第4話 闇を泳ぐ魚を見たって? 私を覗き込んでいたのは君だったのか
ユルキたちは民家の屋根でアーニア兵とテルバエ兵の戦いを見ていた。
「……アーニア弱い……」
イーナが呟いた。
「つーか、やっぱ中位の魔物強くね?」
アーニア側の小隊は、テルバエ兵が連れている黒い狼のような魔物に手も足も出ないような状態だった。
戦闘開始直後から見ているが、すでに2人が魔物の爪で引き裂かれた。
「で? 自分たちはいつ参戦する?」
マルクスが腕を組んでユルキに聞いた。
「いいぞルウラ! 残り3人も引き裂いてしまえ!」
テルバエ兵が高揚した様子で叫んだ。
彼らは弱い者いじめに夢中で、まだユルキたちに気付いていない。
アスラが言うには、彼らは滅多なことでは上を見ない。だから気配を消していればそうそう見つからないとのこと。
「ルウラちゃんだってよ、あの黒い魔物」
「で? いつ参戦する? 初手は?」
「……マルクス真面目すぎ……」
やれやれ、とイーナが首を振った。
アーニア兵が剣で攻めるが、ルウラと呼ばれた魔物はそれを簡単に躱してしまう。
身体能力に結構な差がある。
そしてルウラはアーニア兵の首を噛み千切った。
ルウラは噛み千切った肉を飲み込み、口の周りの血を舐めた。
「強い上にすんげぇ凶暴じゃね?」
「……人間はご飯みたいなもの……なのかな? あたしも、次は魔物に生まれたい……」
ユルキは苦笑いで言ったが、イーナは楽しそうに言った。
イーナにとって、人間が1人死ぬことは喜びに近いものがある。
イーナは元々、人間全般に強い憎しみを抱いていた。
ユルキはそのことをよく知っている。盗賊団の仲間や、この団の仲間に心を開くのも遅かった。
まぁ、とユルキは思う。
ストリートチルドレンなんてみんな似たようなもんだがな。
「そんなら最初に俺を食えよ。美味いぞ、きっと」
「……ユルキ兄は食べない……」
初めて会った頃のイーナは歪だった。
パンを分けてもらうために笑いながら大人の靴を舐めていた。
全てを呪いながら笑っていた。
「……あたしの恩人は、食べない……。マルクスは食べるかも?」
「なぜ自分は食べる? 一応仲間だと自覚しているが?」
マルクスが無表情で首を傾げた。
「……冗談。《月花》のみんなは食べない……」
「ふむ。恩人と言ったが、どういう経緯があった?」
「過去を詮索する奴は嫌われるぜ?」
ユルキがそう言った時には、アーニア兵は最後の1人になっていた。
その1人はそれなりに強いらしく、傷を負いながらも逃げる素振りは見せない。
「同じ団の人間のことを知りたいと思うのは、悪いことか?」
「いや、まぁ、どうってことはねぇよ。イーナを盗賊団に誘ってやったってだけさ」
10歳で身体を売ろうとしていたイーナを救いたいと思ったのだ。
あの地獄から。
そして「もう笑わなくていい」と。
誰にも媚びる必要はないのだと、そう言ってやりたかった。
「……クソッタレどもから、全部奪ってやろうぜって……カッコよかった」
当時ガリガリだったイーナを買おうとしたデブを焼き殺した時の台詞だ。
「自分には想像もできないような人生だったんだな」
「そうでもねぇさ。俺らは孤児で、よく虐められたって話さ。だから徒党を組んでやり返した。どこにでもある退屈な話さ」
イーナと出会った時、ユルキはすでに盗賊だった。
下見に訪れた街でイーナを見かけ、その時は憐れに思ったが声はかけなかった。
