第3話 戦場では活き活きと死ね 藁に縋って死ぬよりずっといい


「こりゃ酷いもんだな」


 民家の屋根の上で、ユルキが呟いた。


「ふむ。魔物小隊の基本戦術は、魔物に戦わせておいて、自分たちは魔物が討ち漏らした相手を囲んで倒す、って感じかな。確かに酷い戦術だけど、楽でいいんじゃないかな」


 アスラたちはいつもの黒いローブに矢筒を装備していて、手には弓を持っていた。


「いや、そっちじゃねーっす」


 ユルキが溜息を吐いた。


「魔物による惨殺のことだと思われます、団長」

「……これ、あたしら、勝てるの?」


 ムルクスの村はすでに酷い有様だった。

 蹂躙、という言葉がピッタリと嵌まる。


「無理じゃねぇっすか? 強すぎるっすよ、中位の魔物」


 誰も彼もが魔物の爪や牙で引き裂かれている。

 中位の魔物は人間よりも動きが速く、力が強い。

 でも、とアスラは思う。

 ただそれだけなのだ。


「作戦通りにやればいい。倒せなきゃ私の責任だ。生き残ったら私にお仕置きでもすればいいさ」アスラはククッ、と笑った。「それより、アーニア軍の方が問題だよこれは」


 アーニア兵たちは市街戦に慣れていないのか、統率も連携もグダグダで、ほぼ一方的にやられている状態。


「そうね。そもそも村に避難指示を出さなかったのかしら? 村人が大勢巻き込まれているわ」

「いや副長、巻き込まれてるっつーか、テルバエの連中、喜び勇んで村人殺してる感じじゃねーっすか?」

「同感だ。外道どもめ」


 マルクスが吐き捨てるように言った。


「まぁ、それは私らの問題じゃない。さぁ、そろそろ始めよう。いい位置じゃないか」


 ちょうど、アスラたちの下を魔物小隊が通過しようとしていた。

 彼らは上を見上げない。アーニア軍にも言えることだが、見上げる習慣がない。

 市街戦初心者というか、間が抜けているというか、上から攻撃されることを想定していない。

 この世界の軍は、普段は広い場所で陣形を組んで戦う。だから仕方ないのかもしれない、とアスラは思った。


「間違えてくれるなよ諸君。私らは優位な立ち位置にいる。よって、ファイア・アンド・ファイアだ」


       ◇


 テルバエ大王国軍、魔物小隊。

 全部で4つあるその小隊の1つに、彼は指揮官として所属していた。

 魔物を使役して戦争で使おうという画期的な案は、大王自らが考えたもの。

 中位の魔物――黒い狼のような魔物を彼の小隊は使役していた。

 彼の小隊ではその魔物にピリという名前を与えていた。

 アーニア軍はピリの素早さや力強さに押され、戦線を維持することができなくなり、広大な茶畑が広がるムルクスの村まで下がっていた。

 この村の茶畑は、アーニア王国の資金源。それを焼き払って経済的打撃を与えるのが彼らの任務。

 アーニア王国の茶は、彼も好きだったので少し残念に思う。

 だがこれは戦争。仕方ない。

 茶畑に火を点け、民家に火を点け、アーニア兵も逃げ遅れた村人も、彼らは容赦なく叩き斬った。

 もちろん、ピリの爪に裂かれた敵兵も多い。

 ムルクスは大きな村だ。彼らはこの村を完全に消滅させるために来た。

 今も焦げた匂いと炎が立ち昇る村を歩き回り、アーニア兵や村人を探していた。

 完全に全滅させる――即ち、ムルクス村は地図から消えるのだ。


「いやぁ、ピリがいればアーニアなんぞカスですなぁ隊長」


 彼の部下が笑顔を浮かべる。

 彼の部下は全部で4人と1匹。

 他の3つの魔物小隊も同じ構成。

 4つの小隊を1つの中隊として、彼らは活動している。

 村に入る前の草原での戦闘には大盾中隊も参加していた。矢による攻撃を防ぐためだ。しかし村の中での戦闘には不要なので、彼らは先に帰投した。

 アーニア王国軍は大隊規模だったか、すでに半数以上減っていると推測。そして今のところ、こちらに消耗はない。

 あとは魔物小隊だけで十分。


「もともとアーニアはそんなに強くないでしょ。そこにうちのピリちゃんが加わったら、そりゃ無双でしょう?」


 別の部下も明るく言った。

 我々は勝っている。圧倒的に勝っている。これはもう掃討作戦なのだ。

 日が沈む頃にはムルクスの村は消滅する。そして彼らも基地へと帰投し、しばしの休息を堪能するのだ。


「花びら?」


 唐突に、桃色の花びらが空から降って来た。

 かなりの数だ。


「気の早い奴が勝利の花吹雪でも撒いてんですかねぇ?」

「分からん」


 彼は花びらを1つ、手で掬った。

 何の変哲もない普通の花びら。


「綺麗……」


 部下が空を見上げた。

 そんな部下の顔に、花びらが触れる。

 そして次の瞬間、

 部下の顔が破裂した。

 いや、違う。爆発した??

