第2話 傭兵に必要な素質? いつでもジョークが言えること以外に?


 英雄将軍マティアス・アルランデルは、テルバエ大王国軍の本陣、総大将用のテントの中で椅子に腰掛けていた。


「やはりアーニアの茶は美味いな、テレサ。昼下がりのティータイムにはアーニアの茶が最適だ」


 マティアスは銀の短髪に、銀の口ひげ。

 体格は普通だが、顔がいいので女性人気が高い。それなのに幼馴染みの妻一筋なところも、マティアスの人気を加速させた要因。

 その上、マティアスは英雄の称号を持っている。

 37歳にしてアーニア王国制圧軍の総大将となった貫禄もある。

 そんなマティアスだが、右手には形のデコボコした安っぽい大きなコップを持っていた。


「昨日、焼き払いましたがね、別働隊があなたの命令で」


 マティアスの副長であるテレサが淡々と言った。

 テレサは24歳の女で、艶やかな長い黒髪が特徴的。


「仕方あるまい。ワシとて、心が痛む。チンケな大王のチンケなプライドで始まったつまらん戦争で、世界に誇るアーニアの茶を焼かねばならなかったのだから」

「言い過ぎでは?」

「ふん。構わん、どうせワシがおらねば戦争もできん臆病者よ。そのくせ、プライドだけは一人前だ。同世代のアーニア王への嫉妬が、戦争のキッカケとはつまらんだろう?」

「どうであれ、軍属であるあなたも、私も、逆らうことはできません。そろそろ愚痴を言うのは止めにしませんか?」

「前王は良かった。忠義を尽くすに値する人物だった」


 マティアスは古き良き王を思い浮かべ、溜息を吐いた。

 前王は病気で逝ってしまった。唐突に。それがそもそもの始まりか。


「現王があのままでは、この国はいずれ滅ぶであろうな」

「言葉が過ぎるかと」

「ふん」


 マティアスは茶に口を付ける。

 ああ、美味い。

 なぜこんなにも美味い茶を作るアーニア王国を滅ぼさねばならんのか。


「息子が小さい頃にプレゼントしてくれたコップで、世界最高の茶を飲む。素晴らしいと思わんか?」

「何度も聞きました。自作のコップなのでしょう?」


 テレサはやれやれ、と小さく首を振った。


「最新の情報です閣下!」


 伝令兵が1人、テントの中に入ってきた。


「アーニアが降伏でもしてくれたか?」

「いえ、スパイからの情報ですが、どうやら明日からこの主戦場に傭兵団《月花》が参戦するとのこと。それをうけて、アーニア側の士気が向上しているようです」

「……例の傭兵どもか」


 彼らはアーニア中央砦を攻略するために送り込んだ援軍を数人で壊滅させた。

 彼らはご丁寧に1人だけ生かし、自分たちの名を伝えさせた。

 彼らのせいで、中央砦の攻略は破棄せざるを得なかった。

 更に、彼らはムルクスの村を滅ぼしに行った魔物小隊を3つ、撃破した。

 この話は敵味方含めて、速攻で伝播した。中位の魔物を3匹、彼らは小隊規模で軽く殺してしまったのだから、当然のことではある。

 そして。


「プンティの行方は未だ知れずか?」

「はっ! 魔物調停役のプンティ様は未だ不明であります!」


 英雄候補であるプンティまで、彼らと戦って行方不明となっている。


「アレは相当強いはずだが……、真っ直ぐな奴だ。汚い手を使われたら為す術もなかっただろう。傭兵がどういう連中であるか、教えておくべきだった……」


