第7話 自由のコインを拾ったらどうする? もう一度捨てる。それから活き活きと地獄を駆け回る
「どうやら、わたくしを舐めていらっしゃるようですねぇ」
ウーノがやれやれと首を振った。
それがあまりにも面白かったので、アスラは声を出して笑った。
アスラに釣られて団員たちもみんな笑った。
「な、何がおかしいんですか!? ぶち殺しますよ!?」
ウーノが叫ぶと、3人のチンピラがそれぞれ剣を抜いた。続いて、憲兵3人も剣を構える。
「いやいや、これは愉快だね」アスラが言う。「逆だよ逆。君らが私たちを舐めてるのさ。傭兵団《月花》を舐めてる。拾いなよ、その1ドーラ。ハッキリ言っておくけど、拾わないなら皆殺しだよ?」
「ふざけるなっ! 手を出した瞬間に憲兵が山のように押しかけ……え?」
憲兵3人の額に短剣がそれぞれ突き刺さり、バタリと床に倒れた。
「憲兵が何だって?」
クスクスとアスラが笑う。
ユルキ、イーナ、マルクスがそれぞれ短剣を投げて憲兵を最初に倒したのだ。
憲兵は基本的に、仲間を呼ぶための笛を持っている。だから先に倒した。
アスラがいちいち指示を出さなくても、3人ともそれを理解している。
「すごい……」とレコが呟いた。
「この距離で外すような愚図は《月花》には不要だよ。だから、レコもできるようになる。まぁ、できるまで練習させるからだけど」
「……ほ、本物の憲兵だったんですよ?」
ウーノの表情が引きつった。
「今までの恫喝相手には通用したかもしれないけど、私たちには通じない。私たちはあらゆる問題を武力で解決する。憲兵が私たちを捕まえようとするなら、憲兵団を潰そう。王国軍が私たちを狙うなら、王国軍を壊滅させよう。王が私たちを殺せと命令するなら王の首を落としてあげよう。私たちはそれができる集団なんだよ。君らみたいなチンピラとは違うんだよ。私たちは正真正銘の戦闘集団なんだからね」
アスラが言うと、場が静まり返った。
「お、おれは降りる!」
チンピラの1人が武器を捨てて、酒場の入り口へと走った。
しかし。
足に短剣が刺さって、チンピラは倒れ込んだ。
「どこへ行くというの?」ルミアが言った。「団長の言葉が聞こえなかったのかしら? 1ドーラを拾わないなら皆殺しと言ったのよ、うちの団長は」
ルミアは椅子に座ったままで、立ち上がる気配はない。
ルミアにとっては立つ必要すらなく勝てる相手、ということだ。
「拾いなさいな、ウーノさん」ルミアが笑顔を浮かべる。「命は惜しいでしょう? わたしはね、怒っているの。あなたのその極悪非道な行いに腹を立てているの。でも、殺さずに済むならその方がいいわ」
「ひ、拾う! 拾います!」
ウーノが床の1ドーラ硬貨に手を伸ばす。
しかし、その1ドーラをサルメが先に拾った。
ウーノはその行動を理解できずに困惑した。
「……拾わせない。死んで」
サルメの瞳には決意が見えた。
絶対にウーノをここで死なせるという決意。
それだけの目に遭ったということだ。
「よくやったサルメ!」アスラは歓喜する。「素晴らしい! その1ドーラを私に返せば、君は今日から自由だ!」
「ふ、ふふ、ふざけるなクソガキ! それをわたくしに寄越せ!」
ウーノが手を伸ばすが、サルメはそれを躱してアスラのところまで走った。
「さて諸君。宴はいよいよ終焉を迎える。かくしてヒロインは私たちの物となった。あとは悪役に退場願おう」
アスラが仰々しく言った。
「お芝居が好きだとは知らなかったわ」
「……相手は悪人だけど、あたしたち……もっと悪い人間……」
「だな。半端な悪党が大悪党に喧嘩売ったんだから、そりゃ結末はあの世逝きだろうぜ」
「……まぁ、自分と副長以外は確かに大悪党ではあるな」
「いいから早くやりたまえ」
◇
最後は1人1殺だった。
チンピラ3人はルミア、イーナ、ユルキがそれぞれ短剣を投げて仕留めた。
ウーノはマルクスが【水牢】であの世へと送った。
もがき苦しむウーノの姿をサルメに見せてあげようという心遣いだ。
「さてサルメ。その1ドーラを返せば、君は自由だよ」
アスラが右の掌を上に向ける。そこに硬貨を置け、というジェスチャ。
「……嫌です」
