最終話 この先も共に
がやがやと賑やかな酒場。
その一角を占めるテーブル席では、上機嫌なステラが木製のジョッキを掲げて陽気な笑い声を上げていた。
「ほら、お肉来たよ! 今日は、ヴィラの快気祝いだからねぇ、もう、じゃんじゃん食べて飲んじゃって!」
「気前良いなぁ、ステラ~!」
「あぁ、ルイスとギルフォードは、各自負担って事で、ヨロシク!」
「差! 扱いの差!!」
「呼んでもいないのに付いてきたんだから、当然でしょ! ほら、無駄口叩かないで、肉切り分ける!」
などというやり取りをしつつも、ルイスの表情も明るい。
隣のギルフォードは、なみなみと注がれた酒を何杯も飲み干しているのに、相変わらず表情一つ変わらない。
そんな、いつも通り……二名は、いつもよりグダグダだが……――の様子を見て、ヴィラローザはちびちびと果実酒に口を付けていた。
事が片付いてからの快気祝いだが、怪我の程度がたいした事無いと知った時のステラは、恐ろしかった。
怒られたのならばまだいい、彼女は泣いて泣いて……それこそ、このままでは過呼吸でも起こすのではないかと思うほどだったのだ。
――理由が、うれし涙だったというのが、余計ヴィラローザの良心をチクチクと刺してきたのだが。
それが今や、赤ら顔で上機嫌。
やはり、ステラは笑っている方が似合う。
それに引きずられるように三割増しで陽気なルイスの行動が、いささか気になるが……とヴィラローザは騎士団一のモテ男を一瞥する。
ルイス・テノーラは、酔っているように見えて、きちんと自制しているらしい。
そのうえ、ステラが飲み過ぎないように、あれこれ食べ物を勧めたりしている。
距離感も、なんだか以前より近い…………。
(でも、ステラが嫌がっていないようなので……良しとしましょうか)
人間関係は、知らない所で変化するものだ。
なんだかヴィラローザは、感慨深い気持ちになった。
自分の気持ちもそうだ。
ちらりと、自分を変えた原因に視線を向ける。
すると、顔色一つ変えずジョッキを飲み干していたギルフォードが、ことりと置いて首をかしげて見せた。
「…………ふふ」
なんだかおかしくて、小さな笑い声が漏れてしまう。
すると、つられたように、ギルフォードも笑ってくれた。
ふわふわして、ぽかぽかして――なんだかとても、良い気分だった。
「って、誰よ! ヴィラにこんな強いお酒のませたの!」
やおら、果実酒を横から伸びてきた手に奪い取られた。
上機嫌だったはずのステラが、目をつり上げている。
急に睨まれたルイスは、動転したように上擦った声を上げた。
「へ!? だって、これくらい普通だろ……!? なにそんな怒って……」
「あぁ、そう…………犯人は、あんたね、ルイス!」
「いやだって……! 子供が飲むようなものだろう、これ!」
「子供はお酒なんて飲まない! ――そして、ヴィラも強い酒は飲まない!」
「はあ!? 知らないって、そんな事!!」
なんだかルイスが気の毒なので、ヴィラローザはちょいちょいとステラの服の裾をひっぱった。
「なに、ヴィラ?」
「大丈夫ですよ、ステラ。これ、あまくておいしいですから」
「うん~そうよね~。とっても甘くて口当たりはいいんだけど、すごく強いのよコレ。……やっぱりもう、呂律が回ってないじゃない! 没収!」
ステラは世話焼きだ。
以前、自分と妹が同い年だと言っていたなと、ヴィラローザはぼんやりと考えた。
自分に姉がいれば、こんな感じなのだろうかと思うと――なんだか楽しくて、また笑ってしまう。
すると、静かだったギルフォードが不意を突くように勢いよく立ち上がった。
「――危険だ……!」
切羽詰まった顔で、そんな事を言う彼を、ルイスはぽかんと見上げ……ステラだけは、なぜか理解したように深く頷いている。
「そう、危険なのよ! ……それを、このっ、スケコマシ野郎が……!!」
「はぁ!? だから、なんで俺!? ってか、何二人で通じ合ってるんだよ!」
「やかましい、スケコマシ! ――こればかりは、許せないわ……! ギルフォード! あんたは、責任もってヴィラを送りなさい! 送り狼になったら、大事なところちょん切るからね!」
ステラは、もしかするとだいぶ酔っているのではないだろうか。
他人の心配ではなく、自分の心配をするべきだろうと言いかけたヴィラローザだったが、ギルフォードにひょいと抱き上げられた。
「ちょ……! おろしてください!」
「駄目だ」
「怪我は、もう、なおりましたよ……!」
「それでも駄目だ。――可愛すぎて、離すのがつらい……!」
この男も、顔に出ないだけで酔っていたのだろうか。
ヴィラローザは、最後の頼み綱であるルイスの方を見た。
「ステラ、君酔ってるだろ!? 絶対に酔ってるだろ……!」
「酔ってないわよ! これくらいで、酔うわけないでしょう!」
「しかも、絡み酒かよっ……! あぁもう、徹底的に付き合うけどさ!!」
――唯一会話が成立しそうだった彼は、ステラに絡まれていて余裕がなかった。
しかも、徹底的に付き合う発言……これで彼は明日、二日酔いだろう。なにせステラは、酒豪として有名なのだ。
「……ルイス・テノーラ、生きてください……!」
二日酔いは、とてもつらいと聞く。
彼女と張り合って飲んだ者達は、翌日皆一様に顔色が悪かった。
明日には、ルイスもその仲間入りだ。