 傭兵は基本的に、汚れ仕事を請け負うことが多い。

 正規の兵にやらせたくないような仕事だったり、名誉を汚すような卑怯な戦術だったりと、そういうマトモじゃないことをやる場合が多い。


「閣下」テレサが言う。「それは過小評価ですね。プンティ君は閣下の想像より強いです。並の傭兵が相手なら、少々ズルをされても撥ね除けるかと」


「傭兵団《月花》は並の傭兵かね? 小隊規模で大隊を壊滅させ、魔物小隊を3つも駆逐するような連中が並かねテレサ」


 マティアスは英雄の関与すら疑った。

《月花》はそれほど異質な戦績を残していったのだ。


「あ、いえ……すみません。出過ぎた言葉でした……」

「まぁよい。明日はワシが自ら出る。みなに伝えよ、明日はこの英雄マティアスが先陣を切ると!」


       ◇


 ユルキたちは馬に乗って移動している最中だった。

 サルメは馬を操れないということで、ユルキの後ろに乗っている。


「主戦場なんか行ってもよぉ、俺ら活躍できんのかよ?」


 ユルキは並走しているマルクスに話しかけた。

 ちなみにルミアは2人の少し前を走っているが、声は届く程度の距離。


「本来の魔法兵のやり方とは異なる……と思うが、分からんな」

「活躍しなきゃ色々と大変なことになるわよ?」


 ルミアが振り返って言った。


「つーと、やっぱ団長マジでやる気っすかね?」

「副長。昨日は団長と何をしていたのです?」


 昨日の早朝に、アスラから新しい依頼のことを聞いた。

 それから解散してオフを楽しんだのだが、ルミアはアスラと何かをしていた。


「アスラはやる気よ。わたしを英雄に見立てていくつか確認してたようね。詳しくはわたしも分からないわ。ただ、矢を使うだろう、って推測しただけね」


「あーあ」ユルキが首を振る。「あっちのチームは成功しても失敗しても面倒になりそうっすねー」


「実際どうなんです副長? 団長とイーナとレコでやれますか? 自分は想像できませんね」

「わたしだって想像できないわよ。ただね、アスラはやるわ。絶対やるわ。成功するかどうかは置いておいて、実行することだけは保証できるわ」

「どんだけイカレてんっすかねー。成功したらシラを切れ、失敗してもシラを切れ。なんだそりゃって話で」


 昨日の朝、英雄を殺す話をしたアスラはとっても楽しそうだった。

 難しい任務が好きなのか、誰もやったことがないから逆に燃えるのか。


「それより自分は報酬に納得がいきませんね」

「あー、そりゃ俺もだマルクス」


 アスラが言うには、英雄殺しの報酬は現金でも宝石でもない。

 アーニア王にお願いする権利。それだけだ。


「アーニアは独裁国家じゃないものね」ルミアが言う。「もちろん、それでもアーニア王には色々な決定権があるけれど、独裁国家に比べたらできることは限られるわね」


「議会だとかなんだとか、そういうのあるんっすよね?」


 ユルキは政治について詳しく知らない。


「それに、下手に動くと退位に追い込まれることもあるわね。アスラが言っていたのだけど、王と言うよりは……えっと、なんだったかしら……大……大統領、そう、大統領に近いらしいわ」


