第2話 団長に必要な素質? 全てを楽しむ心と破滅的な思考回路かな


 アーニア王国王城、謁見の間。

 アーニア王は玉座に座ったままで、傭兵団《月花》の面々を見下ろしていた。

 女が3人、男が2人。彼らは全員、黒いローブに身を包んでいる。

 魔法使いとは思えないほど素晴らしい武勲を挙げた、と将軍から報告を受け、急遽呼び出したのだ。


「これはこれは、若き王。私たちに一体どんな用があるのか?」


 銀髪の少女が小さく笑みを浮かべながら言った。

 銀髪の少女は細く、そして一番歳が若いように見える。

 だが恐ろしいと感じるほどに整った顔立ちをしていた。

 あと10年もすれば絶世の美女と呼ばれ、貴族と結婚することも叶うだろう。

 だが、とアーニア王は思う。


「貴様! 王の御前であるぞ!」白銀の鎧に身を包んだ、アーニア王の親衛隊長が言った。「まずは跪き、赦しがあるまで言葉を発するな!」


 それが王族と対面する場合の礼儀。

 しかし《月花》の団員は全員がその場に立ったまま、顔すら伏せていない。


「なぜだい?」銀髪の少女は酷く不愉快そうに言った。「若き王は私の王じゃない。それに私は跪くのが嫌いだし、命令されるのも嫌いだし、ルールなんてものも団規以外は興味ない」


「貴様!! なんたる言い草!! 叩き斬ってくれる!!」


 親衛隊長が剣を抜く。


「いいんだね?」


 銀髪の少女が急に真顔になった。

 そして、酷く薄暗い瞳で親衛隊長を見据える。


「うっ……」


 親衛隊長は気圧されたのか、動きを止めた。


「止まって正解だぜオッサン」金髪の少年が言う。「団長は降りかかる火の粉は容赦なく払うタイプだからよぉ。ついでに言うと、俺とイーナもな」


 金髪の少年と、イーナと呼ばれた黒髪の少女は右手に短剣を握り、戦う準備をしていた。


「それに……あたしも……ユルキ兄も、跪くの……嫌いだから」


 なんて、なんて大胆不敵な連中なのか。

 そして、なんて暗い目をした連中なのか。

 少なくとも、団長と呼ばれた銀髪の少女、ユルキ、イーナはどこか壊れている。


「余が許す。跪く必要はない。お前も剣を仕舞え」


 こいつらは危険だ。アーニア王はそう判断した。

 本気で、跪くぐらいなら一国を相手に戦争を始めそうな気さえする。

 親衛隊長が剣を仕舞う。

 同時に、ユルキとイーナも短剣を仕舞った。


「ルミア、マルクス。君たちは跪きたければそうしても構わないよ?」


 報告では《月花》団長の名はアスラ・リョナだったか。

 つまりこの銀髪の少女がアスラということになる。


「そうさせてもらうわ」


 妖艶な美女――ルミアが跪く。


「助かります団長。自分は騎士団出身ですので、跪かない方が気持ち悪いです」


 赤毛の大男――マルクスもスッと跪いた。

 ローブの上からでも、マルクスの鍛え上げられた筋肉が分かる。これは恐ろしい手練れに違いない、と考えたところでアーニア王はハッとした。


「待て。お主、マルクスと言ったか? もしや蒼空騎士団のマルクス・レドフォードか?」

「そうだった時期もありますアーニア王。しかし自分は今、傭兵団《月花》の魔法兵、マルクスであります」

「……ふむ。そう、であるか。ところで、魔法兵とはなんぞ? 魔法使いとは何が違う?」


 これが本題。

 アーニア王は知りたかった。わずか5人の小隊で30人前後の大隊を壊滅させた彼らのことを。


「それには私が答えよう若き王」アスラが言う。「私たちは全員魔法が使える。けれど、私たちにとっての魔法は武器の1つなんだよ。カラシニコフやRPGのようなものさ」


「……カラシ……?」


「いや申し訳ない。忘れておくれ。剣や弓のようなものだと言いたかったのさ」


 アスラが肩を竦めた。


「続けよう。私たちは魔法と同時に近接戦闘術も扱える。当然、フィジカルも鍛えている。魔法を有効に使え、ファイア・アンド・ムーブメントを理解し、かつ魔法だけに頼らず戦える兵士。それが魔法兵」


