第6話 絶望と後悔は好きかい? 嫌い? だったら好きになった方がいい。これから味わうのだから
アスラたちは魔物小隊を3隊壊滅させて合流した。
ブルーセクションもレッドセクションも4隊目を探さなかったからだ。
「私はてっきり、君たちが残りの1小隊も倒すと思っていたよ」
やれやれ、とアスラが肩を竦めた。
「しゃーないっすよ。イーナとマルクスの魔力が空だったんで。すんません」
「……あたしのせいにした……?」
「自分のせいにもしたな。こんな指揮官は嫌だな」
ユルキの言い訳に、イーナとマルクスが苦笑い。
「別に怒っちゃいないよ」
「い、今から探しに……」
ユルキが引きつった表情で言ったが、言葉の途中でアスラが「その必要はない」と遮った。
「もう撤退しているだろうね。戦場の様子でだいたい分かるだろう? いないよ、もう。撤退の理由はいくつか考えられるけど、まぁどうでもいい」
たぶん、仲間が次々と倒されていることに気付いたのだろう、とアスラは思った。
「……本当、俺の判断ミスっす。イーナとマルクスが倒れるまで戦えば良かったっす」
「いや、だから私は怒ってないってば。今回は歩合制だったからね。絶対に全部倒さなきゃいけない任務じゃない」
「あ、そうっすか。そうっすよね!」
ユルキが安心したように表情を綻ばせる。
「だがね、その銀髪は誰だい? 何で引きずって来たのかだけ説明しておくれ」
マルクスが右手で銀髪の少年の左足首を掴んでいる。
「英雄候補らしいです。名前はプンティ」とマルクス。
「団長に会いたいって言ってたんで、一応連れてきたっす」
「でも……敵兵だから……団長がいいなら、あたしがいじめ殺す……」
「ダメよ」ルミアがイーナに微笑みかける。「もう戦闘は終わったのだから、ここから先はただの人殺しでしょう?」
「……やっぱりさっき、殺せば良かった……」
イーナがボソッと言った。
ルミアは聞こえない振りをした。
「私に会いたい理由は? 入団希望なら歓迎するよ? なんせ私の夢は歴史に残る大傭兵団を作ることだからね」
アスラの表情がパッと明るくなる。
「いえ。それは否定しました。傭兵になることはないでしょう」
「団長と戦ってみたいとか、そんな感じっすよ」
「じゃあ捨ててしまえ。私の方はそいつに用はない。殺す理由もないし、アーニア軍に差し出す義理もない。サービス期間は終わったんだよ」
アスラがムスッとした表情を見せる。
「了解」
マルクスはプンティの左足首を離す。
「ところで、そのガキは誰っすかね?」
「……あたしがいじめ殺していいガキ?」
「逃げ遅れた村人を副長が保護したのだろう」
「ふっふっふ」アスラが胸を張って笑う。「この子はレコ。今日から私たちの仲間だ」
アスラは右手をレコの頭に置いた。ちなみに左腕はまだブラブラしている。
城下町に戻ったら、ルミアの回復魔法で治してもらう予定だ。
ルミアの回復魔法はどんな怪我も病気も治すことができる。ただし、非常に時間がかかるので、大怪我だったら治る前に死ぬ。
「よろしく」
レコは特に緊張した様子もなく言った。
レコは茶色の髪に、年相応の顔立ち。特に不細工でもないが、将来有望なイケメンでもない。
「ああ、よろしく。俺らの仲間かぁ。へぇ仲間……仲間!? そのガキがっすか!?」
「……仲間は殺せない……つまんない……」
「団長。小さな子を騙すような真似は感心できません。《月花》がどういうところか、いえ、団長がどういう人間なのかちゃんと説明しましたか?」
「マルクス、説明は不要だよ。なぜなら、レコは私とルミアが戦うところを見ている。それで十分だろう?」
「……団長の戦いを見て決めたのなら、自分はもう何も言いません」
マルクスが小さく肩を竦めた。
「まぁ、まだ実戦投入は考えてないよ。基礎訓練過程に進むため、もっと基本的な戦闘能力を引き上げるところから育成する。君たちも協力するように」
アスラが基礎訓練過程と言った時、ユルキ、イーナ、マルクスの顔が引きつった。
「おい、レコっつったか? 俺はユルキだ。《月花》最高のイケメンだ。よろしく頼むぜ? 地獄へようこそ」
「……生き残って不運だったね……。あたしはイーナ。《月花》の癒し担当。……地獄へようこそ」
「もう後戻りはできないぞ? 後悔するな? 自分はマルクス。魔法にロマンを感じる男だ。あと、《月花》に癒しはない。地獄へようこそ」
◇
アスラたちは昨日と同じ酒場を貸し切って食事をしていた。
