玉を潰されたあの日、プンティは誓った。

 必ずイーナを殺すと。

 そのために、軍に戻らずアーニアの城下町まで来たのだ。

 しかし残念なことに、傭兵団《月花》はすでに城下町にはいない。南東の主戦場に向かったと人々の噂話で聞いた。

 プンティはカウンター席に1人で座っている。

 酒場の客はまばらで、それほど繁盛している様子はない。


「やぁ。隣いいかな?」


 銀髪の少女が、プンティに声を掛けた。


「綺麗なお嬢さん。どうして僕の隣? 席は空いているはずだけど?」


 プンティは警戒したが、今は武器を持っていない。

 テルバエ大王国の人間だと分かるような装備は何も持っていない。服だってムルクスの村で死体から剥ぎ取った物だ。


「傭兵団《月花》を探しているんだって?」


 銀髪の少女は構わずプンティの隣に座って、ミルクを注文した。

 本当に、目が覚めるほど美しい少女だ。

 少女の服装は普通の村人のようで、特に怪しい装備はない。


「……ファンなんだよねー。ちょっと話を聞いて回ってただけだよ」


 実際、そういう風に振る舞った。

 彼らは歴史の表舞台に登場して僅か数日で、英雄のような扱いを受けている。もちろん、アーニア王国内に限った話だが。


「私は情報屋のナヨリ。少しのお金で多くの情報を売るのが仕事さ。まぁ、買うこともあるけどね」


 少女が笑う。

 年下は好みじゃないけれど、あまりにもその笑顔が綺麗で、プンティは少し照れてしまった。


「必要な情報は得たんだよねー。残念だけど、君の情報はいらないかなー」


 プンティが肩を竦める。


「そうかい? でも、買っておいた方がいい。テルバエの人間が敵地に1人じゃ、何かと心細いだろう?」


 少女が笑う。

 でも今度は寒気がするような壊れた笑顔。


「なんでっ……」


 プンティは席を立って構えた。無手でもそれなりに戦える。


「私は情報屋だと言ったろ? 君が誰か知ってる。でもそれをバラす気はない。座れ」

「……何者だろうね、君は」

「情報屋。何度言わせる? 座れ、プンティ」

「なるほど……名前まで、ね……。スパイかな? それも、アーニアでもテルバエでもない、どこか違う国の」


 プンティは言われた通り、カウンター席に座り直した。

 酒場の店主がミルクを少女に渡す。


「それでー? 僕に売りたい情報は幾ら?」

「100ドーラ」

「想像以上に安いね。何か裏があるかな?」

「じゃあ200。裏はない」


 少女は言ったあとミルクを一口飲んだ。

 プンティはポケットから100ドーラ札を出してカウンターに置き、そのまま少女の前に滑らせた。


「半分しかないけど、まぁいい。傭兵団《月花》は南東の主戦場にいるけど、そこに団長はいない」

「……だから?」


 団長に用はない。


「でも副長のルミア・カナールがいる」


 聞いたことのない名前。完全に無名。

 なのに、マルクスは副長がとても強いと言っていた。


「彼女に一騎打ちを申し出るといい。彼女は《月花》の中で唯一の良心と言っても過言じゃない。約束を守ってくれる。君が勝てば、君の望みを叶えてくれるはずだよ」

「それ、一騎打ちじゃなくて決闘」

「どう違う?」


 少女が肩を竦める。


「一騎打ちは戦闘中に色々な思惑でそうなる。一方、決闘の方はお互いの望みを事前に話し合って、同意の上で行われ、勝った方の望みが叶う。簡単にいうとそういう感じかなー」

