月花の少女アスラ ~極悪非道の戦争好き傭兵、異世界転生して最強の傭兵団を作る~

葉月双

一章

第1話 13歳で初めての殺し? 違うね、もっと前さ


 森の中の一本道を、作戦目標である歩兵大隊が進んでいた。

 右手に槍を、左手には盾を。腰に剣を帯び、革の鎧を装備している。歩兵部隊の標準武装だ。

 アスラは木陰に身を隠したまま、歩兵大隊の人数を数えた。

 3中隊、約30人大隊といったところか。

 アスラの傭兵団が請け負った最初の仕事だから、華々しく飾りたいところ。

 アスラはこれから始まる戦闘を思って、気分が高揚した。

 小さく深呼吸し、小さく笑ってから、ハンドサインでカウントする。


 3。いいかい君たち、作戦通りにやるんだよ?

 2。私たちは小隊で、相手は大隊だが、恐れることはない。

 1。私たちは強い。


 アスラが最後の指を折ったと同時に、副長のルミアが光属性の魔法を大隊に向けて放った。

 この世界において、攻撃魔法は火力が低く、街の喧嘩では使えても戦争では使えないというのが一般常識。

 よって、魔法使いは治療班としてしか出世できないでいた。

 ルミアの魔法にも、火力など期待できない。


 ああ、でも、私は魔法にロマンを感じるタイプでね。それに使い方次第さ、とアスラは思った。

 唐突に光の玉が出現したので、敵の大隊は動きを止めて警戒した。

 そして、

 光の玉が目映い閃光を放って弾け飛んだ。


「行け! 行け! 行け!」


 アスラが叫び、仲間たちが森から道へと飛び出す。

 敵大隊の前列は槍を落とし、自分の目を押さえて呻いている。


「ははっ! 【閃光弾】は知らないかな!?」


 長い銀髪をなびかせながら、アスラは跳躍する。

 そのアスラに、仲間が風属性の支援魔法をかける。


「敵だ! 対応しろ! 敵だ!」


 大隊後方で、目が眩まなかった者が叫んだ。

 遅いよ、とアスラは笑う。

 アスラは空中で桃色の花びらを7枚まいて、道の反対側に着地。支援魔法のおかげで跳躍力が上がっていたのだ。

 この支援魔法ですら、対象は1人に限られるので、普通にフィジカルを鍛えた歩兵が数人いた方が有効とされている。


 アスラの花びらが敵兵に触れると同時に、爆発。

 火力は頭を吹き飛ばす程度だが、十分。頭がなければ人は死ぬのだから。

 固有属性・花。それがアスラの魔法。一流と呼ばれる魔法使いにのみ発現する固有属性を用いても、火力はこの程度。

 魔法は習得に時間がかかる割に、便利なだけという面が強い。魔法使いよりも戦士が重要視される理由だ。


 アスラが跳躍して反対側に回っている間に、1人の歩兵が炎に巻かれてもがき苦しんでいた。

 アスラの仲間である金髪の少年、ユルキの火属性魔法だ。

 火属性の最大火力でも、1人焼き殺す程度。剣で斬った方が早いというのが通説。

 しかし、敵を混乱させるという意味では非常に使える。何せ味方が火だるまになっているのだから。


 ユルキは攻撃魔法を使ったあと、すぐに森の中へと駆け込んだ。

 アスラに支援魔法を使ったイーナはすでに森の中。

 そう、それでいい。ファイア・アンド・ムーブメント。撃ったら動け。


 ルミアが短剣二刀流で動きながら敵兵3人の喉を裂いてからアスラの隣へ。

 相変わらず、舞うように滑らかで、そして的確な攻撃。

 アスラの部隊でのメインウェポンは短剣。

 その他の武器も状況によっては使用するが、今回は短剣のみだ。


 と、唯一騎馬に乗っていた敵の大隊長が

 アスラの仲間――大男のマルクスが水球を相手の顔面に生成し、呼吸できなくしたのだ。

 水属性は解毒や怪我の治療、あとは飲料水の生成が主で、攻撃にはほとんど意味がない。

 水をかけても敵は止まらないが、窒息させれば別だ。


