第1話 宣戦布告、あるいは求婚

 エウゲーネ大陸のなかでも、長い歴史を誇る西の大国トルサス王国。

 その大国が擁するのは、建国の祖たる英雄王の名を冠する騎士団――大陸最強と名高き、タルテレッテ騎士団である。


 その騎士団の宿舎の、とある一室。

 部屋の主である女騎士ヴィラローザの前で、愛想もへったくれもない声で発せられた一言。


「今すぐ選べ。結婚するか、さもなくば死か」


 ――これが、全ての始まりだった。


「……はぁ?」


 突然の事態に、ヴィラローザは相手を訝しみ、不機嫌なのを隠しもしない声を上げた。

 そして、人の部屋に入ってくるなり、挨拶も無く物騒な事を言い出した長身の男を睨め付けるように見上げる。


「申し訳ありませんが、意味がよく……」


 しかし、男から反応が返ってくることはない。

 生きているか死んでいるのかも分からないような無表情。用件以外は一言も話さず、じっとヴィラローザを見下ろしているだけで、ピクリとも動かない。


 相変わらずだ、とヴィラローザは眉間に皺を寄せた。

 これが、招かざる客の“いつも通り”なのだ。


 滅多な事で動じない、泰然とした精神の持ち主だと褒めそやす者もいるが、実際は失礼極まりない無反応男である。

 この男には、何を聞いても無駄だと悟ったヴィラローザは、すぐに質問する相手をかえた。


「……何を言っているんですかね、この唐変木は? 私に通じる言葉でお願いします」


 たった今、自分が唐変木と評した男の隣へ視線を向ける。そこに、保護者よろしく控えていたのは、騎士団一の色男を自称する、ルイスである。


 唐変木の親友としても知られているルイスもまた、呆気にとられたように口を開けて傍観していた。だが、話を振られた途端、慌てて突っ立っているだけの男の後頭部を叩く。


「おい、ギルフォード! この馬鹿! 女の部屋に入って開口一番、何言ってるんだ! 今のは完全に脅迫だぞ、特に最後!」


 良かった、彼にはまだ常識があったとヴィラローザは若干ホッとした。


 タルテレッテ騎士団の下半身野郎と陰口を叩かれている女誑し男でも、唐変木と比べれば常識が通じる分話が早い。

 察したヴィラローザは、ルイスに向かって警告する。


「ルイス、今すぐその男をつれて私の目の前から消えてください。さもなくば、斬ります」

「こっちはこっちで……! あぁもう、全くお似合いの思考回路だよこの二人!」


 途端、ルイスは話が通じないとばかりに自身の髪をかき回す。


(前言撤回です。……類友でしたか)


 苛立った風のルイスを一瞥したヴィラローザは、速やかに己の発言を撤回した。

 やはり、この男も話が通じないと瞬時に分類する。

 出ていけと言っているのに、どうしてヤケクソめいた風に叫んでいるのかと、ヴィラローザは己の見る目の甘さに舌打ちする。


 しかしこのままでは埒があかない。

 一人やかましいルイスと、最初の衝撃発言以降空気と化しているギルフォードに、退出を促すためには、唐変木の申し込みを受けなくてはならないのだろう。


(本当に、忌々しい男……!)


 隣でルイスが騒いでいるのに、瞬き一つせずにヴィラローザを観察している男ギルフォード。


 血色の悪い白い肌に、赤い目。

 人形……あるいは、亡霊のようなと表現するに相応しい男だ。


 彼を睨み付け、ヴィラローザは、丁寧だが尊大な口調で言い放った。


「これ以上騒がれては迷惑です。仕方ありません……。私は、そこの唐変木……ごほん! ……ギルフォードからの決闘の申し込みを受けます。なのでこれ以上の会話は無用、はやく出ていって下さい」


 これで満足だろうと、男二人を睨み付ければ、なぜかルイスの方が仰天していた。


「はぁ? 決闘!? なんで更に血生臭い展開になってんの!?  おいギルフォード、お前はこんな状況で、なんで“自分は言い切った”っみたいな顔をしてるんだよ、その無駄なキメ顔何!? 言っておくけど、肝心な事は何一つ伝わってないからな? 言葉選びが、あまりにも残念すぎて、むしろ斜め上な感じに伝わっちまってるからな!?」