「何ですかそれは?」

「大きな統領。治める人。主に国をね。面白い言葉でしょ?」


 ルミアが少し笑ったのがユルキには分かった。

 顔は見えないけれど、声がそういう感じだったのだ。


「別に王でよくねーっすか? いや、確かに大統領の方がなんかイケてる気も……サルメどっちがいいよ?」

「え? いきなり私ですか? 大統領の方がカッコイイように思います」

「だよな。マルクスは?」

「自分はどっちでも構わん。問題にしているのは報酬の件だ」

「割に合わないわよね。わたしもそう思うの。だから、わたしたちが先に戦争を終わらせるの。わたし、実は戦争が得意なのよ」

「わぁお、副長がジョーク言ったぜマルクス」

「冗談じゃないのよユルキ。過去に軍属だったことがあるの。いい? わたしたちが先にテルバエ軍を撤退させるのよ。アスラが英雄殺しになる前にね」


 どうやらルミアは本気だったようだ。

 ユルキは苦笑いした。


「副長、そちらもかなり難易度が高いかと」


 そう。その通りだ。

 アーニア軍は弱い。その上、ユルキたちは本来やらない戦いを強いられる。


「それに、英雄将軍が生きてりゃ、再編成からの再侵攻の可能性あるっしょ?」

「それは実際に撤退させてみないと分からないことよ。可能性は可能性でしょ?」

「そりゃそーっすけど」


 うちの団は団長も副長も難しいことを簡単に言うから困る。


「策はあるんでしょうか副長」

「もちろんよマルクス。あの規模の軍が動くには物資……特に食料がたくさん必要よ? それ全部焼き払ったら? どうなると思う?」


「うわぁ」ユルキは再び苦笑い。「えげつねぇっすわぁ。副長って最近、なんか団長っぽいっすわ」


 腹が減った状態のテルバエ軍なら、アーニア軍でも十分に戦える。


「ふむ。実に魔法兵らしい戦い方でありますな。素晴らしい」


 マルクスは感心したように何度か頷いた。


「ま、平地で正面から戦うことに比べりゃ、確かにそっちのが俺らっぽいわな」

「ちなみに、ちゃんとしたファイア・アンド・ムーブメントよ」


 アスラの掲げる魔法兵の基本的な戦術名。


「この場合、食料庫を次々に襲う、という意味ですね」

「襲ったら動け。動いたらまた襲えってか。応用効きすぎだろマジで。すげぇな団長」


 と、話をしていたらアーニア王国最大の貿易都市が見えてきた。

 そこで少し休憩して、さらに南東に進めば主戦場だ。昼頃には到着するはず。


       ◇


 ルミアたちが貿易都市に到着した頃。

 頬を撫でる草原の風が心地良くて、アスラは背伸びをした。


「……団長。ここで……何するの? 拠点まで……持って来て……」


 イーナは幌のある荷馬車を操ってここまで来た。

 その荷馬車が、《月花》の小さな拠点だ。

 荷馬車の中には必要なものが揃っている。武器も防具も、いつものローブの予備や色違いも。


「南東の草原とここは似ているらしいよ。だからここで練習するのさ」


 アスラは昨日のうちに城下町の人間たちにこの場所を聞いた。

 ここは城下町から北西に進んだ草原。


「団長、はいこれ」


 レコが荷馬車の中から弓と矢筒を持って来て、アスラに弓を渡した。

 それから再びレコは荷馬車に戻った。


「……いつもの、小さい弓じゃない……?」


 アスラたちは機動力を考えて、大きな弓は基本的に使わない。


「これはコンポジットボウと言ってね、ある特殊な状況を想定して特別に作ってもらったのさ。納得のいく仕上がりになるまで、結構かかったかな。お金と時間がね」

「……何が違うの?」

「普通の弓は木で作るだろう? これは他にも色々な素材を合成している。複合弓とか合成弓って呼んでもいい」

「……そうすると、どうなるの?」

「単に高価な弓だよ。破壊力と射程が伸びた弓、って認識でいい」


 すでに左腕も回復したアスラが弓を構える。

 何度か構え直して「よし」と呟いた。


「イーナ、これ」


 レコが訓練用の的を持って来てイーナに渡した。

 的は正方形の木製の板で、黒い大きな丸と赤い小さな丸が描かれている。


「……あたし、的役?」


「いや、的は杭を打って立てる」アスラが言う。「イーナは私の隣にいろ。【加速】が必要だからね」


「持たせただけ」とレコ。


 イーナは的でレコの頭を叩いた。無言で。


「レコは傭兵に必要な素質、『いつでもジョーク』を習得しているようだ。素晴らしい。でも次に余計なことしたら、私のクソを食わせるぞ?」

「団長のクソなら、オレ……」

「やめろ、それ以上言うなレコ」


「ジョーク」とレコ。


 イーナが再び的でレコの頭を叩いた。割と強く。

 レコは頭を押さえて座り込んだ。


「バカレコは杭持って来て……」

「いったぁ……」


 レコは自分の頭を撫でながら、荷馬車に向かう。


「弓矢で英雄を殺せる……?」イーナが首を傾げた。「……英雄候補の奴ですら、あたしの矢を近距離で弾いた……。なのに、どうして弓矢? 威力と射程が伸びただけ……だよね?」


「まぁ普通は無理だね」アスラが笑う。「ルミアなんか飛来する矢を掴んでしまうよ。昨日、見事に掴まれて笑ったよ」


「……じゃあ、なんで?」

「うん。いい質問だイーナ。どんな近距離でも英雄クラスの奴に矢なんか通じないさ。たとえコンポジットボウでもね。けれど、遠くなら?」

「……普通に避けれるんじゃ……?」

「半端な距離ならそうかもしれないけど、?」

「?」


 イーナはキョトンとしている。

 アスラの言葉が理解できないのだ。


「ルミアに聞いたところ、300メートルほど離れたらもう分からないらしいよ。まぁ、だから余裕を持って500メートル以上がいい。姿を見られたくもないしね」

「……その距離から……射る……? 当たる……? 届く……?」

「このコンポジットボウなら、【加速】なしでも届く。でも当然、【加速】も乗せる。さすがの英雄様も、そんな長距離から狙撃されたことはないだろう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る