「ファイア・アンド?」とアーニア王が目を細めた。


「ムーブメント。射撃と機動。魔法と機動、かな。我々の本領は森や市街地であって、多くの軍がやるような、広場で正面からぶつかるなんてことはしない」


 ほう、とアーニア王は感心する。魔法兵に感心したのではない。それを淀みなく説明したアスラに感心したのだ。

 非常に賢い少女だ。団長を名乗るだけのことはある。


「補足します王」ルミアが言った。「我々は身を隠し、不意を突き、機動しながら魔法や武器を使い、敵を倒す集団です」


「ふむ。なるほど。アサシンのような魔法使い、ということか」


「前世じゃ先に敵を見つけて先に攻撃するのが普通だったから、アサシンと言われてもピンとこないなぁ」アスラが小さく首を傾げる。「でもまぁ、サイレントキリングをすることもあるだろうし、完全に間違いってわけじゃないか……」


「前世?」

「ああ、どうせ信じないだろうけど、私は前世でも傭兵をやっていてね。ははっ、40歳の時にアーレイ・バーク級のミサイル支援をマトモに喰らってあの世逝きさ。いやぁ、あの激戦は楽しかったなぁ」


 アスラはとっても楽しそうに言った。

 けれど、アーニア王には半分も理解できなかった。


「アスラ。イカレてると思われるわよ」とルミアが言った。


「ふん。別に構わないさ。私の頭がマトモだなんて誰も信じちゃいないんだから」


 確かにアスラの態度や発言はマトモじゃない。

 けれど、そのぶっ飛んだ思考が自分たちの勝利に繋がる。

 アーニア王はそんな予感がした。


「これからも要所で君たちを使いたい。我が国に滞在する期間はどのくらいか?」

「ははっ。若き王よ、私たちは傭兵だよ? 戦場を求めて彷徨う亡霊のようなものさ。だからそれは愚問だね。私たちは戦争が終わるまでここにいるとも。何度でも私たちを使えばいい。何だってしてあげるよ。相応の報酬さえ用意してもらえればね」