でも気になって、日が落ちてからも気になって、イーナを探しに街に戻った。
そしたら、デブがイーナをお買い上げ。路地裏でそのままイーナの服を脱がしたところだった。
自分でも理解できないぐらい、怒りが沸いたのだ。
ああ、世界は理不尽で、控え目に言ってクソ塗れで。
「そういう連中を、自分は狩る側だった」
「だろうな。騎士団だもんな」
騎士団は憲兵の要請で治安維持に力を貸すこともある。
「それが今では仲間だ。不思議なものだな」
「だな。団長はイカレ女で、俺とイーナは盗賊、マルクスは騎士団。副長は過去知らねぇが、まぁ訳ありだろ? 俺らは愉快な傭兵団ってなもんか……っと、最後の一人が死んだな。マルクス、ルウラちゃんに【水牢】当てれるか?」
「今なら」
ルウラは倒したアーニア兵を貪り食っていた。
「おし、イーナは敵の隊長を射貫け」
ユルキが指を3本立てる。
イーナが矢筒から矢を取って弓につがえる。
ユルキが指を2本に減らし、
イーナが生成魔法【加速】を矢に乗せる。
風を生成して物体の速度を向上させる魔法だ。
ユルキが指を1本に。
そしてその指を斜め下に向ける。
マルクスが【水牢】を使用。それと同時にイーナが矢を放つ。
ルウラの顔面に水球が生成され、ルウラが混乱してもがく。
イーナの矢は敵の隊長の頭を斜めに貫通して地面に刺さった。
「敵だぁぁ! 上だ! 屋根の上にいるぞ!」
敵兵が叫び、剣を抜く。
「さぁどうやってここまで来るのかねぇ」
呟きながら、ユルキも矢を用意。
すぐに射る。敵兵の胸に刺さり、敵兵が倒れる。
これで2人死亡。
イーナが再び【加速】を乗せた矢を放つ。
しかし、敵兵はその矢を剣で弾いた。
「嘘だろ……?」
次の矢を用意していたユルキの動きが止まる。
イーナの放った【加速】付与の矢の速度は、簡単に弾けるようなものではない。
少なくとも、ユルキには無理だ。
と、その敵兵がジャンプした。
魔法も何も使わず、1度のジャンプで彼は屋根の上に着地。
見たところ、年齢はユルキと同じぐらい。18歳前後。肩まで伸ばした銀髪に、小綺麗な顔立ち。身長はユルキより少し低い。
ユルキは即座に弓を仕舞って短剣を両手に装備。
更にルウラの状況をチラッと確認――まだ死んでいない。
ならばマルクスの護衛が最優先。魔物だけは倒す。でないとアスラに何を言われるか。
「面白いね、君たち」
銀髪の敵兵が言った。
銀髪の人間は性格が歪んでいる。今のところ全員漏れなく歪んでいた。まぁ団長しか知らねぇけど、とユルキは思った。
「お前、結構やるじゃねぇか」
話ができるなら、時間を稼ぐ。
目的は魔物の討伐。他は最悪、倒せなくてもいい。
「もう帰っていいよー。どうせルウラも死んじゃうからさー」
ニコニコと笑いながら銀髪の敵兵が言った。
下でどうしていいか分からずにこっちを見ているだけの2人に言ったのだ。
その2人は何の躊躇もなく走り去った。
この銀髪に任せれば大丈夫、ということか。
「よぉ、名前聞いとくぜ」
「んー? 僕?」
「お前と話してんだろうが」
「そっちが先に名乗りなよー」
銀髪は楽しそうに笑っている。
「俺は傭兵団《月花》のユルキ・クーセラ。そっちは妹分のイーナ・クーセラ。んで、魔法使ってる大男は……」
「蒼空騎士団のマルクス・レドフォード」銀髪がユルキを遮って言った。「英雄選抜試験に二回出たよね?」
「今は傭兵団《月花》だ」
マルクスも短剣を構える。
つまり、ルウラは死んだということ。
どうするべきだ?
