5.

 五年前、バルメン宇宙軍所属の小型艦フロンティクスが亜空間航行中に消息を絶った。

 最新兵器の実験を目的とした航海ゆえに、詳細は明らかにされていない。

 一説によると「たった一人で軍艦を動かすことの出来る画期的な自動航行装置の試験」だったらしい。

 艦長の名はタンジャーヴール・イェジ・マサト宇宙軍大佐。

 マイクロフィルム新聞でその名を見た瞬間、良い年齢としして心臓の高鳴りを抑えられなかった。

 私は、ジャーナリスト時代の情報網と莫大な金を使い、密かに実験艦に関する情報を集めた。

 そして、原子一個分よりも細い情報の糸を手繰たぐり寄せ、タンジャーヴール・イェジ・マサトらしき人間を見たという星を探り当てた。

 グラヴェリア5……それがその惑星ほしの名だ。


 * * *


 プライベート・クルーザーがグラヴェリア星系近傍に実体化し、ロボット乗務員クルーが冷凍睡眠装置の覚醒スイッチを入れ、数時間後、私は目を覚ました。

 熱いシャワーを浴び、体と髪を乾かし、ガウンを羽織って操舵室ブリッヂに行ってみると、目の前のスクリーンにはグラヴェリア第五惑星の姿が大写しになっていた。

 赤茶けた、いかにも貧しそうな星だった。

「こんな所に、本当に彼が居るのか……」


 * * *


浮遊ホバーカーごと上陸ポッドに乗り込んで地上に降り、事前に仕入れた情報から割り出した座標に直行した。

 荒野の真ん中に、みすぼらしい掘っ建て小屋があった。

 薄汚れたドアをノックしようとした瞬間、背中に雷撃銃の銃口を突きつけられた。

「何者だ? 何しに来た?」

 年齢のせいか少々しわがれれていたが、懐かしい声だった。

「私の前から姿を消した後の三十年間は、どんな人生だったの? 〈戦の女神アテナ〉は微笑んでくれた?」

 背中の男がハッと息を飲む気配がした。

 足音がゆっくり私の横に周った。

 振り向くと、ずいぶん年齢としをとってしまったマサトの顔があった。

 ひたい禿げ上がり、その代わりゴワゴワした髭を生やしていた。

 

 * * *


 小屋の中は質素というより、みすぼらしかった。

 ひとつだけのベッド。ひとつだけのテーブル。マサトは私をひとつだけの椅子に座らせ、木箱を持ってきて自分はその上に座った。

「何しに来た?」マサトがもう一度たずねた。

「昔の恋人に『何しに来た』は無いでしょう? 私と別れてからの二十八年間は、どんな人生だった? それを聞きたいと思って……特に、を」

「ジャーナリストとして、か? 噂は聞いている。ずいぶんと成功したらしいじゃないか……ここを探り当てたのも、記者の情報網ってやつか?」

「まあね。でも、あなたの身の上に起きた事を聞きたいと思ったのは、個人的な興味から」

「コーヒーでも飲むか? 安い模造品だが……」

「ありがとう。いただきます」

 マサトは立ち上がり、小さな片手鍋を火にかけた。

 鍋の中のお湯を見ながら、マサトが話し始めた。

「実験航行中、ちょっとしたトラブルがあった。艦長だった私は、念のため亜空間を脱する判断を下した……実体化した場所は未知の宙域で、私は、そこにポツンと浮かんでいた小惑星に船を着底させた。そこで私たちはと出会った」

「あれ?」

「未知の生命体だ。結晶のような構造をしたその生命体は、部下たちの脳に次々と憑依し、彼らの精神と融合していった。最後に一人だけ残った私は何とか艦に戻り、デタラメに座標を入力して再び亜空間に突入した……実験中の自動航行装置が役に立ったよ」

「そして、ここに辿たどり着き、身分を偽って隠者のように暮らし、実験艦フロンティクスはマサト艦長と共に行方不明になった、と?」

 私の問いかけにマサトはうなずいた。

は、人の心に憑依し、その精神エネルギーを糧とする生命体だ。憑依された人間は、生命体に制御され意のままに操られる。そしてテレパシーで交信する能力を与えられ、個としての意識が薄れていき……やがて自分を大きな一つの生命体の一部だと思い始めるんだ。逃走中の艦の中で、たった一人で、私は考えた……私はと出会った最初の知的生物なのだろうか? 既には軍にも一般社会にも食い込んでいて、既に憑依された者が居るのではないか? そう思うと、とても人口過密惑星バルメン4に帰る気にはなれなかった」

「だいたい合っているけど、一つだけ訂正させて」私は、人工コーヒーのカップを受け取りながら言った。「憑依された者の意識が互いにテレパシーでつながり、統合され、一つの意識体になるというのは本当……でも、個々の意識が無くなるわけじゃない。個の意識も記憶もそのままに、テレパシーで繋がった全員が、全員の意識と記憶を共有するの」

 マサトの顔に驚ろきの色が現れる。私は続けた。

「……ヴァレゴナ7で私が取材した三番目の組織は『政治的』というよりむしろ『宗教的』だった。教祖リーダーと信者たちは、あなたの言う結晶生物に憑依されていた。そこで私も……」

 それ以上しゃべることが出来なかった。

 私の鼻と口から、青い透明の液体が溢れ出た。

 液体は、結晶化し、宙に浮き、恐怖に震えるマサトの方へ徐々に近づいていった。

 どんなに強くかれ合っていても、心が一つになったと思い込んでいても、最後の最後、ギリギリのところで、人と人は分かり合えない。所詮しょせんは他人どうしだから。

 でも、結晶生命体の力を借りて、全知的生物がテレパシーで一つにつながったら……

 青い結晶は、禿げ上がったマサトのひたいに貼り付き、徐々に頭蓋骨の中へ潜って行った。

 これで私たちは真の意味で『一つ』になれる。分かり合える。

 もう頂上の手前で引き返す必要はない。

 私とマサトは今ここで一つになる。

 いずれは銀河じゅうの知的生命体が。

 そして宇宙から戦争が消える。

 汚職も、暴力も無くなる。

 資源の浪費も止まる。

 他人をうらやむことも憎むことも無くなる。奪い合いも、騙し合いも。

 孤独も悲しみも消える。

 完全な平和、完全な幸福……

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惑星グラヴェリア5の隠者 青葉台旭 @aobadai_akira

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