今日は昨日のような豪遊ではないが、料理自体は豪勢な物だった。
「食べながらでいいから聞いてくれたまえ」
アスラが言った。
左腕は添え木をして包帯で巻いて首から吊っている。アーニア軍の医療部隊に応急処置だけ頼んだのだ。
実は酷く痛むので、早くルミアの回復魔法で癒したい。
「今回の報酬は15万ドーラ。まぁ、まだ受け取りに行ってないけど」
「んじゃあ、1人どんぐらいっすかねぇ?」
「……えっと……あたしの指……足りない……」
イーナが数えようとして両手を持ち上げたが、指が15本もないことを思い出した。
「……君ら2人は今度、座学をやろう。戦闘訓練ばかりに気を取られて、頭を鍛えるのをすっかり忘れていたよ」
「5人で分けたら3万ドーラ。なんで分からないの? バカなの?」
レコが首を傾げる。
「んだとこのガキ! ぶちのめすぞ!?」
「……生意気言うと、ブーツに砂入れてやるから……」
「ほう。最近、自分のブーツによく砂が入っているんだが、イーナの仕業だったか。あとで殴ってもいいか?」
「諸君、話が進まないから黙れ。黙らないならケツの穴に棒を突っ込んでかき回すよ?」
アスラがそう言うと、3人は即座に沈黙した。
3人とも、拷問訓練で嫌というほどかき回されたからだ。
「本題なんだけど、報酬は8万ドーラを私とレコ以外の4人で分ける形にしてもいいかな?」
「団長、7万ドーラでサルメを買うということでしょうか?」
「ああ、そうだよマルクス。君らがよければ、だけど」
さすがにマルクスは計算もできるし察しもいい。頭が悪いと騎士団には入れないのだから、当然といえば当然だが。
「俺は別にいいっすよ。団長の夢、えっと、団員増やして歴史に残る大傭兵団を作るっての、俺も興味あるっす」
「……どっちでもいい……」
「自分は反対ですね。金の問題ではなく、まともそうな少女を引き込むことに反対という意味ですが」
「心配しなくても、サルメが嫌だと言えばこの話はなかったことになる」
アスラが肩を竦めた。
「サルメの意思を尊重するのであれば、自分は何も言いません」
「よろしい。ではルミアはどう思う?」
「私は賛成よ」ルミアが言う。「レコに同期がいた方がいいと思うの。1人で基礎訓練過程を抜けるのは難しいでしょう? 支え合う同期が必要じゃないか、って思うの」
ルミアの発言に、ユルキ、イーナ、マルクスが深く頷いた。
アスラは団を立ち上げ、仲間を集め、4人同時に基礎訓練過程を受けさせた。
「よし。なら明日、私が金を受け取ってそのままサルメを買いに行くとしよう。君たちはオフでいい。買い物でも楽しみたまえ。あ、レコは私と来い」
「はい団長」
レコは素直に頷いた。
「さて、結局みんな食事が止まってしまったね。さっさと食べて宿に戻……」
「お邪魔しますよ!」
アスラの言葉が終わる前に、誰かが酒場の入り口を乱暴に開いた。
そしてゾロゾロと男たちが入ってくる。
先頭の男はデップリと太っていて、ヘラヘラと笑っている。高価な服を着ていて、色とりどりの宝石のアクセサリーで自分を飾っていた。
年齢的には40歳ぐらいだろうか、とアスラは予想した。
そのデブのあとから、アーニア王国の憲兵が3人続いた。
更にその後方には、見るからにチンピラだと分かる男が3人。
チンピラの1人はモヒカンヘアーにしていて、手に鎖を引いている。
そして、
「サルメ……」
アスラが呟いた。
モヒカンの鎖の先に、全裸のサルメがいた。
鎖はサルメの首輪に繋がっている。
それだけでも異様な光景なのに、サルメは全身に痣を作っていた。
「傭兵団《月花》の方々に商談がありましてねぇ」デブがヘラヘラと笑いながら言った。「わたくしは商人のウーノ・ハッシネン。お見知りおきを」
「団長のアスラ・リョナだ。商談の内容は?」
まぁ、だいたい分かるけれど。
ウーノが右手の指をパチンと鳴らす。
モヒカンがサルメを乱暴に引っ張って、ウーノの隣に立たせた。
「お嬢さんが団長だと聞いてはいましたが、本当にお嬢さんですねぇ」
「いいから用件を言いたまえ」
「ほっほっほ。そうですねぇ。この少女なんですがね、わたくしが7万ドーラで購入しましてね。今日中うちの連中の玩具にしていたのですが、《月花》のみなさんが15万ドーラで買いたいという噂を聞きましてねぇ」
「ユルキ、座れ。命令だよ。イーナ、短剣に触るな。マルクス、落ち着け。ウーノと一緒にいるのは本物の憲兵みたいだからねぇ」