数的優位ではあるが、相手の実力はかなり高い。
◇
ルミアがアイコンタクトで【閃光弾】を使うと言ってきた。
アスラは首を左右に振った。
それじゃあ面白くない。それに、少年に見せてあげなくては。テルバエ魔物小隊が壊滅する様子を。
「手ぇ出すんじゃねぇぞぉ!」
魔物小隊の中でも大柄な男が、剣を抜かないままアスラに向かって来た。
「ほう。せっかく魔物がいるのに、使わないのかい?」
「黙れクソガキがぁ! よくも俺のダチをやってくれたな!!」大柄な男が拳を振り上げる。「てめぇは半殺しにして死ぬほど犯してから地獄に売ってやらぁ!!」
男の拳は右。
アスラは右半身で立ち、男の拳を同じく右手の甲で逸らす。
それと同時に膝を抜き、倒れる力を利用しながら素早く男の裏――背中側へと回り込む。
そしてブーツの先で金玉を蹴り上げた。
男が断末魔のような悲鳴を上げながら地面を転がり回った。
「あは。今のは潰れたね」
アスラは前世では男だったので、そこが急所であることをよく知っている。
「フルアーマーだったら良かったのに、軽装だからさ、ふふ」アスラが笑う。「これで君の大好きな、戦場で女を犯すって行為ができなくなったね。悲しいかい? 死ぬほど悲しいかい?」
「ゆるざねぇぇ」
男は半泣きになりながらアスラを睨み付ける。
しかしまだ起き上がれない。
「ははっ、私を舐めるからだよ? 遠慮せず魔物を使いたまえよ」
「ギーテ! そのガキを殺せ!」
魔物小隊の隊長が命令した。
なるほど、魔物の名前はギーテか、とアスラは思った。
まぁ、その名を覚えておくつもりはないけれど。
ギーテが1度吠えてから、二足歩行でアスラへと突進。
「お、これは速いなぁ……」
ギーテが右手を振りかぶり、アスラを叩く。
アスラは左腕でその攻撃をガードしたが、弾き飛ばされて地面を転がった。
普通の人間なら即死。
そういう威力の攻撃だった。
しかしアスラはムクッと起き上がる。
「死ぬかと思ったよ……ふふ」
アスラの身体は金色の光を微かに放っている。
これはルミアの支援魔法【
ルミアが全力だったとしても、2分程度。
魔法に込めた魔力量によって持続時間が変わる。
「あは。痛いなぁ」アスラの左腕はダラリと垂れ下がったまま。「折れちゃったじゃないか。ああ、痛い。痛くて興奮してしまうよ。たまらないなぁ。楽しいなぁ。楽しいね。命のやり取りは最高だね」
アスラが笑う。とっても幸福そうに。
その様子を見たギーテが、一歩後退。
「私が怖いかギーテ? 冗談だろう? 君は中位の魔物。人間より力が強く、人間より速く動ける。なのに私を恐れるのかい? どうして? 私はまだ何もしていないよ?」
一方的に叩かれただけ。
それだけなのだ。
ふと魔物小隊の連中を見ると、彼らの表情が凍り付いていた。
まるで超自然災害《魔王》に遭遇した時のように。
「おいおい。私がなんとか生きているのはね、ルミアの魔法のおかげで、別に私は不死身ではないよ? ただの、普通の、人間だよ? 剣で斬られれば死ぬし、矢で射貫かれても死ぬ。殴り殺すことだってきっとできる。恐れる必要はない。続きをやろうよ?」
アスラが小さく両手を広げ、一歩だけ前進する。
しかしギーテは動かない。
「魔法なんて関係ないわ」ルミアが言った。「アスラ。わたしも時々あなたが怖い」
「……まだ何もしていないのに……?」
アスラは意味が分からない、という風に溜息を吐いた。
「なんだか冷めてしまったなぁ」
さっきまで高揚していた気分が一気に下がる。
だけれど。
まぁいいか、と思う。
これは所詮、訓練の延長に過ぎない。
