第4話 世界で一番何が怖いかですって? 決まってるじゃないの、《月花》の団長よ


 サルメは少し興奮していた。

 ユルキの後ろに乗っているだけなのだが、戦場の空気は十分に理解できた。

 初日は怖かったし、何度か目を瞑った。

 二日目は目を瞑ることはなかったが、やっぱり少し怖かった。

 そして今日は、

 余裕すらあった。


「おいサルメ、敵の弓兵がちゃんと隊列組んでお出迎えだ。よく見ろ」


 ユルキがそう声をかけてきた。

 前方を見ると、2列に並んだ敵の弓兵がいた。


「えっと、2小隊……たぶん1中隊です」


 前列に5人、後列に5人。それから、その隣にもう1人。たぶん指揮官。

 こうやって、ユルキは時々サルメに色々なことを教えてくれる。

 夜間の奇襲に対して、ちゃんと隊列を組めているということは、指揮官がいいということ。

 サルメはこの三日間で多くのことを学んだ。


「んで、あの1人だけ鎧が違う奴。ああいうのは指揮官で、階級が高い。だからとりあえず殺しとけば、俺らが有利だ」


 前列の弓兵が矢を放った。

 しかしその大半をルミアが矛で叩き落とす。

 落せなかった矢はマルクスが剣で落とした。

 だからサルメのところまで矢は飛んでこなかった。


「よっと」


 ユルキはずっと火矢を放っている。

 すでにユルキは自分の矢がなくなっていて、サルメの矢筒と交換済み。

 職場見学兼、予備の矢筒係。

 それがサルメの役目。

 後列の弓隊も矢を放った。

 さっきよりも距離が近いけれど、ルミアはさっきと同じように矢を落とす。


「すごい……」


 その戦闘能力の高さに、感動すら覚える。

 ルミアが漏らした矢はマルクスが落とす。

 ユルキは淡々と火矢を放つ。

 お互いを信頼している。そしてその信頼は、互いの実力をよく知っているから生まれるのだ。

 早く、私も早く追いつきたい――サルメはそう強く思った。


 前列の弓兵が再び矢を放つより早く、ルミアが【閃光弾】を炸裂させた。

 弓兵たちは目を押さえて呻く。

 魔法。

 これが魔法の使い方。

 ただ光を灯すだけの魔法を、武器と呼べるレベルまで昇華させている。

 誰も魔法を戦争で武器にしようなんて考えなかった。

 便利なだけで、威力が低いし、習得に時間もかかる。

 剣の腕を磨く方がよっぽど役に立つ。

 それが常識だった。

 けれど。

 ユルキの火を生成する魔法だって、火矢を作るのに最適だ。矢に火を点けるための松明を持ち歩く必要もない。

 魔法は便利。

 そして、使い方さえ考えれば、戦争でも便利。


「指揮官譲るわ!」


 ルミアは弓兵たちを矛で薙ぎ払って突破。

 魔法を武器の1つとして使い、その他にも数多くの武器を扱える。

 奇襲が得意だけど、実は個々の戦闘能力も高い。

 それが魔法兵。

 かっこいい、とサルメは思った。


「では自分が」


 マルクスは剣で指揮官の首を刎ねた。

 馬を走らせながら、一瞬のすれ違いでそれをやった。

 すごい。

 この人たちは、本当にすごい!


