第5話 正々堂々と戦ったら、フェアプレーポイントでもくれるのかい?


「そんでお前は誰様なわけ?」


 ユルキが銀髪の少年に問う。


「僕はプンティ。一応、次の英雄選抜試験に出る予定。まぁ、マルクス・レドフォードと違って落ちたりしないと思うけどね」


 銀髪の少年――プンティは楽しそうに笑った。


「よぉマルクス、あんたでも落ちるんだな。つか、英雄候補だったのも初耳だぜ」

「英雄の称号が簡単に手に入るものか」

「そりゃそうか」


 英雄には義務と特権がある。そしてその称号を得られるのは圧倒的に優れた戦闘能力を持つ者のみ。


「とりあえず、マルクス・レドフォードと愉快な仲間たちに勝てないようじゃ、僕も落ちちゃうからね。君たちを腕試しに使わせてもらうよ」


 プンティがゆっくりと剣を構える。


「ちっ、なんでお前みたいなのが魔物小隊にいるんだって話だ」


 想定外も想定外。


「考えれば分かるんじゃない?」プンティが首を傾げる。「それともバカなの?」


「……ユルキ兄をバカにするな」イーナが怒ったように言う。「ユルキ兄はちょっとバカなだけ……」


「全然フォローになってねぇ、ってか、イーナ俺のことそんな風に思ってたの?」

「魔物を制御できなかった場合の保険といったところだろう」


 マルクスはとっても冷静だった。


「あー、それそれ。俺もそう言おうとしたんだぜ?」


 まぁ、それが事実ならプンティは単独で中位の魔物を倒すだけの実力があるということ。

 撤退したいところだが、逃がしてくれる様子はない。

 と、少し離れた空を鏑矢が飛んだ。

 その音にプンティが意識を向ける。

 今しかねぇよな。

 ユルキがハンドサインを出す。


「おっと」


 プンティが一歩だけ移動。

 さっきまでプンティの顔があったところに【水牢】が生成される。

 プンティが移動した場所にイーナが矢を放つ。当然【加速】有り。

 しかしプンティはその矢を剣で弾く。

 その隙を突いて、ユルキが距離を詰めて右の短剣で斬り付けるが、躱される。

 同時にユルキの左腕に【加速】が乗る。

 逆手で持った左の短剣を、プンティの首めがけて殴るような感じで振り抜く。

 もちろん、これが本命の攻撃。今までの攻撃は全て囮。


「いい連携だね。かなり訓練した?」


 しかしプンティは躱した。

 完全回避されたわけではない。プンティの首から血が流れている。でも、致命傷でないのは明らか。皮だけしか斬れなかったのだ。


「ムーブ!」


 ユルキが叫びながら後方へと飛ぶ。プンティたち魔物小隊がいた通りとは逆側の地面へと着地。

 イーナとマルクスがそれぞれ逆方向に飛んだのをユルキは確認していた。

 3人は東と西と南にそれぞれ散開したということ。

 プンティはユルキを追って来ていない。

 あの様子ならほぼ間違いなくマルクスを追ったはず。

「クソ、ありゃマジで強いな……。マルクスより上っぽいな」


 まぁでも、とユルキは思う。


「うちらは愉快で姑息な傭兵団ってね」


 格上とは基本的に戦わない方がいい。

 しかしどうしても撤退できない場合もある。

 そして相手が単独であるなら、


「頼んだぜマルクス、イーナ」


 倒すのはイーナだ。


       ◇