サルメの姿を見た瞬間から、団員たちが怒っているのが分かった。
そしてウーノが「玩具にしていた」と言ったせいで、団員たちに殺気が生まれた。
ルミアですら殺気立っている。アスラが冷静でいなければ、ここが戦場になる。
……まぁそれでもいいけど、とアスラは思った。
「さすが団長殿。いやはや、実にその通り。彼らは本物の憲兵ですねぇ。もしも、みなさんがわたくしに手を出すようなことがあれば、明日からもうアーニアの街を歩くことはできませんよぉ? なにせ、犯罪者になってしまいますからねぇ」
ウーノは相変わらず、ヘラヘラと笑っていた。
「私たちの報酬が15万だと、よく知っていたね。サルメを買おうとしていたことも。どこで仕入れたんだい?」
これもだいたい分かる。15万と言ったのはついさっきのこと。
ウーノたちが現れたタイミング的に、酒場の店主か配膳係の青年のどっちかだろう。
更に言うと、酒場の裏口にウーノの部下が待機していて、情報を聞いたのち、表に回ってみんなで仲良くゾロゾロ入ってきた、と言ったところか――アスラはそこまで推測した。
「わたくしは商人ですからねぇ。情報は命の次に大切なんですよぉ。そのモットーのおかげで、一代でここまで成り上がったわけですが」
「ふん。商人というか転売屋だね。しかもクソみたいな転売屋」
ウーノに聞こえないように、アスラは小さく呟いた。
「ちなみに、ですがぁ。この少女を《月花》さんが買ってくれないとなると、この少女が今後どうなるかお聞きになりたいですかねぇ?」
「いや。その必要はない。15万ドーラだったかな?」
「はいです。ちなみに、一切の値引き交渉は行いませんのであしからず」
「ふむ。少し昔話をしよう」アスラが淡々と言う。「前世でも私は傭兵団の団長だったんだけどね、その時にミドルイーストという地方の反政府軍に雇われたことがあったんだよ」
アスラが話を始めると、ウーノは怪訝そうな表情を見せた。
「私たちの活躍に気を良くした彼らが、私たちをある建物に案内したんだよね。彼らの支配地域は、まぁそれなりに平和だったよ。仮初めの、と言ってもいいんだけどね。それでまぁ、建物に入ってビックリしたよ。なんと性奴隷の少女たちがいたのさ。彼らが捕まえてそうしていたんだよね」
「何の話をしているのですかねぇ……」
「黙って聞け。ここからが面白い」アスラがクスッと笑った。「いやぁ、誰かが始めちゃってさ。性行為じゃなくて、戦争を。くくっ、気に食わなかったんだろうねぇ。性奴隷ってのがさ。反政府軍を皆殺しにしちゃったんだよね。ははっ、笑えるだろう? 私たちは信用を失って、そこから立て直すのに苦労したけど、いい気分だったなぁ」
あの時、誰が始めたのか本当は知っていたけれど、面白かったからアスラは咎めなかった。
「私らはさぁ、誰かが始めちゃったら、とりあえず乗るんだよね。そういう性質なんだよ。意味分かるかい? この話の要点、理解できたかデブ?」
「わたくしに手を出せば……」
ウーノはアスラの言いたいことを理解した。
団員がキレても私は止めない――アスラはそう言ったのだ。
「犯罪者だろう? あぁ、分かっているとも。私としては、しばらくアーニアで仕事をしたい。だから気は進まないさ。そこで君にチャンスをあげよう。恫喝する相手を間違えた愚かなチンピラどもに、優しい私が素晴らしいチャンスを与えよう」
「こちらには本物の憲兵と、用心棒の先生方がいるんですよ? 傭兵団だか何だか知りませんがね、調子に乗るなら少し痛い目……」
「黙れよデブ」ユルキが言う。「うちの団長が話してる途中だろうが。ぶっ殺すぞ?」
「……皆殺し、皆殺し、皆殺し……」
イーナがテンポ良くリズミカルに呟いている。
団員たちのやる気は十分。
相手がクズならルミアもきっと止めない。
「話の分からない連中ですねぇ」
ウーノの表情に怒りの色が浮かぶ。
「まぁ落ち着きたまえよ。どんなチャンスかぐらいは確認してもいいはずだよ?」
アスラは右手をローブの下のズボンのポケットに入れる。
そして1ドーラ硬貨を取り出し、親指で弾いた。
硬貨はクルクルと回転しながら弧を描き、ウーノの前に落ちた。
「それでサルメを買ってあげよう。さぁ拾え。拾ったならサルメを置いて出て行け。運がいいよ君たち。それで命が買えるのだから。今夜は私の優しさを噛み締めて眠るといい」
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