「なるほど。なら決闘だね」


 少女は納得したように小さく笑った。


「とはいえ……傭兵が決闘を受けるとは思えないなー。どうせ途中で周りの奴が乱入して、みんなで僕と戦うことになるんじゃないかなー」

「それもない。ルミアがそれをさせない。それに彼女、決闘は知らないけど一騎打ちは好きなはずだよ。昔取ったなんとやら、ってね」

「騎士か何かだった人?」

「少し違う。軍人だったんだよ、彼女」

「ほう……」


 どちらにしても聞いたことがない。

 名前的には中央フルセンの出身のように思うが、有名な人間なら噂ぐらいは聞くはず。


「ナヨリ、だっけ? なんでそこまで知ってるのかなー? ただの情報屋とは思えないんだけど、やっぱりどこかのスパイだよねー?」


「ただの情報屋」少女はミルクを美味しそうに飲んでから続ける。「《月花》は旬だからね。嗅ぎ回ったってだけ」


「じゃあ、黒髪の胸無し女について知ってる? 名前は……」

「イーナ・クーセラ? そいつが目的かい?」


 プンティはもう100ドーラをカウンターに置いた。

 少女がそれに手を伸ばす。白くて綺麗な手。

 これほど美しい少女が、なぜ情報屋なんかやっているのだろう?

 いや。

 情報屋は嘘。

 この子はたぶん、スパイ。

 綺麗な女の子は諜報活動に向いている。

 それに。

 この子はただ綺麗なだけじゃない。

 寒気がするような壊れた笑い方ができる。


「イーナ・クーセラは元盗賊で、団長に気に入られて入団。15歳だったかな。得意なのは風属性の魔法と弓。まぁ、他の武器も一通り扱える。性格は残忍で冷酷で人間が泣き叫ぶ姿を見ると股間が濡れるんだってさ」