 プンティは迷わずマルクスを追って飛んだ。

 着地すると同時に一閃するが、マルクスは上手に短剣で受け流した。


「やるぅ! さすが蒼空騎士団の次期団長とまで言われた男!」


 更に斬り付けるが、マルクスは短剣だけで綺麗にガードする。

 できるなら、とプンティは思う。

 剣を握ったマルクスと戦いたい。


「……お前は広い世界を知らない」とマルクスが言った。


「なにそれ? 経験不足って言いたいわけ?」


 プンティは攻撃の手を休めない。

 マルクスはきちんとガードしているが、少しずつ後方に下がっている。

 勝てる。マルクス・レドフォードに勝てる。

 プンティはマルクスと違ってそれほど名前が売れていない。だからこれは最高のチャンスなのだ。

 マルクスを倒した者として、英雄選抜試験に殴り込む。


「いや。そういう意味ではない」

「んじゃあどういう意味さ!」


 プンティがそう言った瞬間、マルクスが右に飛んだ。

 さっきまでマルクスがいた方向から矢が飛んでくる。プンティにとっては完全に死角だった。

 こいつらの連携は半端じゃない。マルクスは背中に目でもあるのかと疑いたくなる。

 飛んで来た矢は普通の矢よりずっと速い矢。

 目付きの悪い黒髪の胸なし女か――名前を聞いた気がするけれど、もう忘れた。

 プンティは身体を捻って、なんとかその矢を躱す。

 しかし避けきれず、左腕を掠めた。僅かな痛み。だがどうってことはない。

 体勢が崩れたところに、マルクスが飛び込んでくる。

 プンティはマルクスの短剣も躱す。

 躱すと同時に少し飛んで間合いを取る。


「素早い動きだ。自分では追い切れないな」


 言葉通り、マルクスは追ってこなかった。

 プンティは矢を警戒しながら剣を構え直す。


「ふふ、広い世界って、連携のこと言ってたのかな? でも残念、僕には通用しない」


「いや違う」マルクスが首を振る。「自分はそれほど強くない。だから自分に勝ったところで何の自慢にもなりはしないだろう」


「はっ! 蒼空騎士団のマルクス・レドフォードがそれほど強くないって!? バカも休み休み言えって!」

「自分は傭兵団《月花》のマルクスだ。それと、今はいないが、うちの団長と副長は自分を子供扱いするレベルの強さだ」

「へぇ。それが本当なら、是非会いたいねぇ」


 会って戦って、そして勝つ。傭兵団《月花》なんて聞いたこともない。英雄クラスの人間が立ち上げた団なら、耳に入るはずだ。

 つまり、団長も副長も英雄ではない。しかしマルクスよりは強い。そうなると、腕試しに最適だとプンティは思った。


「副長はまだしも、団長に会うと後悔するから止めておけ。絶対に止めておけ」

「それはますます会ってみたいねぇ」


「もしも今後、会う機会があったとしよう」マルクスは真剣な表情で言う。「《月花》に入らないかと誘われたら断った方がいい。絶対にだ。いいか? 自分は忠告したぞ」


「入りゃしないよ。傭兵なんてごめんだね。ただ、会って倒したいってだけ」


「いや無理だ。団長は正々堂々とはかけ離れた人間だ。お前のような真っ直ぐなタイプはまず勝てない」マルクスが少し笑った。「だがお前は幸運だ。少なくとも、団長に会うことなく死ねるかもしれん。こちらの指揮官次第だが」


「はぁ? 何を……言って……」


 あれ?