 これ、一番駄目なヤツだからと叫ぶルイスに、詰め寄られているギルフォードではなく、ヴィラローザの方が顔をしかめる。


「うるさいですよ、ルイス。盛りのついた豚ですか? ブーブーと人の部屋で騒がないでください」

「ひどっ!」


 それがうるさいのだと、ヴィラローザは指摘する。

 ルイスと言う男は、確かに顔は並外れていい。平民出とは思えないくらい、貴公子然とした甘い顔立ちだ。

 だが、とにかくやかましい。狭い部屋でこんな風に叫ばれては、うるさくてかなわない。

 市井の娘達には人気があるようだが、貴族の令嬢達に敬遠されるのは、主に、この性格のせいだろう。――もっとも、本人の貴族嫌いも一因だろうが。


 ならば口数の少ないギルフォードがマシかと言えばそうではない。ギルフォードは反対に喋らない、寡黙すぎる男だ。


(……目を開けたまま、寝ているのではないでしょうね、この男)


 ルイスが華やかで社交的、言わば動の美形だとすれば、ヴィラローザの目の前で微動だにしない唐変木は、静。

 人間味を感じさせない冷ややかな美形だ。目をあけて寝ている……と言うより、目をあけて死んでいるのかと思うほどに、ギルフォードは静かすぎる男だった。

 しかし、剣の腕は騎士団で一、二を争う程のもので、基本的に自分一番であるヴィラローザですらも、剣に関してだけは一目おいていた。繰り返すが、あくまで剣に関してだけは、だ。


 それなのに、珍しく口を開いたかと思えば、他人の部屋に入ってくるなりあの台詞。意識せずとも、ついキツイ視線を向けてしまう。


「ルイス・テノーラ。貴方がそんなに騒がずとも、ギルフォードの言いたいことは、私にも正確に伝わりました。えぇ、実に、きちんと、正確に……!」

「……えー? それにしては、なんか……怒ってませんかね?」


 言われた言葉を反すうし、ぶるぶる怒りに震えるヴィラローザを目にしたルイスは、愛想笑いを貼り付けつつ下手に尋ねてくる。

 ヴィラローザは、心外だとますます鋭い目つきで、自身を不快にさせる男二人を睨み付けた。


「はぁ? これが怒らずにいられると? それほど、私は人間ができていると思われていたのですか? それとも……怒れるわけがないと、なめられていたのですかねぇ……」


 ルイスは、首をちぎれんばかりに左右に振った。


「いいや! 君の人間性には、さほど期待してない!」

「あぁ、そうですか、結構。それでは、やはり――なめられていたのですね……!」

「いや、違う! そうじゃなくて! ごめん、多分、いや絶対に、確実に、何も伝わってないから! これ、伝わってない所か、最悪の展開だろ! ギルフォード、黙ってないでお前も何とか言えって!」


 ガクガクと隣で突っ立てるだけの諸悪の根源の方を揺さぶるルイスを無視し、ヴィラローザは淡々と語る。


「女の騎士は珍しい。だから、私もよく女の癖にだとか、これだから女はだとか……性別に関しては色々言われてきました。それに負けじとガムシャラに剣を振り続けた結果、タルテレッテ騎士団でも五本指に入る腕前とまで言われるようになりました」

「え、えーと……それは……自慢、ですかね?」

「えぇ。自慢です」


 ヴィラローザは、すわった目つきで淡々と語りつつ、立てかけてあった愛用の剣を手に取る。


「ですが、変化を認められないカビのはえた老木どもは、いまでも私にこう言います。所詮女、さっさと結婚でもして男に尽くせ……と」


 繰り返し聞いてきた、老木共の言葉。

 思い出しても腹立たしい、女騎士を軽んじる言葉の数々。

 それを、まさかこの男が……と、失望と怒りが混ざり合った気持ちが、ヴィラローザの胸の内でぐるぐると渦を巻く。


「……まさか、一番言いそうになかった男に言われるとは思いませんでした。結婚か死かとは……随分な言い種ですね、ギルフォード? 女はただ男に従い、そうでなければ価値は無いから死ね、とは」


 ヴィラローザが殺気を込めて睨み付けても、ギルフォードはやはり微動だにしない。むしろルイスの方が慌てているくらいだ。


「落ち着けヴィラローザ! ギルフォードは、決して君を侮辱したわけでは……!」

「焚き付けた貴方は黙っていなさいルイス・テノーラ。……私も、まどろっこしいのは嫌いです。……ギルフォード。貴方と私は常に比較されていたもの同士。……貴方は興味のがなかったようですが、私はその事が、ずっと不本意だったのですよ……」