「なんだって?」
サルメの返答に、アスラは小さく首を傾げた。
「私を傭兵にしてください!」
サルメが深く頭を下げる。
「おいおい……」アスラは苦笑いした。「私はそのつもりだったけど、君は今、自由を得られるんだ。なのに、その自由を自分で捨ててしまうと? 殴られすぎて変になったのかな?」
サルメが顔を上げる。
その表情に曇りはない。
あぁ、本気なんだね、とアスラは思った。
「私は強くなりたいんです。もう二度と、誰にも……こんな……私……」
言いながら、サルメは泣きそうになっていた。
「いい。言わなくていい。どんな目に遭ったかは分かる。だから言わなくていい」
アスラは小さく息を吐いてから続ける。
「けれど。けれど、だよ。私たちは人殺しの集団で、誰も幸せになんてなれやしないんだ。私たちの結末は、ズタズタに斬り裂かれて死ぬか、のたうち回りながら苦しんで死ぬか、あるいは活き活きと死ぬか。どれにしたってデッドエンドしか用意されちゃいないのさ。理解しているかな?」
「それでも!」サルメは悲鳴みたいに言った。「それでも私は、強くなりたいんです!」
「いいだろう。ならば私が最高の魔法兵に育ててあげようじゃないか。今日から君は傭兵団《月花》のサルメだ。地獄へようこそサルメ」
「ほら、これ着とけ」
ユルキが自分のローブを脱いで、全裸のサルメに羽織らせた。
「あ、ありがとうございます……」
「気にすんな。もう仲間だからな」
ユルキが微笑む。
それからゆっくりと厨房の方へと歩いて行った。
「んで、そこのデブに情報流したのはオヤジか? それとも給仕の兄ちゃんか?」
「い、命だけは……」
配膳係の青年が怯えた様子で言った。
「兄ちゃんの方か。団長どうすんっすか? 盗賊団ならこういう奴は始末するんっすけど、うちら傭兵団だし、指示願いまーっす」
「よく分かったねユルキ。感心したよ私は」
アスラはバカにしたように右手を大きく広げた。
「いや、普通に分かるっしょ!? どんだけ俺のことバカだと思ってんっすか!?」
「……あたしも分かった。偉い……?」
「いや、あのタイミングなら誰でも分かる」マルクスが言う。「裏口にチンピラか憲兵が待機していたのだろう」
「でしょうね」とルミアが小さく肩を竦めた。
レコ以外はみんなアスラと同じ推測をしていた。
そのことを、アスラは少し嬉しく思う。どういうルートで情報が流れたのか、説明する手間が省けるから。
「とりあえず、その兄ちゃんと店主には死体を片付けさせておくれ。あと、ここで起こったことは他言無用。それで命は助けてあげようじゃないか。でも、ここは二度と使わない」
「ういっす。俺も片付け参加でいいっすよね? このデブ宝石大量に持ってるんで、ちょいと頂こうかと」
「好きにしたまえ」
アスラが肩を竦めると、ユルキが小さくガッツポーズ。
「……あたしも、宝石いる……」
「レコも手伝えよ。小遣い稼ぎさせてやっからよ」
ユルキが言うと、レコはアスラの方を見た。
アスラは黙って右手をヒラヒラと動かした。勝手にしろ、という意味。
レコはそのジェスチャを正しく理解し、イーナと一緒にユルキの方へと移動した。
「さて。じゃあ私たちは先に宿に戻ろう。ルミア、宿に着いたらサルメに回復魔法を」
「あら? 左腕はいいの?」
「別に明日でもいいよ、私は」
ルミアの回復魔法は時間がかかるので、一晩に2人も治すのは不可能だ。
「ふふ。なんだかんだ、優しいのね」
ルミアが上機嫌で言った。
「うるさい。ほら、サルメ、マルクス、行くよ」
アスラは椅子から立ち上がり、入り口の方へと身体を向ける。
「自分も片付けに参加します。ユルキたちだけでは何かと不安ですので」
「ふむ。それもそうか。きっちり痕跡を消しておいてくれ。頼むよ」
「了解です」
◇
温かい、とサルメは思った。
ルミアの回復魔法は、身体がポカポカしてとっても気持ち良い。
ここは宿屋の一室。アスラに割り当てられた部屋。《月花》は1人につき一部屋用意していた。
だが当然、サルメの部屋はない。だから今日はこのままアスラの部屋で一緒に眠る予定になっている。
「さて」アスラがローブを脱ぐ。「少し話でもするかね?」