「ははっ! 君らの指揮官は今死んだぞ! どうする!? まだやるかい!?」


 アスラは本当に楽しそうに言った。

 できるなら、向かって来て欲しい。全滅させたい。そう強く願うのだが、この世界でも前世でも、指揮官がやられたらだいたいは降伏か撤退だ。

 と、兵士の1人がアスラに突っ込んできた。

 槍は落としたのだろう、剣を振り上げて向かって来た。


「援護なし、独断専行の特攻。バカだと思うけど、こういう混乱も戦争の醍醐味だね」


 アスラは右手で短剣を構え、左手でルミアに森に入れと指示した。

 ルミアはすぐに指示通りに動く。

 アスラは兵士の斬撃を小さな動作で躱すと同時に、背後に回って兵士の膝の裏をブーツで思いっきり蹴りつけた。

 兵士が崩れ落ちた。


「おや、ちょうどいいところに首があるね」


 アスラは背後から腕を回し、短剣を滑らせる。


「私たちをただの魔法使いと思ったか? 残念、。近接戦闘術も使えるんだよ」


 兵士の絶命を確認してから、短剣を振って血を払って、森の中に入った。

 アスラの表情が緩み、笑みが浮かぶ。

 戦争だ。久しぶりのガチな戦争。

 心が躍る。自然に笑ってしまう。

 敵兵は最初のアタックだけで13人が死亡。いい滑り出しだ。

 さて、花びらでも蒔くか。

 アスラの花びらは地雷の代わりにも使える。


「引けぇ! 引けぇ! 森に入るな! 防御方陣を組め!」


 敵の副長らしき男が言った。

 賢明な判断だ、とアスラは思った。

 生き残った敵兵たちが、一斉に陣形を整える。

 こうなったら不利だ。木陰から魔法を撃っても、盾に弾かれる。

 それに、魔法兵の真髄は急襲。そのあとは遮蔽物のある場所での戦闘。

 だが、こうなることも想定して準備はしていた。

 それに。


「プランBへ移行! 合図を待て!」


 アスラは持てる限りの声量で叫んだ。反対側の味方にも伝わったはずだ。

 せっかく楽しくなってきたのだから、とことんやろうじゃないか。


「アスラ」


 副長のルミアが不満そうに言った。

 相変わらずハスキーでセクシーな声。


「なんだい? 何か問題かな?」

「わたしたちはすでに任務を果たしたわ。皆殺しにする必要はないと思うけれど?」


 ルミアはアスラの小隊――傭兵団《月花》では最年長の28歳。

 豊富な戦闘経験を持つ女性だ。

 茶色のウェーブセミロングは、当然だがパーマではなく癖ッ毛。

 ルミアは全体的に、控え目に言って、非常にスタイルがいい。

 顔はかなり整っていて、どこか妖艶で大人の色気がある。


 そして、胸は大きめだが爆乳というほどではない。ちなみに、ルミアの胸に顔を埋めたら気持ちいい。

 女に転生して良かったことの1つは、女相手にボディタッチをしても、セクハラ扱いされないこと。

 まぁ、ルミアにしかしないけれど。


「私たちの任務は敵大隊の足止め、できるなら消耗させる、だったはずだけど?」


 アスラは小さく肩を竦めた。

 アスラはこっちの世界に生まれ変わって13年。つまりまだ13歳。身体は鍛えているが、やはり男だった前世に比べると弱く、そして細く感じる。

 実際にもアスラは華奢に見えるし、胸は小さい。膨らみが少しあるかな、という程度。


 ちなみに、顔立ちに関してはアスラ自身とっても気に入っている。少し冷血な印象を与えることもあるが、ハッキリ表現すれば絶世の美少女。

 何度もそう言われたので、間違いない。

 おっと、口を開かなければ、と最初に付くんだったかな。


「十分に達成してるわね」


 ルミアは冷静に言った。


「ああ。だからなんだい? 引き上げろと? これは初陣だよルミア。敵を多く殺してサービス過多だと怒られることはないだろう? それに、私はハッキリ言って戦争が好きだ」