 ヴィラローザは、鞘から剣を抜いた。


「今、この時をもって、私が最強であると証明しましょう……!」

「証明しちゃダメー!」


すかさず、ルイスが割り込んできた。


「落ち着け! とにかく、落ち着いてくれ!」


 ヴィラローザの視界を妨げるように、ギルフォードのと間に割り込んできたルイス。

 出鼻をくじかれたヴィラローザは、まだ邪魔するかと舌打ちを一つする。


「……チッ……! ……なんなんですか、ルイス?」

「舌打ちした! 今、絶対に殺る気だったな、お前!」

「当然でしょう。貴方が邪魔しなければ、ボーッと突っ立てるだけでも部屋を圧迫して空気を薄くする、傍迷惑な唐変木の首を、一発で落とせたのに」

「……」


 ヴィラローザの不満げな物言いを聞いたルイスは、酸っぱい物でも食べたようなしかめっ面にかわり、首を狙われていた親友を振り返った。


「……なぁ、ギルフォード。お前、一体、この首狩り魔のどこがいいんだ?」


 とんとんと小突かれたギルフォードは、じっとヴィラローザを凝視していた視線をはずし、パチパチと瞬きをした。まるで夢から覚めたばかりの、子供のような仕草だ。

 しかし、ルイスの問いには返事をすること無く、ゆらりと腰に下げていた剣に手を伸ばし……――。


「選べ。結婚か、死か」


 鞘から抜いた切っ先を、迷うことなくヴィラローザに突きつけた。


「おい! 違うだろ、ギルフォード!」


 あっけにとられギルドフォードの行動を目で追うだけだったルイスは、状況を理解するなり親友の名を咎めるように叫ぶ。

 剣を突きつけられたヴィラローザは、うるさげに切っ先を一瞥し、せせら笑う。


「……成る程、ルイスが私を引き付けておいて、その隙にギルフォードが私を仕留める、そういう算段でしたか。随分と姑息な手段が、お好みのようで。――反吐が出ます」

「いや違うから!」

「言い訳無用……! 二人仲良く、床に這いつくばらせてやりますよ!」

「かなり怒ってるー!!」


 間に立たされたルイスが、悲鳴じみた叫び声を上げる。

 だが、実際ヴィラローザにはルイスを害する意思はない。もっとも、ルイスが静観するに限るが。

 彼女の獲物は、この短時間で二度も己を侮辱した、憎たらしい赤目の男だけである。


 ヴィラローザは、一度はルイスの取りなしによって下げた剣の切っ先を、再びギルフォードに向ける。

 すると、実に珍しいことだが、ギルフォードは何かに驚いたように目を見張った。

 感情も表情筋も死滅しているのではないかと思っていた男が見せた変化に対して、ヴィラローザは驚くよりも先に怒りを覚える。


(なんですか、その顔は……!)


 切っ先を向けられて、驚いたということは、すごすごと結婚、つまり戦わずして負けを選ぶと思っていたのかと、屈辱にますます目付きが悪くなる。


(本当にどうしてやりましょうか、この男……!)