「元盗賊で、真性の変態か……」

「天敵は副長のルミア。性格の不一致が原因だね」

「ルミアに決闘を挑めば、イーナを差し出してくれるかな?」

「所詮は傭兵団。烏合の衆さ。特にイーナは素行が悪いから、君が《月花》最強のルミアに勝てれば、みんなは特に何も言わないんじゃないかな?」

「直接イーナに決闘を挑んだら?」

「受けるわけないだろう? それこそみんなで君を囲んでボコボコさ。いいかい? ルミアだけなんだよ、そういうの受けてくれるのは。そしてルミアは取り決めを守る」

「なるほどねー。分かった。ありがとう。僕は宿に戻るよー」


 プンティはキチンと勘定を済ませてから、店を出た。

 出る前に一度振り返ると、少女が小さく手を振った。


       ◇


「マティアス将軍!! また夜襲です!!」


 マティアスがテントで休んでいると、伝令兵が駆け込んできた。


「くそっ! またか! これで三日連続だぞ! いい加減にしろクソがっ!」


 マティアスは急いで起き上がり、剣を取って外に走り出る。

 傭兵団《月花》は、参戦すると聞いた日には出てこなかった。

 マティアスが自分で《月花》を潰すために前線に出たというのに、彼らは現れなかった。

 けれど。

 その日の夜、連中は現れた。

 そして幾つものテントを焼き払って逃走した。そのテントの1つは食料庫だった。

 夜間の見張りを増やして対応したが、翌日の夜も多くのテントを焼かれ、多くの兵を失った。


「また食料庫を焼かれました将軍! このままでは、我が軍は飢えてしまいます!」


 テントの外に出たマティアスに、大隊長が言った。


「なぜこっちの食料庫の位置を知っている!? そもそも奴らはどこから来るんだ!」


 夜襲。

 それはこういう大きな戦闘では基本的には行われない。

 どちらの兵も疲れているからだ。日が落ちたら戦闘を止め、休むというのが暗黙のルール。

 連中はそれを完全に無視している。

 食料の問題もあるが、このままでは兵たちが疲弊して戦えなくなってしまう。


「なんとしても撃破しろ! なんとしても生かして帰すな! ワシも行く! 奴らはどこだ!?」

「こ、ここを目指しているようです!」


       ◇


「こう毎日成功すると、俺らって実はすげぇんじゃねぇの? って思っちまうな」


 馬を走らせながら、ユルキは火矢を放つ。

 ユルキの後ろには、サルメも乗っている。

 サルメは本当にただ乗っているだけで、役目はない。職場見学をさせているだけ。

 まぁ、予備の矢筒を装備させてはいる。荷物持ちが役目と言えば役目か。


「元軍属という副長の指示通りに動いているだけだがな、自分たちは」


 マルクスも馬に乗っていて、ユルキと同じく火矢を放っている。

 ちなみに、火矢の火はユルキの生成魔法で点けている。


「副長が軍属だったってことに俺はビックリだぜ。まぁ、おかげで敵の陣のどこに何があるか分かるわけだけど。あと、夜襲がすっげぇ有効だってこともな」

「わたしが軍属だったのはそんなに意外?」


 ルミアは馬上で大きな矛を振り回して、寄って来た敵兵を叩き潰していた。


「いやー、どうっすかねぇ。立ち振る舞い的には、貴族っぽいんっすけどねー」

「軍属の貴族もいるだろう?」


 ユルキもマルクスも、無駄口を叩きながらも火矢を放ち続けている。

 矢筒いっぱいに油を仕込んだ火矢を持って来ている。

 テルバエ軍のテントが燃える炎で、周囲はとっても明るい。


「わたしが元貴族かどうかは置いておいて」ルミアが言う。「わたしたちがすごいわけじゃないわ。テルバエ兵は昼間全力で戦ってヘトヘトなだけよ。ゆっくり休んでいたわたしたちと違ってね」


