第2話 まさかの精神攻撃

 解せない――。

 食堂で遅めの昼食を取っていたヴィラローザは、向かいの席に腰を下ろした男をみて、眉を寄せた。


「…………」

「…………」


 食堂で、わざわざ椅子に座ったにも関わらず、何を食べるでも無い男――ギルフォードは、真意の読めない茫洋とした赤い目で、じっとヴィラローザを凝視してきた。


「……私に何か御用ですか、ギルフォード?」

「――ん」


 こくり、と頭が上下する。


「……でしたら、手早く。私は暇ではないので」


 刺々しい声で応対すれば、一緒に食事を取っていた同僚の女騎士ステラが、不思議そうな声を上げた。


「え? ヴィラ、この後は交代で休みだから、食べ終わったらお昼寝するって言ってたじゃない」

「んんっ!」


 慌てて咳払いで誤魔化す。

 実は暇なのではないか、と揶揄する声が来るかと身構えたが、ギルフォードはヴィラローザの予定には特に関心を示さなかった。


 ここにルイスがいれば、「暇なんだろ」だとか「優雅ですねぇ~」だとか、いちいちうるさかっただろうが……ギルフォードと一人だと、清々しいほど無関心、無反応だ。


(……ちょっとくらい、なにか無いのですか……!)


 人を不愉快にするだけしておいて、この興味の無さ。何故自分だけが、この男に意識を振り回されないといけないのだ。


 タルテレッテ騎士団の双璧。そう呼ばれているこの男は、自身の肩書きに興味が無い。自身の強さを讃える声にも。騎士としての名声にも。


 ――横並びに数えられているヴィラローザだけが、必死なのだ。

 この男を超えたい。この男に勝ちたい。

 けれども、目には映らない。

 それが悔しかった。どうにかして認めさせてやると思っていたら、先日のあの発言。

 

 けれど、あのやり取りで何かが変わったのかと言えば、やっぱり何も変わっていないと、ヴィラローザは思った。

 ギルフォードは、相変わらず全てに無関心だ。

 今、こうして自分の向かいに座ったのだって、どうせたいした理由なんてないのだろう。

 あるいは、誰かから伝言を預かってきたか――程度だ。


 そんな事を思いながら、ヴィラローザは苛々した気持ちそのままの刺々しい声で、ギルフォードを促した。


「それで? ご用件は?」

「……ヴィラローザ」

「はい」

「……ヴィラローザ」

「だから、何ですか?」

「……ヴィラローザ・デ・エルメ……」

「……いい加減に、用件を――」

「結婚しろ」


 その声は、不思議とよく通った。

 食堂のざわめきが一瞬で遠のき、ヴィラローザは硬直した。


 いや、ぴたりと静止したのは、ヴィラローザだけではない。


 共に食事をしていた同僚も、たまたま近くにいた騎士達も、みなが皆、動きを止めている。そして、目をまん丸くして、ギルフォードとヴィラローザを凝視していた。

 隣にいる、同僚すらも。


「……ギルフォード……貴方は、一体何を言い出して……!」

「俺と結婚しろ、ヴィラローザ」


 幾多の視線が集まる中、ギルフォードは聞き間違えようがないほど、はっきりと繰り返した。


「……ヴィラ……、貴方達って……そう言う関係だったの?」

「違います!」


 好奇心に満ちた視線が横から突き刺さる。


「でも、いま結婚って……」

「頭でも打ったんでしょう、この男!」

「またまたぁ、照れちゃってぇ~! そっか~、ヴィラはやたらギルフォードに突っかかるなぁとか、当たりがキツイな~とか思ってたら……そういう事だったんだ! 照れ隠しとか、可愛いところあるじゃない!」

「人の話を聞いて下さい! 違いますから!」


 今すぐ皆に広めなくては、といった風にそわそわしている同僚。

 何としてでも阻止し、誤解を解かなければと慌てるヴィラローザは、彼女の方へ顔を向けた。

 すると、向かい側から伸びてきた手に、ぐいっと顎を掴まれる。

 きゃ~! と、黄色い悲鳴が横から聞こえて――。


「よそ見をするな、ヴィラローザ。なぜ、俺を見ない」


 テーブルに身を乗り出すようにしたギルフォードの顔が、間近にあった。

 赤い目が、珍しく不満という感情を浮かべている。

 それはそれは貴重な事なのかもしれないが、顎を掴まれ上向かされた挙げ句、至近距離で顔を覗き込まれたヴィラローザは、それどころでは無かった。


「離しなさい、この唐変木!」

「……ならば、結婚……」

「誰がしますか! 出直してきなさい! おととい来やがれです!」


 騎士団に入ってから覚えた、庶民言葉を捨て台詞にして、ヴィラローザは腕を振り払った。

 そして、隣の同僚に釘を刺す。


「ステラ! この男と私は、なんでもありませんから! まったく、一切、関係がありませんからね!」


 ムキになるヴィラローザに、同僚兼友人の女騎士は苦笑して頷く。

 これで、話題は一度終わるはずだった――ギルフォードが、口を開きさえしなければ。


「……ヴィラローザ、あの夜のことは、戯れだったのか……?」


 間。

 またしても、間。


「……初めてだったのに……」

「……な……」


 先ほどよりも長い沈黙が広がり――。


「……俺は、嬉しかったのに……」


 こんなにも痛い間は、初めてで……。


「ちょっと待ちなさい! 一体、何を言っているんですか、貴方は!」


 ヴィラローザの叫び声と共に、「やっぱりそういう関係だったのか!」と、食堂がどっと沸いた。

 盛り上がる周囲など目にも入っていない様子で、ギルフォードはじっとヴィラローザを見ている。

 瞬きもせず、顔色一つ変えず、じっと。

 慌てているのは自分だけだと気付いた瞬間、ヴィラローザはカッと頭に血が上った。


「ギルフォード……、事実無根の無い事ばかり吹聴し、よくも私に恥をかかせましたね……! 覚えていなさい……!」


 乱暴に席を立ち、ツカツカと足音も荒く食堂を後にする。

 ――完全に、遊ばれているとしか思えなかった。

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