二人の声を背後に聞きながら、ヴィラローザはギルフォードに抱えられたまま外に出た。
吹いてくる夜風が、ほてった頬に気持ちが良い。
「……それで、いい加減おろしてください」
「駄目だ」
「…………なんなんですか、もう」
「お前があまりにも可愛くて可愛くて……俺はもう、息が止まりそうだ」
「止めないでください。馬鹿ですか」
すると、ギルフォードが大真面目に頷く。
「ヴィラローザがいうのなら、きっとそうなんだろう」
「…………」
はぁ、とヴィラローザはため息をついた。
この男にとって、物事の基準は全て自分らしいと痛感したからだ。
祈りの言葉の代わりに、ヴィラローザ・デ・エルメという名前を唱え続けた男。
ヴィラローザに、恋を教えた男だ。
その端正な顔を見上げて、ヴィラローザは言った。
「ギルフォード」
「なんだ?」
間髪入れずに返ってくるのは、相変わらず抑揚がない声。
けれど、赤い目は少しの緊張感を孕んでいる。
怖い物なんて、何もないような顔をしているのに、その実こうして、ヴィラローザの一挙手一投足に、戸惑い怯え緊張している――なんて……。
(なんて可愛い人)
ヴィラローザが笑うと、ギルフォードも笑う。安心し、幸せそうに。
「ギルフォード、貴方に伝えなければいけない事がありました」
「……なんだ?」
「すみません。私は、貴方からの求婚を受け入れました……でも、それでも剣を捨てられないという事です」
ギルフォードは、不思議そうに首をかしげた。
「…………それの、何が問題なんだ?」
「え?」
「……俺の頭が悪いせいだろうか……? 剣を捨てられない……それの何が悪いのか、よく分からない」
これには、ヴィラローザの方が面食らう。
「諦める必要なんて無い。お前は、剣を捨てる必要など無い」
「でも、貴方を大切に思うのに……」
「俺を大切だと言ってくれるなら、なおさらだ。剣を選べ、そして俺を選べ。――両方選んでくれれば、俺はずっと、お前の隣に立てる」
大切な者が出来たからと、人はみな剣を捨てた。
大切なものと剣は、天秤にかけてどちらか諦めなくてはいけない。
どちらも大切で、諦めたくなくても、大切な者がそれを望まなければ――ヴィラローザは、無意識にそう考えていた事に気付く。
自分がある種の固定観念に、囚われていたことに。
――けれど、ギルフォードの言葉で、ずっと目の前にかかっていた霧が晴れていく。
(本当に、貴方は……物騒で無神経で……馬鹿正直で可愛らしく……とても素敵な方なんですから)
母の大切と、自分の大切。
同じように考える必要は無かったのだと気付いた。
母が教えたかったのは――言いたかったのは、きっとこういう事なのだ。
大切な人が出来たとき……どうするか、何を選ぶかは自分次第であり、母もまた自身で選んで……自分たち家族を選択したのだと。
「貴方はすごい人です、ギルフォード」
「……すごくは、ない」
「そこは、私が言うならと、納得してくれないのですね」
「……すごくはないからな」
照れているのか、ギルフォードが視線をそらす。
そんな彼に、ヴィラローザはもう一つ、言っていなかった事を思い出した。
「ギルフォード。……私は、貴方にもう一つだけ……告白しなければいけない秘密がありました」
「……なんだ?」
途端、わかりすく身構える相手に、ヴィラローザははにかみながら言った。
「貴方に恋をしていたという、秘密です」
「――え?」
呆けた顔がおかしくて、ヴィラローザは笑い声を上げる。
「私だけというのはしゃくです。だから、貴方も私に、恋をしなさい」
「俺は……もうずっと前から、お前のことを、愛しているぞ?」
「それは、愛でしょう? ――私は欲張りだから、貴方の愛も恋も、両方が欲しいんです」
酒を飲んだ故の戯れ。本気で受け止める必要が無い。
多くの人は、そうやって聞き流すだろう事を、ギルフォードは真っ正面から受け止めてくれたようで、難しい問題だと唸る。
「どうやって示せばいいんだ?」
「さぁ? それは、自分で考えてください」
真面目に受け止め、向かい合ってくれる、そんな男の首に手を回すと、ヴィラローザは頬に自分の唇を押し当てた。
「その代わり、私の愛も恋も、全部貴方のものですよ、ギルフォード。……大好きです」
「!! ――ああ、俺もだ」
正解を見つけ出した子供のような顔で笑うと、ギルフォードは頷いて――今度は彼の方から近付いてきて――二人は唇を重ねた。
「お前が好きだ、ヴィラローザ。……俺の全ては、お前のものだ」
「はい。私が責任をもって、貰ってさしあげます……だから――死ぬのは諦めて、一緒に幸せになりましょう?」
時折物騒な言葉を吐き出す彼は、きょとんとした。
それから、まるで魔法の言葉を聞いたように、それはそれは嬉しそうな顔で、何度も何度も頷いた。
「生きて、私と幸せになりなさい、ギルフォード」
「……わかった。俺も……お前と、共にありたいからな」
ヴィラローザは、この先の道を寄り添い歩いて行ける……――そんなかけがえのない存在を手に入れた。
得がたい存在の温もりを確かめるように、頬を寄せる。目が回るような幸福感の中、ヴィラローザとギルフォードは、笑いあったのだった。
首狩り嬢と心中希望(!?)の求婚者 真山空 @skyhi
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