 身体が、

 痺れて、

 プンティは剣を杖代わりにしてなんとかその場に踏み止まった。


「さっきの矢……毒か何か塗ってたわけね……汚い手を……」


 そして今までの会話も、毒が回るまでの時間稼ぎだったということ。


「イーナの矢には全て毒が仕込まれている。掠めた時点でお前の負けだった。言い忘れたが、団長が卑劣なら当然、自分たち団員もそうなる。さて、どうする指揮官?」

「んー? どうすっかなぁ。こいつ殺すメリットねぇんだよなぁ。連れて帰って団長に会わせてやるのも面白そうだけど、イーナどう思う?」


 民家の窓からユルキが顔を出している。

 ああ、なるほど、とプンティは察した。

 そこから何かしらの攻撃を加える予定だったのだ、ユルキは。

 しかしマルクスが時間稼ぎを始めたから黙って見ていた、といったところか。

 どこまでも姑息な連中だ。


「……えい」


 背後から黒髪胸なし女の声が聞こえたと同時、

 プンティの股間に激しい痛みが走る。

 悲鳴を上げたかったが、潰れたカエルみたいな「ぐべぇ」という無様な声しか出なかった。

 プンティは自分の身体を支えることもできず、地面に倒れ込む。


「……いじめて殺すのがいい……」

「それはちょっと俺向きじゃねぇな。殺すならスパッとやろうぜ?」


 恍惚とした黒髪胸なし女の声と、ユルキの憐れみを含んだ声が聞こえた。

 もしも、

 もしもの話だけれど、

 何かの気まぐれで、

 こいつらが僕を殺さなかったら、

 もし僕が生き残ることができたら、

 絶対あの黒髪胸なし女だけは殺してやる。

 そう神様に誓って、

 プンティは意識を失った。


       ◇


 バラバラに散らばった死体が血の海に浮かんでいる――アスラは【神罰】の対象となった連中の成れの果てを見てそう思った。


「いい景色だね。……ところで少年。行くアテはあるのかい?」


 アスラが質問するが、少年は返事をしない。

 少年は夢でも見ているようにぼんやりしていた。

 殺戮の余韻に浸っているのだろう、とアスラは思った。


「素晴らしいほど一方的な虐殺だっただろう? 私は好きだよ、ああいうの。君もそうかい少年?」


 アスラは右手で少年の頭を撫でた。

 左腕はまだ垂れ下がったまま。


「あ、えっと……、その、仇討ち、ありがとうございました……」

「ああ。気にしなくていい。任務のついでさ。それで? 行くアテはあるのかい?」

「伯父さんがテラスの村で、家畜を育ててるから……そこに……」

「はん! 家畜だって!? 君はこれから一生、伯父さんと家畜を育てて生きるのかい!? バカバカしい!」

「でも、オレ、他に行くところが……」

「傭兵なんてどうだい?」

「え?」


 アスラの言葉に、少年は目を丸くした。

 ルミアも驚いたような表情をしていた。


「君はなかなかいいよ少年。たった一人で魔物小隊から逃げた。大抵の奴は震えながら殺されるのをただ待っていただろう? でも君は逃げることを選択した。機転が利く上に運もいい。それに何より、目を瞑ることもなく連中がバラバラになるザマを見ていた。スカッとしたんだろう?」


 アスラが笑うと、少年も笑った。

 そして少年が頷く。


「ふふ。君は目の前で家族を殺されたトラウマから、心を壊したのさ。もう立派な社会病質者さ。伯父のとこへ行っても、家畜を殺して憂さを晴らすのがオチだよ。そしてやがて人間を殺すようになる。殺人鬼になるぐらいなら、うちで傭兵をやるといい。敵を殺して褒められる上に、金まで貰える」


 少年は少しだけ考えるような仕草を見せた。


「アスラ。その子が殺人鬼になるなんて、どうして断言できるの?」


 ルミアが言った。


「おいおい。この少年はこの光景を見て笑えるんだよ?」


 血と肉塊。

 死と絶望。

 燃える村に、戦場の匂い。


「そんなのマトモじゃないだろう? 私や君と同じ種類の人間なんだよ」

「わたしは別に、この光景が好きなわけじゃないわ」

「でも平気。特に何を想うわけでもない。だろう?」

「想うことはあるわよ。またやってしまった、という後悔だけれど」

「そして私の命令だから、という言い訳だね?」

「言い訳じゃなくて事実そうでしょう?」

「まぁ、そういうことにしておこう。ああそうだ、心配しなくても、みんなのいる前で【神罰】を使えと命令はしないよ」


 それを使えばルミアの正体がバレる。

 けれど。

 仲間たちは受け入れるだろう、とアスラは思った。

 あとは、ルミアに自分を晒す勇気があれば解決だ。

 ついでに、本当の自分を受け入れる勇気もあれば人生を楽しめるのだが。

 と、鏑矢の音が聞こえた。


「どうやら、あっちも片付けたらしい。これで残り1匹か」

「そうね。次はどうするの?」

「どうもしない。ユルキたちに任せるさ。それより少年、考えはまとまったかい?」

「オレ、傭兵になるよお姉ちゃん」


 少年は家畜の世話より戦闘を選んだ。


「ならば今日から私のことは団長と呼べ。お前の名と年齢は?」

「レコ、11歳」


「よろしい。君は傭兵団《月花》の一員だ。立派な魔法兵にしてあげるよ」アスラが楽しそうに笑う。「ああ、早く帰ってサルメを買い上げて、レコと一緒に育てたいなぁ。ルミアは知ってるだろうけど、私は育成が大好きなんだよ」


「……あれを育成と呼ぶのなら、そうでしょうね……。可哀想に……」


 ルミアは小さく首を振った。


「ふふふ、まずはどうしようかな」アスラの表情が緩む。「私の基礎訓練過程は……さすがにまだ早いか……フィジカルからかな? それとも魔法から? いや、命令に絶対服従する精神を叩き込むところから? あぁ、楽しいなぁ」


「……アスラの英才教育を受ける最初の人間になるのね……」


 ルミアが優しくレコを抱き締めた。

 マルクス、ユルキ、イーナは最初から戦闘能力が高かった。だから基礎訓練過程だけで良かったのだが、レコは本当の本当に最初から鍛え上げなくてはいけない。


「ああ、神様……レコにどうか強い心を与えてください……」

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