 しっかりと剣を構えたヴィラローザが内心で吠えていると、ギルフォードは僅かに目を伏せて口を開いた。


「……剣を、抜く、か?」


 ぽつり、ぽつり、単語のように吐き出された言葉も、珍しいことに、戸惑いが大いに滲んでいる気がした。

 だが、それがどうしたと一蹴し、ヴィラローザは、必要な答えだけを返す。


「当たり前です」

「……それは……結婚は嫌だと……? ……それよりならば、死を選ぶと言うことか?」

「ふん、随分と上から物を言ってくれますね……。まるで、私に勝てるみたいに聞こえますよギルフォード」 


 ヴィラローザは、挑発するように笑う。

 すっとギルフォードの赤い目が細められた。


「……そうか、それなら……――」 


 ぐっと片足に体重をかけて踏み込んできた男が、吠える。


「お前を殺してっ! 俺も死ぬっ!!」

「返り討ちにしてやります、この唐変木!」


 剣と剣がぶつかり合う、甲高い音が響いた。


「……だからっ! やめろって、この似た者同士!」


 ルイスの怒鳴り声が、続いて部屋中に響く。


「だいたいなぁ、殺してどうするんだギルフォード! 殺し殺されの関係って、どんだけ殺伐としてるんだ!」


 ヴィラローザの剣は、ルイスの鞘によって止められていた。ギルフォードが躊躇無く振り下ろした剣もまた、ルイスの剣でしっかりと受け止められている。


「……どういうつもりですか、ルイス」


 興が削がれたと、ヴィラローザは自身の剣を下ろすと鞘に収めた。

 しかし、ルイスが割って入ってきた時点で、すぐさま剣を止めたヴィラローザと違い、ギルフォードは未だ力を込めているらしい。

 ルイスの腕が小さく震えて、重なった剣がガチガチと小刻みに音をたてていた。

 その腕にはかなりの力がかかっているのだろう。必死の様子に、ヴィラローザはため息をつく。


(冷静に考えれば……滑稽ですね)


 こんな狭い部屋で暴れるなど、落ち着いて考えれば迷惑この上ない。


 危うく、憎っくきギルフォードに乗せられるところだったと反省するヴィラローザだが、その憎たらしいギルフォードはと言えば、仮にも親友相手だというのに引く気がないらしく、まだ剣を下ろさないでいる。


 何故自分の部屋で、この男の勝手を許さなければいけないのだと、ヴィラローザはうるさげに一瞥すると、心底迷惑そうに言い放った。


「……いい加減に剣をおさめてください。まったく、人の部屋でドタバタと埃を立てて喧しい」


 完全に己を棚にあげた言葉だが、ギルフォードを相手取るのに手一杯だったルイスには、救いの言葉に聞こえたらしい。

 助かったと、小さなうめき声にも似た一言の後、爽やかな笑みと共に、余計な一言が付いてくる。


「……どの口がって言いたい所だけどっ、ギルフォードを抑えてくれんなら、有り難いから黙っとくよっ!」

「…………」


 一体、どこが黙っているのだろうか。ペラペラとよく回る口である。

 若干苛立ったヴィラローザだが、今のルイスの状況は、手をすれば真っ二つになるかもという瀬戸際だと察しが付いたため、何も言わずにおいた。それよりも……とギルフォードに視線を向ける。


「……剣を下ろせと言っているのが、聞こえませんか?」

「……俺に言ってるのか?」

「むしろ、貴方以外の誰に言うんですか」

「――わかった」


 拍子抜けするくらいあっさりと、ギルフォードは剣を下ろした。

 ルイスも、ほっと息を吐いて剣をおさめる。


「用が済んだらさっさと出ていってくださいね? ここにいるだけで不愉快ですから」

「いやいや、用はちっとも済んでないから! ……ほら、ギルフォード、仕切り直せ……!」

「――……」


 剣を持たなければ、うんともすんとも言わない人形のような男は、やはり口を開かず、ヴィラローザに赤い目を向けただけだった。

 それに対してヴィラローザは呆れたように鼻を鳴らす。


「ふん。大の男が、友人に付き添ってもらわなければ、自分の意見も言えないのですか」

「……あー、それは大目に見てもらいたいかなー。なにせ、ギルフォードは言葉が圧倒的に足りない男なんで。……結果が、この決闘未遂だし」

「ルイス・テノーラ、それならば保護者のあなたが責任を持ち、さっさと連れて帰ってください」


 しっしっ、と犬猫でも追い払うような仕草でヴィラローザが手を払うと、ぼーっと突っ立っていたギルフォードがゆらりと近づいてきて、その手を掴んだ。


「……なんです? 今更、非礼を詫びる気になったんですか、ギルフォード?」

「……結婚」

「まだ言うか、この男……!」


 思わずもう片方の手で拳を握り、殴る気満々なヴィラローザなど意に介さず、ギルフォードは続ける。


「……俺と結婚するか、俺と死ぬか、好きな方を選べヴィラローザ」


 言われた言葉に、ヴィラローザはまた同じ感想を抱いた。


(はぁ? 何を言い出すんですかね、この唐変木は? ――頭は一度も狙っていない筈ですが……?)


 既視感を抱くやり取りだ。

 人の部屋に入ってくるなり、ギルフォードがのたまった言葉と、ほぼ同じだ。

 違いは、頭に"俺と"という一言が入っていることだけだが……。

 たったそれだけなのだが、その一言によって、ギルフォードの発した言葉の意味は、だいぶ変わってくる。

 当然、ヴィラローザにも困惑の色が浮かぶ。


「……ギルフォード……。もしかして、それは私に求婚しているのですか?」

「もしかしなくても、俺はお前に求婚している」


 さも当然とばかりに頷くギルフォードに対し、ヴィラローザは頬を引きつらせた。


 (はぁ? 全然分からなかったんですけど?)