 そう感動した時、指揮官の生首はまだ宙に浮いていて、

 サルメと目が合った。

 長い黒髪の、綺麗な女性だった。

 その人の人生は終わった。大切な人がいたかもしれないし、やり遂げたいことがあったのかもしれない。

 そうやって色々な人を終わらせるのが傭兵だ。

 お金と引き替えに命を奪う仕事。


 少しの罪悪感。

 でも、これはいずれ消える。

 慣れるのだ。人が死ぬことに。やがて、サルメも誰かを殺すようになって、それにも慣れるだろう。

 ああ、そっか、とサルメは思う。

 だから団長は言ったんだ。

 デッドエンドしかないって。

 死が日常になる。

 そしていつか、自分の番が訪れるのだ。


       ◇


「テレサ……」


 マティアスは《月花》を追うのを止め、馬から降りた。


「テレサ……」


 マティアスの信頼していた副長は、胴と首が離れていた。

 その首を優しく拾い上げ、優しく抱いた。


「君ほどの人間を……こんなつまらん戦争で……失うとは……」


 英雄候補とまではいかないが、強く聡明で公平な女性だった。


「光で目を、潰されました……」


 生き残っていた弓兵が悔しそうに言った。


「テレサ様は、剣を交えることすら、許されませんでした」

「そうだろう、そうだろうな。でなければ、君が時間稼ぎすらできず殺されるはずがない」


 マティアスは泣いた。

 久しぶりに泣いた。

 悔しくて堪らなかった。

 せめて戦って、ちゃんと戦って死ぬのならまだ許せた。


 しかし。

 傭兵団《月花》は夜襲を仕掛け、火を放ち、光で目を眩ました。

 戦士としての矜持もなく、ただただ陣を破壊して回った。

 昼間の戦闘で疲れている兵たちを嬉々として殺して回った。


「許せるものか……。外道どもが……」


 彼らの戦績は全て偽物だ。

 こういう汚い奇策で築き上げた偽物に過ぎない。

 彼らは潰さなければいけない。

 劇薬というよりは、完全なる毒。

 傭兵は汚い仕事をする。それはマティアスも知っている。

 だが、

 ここまでやるか?

 燃える自陣を見ながら、マティアスはもう自分たちが長く戦えないことを悟った。


       ◇


 ルミアは寒気がした。

 恐ろしい。

 たぶん、ユルキとマルクスも同じことを感じたに違いない。

 サルメはまだ《月花》に入って日が浅いので、彼女の怖さを知らない。


「……なんでいるのかしら?」


 テルバエ陣に夜襲を仕掛け、アーニア陣に戻ったルミアたちの前には、彼女が立っていた。

 ルミアはまだ馬に乗っていたので、彼女を見下ろす形。

 彼女はルミアを見上げている。

 そして。

 彼女は笑っていた。

 新しい玩具を見つけた子供みたいな瞳で。

 キラキラと。

 パッと見ただけなら、彼女は無邪気な少女に見えるけれど。

 それは大間違い。

 彼女には、


「とても面白いことがあったんだよ。プランCとして使えるよ。君たちの援護みたいなものさ。いや、本当に素晴らしいタイミングでね。神様とやらがいるのなら、私にこの玩具を使ってみろと言っているに違いない」