 前世でも傭兵団の団長をやっていて、色々な国で戦った。


「もし皆殺しにするなら、わたしは


「ああそうかい。それはそれは、ずいぶんと敵兵にお優しいことで」アスラは笑う。「だがねルミア、彼らは侵略者だ。私たちの雇い主であるアーニア王国の人間を殺すためにやってきた。彼らは兵隊なんだよルミア。殺戮の時間を謳歌するためにやってきた。ならば逆に自分たちが殺されることも覚悟の上だろう? それがたとえ、私たちのようなロクデナシの傭兵団に殺されるとしても」


 ルミアは黙ったが、まだ思案している様子だった。

 ああ、これは何か妥協案を出さないと殺し合いかな、とアスラは思った。

 アスラとルミアの殺し合い。

 アスラがただの悪逆に、ただの殺人鬼に成り下がるのなら、ルミアはアスラを殺してでも止める。

 そういう決意がルミアにはある。

 しかし傭兵稼業においてその線引きは非常に難しく、そして曖昧だ。


「どうした臆病者の魔法使いども!」敵の副長が叫ぶ。「もう終わりか! 臆病者め! 出て来て正面から戦ったらどうだ!? それとも貴様らの作戦は奇襲を仕掛けて逃げることか!?」


「ほらルミア、聞こえるかい? 彼らは死にたいのさ。私を、私たちを呼んでいる。だけれど、だけれどルミア。私はルミアと争いたくない。君を殺したくないし、君に殺されたくもない。本当の意味での家族は私にとって君だけなのだから。そこで、だ。どうだろう? 私は彼らにチャンスを与えようと思う」


「チャンス?」

「そう。チャンスだよルミア。彼らが生きるチャンス。戦争のオプション。分かり易く言うと、降伏するということだね」

「彼らに降伏勧告をする、と?」


「ああそうだ。君の意見は大切にしたい。だから私は優しく、彼らに実力の差を説いてもいい。望むなら笑顔も振りまこう。だがね、それでも、それでも彼らが引かなければ、その時はやる。私はやる。私たちはやる。当然、部下である君にもやってもらう。心底、徹底的に、彼らに地獄と絶望を教えてやる」


 アスラはルミアの茶色い瞳をジッと見詰める。

 やがてルミアは息を吐き、


「……分かったわ。相手に選択の権利を与えるなら、一線を越えたことにはならないわ」


 そう言って納得した。


「じゃあ、合図を待ってておくれ」


 それはきっと素敵な合図。戦闘再開という、心躍る素敵な合図。

 アスラは単身、森から出た。

 敵兵たちは防御方陣を崩そうとしていたところだった。少し時間が経ってしまったので、アスラたちが逃走したと判断したのだ。


「防御方陣!!」


 アスラの姿を認識すると同時に、敵の副長が叫ぶ。

 敵兵たちは即座に防御方陣を組んだ。


「おやおや、こんな可愛らしい少女1人に、ずいぶんとまぁ臆病なことだね」


 アスラは約束通り、ヘラヘラと笑顔を浮かべた。

 あとは実力の差を説いて降伏勧告すればルミアとの約束は果たされる。


「その銀髪に黒いローブ! さっきの奇襲は貴様だろう!? 貴様は何者だ!? 魔法使いというよりは、まるでアサシンのような動きだったが、どこの所属だ!?」

「私はアスラ・リョナ。傭兵団《月花》団長、アスラ・リョナ。覚えておくといい。私たちはアサシンでも魔法使いでもない。私たち……」

「……団長? 貴様が?」


 敵兵たちがざわついた。

 台詞の途中だったのに、とアスラは思った。

 ちなみに、

 私たちは魔法兵さ!