 一体、何がどうなっているのだと、ギルフォードの保護者役の方を見れば、ルイスはニタニタと笑っていた。


「なにを他人事のようにニタニタと笑っているんですかルイス・テノーラ。黙って見ていないで、私にも分かりやすく、こうなった理由を解説してください。あと、ギルフォードは手を離しなさい」

「嫌だ。片時も離れたくない」

「私は、今すぐにでも離れたいんです。求婚しているというのなら、少しは私のご機嫌とりをしなさい」

「……その方が、嬉しいのか?」

「えぇ、もちろん」

「…………わかった。ヴィラローザが、それで俺と結婚する気になるなら、束の間我慢する」


 唐突すぎて、訳が分からない。

 それがヴィラローザの素直な感想だった。しかし、この男に説明を求めてもどうせ要領を得ない答えしか返ってこないだろうと、ギルフォードの親友兼保護者に目を向ける。


「さっさと説明しなさい、ルイス・テノーラ」

「あー、いや……。ここは、ちゃちゃーっと雰囲気に流されちゃってくれない?」

「私は、説明しろと言いましたが、無駄口を叩けとは言っていません」

「……おっかねー……。って、ハイハイごめんなさい! そんな睨まないでください、説明しますから! お願いだから剣から手をはなしてください!」


 ならば、余計な事を言うなと一睨みしたヴィラローザは、剣に触れていた手を離すと、続きを促した。


「……簡単に言うとな、ギルフォードに実家から縁談の話がきたんだよ」


 勿体付けるので、どんな大層な理由があるのだろうと思っていたが……思っていたよりも、大分普通の理由だった。


(縁談なんて、騒ぐほどの事でも無いでしょう)


 それがどうしたとヴィラローザは鼻で笑った。


 たとえ、表情筋と感情が死滅している説が流れている、無口無感動で、その上無愛想男と言えども人の子だ。

 実家くらいあっても不思議ではないし、その実家が貴族であれば縁談の一つや二つ舞い込んでもおかしくないだろう。


 そう考えつく程度に、ヴィラローザにも貴族の常識があった。


 伝え聞くギルフォードの出自は、いわゆる妾の子である。

 だが、父親である侯爵が引き取っているため、今の彼の身分は貴族であり、三男坊という立場だ。

 となれば、今まで縁談の話がなかった方が可笑しい。


「おめでたい事ではないですか」


 遅すぎるくらいだと言ってやれば、ギルフォードは子供のようにふるふると首を左右に振った。


「めでたくない。俺は興味ない。結婚したいと思わない」

「……まぁ、肝心のギルフォードがこんな調子なんだよ。……そこでだ」


 拒絶を示すギルフォードを、同情するような目で見ていたルイスだったが、急に真面目な顔になった。

 ヴィラローザは嫌な予感を覚える。


「話はもうここまでで結構です。さっさと出ていって……」


 みなまで言わせるかと口を開いた彼女だったが、招かざる客人二人は、言葉が被るのも気にせず声を上げた。


「ギルフォードの恋人になって、サクッと縁談回避を手伝ってほしいんだ!」

「俺はヴィラローザにしか興味がない。ヴィラローザとしか結婚したくない」


 ――人の部屋に来て好き勝手なことばかり言う連中に、どちらかと言うと気が短いヴィラローザの苛立ちが爆発した。


「求婚だなんだというなら、もっと女心をくすぐる言葉を考えて出直して来なさい!」

「また来てもいいのか?」

「馬鹿! ギルフォード撤退だ、撤退! ここは、一時撤退して作戦の練り直すべきだ、お前の言葉の足りなさを甘く見すぎてた……!」


 ヴィラローザの怒鳴り声に、なぜかうっとりしているギルフォードと彼を必死に引っ張るルイス。

 しかし、一時撤退と繰り返す様子からルイスも諦めたわけではないことが伺える。


「……わかった。また来る。すぐ会いに来る、ヴィラローザ」


 ギルフォードの唐突な求婚もどきも、ルイスの下らない提案も、全てが勘にさわるとばかりにヴィラローザは目をつり上げ叫んだ。


「さっさと出ていけ、この唐変木!!」


 ヴィラローザとギルフォード。

 これが、タルテレッテ騎士団の双璧と言われる二人の、新たなる関係のはじまりだった。

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