 テルバエ兵は統率が執れていない。向かってくるが、考え無しにただ向かってきている。

 そんな連中がルミアの矛を躱せるはずもなく。

 ただ死体の数が増えていった。


「見張りは増えていましたが、まぁ自分たちの敵ではないですね」


 マルクスも今は火矢を放っているが、敵の見張り部隊を倒す時は剣を使っていた。


「さぁ、今日は徹底的に叩くわよ。明日撤退させるつもりでね。のんびりしているとアスラが余計なことしちゃうから」

「わぁお、副長が団長のプランを余計なこと扱いしたぜマルクス」


 ユルキたちは北の森の中を通って、そこから一気にテルバエ陣を真横から襲撃した。

 今はちょうど、テルバエ陣の真ん中辺り。

 初日は背後まで回って襲撃し、昨日は南側から北側に駆け抜けるようにテルバエの陣を襲った。


「実際、余計なことだろう? 自分たちだけでやれる気がしている」


 マルクスもユルキも、最初はテルバエ軍を撤退させるなんて不可能だと思っていた。

 いや、不可能でないにしても、かなり難しいと考えていた。

 それが蓋を開けてみると、彼らは夜間の奇襲に為す術もなく崩れた。


「あ、あの」サルメが言う。「私もその、そんな気がします」


「おー、初日は震えてたくせに、言うねぇ」

「もう、慣れました」


 そう言ったサルメの顔の横を、

 ユルキの右腕を僅かに掠めて、

 槍が飛んでいった。

 その槍は真っ直ぐにルミアを目指していた。

 ルミアは飛来したその槍を矛で叩き落とす。

 そして馬の速度を緩めた。

 続いてマルクス、ユルキも馬を歩かせる。


「物騒な挨拶だなおい、俺はまだしも、サルメはビビッたんじゃねぇの? 漏らしたとかねぇか?」

「漏らしてません」


 サルメは少し怒ったような声音で言った。


「副長、なぜ止まるのです? 囲まれますよ?」


「まぁ、挨拶ぐらいはね」ルミアが少し笑って、馬の向きを変えた。「こんばんは、英雄将軍マティアス様」


 ルミアの視線の先に、男が立っていた。

 男の周囲には兵士たちが数人。

 男は燃えるような赤い鎧に、白いマント。短い銀髪で、体格はユルキとそう変わらない。


「副長、まさかここ目指してたんっすか? そりゃねぇっすわ」

「最初に言ってくれれば、自分は本気で反対しましたが?」

「だから言わなかったのよ」


 ルミアは笑顔を崩さない。


「傭兵団《月花》か?」


 男――英雄将軍マティアスが言った。


「そう。わたしたちは傭兵団《月花》。そしてわたしが副長のルミア・カナール。血が騒ぐ、というわけじゃないけれど、少し遊びましょう」


 ルミアは馬を走らせ、マティアスに向かって行った。

 マティアスが剣を抜く。

 すれ違いざまに、ルミアが矛を振る。

 マティアスが矛を剣で受け流し、更に反撃を加える。

 ルミアは馬上で身体を反らすが、脇腹を少し斬られた。

 マティアスが剣を振った風圧で、ルミアの髪とローブが揺れる。


「マジかよ。俺んとこまで風圧来たぞ。人間が剣振ったって感じじゃねぇぞ今の。俺だったら今ので死んでるぜ?」

「やはり英雄は化け物だ……。そもそも、副長の矛をあっさり受け流して反撃? それだけでも信じられん」

「その反撃を躱した副長さんも……化け物みたいですけど……」


「ほう」マティアスが感心したように言う。「お主は強いな。英雄になれる器だろう」


「さすがは現役の英雄様ね。一騎打ちでは勝てそうにないわね」

「お主が18の少女なら、傭兵などすぐに辞めさせてワシの元で英雄候補にしてやるところだが……」


「バカ言わないで。わたしがもし、この10年をまともに生きていたら、とっくに大英雄よ」ルミアが言う。「でも、わたしはこの10年を後悔していないの」


 10年でルミアの戦闘能力はほとんど向上しなかった。

 アスラを育てることだけに注力していたから。


「お主が無名なのは、10年を棒に振ったから、か」マティアスが言う。「そして今日、人生そのものを棒に振る」


「それはないわね。わたしたちは傭兵団《月花》。わたしたちは魔法兵。そしてあなたたちの悪夢」

「ワシらの悪夢、か。ああ、実にその通り。貴様たちはワシらを寝かさないつもりか?」


「その通り」ルミアが息を吸い込む。「お前たちに安寧は訪れない! わたしたちはお前たちを寝かさない! 休まさない! 延々と連日夜襲を仕掛けるわ!」


「お前らボンボンの兵隊さんの神経がすり切れて死んじまうまでな!」


 ルミアの言葉に、ユルキが乗っかる。

 意図を理解したからだ。


「自分たちは束の間の休息すら与えん! 夜が訪れる度に怯えろ!」


 マルクスも意図を理解して乗った。


「おいサルメ、お前もなんか言え」


「え? あ、はい」サルメが息を大きく吸う。「バーカ!!」


「うわぁ、センスねぇ……」


 ユルキは溜息を吐いた。子供の悪口じゃないか。


「わたしたちを止められるものなら止めてみなさい! たとえ英雄であっても、わたしたちを止めることはできないわ! みなさんご機嫌よう! 明日もまた来るわ! 明後日も! お前たちが滅びるまで!」


 言ってから、ルミアは右手で【閃光弾】を作る。


「えげつねぇな」


 ユルキは感心して呟いた。

 ルミアの目的は、敵の士気を挫くこと。

 いつ襲われるか分からない恐怖を植え付けること。

 更に、たった一撃でルミアが英雄候補並か、それ以上の実力があることを示せた。

 同時に、

 ルミアですら英雄には勝てない、とユルキとマルクスは実感してしまったが。


「ここでワシが貴様たちを倒せば、それも終わりだ!」


 マティアスが剣を構え直す。


「知らないのね。森で一度使っているのだけど」


 ルミアが笑い、右手の光球を空中に浮かせる。


「目ぇ閉じろ」


 ユルキは小声でサルメに言ってから目を瞑った。


「これ【閃光弾】って言うの。覚えておいてね。忘れたらまた、明日もわたしたちを逃がすわよ?」


 光球が空中で爆ぜる。

 そして凄まじい閃光が広がる。

 マティアスを含め、敵がみんな両目を押さえて悶えた。

 その隙に、ユルキたちは再び馬を走らせる。

 これで、英雄ですら《月花》を止められないという事実が生まれた。

 全ては敵の心をへし折るため。


「やっぱ副長えげつねぇな。昔どんな軍人だったんだろうなぁ」


 ルミアを敵に回したら最悪も最悪だ。

 性根の腐ったクソッタレの団長なしでも、ここまでやれてしまう。


「趣味、戦争。特技、敵の心を折ること、ってか」

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