 血と肉が飛び散って、彼らは混乱した。何がどうなっているのか分からない。

 更に別の部下の肩が爆発。

 部下が悲鳴を上げた。


「攻撃だっ! 花びらに触れるな! 移動しろ!」


 全ての花びらが爆発するわけではない。

 けれど、どれが爆発する花びらなのか分からない。


「この花びらの外――」


 彼は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。

 彼の喉には矢が突き刺さり、

 そのすぐあとに無数の矢が彼を襲った。

 彼は死体になって地面を転がり、けれどその瞳は開いたまま。

 隊長を失った部下たちの混乱は頂点に達し、剣を抜くが敵は見えない。

 闇雲に剣を振って、その剣が爆発。破片が刺さって叫ぶ者がいた。

 矢が降っている。雨のように。

 ピリの固い毛皮は、その矢を弾くが、人間はそういうわけにもいかない。

 彼らの防具は軽装備。ピリに合わせて機動力を重視しているので、革の鎧しか装備していない。

 1人、また1人と部下たちが倒れていく。

 ピリが吠える。

 ああ、ピリよ。オレたちは死んでしまったが、お前が仇を討ってくれ。

 彼はもう死んでいるので、知らなかったのだ。

 ピリは吠えたあと、すぐに窒息してしまうことを。


       ◇


「ほら、魔物なんてどうってことないだろう?」


 民家の屋根でアスラが言った。


「自分の【水牢】がこれほど優秀だとは、団長のおかげであります」

 マルクスが感激した様子で言った。

【水牢】はマルクスの生成魔法。攻撃魔法ではない。水を生成するだけの魔法だ。しかし相手の顔面で水を生成すれば、相手は窒息する。

 それによって、黒い狼のような魔物の息の根を止めたのだ。


「なぁに、礼には及ばないよマルクス。私たちは魔法にロマンを感じる者同士。正しく使えば魔法は強力な武器になる」


【水牢】を考えたのはマルクスではなくアスラ。

 生成魔法を攻撃に転用する――そんなこと、常識では考えつかない。

 魔法の種類は全部で4つ。

 攻撃、支援、回復、生成だ。

 魔法使い1人につき1つの属性なので、マルクスは水属性以外の魔法は使えない。

 今後、固有属性を得る以外で属性が変わることはない。


「団長のびらびら【乱舞】も、綺麗でいいっすねぇ」

「私のびらびらって言うなユルキ」

「なんでっすか?」

「……別に。気分の問題さ」


 アスラは両手を広げた。


「生成魔法【乱舞】の中に攻撃魔法【地雷】を混ぜる。お見事ね」

「初手が【閃光弾】ばかりだと飽きるだろう? まぁ、決め技は【水牢】が便利だから仕方ないけど」


 ルミアに褒められて、アスラは少し微笑んだ。


「自分は感激であります。水属性の自分が、敵の指揮官や魔物を魔法で倒せるなんて……。自分は魔法兵になって本当に良かったと思います。親には勘当されましたが」


 武人の家系に生まれたマルクスは、そもそも魔法を否定され続けていた。

 だからコッソリと隠れて魔法の鍛錬を行っていたという過去がある。


「それにしても、マジで普通に倒せて逆にビビッたっすわ俺」

「しかも簡単に。自分の【水牢】が決め技となって」

「……魔物も息ができないと……死ぬんだね……」

「君らは魔物と戦うのは初めてだったかな?」


 アスラは過去に、ルミアと2人で魔物退治をしたことがある。その時も中位の魔物だった。


「いえ、自分は騎士団時代に退治したことがありますが、これほど簡単ではなかったですね。正面から当たったので」

「俺らは初めてだよな、イーナ」

「うん」

「そうかい。まぁ、さほど難しい敵じゃないのは分かっただろう?」


 アスラがそう聞くと、ユルキ、イーナ、マルクスの3人が頷いた。

 ルミアは最初から中位の魔物など脅威だと感じていなかった。


「では訓練を兼ねてツーマンセルとスリーマンセルに別れて残りの3匹を狩ろう」

「ういっす。組分けはどんな感じっすか?」

「ブルーセクションに私とルミア。レッドセクションに残りの三人」


「ちょっと待った!」ユルキが言う。「そっちに火力集中しすぎっしょ!?」


「あたしら、死ぬ……」

「さすがに団長と副長抜きで魔物退治は厳しいかと」


 イーナがガックリと項垂れて、マルクスは真面目に反論した。


「いや。戦力は問題ない。君ら3人でもやれるはずだよ」アスラが肩を竦める。「そうだなぁ、指揮は順当ならマルクスだが、今回は訓練を兼ねているからユルキが指揮を執りたまえ」


