第21話 首狩り魔の人探し
嫌がらせから一夜明けて……――建物の中に、カツカツという、固い音が響く。
不思議に思った者達は、皆振り返ってぎょっとした。
固い音は、杖が床にぶつけられる音。
その杖の持ち主は、怪我をして再起不能となり近々ギルフォードの嫁になるという噂が一日にして出回った女騎士、ヴィラローザだ。
彼女は、殺気だった表情で廊下を歩いている。
皆、これが本当に、再起不能になった騎士だろうかと驚きをあらわにする。
ヴィラローザが歩いてくる姿を認めたルイスも、そのうちの一人だった。
「……ヴィラローザ……? 一人で、何をしているんだ?」
「見て分かりませんか、ルイス・テノーラ。歩いているんです」
「いや、それは分かる。俺が言いたいのは、なんで一人でこんな所歩いているんだって事。……安静にしていなくて良いのかい?」
「ふん。そのような気遣いは、無用です。この程度、怪我のうちにも入りません」
ルイスは、何と答えたらいいものかと眉を寄せた。
たしかに怪我の度合いについては、本人からも首狩り魔絡みだと黙っていられない親友からも、何も聞いていない。だが、駆け巡っている噂は、お世辞にも楽観視できるものではなかった。
「なあ、ステラは? 彼女は、一緒じゃないのか?」
「ステラだって、仕事があります。休養を命じられた私に、四六時中ついていられる訳がないでしょう」
「……まぁ、そうだけど……」
この強気、そしてこの憎まれ口。怪我をして大人しくなるどころか、ますます精度が増した気がするのは気のせいだろうか。
しかし、平素は皮肉で応酬するはずのルイスも、怪我人にかける言葉には迷いが生じる。結果、彼にしては珍しく、救い主を探すように周囲を見まわした。
「あ、いた! おいギルフォード!」
目当ての背の高い男は、すぐに見つかる。
大声で呼べば、赤い目の寡黙男はすぐに振り返り――。
「お前の嫁が、一人で出歩いてるぞ!!」
「ヴィラローザ……!」
ルイスのとんでもない一言に、最愛の女の名前をかぶせると、一目散に駆け寄ってきた。
「どうした。なぜこんな所にいる。一人歩きは危ない。何かするなら、絶対に俺を呼べ」
普段は寡黙で、一言も声を発さない日だってざらにある男が、今日はやけによく喋る。
しかし、ヴィラローザの殺気だった表情は変わらなかった。
「ルイス・テノーラ。ふざけた呼び名を広めたら、たとえ貴方がギルフォードの友人であろうが、容赦しませんよ」
「……お、おう」
「そしてギルフォード。用があるから、歩いているのです。騎士団内で一体何が起こると言うんですか……――森の中ではあるまいし」
さりげなく、温度差のある対応をしつつも、ヴィラローザは最後、悪巧みをするような笑みを見せた。
「…………」
ぴくりとギルフォードの眉が動く。
ルイスは、二人を見比べて首をかしげた。
「なんだ……? 何かあったのか?」
「いいえ、まだ何も。これから起こるんですよ、ルイス・テノーラ。……ねぇ、お二人とも、デザメール卿がどこにいるか、ご存知ありませんか?」
ルイスは見た。
デザメールという名前が出た途端、ギルフォードのこめかみに、くっきりと血管が浮かびあがったのを。
「ヴィラローザ、その名前は、ここでは出さない方が……!」
「名前を出さなければ、探せないでしょう。……それで? デザメール卿の居場所、知っているんですか、知らないのですか?」
その間にも、ルイスの親友の怒りはますます増しているようだった。
「だからっ! その名前は自重しろってば、お貴族様!!」
「……あの男に、何の用があるんだ?」
また、死ぬだの殺しに行くだのという物騒な展開が始まると危惧していたルイスだったが、驚いたことにギルフォードはまだ冷静な判断力が残っていたようで、この場に留まりヴィラローザに問い返していた。
剣に手もかけていない事から、即心中にも結びついていない事がうかがえる。
両想いになって、少し落ち着いたのだろうかと親友の顔をチラ見したルイスだったが――その横顔に、果てない怒りを見つけ出してしまった。
「あんな男……お前が気にする必要もないだろう。……やっぱり、消すか? 消してしまうか?」
むしろ、悪化している。
ルイスは片頬を引きつらせ、見ない振りを決め込んだ。
「消す消さないという話題は、今間に合っています。必要ありませんから」
眉一つ動かさず平然と答えるヴィラローザを、今ばかりは尊敬した。
(お貴族様……いや、ヴィラローザさんっ、すげー……!!)
やっぱり似合いの二人だったのだ。
二人のためにと色々骨を折ったルイスには、ちょっと嬉しい瞬間だった。
だがそんな小さな嬉しさも、ヴィラローザの次の言葉で影も形も無く吹っ飛んでしまったが。
「あの男に関しては、自分でけりを付けなければ、怒りがおさまりません」
――あんぐりと口を開けて、一応怪我人であるはずのヴィラローザを凝視する。
どこにも萎れた雰囲気が見当たらない。
打ちひしがれている?
そんな様子、どこにある?
怪我をしていようが、杖をついていようが……ルイスとギルフォードの前にいるのは、間違いなく傲慢苛烈な首狩り魔だった。
同時に、安心した。
やはりこの首狩り魔は、どこまでいってもこうなのだと。
「デザメール卿の居場所を知っているのなら、吐きなさい。……隠すと、ためになりませんよ」
「俺は知らない。知っているなら、お前の目に触れる前に片付けている」
素直に首を振るギルフォード。しかし、物騒な台詞はいただけない。
「少し自重しろ、ギルフォード! どこに耳があるか、わからないんだぞ……!」
脇腹を肘で小突いて注意を促したが――少し、遅かった。
「ふん。所詮、本能だけで生きているだけの獣だ。自重もなにもないだろうに」
嘲りの念をたっぷりと練り込んだ笑い混じりの声が、ルイスとギルフォードの背後から聞こえた。
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