 アスラは笑っていた。

 でもその笑顔に可愛らしさは欠片も見当たらない。

 率直に言うなら、頭がどうかしているのかと思った。

 傭兵団《月花》とアスラ・リョナ。上手く使えばテルバエ大王国に勝てるかもしれない。

 けれど、使い方を誤れば諸刃の剣になりかねない。


       ◇


「で、いきなり酒場で豪遊するわけね」


 ルミアが呆れたように言った。


「いいじゃないか。私たちは勝った。大隊を壊滅に追い込んだんだから、勝利の美酒に酔う権利がある」


 初陣を勝利で飾った夕暮れ時。アーニア城下町の酒場を貸し切って、アスラたちは豪遊していた。


 テーブルには豪勢な料理が並び、1人につき1人の娼婦があてがわれている。


「つっても、団長はお茶飲んでるっすよね?」


 ユルキは娼婦の胸にお札を挟みながら、ヘラヘラとした口調で言った。頬も紅潮しているが、それはビールを三杯飲んだから。

 ユルキは団長であるアスラと副長のルミアには半端だが敬語を使う。


「この身体がまだ酒を受け付けないんだよ。呑むと確実に吐く」

「団長の……弱点?」


 イーナは少しフラフラしている。そんなイーナを、娼婦のお姉さんが支えていた。

 イーナは黒髪のショートカットで、15歳の少女。目付きが悪く、パッと見ただけで悪人だと分かる。


「お酒はまだ許すにしても、娼婦を呼ぶなんて」とルミア。


「酒を注ぐ美女がいた方がいいだろう? それとも、君とイーナには男娼の方が良かったかな?」

「やめて。わたしは純潔の誓いがあるの。結婚するまで守るわ」

「まったくであります。自分も純潔の誓いを立てておりますので、お酌だけで」


 マルクスは娼婦に照れながら、小さく何度かお辞儀をした。

 軽く酔っているようだ。

 ルミアは28歳。マルクスは25歳。

 しかし2人とも真面目に言っているので、冗談のネタにはしない。


「俺は誓ってねぇから、部屋行ってきていいっすか団長?」


 ユルキは18歳の少年で、元盗賊団団長。

 ちなみに、ユルキは金髪で人懐っこい雰囲気がある。ややイケメンらしいが、アスラは男の容姿に興味はない。


「ユルキが自分のお金をどう使おうと、私は口出ししないよ。好きにするといい。私も前世ではよく娼婦の世話になったものさ」


 成功報酬はすでに全員で平等に分けてある。

 ちなみに、ここの払いは団のお金を使った。それは前金として貰った金で、本来なら武具の調達などに使うのだが、今回は自前の物しか使わなかったので余ったのだ

 娼婦に支払った金はお酌代だけで、寝る分の金額は払っていない。それは自腹だ。


「んじゃ、また明日っす」


 ユルキは娼婦の腰に手を回し、今までに見せたことのないような満面の笑みでテーブルを離れた。


「ユルキ兄のスケベ……変態……バカ……死ね」


 ユルキの背中を見送りながらイーナが言った。

 イーナとユルキは実の兄妹ではないが、イーナはユルキを兄貴分として慕っている。

 アスラは串に刺さった肉を手に取った。

 娼婦の少女が物欲しそうにその肉を見ていたので、


「食べるかい?」と聞いた。


「いいの? 本当にいいの?」


 瞳をキラキラさせて少女が言った。


「構わないよ。みんなも食べていい」


 アスラは笑顔で他の娼婦たちにも食事を促した。


「優しいわね」とルミアが頬を緩ませる。


「別に。多いからどうせ余るだろうしね」


 実際、料理の量は半端じゃない。


「それはそうとアスラ、ちょっと真面目な話だけど、王族には気を付けなさい」

「不敬罪、ってやつかな?」

「そうね。アーニア王は寛大な王だけれど、そうでない者も多いわ」

「私は媚びるのも跪くのも嫌いだね。喧嘩を売られたら買うし、宣戦布告されたら殺し合う。それだけだよ」

「……わたしのようになって欲しくないのよ」

「だろうね。まぁ、祈っていておくれ。全ての王が寛大でありますように、ってね」


 ルミアは溜息を吐いた。

 しかしそれ以上は何も言わず、ワインに口を付けた。


「あ、あの……」と娼婦の少女が言った。


「そういえば、名前を聞いていなかったね」アスラは微笑みを浮かべる。「私はアスラ・リョナ。傭兵団《月花》の団長をやっている」


「あ、えっと、私はサルメです。あの、食事、ありがとうございます……」

「いいんだよ。好きなだけお食べ」

「あの、アスラさんは、私より年下に見えますけど、傭兵なんですか……?」