「俺っすか?」

「……死んだ……」

「死んだな」


 ユルキは驚き、イーナは絶望し、マルクスは頷いた。


「団長、別に逆らうとかじゃねーっすけど、その、考え直して……」

「直さない。自信がなくてもやりたまえユルキ。魔物退治に失敗したら活き活きと死ね。命令だよ」


 マルクスは騎士団で小隊の指揮経験がある。際どい相手ならマルクスだが、今回の相手ならユルキを鍛えるのにちょうどいい。


「う、ういっす……」

「他に何か意見はあるかい?」


 アスラが問うが、誰も何も言わなかった。


「よし。では任務に移れ。散開!」


       ◇


「私たちが出会ったのも、こんな景色の中だったね」


 もうじき廃村となるムルクスの村を、ピクニック気分で歩きながらアスラが言った。

 時折、転がった死体を見て微笑む。

 君たちは活き活きと死ねたのかな? それともただ死んだのかな?

 そんなことを想いながら。


「もう10年も前になるのね……」


 ルミアは遠く呟くように言った。


「色々あったね。師匠」


 パチパチと音を立てて燃える民家。

 血の臭いと木造の民家が焼ける匂いが混じっていて。

 地獄絵図と呼ぶには死体の数が少し足りないけれど。

 まぁ概ね、好きな景色だ。


「そう呼ばれるのは久しぶりね。ところで、フラフラ歩いていていいの? 索敵して先制するのが魔法兵でしょう?」

「訓練を兼ねると言ったろ? 私とルミアが先制したら簡単に勝ってしまう。それに、常に先制できるとも限らない。だから今回は、先制されようと思う」

「敵にわざと見つかって、攻撃させるのね?」

「そう。私たちはそこから立て直し、ファイア・アンド・ムーブメント」


 アスラがそう言ったすぐあと、10歳前後の少年が1人、民家の陰から飛び出してきた。

 少年はアスラたちを見て止まろうとしてそのまま滑って尻餅を突いた。


「大丈夫よ。お姉さんたちはアーニア軍だから」


 怯える少年に、ルミアが微笑みかける。


「正確には雇われた傭兵だがね。村人には手は出さないから……」

「助けて! 父ちゃんも母ちゃんも殺されて! オレ、捕まったら西側に売られちゃう!」


 アスラの言葉の途中で、少年が起き上がってルミアに抱き付く。


「おい! ガキを見つけたぞ! 女が増えてますぜ隊長!」

「そりゃいい。小遣い稼ぎに最適だ」


 熊のような魔物を従えた敵の魔物小隊が、少年が出てきたのと同じ民家の陰から出てきた。

 人間が5人に魔物が1匹。


「小遣い稼ぎということは、人身売買かな? 確か西フルセン地方に奴隷制度があるんだったかな?」

「そうね」


 アスラたちの住むこの地方全体をフルセンマーク大地と呼ぶ。面積としては、ヨーロッパよりは少し狭い。

 そのフルセンマーク大地は、地図では西、中央、東の3つの地方に分けて記される。

 ちなみにアーニア王国は東フルセン地方に属する。


「いいねぇ、美人じゃねぇか。うちらで犯してから売りましょうや」

「オレは銀髪の方が好みだな」

「ガキに用はねぇよ。ねーちゃんの方だろ、普通」

「バカ、銀髪ちゃんぐらいが一番美味しいんだよ」


 魔物小隊の連中がいやらしい笑みを浮かべながら言った。

 あぁ、戦場って感じだなぁ、とアスラは思った。

 こういうならず者部隊みたいな連中はどこにでもいる。


「訓練目標をアップデートする。少年を保護し、護衛しながら敵を殲滅」

「何を言っているの!? 危険でしょう!? 逃がすべきよ!」

「いやダメだね。せっかくだからその子は訓練に使う。なぁに、失敗しても誰も責めないさ」

「……っ。あなたは……」


 ルミアが歯噛みして、拳を握った。


「それに少年、見たいだろう? 両親の仇が無惨に死ぬところをさぁ」


 ニタァ、っとアスラが笑う。

 少年は一瞬だけビクッと身を竦めたが、


「見たい、父ちゃんたちの仇を討ってくれるなら、オレ、それを見たい!」


 ルミアから離れてそう言った。


「というわけだルミア。異論は認めない。さぁ、この状態から始めよう」


 言って、アスラは魔物小隊へと向き直る。

 魔物小隊の連中は、余裕ぶって笑っていた。

 こちらは女が1人に子供が2人。戦えるとは思っていないのだろう。

 ちょっと遊んで捕まえて、犯して売ってはいお仕舞い。彼らはそう考えている。


「ははっ、お嬢ちゃん戦うつもりかい? うちら最強の魔物小――」


 彼は最後まで言えなかった。

 アスラの投げた短剣が喉に突き刺さったから。


「上手いもんだろう?」


 アスラが挑発するように笑い、


「てんめぇぇぇ!」


 魔物小隊の連中が怒声を上げた。


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