 と高らかに言うつもりだった。


「黙って最後まで聞きなよ。いいかい? 我々はとてつもなく強い。天地が引っ繰り返っても君たちは《月花》に勝てない。このままでは一方的な虐殺になってしまう。私は別に構わないが、それを良しとしない優しい副長がいてね」


 やれやれ、とアスラは両手を広げて首を振った。


「そこで、だ。か弱く臆病で情けない君たちに降伏を勧めてあげよう。なぁに、心配するな。命の保証はしてやる。まぁ、アーニア軍に身柄を引き渡して終了、といったところかな」


 それでもアーニア軍へのサービスとしては十分。


「ふ、ふざけるなクソガキがぁ!」

「我らテルバエ大王国軍が貴様のようなガキに降伏だと!?」

「魔法使いだかアサシンだか知らねぇが! 奇襲に成功して浮かれてんじゃねぇ!」


 敵兵たちが喚き散らす。


「あは」


 アスラは嬉しくて笑った。

 その笑顔を見て、敵兵たちの表情が凍り付いた。

 自分では気付いていないが、アスラの笑顔は酷く恐ろしいものだった。


「では夢のような戦闘を続けよう。ロマン溢れる魔法を主体とした戦闘を」


 アスラが右手を上げて、指をパチンと弾いた。

 瞬間、風属性の支援魔法【浮船】を使用したイーナが森から飛び出した。

 文字通り、出した。

 イーナは敵兵たちの真上で、両手に持っていた大きな瓶の中身をぶちまける。

 そしてイーナが反対側の森の中へと着地した時、敵兵たちが燃え上がった。

 ユルキの火属性攻撃魔法【火球】だ。


「ああ、君たちにとっては悪夢のような、だったかな」


 イーナの持っていた瓶の中身は油。

 魔法の火力が弱いなら、強化すればいい。

 敵兵たちが断末魔の悲鳴を上げ、もがき、苦しみ、やがて1人、また1人と動かなくなった。


「防御方陣を組んで固まっていたのが災いしたね」

「ふざけるなクソがぁぁぁぁ!」


 あまり油をかぶらなかった運のいい敵兵がアスラに向かってきた。


「あ、危ないよ君。そこには……」


 アスラが言ったと同時に、敵兵の足下が爆発した。


「ぎゃぁあぁぁぁあ!」


 右足が消し飛んだ敵兵が地面を転がる。


「だからそこは……」


 転がった敵兵が更に爆発。血飛沫がアスラの頬に付いた。


「私の【地雷】が蒔いてあるから気を付けなくちゃ爆散してしまうよ?」


 アスラは右手で指を弾いた時に、左手で花魔法【地雷】を前方に発動させた。

 それは小さな7枚の花びら。注意していないと、気付かない。


「さぁルミア! マルクス! 後始末だよ! 1人は生かすことを許そうじゃないか! 君たちが誰を生かすか選ぶといい!」


 アスラの言葉で、ルミアとマルクスが森から出る。

 そして生き残った敵兵たちの喉を、短剣で裂いていった。

 ルミアとマルクスは《月花》の中では物理攻撃に長けている。

 だが2人とも優しいのが玉に瑕といったところか。

 ルミアは華麗に、マルクスは力強く、それぞれ敵兵を絶命させる。

 死に逝く敵兵たちを眺めていたら、あっという間にルミアとマルクスが敵をほぼ全滅させた。

 1人は生き残っているので、完全に全滅というわけではない。

 まぁどちらにせよ、戦闘は終わったのだ。

 寂しいな、とアスラは思った。


「さて、と」


 アスラは生き残った1人の前まで歩いた。

 そして微笑む。

 普通の笑顔。

 年相応の、可愛らしい笑み。

 だが敵兵は怯えた様子でアスラを見上げていた。


「君を生かしたのには理由がある。いいかな? よく聞いておくれ」


 アスラはしゃがみ込んだ。

 よく見ると、敵兵はまだ若い。17歳前後か。

 なるほど、一番若い奴を生かしたわけだね。


「我々は傭兵団《月花》だよ。いいね? 君たちを壊滅させたのは傭兵団《月花》。次に戦争する時はぜひ我々を雇うことをお勧めするよ。今日の敵は明日の雇い主ってね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る