アスラは脱いだローブをきちんと畳んで、横長のキャビネットの上に置いた。
ローブの下は白のブラウスに茶色のズボン。割と普通の村人のようだった。
けれど、ベルトだけは異様だった。短剣を収納するための革の鞘のようなものが幾つもくっついている。
そして肝心の短剣は歯抜けのようになっていた。何本か使用済みということだ。
「あ、はい」
サルメはまだユルキのローブを羽織っている。
「これから君とレコには色々なことを教える」
アスラが椅子に腰掛ける。
サルメとルミアはベッドの上に座っていた。
それほどいいベッドではないが、娼館のベッドよりはマシ。
部屋も特に豪華なわけでもなく、極めて普通。それでも、娼婦たちが共同生活している一軒家よりはマシか。
古くてカビ臭い家だった。
もうあそこに帰らなくていい。それだけでも、サルメは少し明るい気持ちになれた。
「まぁ、2人とも私の命令にどの程度服従できるか確認しようか。それから、フィジカルトレーニングでもう少し強い身体を作る。ある程度できたら、魔法と戦闘技術。ついでに今回からは座学を加えよう。そして私がいいと思ったら、魔法兵基礎訓練過程へと進んでもらう。ここまではいいかな?」
アスラが言って、サルメが頷いた。
「魔法の習得には時間がかかるから、実戦への投入は早くても1年後ぐらいになるかな? それも補佐的な役割で、ってとこか」
「私、魔法のことよく分からないです」
「そうか。簡単な説明だけしておこう。魔法というのは体内の魔力……私はMPと呼んでいる」
「えむぴー?」
「魔力の略称さ。そのMPを具現化して属性変化させて、性質変化させて、やっと魔法になる。だからまずはMPの具現化から」
「自分にMPがあることを認識して、体内から自由に取り出せるようにするのよ」
ルミアが淡々と補足した。
「そうして取り出したMPに属性変化を加える。これは1人につき1属性で、実際にやってみないと何属性になるかは分からない」
「生涯、固有属性を得る以外で属性が変わることはないの」ルミアが言う。「そして固有属性を得れば、大魔法使いを名乗れるようになるわ」
「名乗らなくていい。私たちは魔法兵だ。魔法を武器の1つとして戦う兵士で、単純な魔法使いとは違う。ここまでは理解したかな?」
「はい」
なんとなく、言葉での理解はできた。
けれど、今この瞬間にやれと言われたら絶対にできないとサルメは思った。
「で、最後に性質を変化させる。魔法は4種類しかない。攻撃、支援、回復、生成。この4つの性質から1つを選んで変化させる。慣れれば2つの魔法を同時に展開することも可能だね」
「初心者には無理だから、今のは聞かなかったことでいいわよ」
「まぁ、慣れるのに何年もかかるのは事実だね。まず魔法の習得に数年。固有属性を得るのにまた数年。2つ同時展開できるようになるのはまた数年後、って感じかな」
「魔法使いが少ない理由の1つね。ちなみに、固有属性を得るのと2つ同時展開が可能になるのは、特にどっちが先というルールはないわね。使う人次第な部分が……」
ルミアは途中で言葉を切って、ドアの方に視線を移動させた。
アスラもゆっくりと椅子から立ち上がって、ベルトの短剣を抜いた。
2人がなぜそうしたのか、サルメには分からない。
だから少し混乱した。
そして、ドアがノックされる。
「アスラ・リョナ。内密に話したい」
なるほど、とサルメは納得する。
2人は人間の気配を感じたのだ。
そしてそのことを素直にすごいと思った。いつか自分にもできるのだろうか、とサルメは考えた。
「おいおい……冗談だろう?」
アスラが短剣を仕舞って苦笑い。
それからゆっくりとドアを開けた。
そこに立っていたのは、20代の青年。よくある普通の服を着ているが、なぜか気品があった。
「1人で来たのかい?」
「うむ。内密の話だ。護衛も付けていない。余は時々、こうして街に出るから、慣れたものだ」
「あぁ、まぁ、入りなよ、アーニア王。夜這いでなければ」
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