「そう言ったよ。サルメはいくつだい?」

「14です」


 サルメはセミロングの茶髪に、まだ成熟していない身体。顔立ちも、お世辞にも美人とは呼べない。だが取り分けて不細工というわけでもない。

 恋人にするなら、絶世の美女よりサルメの方が気楽でいい。そんなことをアスラは思った。

 でも、私の恋人は戦場だ。


「若いね。まぁ、私より1つ年上だけどね」


 アスラは少しだけ、不憫に思った。借金のカタに売られたか、生きるために仕方なく娼館の門を叩いたか。

 前世なら犯罪だが、この世界では割とよくあること。


「傭兵って……私でも、なれますか?」


「ほう」アスラは少し笑った。「なりたいのなら、うちに入れてあげてもいいよ?」


「本当ですか!?」


 サルメは期待と不安の入り交じったような声で言った。


「ああ、もちろんだとも。戦場で矢をその身に受けて、槍で何度も突かれ、剣で斬られて倒れ、踏みつけられて、血塗れでのたうちまわりながら死ぬのが好きなら大歓迎。運が悪ければ死ぬ前に何度も犯されて、娼婦をやっていた頃が幸せだったなんてチラッと考えてから地獄に逝くのがお好きなら傭兵は最高さ」


 アスラがそう言うと、サルメは絶句した。

 少し、刺激が強すぎたか。


「その前に……身も凍るような訓練がある……」イーナがうんざりしたように言った。「あたし、聞いてなかった……あんな酷いことされるなんて……」


「拷問訓練のことか……」マルクスの顔が真っ青になる。「自分もあの時は本気で騎士団に戻りたいと思ったものだ……」


「だが君たちは耐えた。それぞれ傭兵になった動機は違うが、君たちは強い心で私の基礎訓練過程を終えた。あとは愉快気ままに傭兵稼業をやりながら応用訓練をこなし、戦場で活き活きと死ぬだけさ。最高の人生じゃないか。それに、敗戦して敵に捕まって拷問されるのも戦争の醍醐味だろう?」


 アスラだけはとっても楽しそうだった。


「冗談じゃないわよ」ルミアが額に手を置いた。「2度とごめんよ」


「そうかい? 私はあんな風にめちゃくちゃにされるのが結構好きなんだけどね。君らに拷問を施す訓練を課した時のことを思い出すとゾクゾクするよ。どこかに私をグチャグチャにしてくれる強敵はいないものかねぇ?」


 アスラがそう言って笑うと、空気が凍り付いた。


「……し……心底イカレてますよ、団長」

「……団長、怖すぎ……」

「ああ、神様……どうかアスラがほんの少しでもマトモになりますように……」


 マルクスの表情が引きつって、イーナは持っていたフォークを落とした。

 ルミアは両手を組んで祈り始めた。


「ところでサルメ、入団するかい?」


 アスラは普通の笑顔を浮かべた。

 サルメは口をパクパクと動かしたが、言葉は出なかった。


「まぁ、私たちはまだしばらくアーニアにいるから、ゆっくり考えるといい。また勝ったら君を呼ぶから。あ、ところでサルメを娼館から買い上げるならいくら必要なのかな?」


 アスラはルミアの相手をしている娼婦に言った。

 その娼婦がリーダー格に見えたからだ。


「サルメは7万ドーラよ。けっこうな借金抱えててね」


 ドーラはこの世界の共通通貨で、価値としてはドルと似たようなもの。

 今回の成功報酬は10万ドーラで、5人で分けたから1人2万ドーラ。


「どうやら足りないようだ。もう少し待つといい。あと何回か任務を果たしたら7万ぐらいは払えるだろう」

「アスラ・リョナはいるか!?」


 突然、酒場に兵士が3人入ってきた。


「ここだよ」


 アスラが手を上げて応える。


「アーニア王より依頼がある! 敵が中位の魔物を使役していて、我が方が押し込まれている! 《月花》は魔物退治も可能か!?」

「魔物か。《月花》で狩るのは初めてだが、問題ない。受けるよ」

「ありがたい! では明日の朝一番でムルクスの村へ向かってくれ! 詳細は追って他の者が伝えにくる!」


 それだけ言って、兵士たちは酒場をあとにした。


「さっそくお金が飛び込んできた。私って持ってるだろう?」


 アスラは笑顔で言った。

 マルクスは真剣に何かを思案してて、イーナは少し不安そうだった。


「持ってるって何を? ははっ、なんだろうね」誰も何も言わなかったので、アスラは1人で会話を完結させた。「戦争の女神の寵愛とか、運とか、そういうのかな?」

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