 傭兵団《月花》団長アスラ・リョナには邪気しかない。

 悪意が服を着て歩いているような人間だ。


「嫌な予感しかしないわ」


 ルミアはアスラの育ての親として、色々と後悔が多い。

 もちろん、アスラは出会った3歳の頃から頭がどうかしていたのだが、それでも少しぐらいはマトモに育って欲しかった。

 ルミアにできるのは、せめて無差別殺人鬼に落ちぶれないように見張るぐらい。


「……嫌な予感のしない日って、ある?」


 アスラの隣に立っているイーナが小さく首を傾げた。

 逆隣にはレコもいる。


「凱旋気分から、俺は一気に地獄に落ちた気分だぜ」

「自分は平和な国が一夜にして滅びた時のような絶望を感じている」


 ユルキとマルクスがそれぞれ小さく首を振った。


「どうして君たちはいつもそう悲観的なんだね?」アスラが腰に手をやって言う。「本当にとっても面白いから。私が保証する」


「今日も大打撃を与えてくれたようだな」


 アーニア軍の将軍、テロペッカ・ブランナーがルミアたちの帰還を出迎えに来た。


「ええ。そうね。それなりかしら」


 ルミアはまだ火が消えていないテルバエ陣の方に目をやった。

 まだ足りない。撤退させるにはまだ足りない。

 急がなければアスラが英雄を殺してしまう。あるいは、殺そうとして失敗してしまう。どっちにしても最悪だ。


「謙遜するなルミア」アスラが肩を竦める。「ここからでも、向こうが地獄絵図なのが分かるよ」


「君らを雇って本当に良かった。ワシはもしかしたら勝てるのではないか、という希望まで抱いている」


 テロペッカは最初に《月花》を雇ってくれた人物だ。

 白髪混じりのアゴヒゲがよく似合う、45歳の男。体格が良く、風格がある。髪型は白髪混じりのオールバック。


「その希望はずっと抱いていたまえ将軍」


 アスラが少し笑った。


「そうさせてもらおう。では、ワシはもう休む」

「俺らのことなんて放っておいて、寝ててよかったんだぜ爺さん」

「ふん。まだ爺さんなどと呼ばれる歳ではない」


 ユルキの言葉に反論してから、テロペッカは自分のテントへと戻った。


「さて本題に入ろう」


 アスラがそう言った時、ルミアは馬から降りた。

 続いてユルキ、サルメ、マルクスも馬を降りる。


「プンティを覚えているかい?」


「プンティ?」とルミアが首を傾げた。


 聞いたことのある名だが、どこで聞いたのか思い出せない。


「あれじゃねぇっすか? 団長に会いたいって言ってた英雄候補」

「自分が引きずっていったあいつか」

「……あたしが玉を潰したあいつ」


「ああ」とルミア。「いたわね、そういう子」


 ほとんど何の関心も持たなかったから、詳しくは覚えていない。


「私たちを探している奴がいる、って情報を貰ってね。アーニア兵から。それで見に行ったら、プンティだった」

「そうなの? それで? その子が何なの?」


 話が見えない。


「英雄候補って話だから、脅威なら排除しようかなって思ったんだけどね。一応、わざわざ敵地であるアーニアまで来てくれたわけだし、どういう人物なのか調べた」

「どうやって調べたのです?」


「うん。マルクスの疑問はもっともだ。答えを先に言うと、若き王に頼んだ。アーニアだって国なのだから、他国にスパイを派遣しているだろう? 特に戦争中のテルバエには調査員から工作員まで広く派遣しているはずだ」


「そういうことね」ルミアは納得した。「敵国の有力者の情報を持っていないはずがない。だから資料を出してもらったのね?」


「正解」


 アスラが楽しそうに笑う。

 まるでナゾナゾ遊びをしている子供のようだ。


「そういうのって、機密とかじゃねーんっすか?」


「そりゃそうだろユルキ。もちろん機密さ。そう言われたけど、私が引き下がると思うかい? こう言ってやったよ。『もしも私のプランが成功したら、ケツの穴を広げて私に見せろとお願いするよ。でも、君の返答次第で考え直そう』ってね。渋々だけど資料を渡してくれたよ」


「一国の王を……脅迫するなんて……」


 ルミアがフラッと倒れそうになって、それをマルクスが慌てて抱きかかえた。


「副長、気を確かに。団長はいつだってそういう人間だったじゃないですか」

「副長ってポスト、俺は絶対なりたくねぇな」

「……ママは大変……」

「団長さんって、本当に自由ですね」

「さすが団長」


「ダメよサルメ、レコ。団長の真似しちゃ」ルミアが言う。「性根が腐ってるのよ、団長は」


「否定はしないけど、酷い言われようだね。そろそろ本題に戻ってもいいかな?」


 アスラが片手を広げると、それぞれが頷いた。


「で、私はプンティの資料を読んで大笑いした。だから接触したんだよ。情報屋って名乗ってね。明日ここに来るから、ルミアは彼と決闘してやれ」

「はい? どうしてわたしが決闘しなきゃいけないのかしら? 冗談じゃないわ。自分がやればいいでしょう?」

「これは作戦行動だ副長。よって、これは命令だ。明日、彼と、決闘したまえ。復唱しろ副長」

「……明日、わたしはプンティ君と決闘するわ」


 命令と言われたら、嫌でも従わなければいけない。それがルール。

 アスラは普段は反発されようが悪口を言われようが特に気にしない。

 作戦行動中の反対意見に関しても寛容だ。

 けれど、作戦行動中の命令違反は許さない。

 もしも違反したら、死んだ方がマシなぐらい酷い目に遭わせて、再び忠誠心を叩き込むのがアスラのやり方。

 それは育ての親で師匠だったルミアが相手でも例外じゃない。


「よろしい」アスラが言う。「まぁそう嫌がるなルミア。プランAの助けになる」


「どう助けになるのかしら?」

「うん。プンティのフルネームはね、プンティ・アルランデル。かの英雄将軍、マティアス・アルランデルの息子さ」

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