ガチの戦闘だったなら、最初に【閃光弾】を使っている。
敵の目が眩んだところで、素早く全員の喉を裂く。ギーテには刃が通らなければ【地雷】を7枚全部貼り付けて吹き飛ばす。それで終了。
「ルミア、攻守交代。私がその子の護衛、ルミアが攻めたまえ。きっちり殺すんだよ? 今回は歩合制だからね」
前金の1万ドーラはすでに貰ってある。
成功報酬は魔物1匹につき5万ドーラ。4匹全て狩れば合計21万ドーラも稼ぐことができる。
「……今の装備で、その魔物を殺しきれないわ」
「冗談言うなよルミア。攻撃魔法を使いたまえ。君が忌み嫌っている究極の攻撃魔法を」
通常、どの属性の攻撃魔法も大抵はそれほど強くない。
だがルミアの属性だけは別だ。
ルミアは自分の魔法を光属性に見せかけているだけで、本当は固有属性を使用している。
他に類を見ないほどの超攻撃特化型の固有属性。
いや、戦闘特化型か。
支援魔法【外套纏】、生成魔法【閃光弾】、そして回復魔法。戦闘に必要な全てが揃っている。
「せ、攻めろギーテ! 殺すんだ! そのガキはもう光ってないぞ!」
敵の隊長が叫んだ。
事実、【外套纏】の効果は切れていた。
「ルミア。私の命令が聞けないなら団から出て行ってくれ。約束だろう? 任務中は私の命令を聞く。その代わり、君の言う曖昧な一線とやらを私が超えた時は、容赦なく私を殺せばいい。もちろん抵抗はするがね」
ギーテは少し戸惑っていたが、「やるんだギーテ!」という隊長の声で、ギーテが吠える。
「さぁルミア、敵が来るよ? 敵が来るよ? 恐れながらも向かってくるよ? どうするルミア?」
ギーテが再びアスラに向かって突進する。
ルミアは少しだけ辛そうな表情を見せて、
だけど、
「……【神罰】」
その魔法を使った。
次の瞬間、ギーテは8つの肉塊となって転がった。
ギーテをバラバラにして、辺り一面を血の海に変えたのは天使。
大剣を携えた、美しき天使。
純白の翼に、透き通るような白い肌。色素の薄い金髪の上には、光の輪っか。
「使うと思っていたよルミア。知っていたよ。君は本当はこっち側なんだよね。聖人君子の振りをしているだけでね。だってそうだろう? その魔法を見せてしまったからには、皆殺しにするしかない。君の愛しくもおぞましい正体を知られるわけにはいかないのだから」
ルミアはずっと闇の中。アスラと出会った時、すでに闇に堕ちたあとだった。
「君は罪の意識が強いみたいだけど、過ぎたことは忘れて、私と楽しもう。私と戦争を遊ぼう。君がかつて、そうしていたように」
見たことはない。その時のルミアをアスラは知らない。
話に聞いただけ。
でも、ずっと前に戦うルミアを見て悟った。
同じ人種なのだと。
「その魔法……」敵の隊長が言う。「死の天使……【神罰】……? まさか、まさかお前……あの……大虐殺の……」
次の瞬間には、天使が隊長を斬り裂いていた。
そして続けて残りの3人も斬り刻んだ。
天使は優しい表情を浮かべ、虚空へと消えた。
「わたしは2度と、そうはならない」ルミアが淡々と言った。「そして、あなたも」
「あっさり殺しておいてよく言うよ。合図を頼む」
アスラが言うと、ルミアは矢を1本抜いて弓につがえる。
そして天に向けて放った。
その矢は大きな音を放ちながら飛ぶ。
鏑矢と呼ばれる種類の矢で、魔物を1匹倒したという合図のために使ったのだ。
「いつか君が、本当の自分に戻れるといいのだけどね」
ルミアには聞こえないように。
小さな声でアスラは呟いた。
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