17 ガイドとしての報告

 【ダンジョン入り口前】


 地上の祠にある転移陣は次第にその光を弱めていく。

 そしてついに一切の発光を無くすと自動転移は働かなくなり、陣の上に立ってもネオダンジョンへ飛ばされることはなくなって行く事となった。


 それはネオダンジョン側からも戻ることも出来なくなる状態となるため四時間のカウントはとても重要なものである。

 この発光が消えていく直前の時刻になって司はようやく帰還していた。


「ふう、‥‥間に合ったな」

「危なかったわよ、もう‥‥いつもギリギリじゃない」


 心配役のサキは少しだけ怒り口調になっていた。

 時限を過ぎれば次の開放インターバルの1週間後までダンジョンから出られない。

 それは低い生存率の中に司が身を置く事になる危険な行動であるため避けるべき事態であった。


「大丈夫だって、ちゃんとカウントダウンしてたんだから」

「はあ、ツカサって時々すごく大雑把になるのよね。普段はキッチリしているのに」


「そう?僕はたしか前世はA型だったんだけど。今はO型になってるのかな」

「O型?それはなに?何かのタイプ分けかしら」


 司はたまに地球の知識を口にしてはサキに質問されるというやりとりをして過ごしている。

 小妖精ピキシー特有の知識欲と、司の暇つぶしという利点の一致がこうして良い相性を作り出しているのだ。


「ああ、血の体質区別に合わせた性格診断。まあ統計学だな」

「へえ、地球世界の知識ね。こっちでも調べられるものなのかしら」


「いやあ、もともと信憑性の怪しい理論だったから意味はないだろうなあ。そもそも生活環境で性格なんて変わるものだろうし」

「あなたは前世の意識があるせいか時々性格にひどい二面性が見受けられるしね」


「え?‥‥そうなの?」

「ええ、そうなのよ」


 無事地上に出られた事でリラックスが出来ている。

 時間ギリギリまで潜っていたのは、今回大量消費した魔石を少しでも穴埋めしようと魔物狩りをしていただめであった。


「帰り道分で25魔石ゲットって所か‥‥」


 エルナレスを帰還魔法で送り帰し、司はその後の帰り道を寄り道しながら帰っていた。

 目的は魔物討伐、魔石稼ぎである。


「陣還魔法分の魔石すらなくなってたんだから素直に彼女からもらっておけばよかったじゃない」


「‥‥いや、さすがにそれはカッコ悪すぎるでしょ」


 蘇生級の魔術に全魔石を投じてしまった事からその必要に迫られていた。残り時間もわずかで、入り口から近い区域での狩場は収穫量が乏しかった。


「次回からの探索は不便になるな」

「あんな大魔法に全魔石を使うからよ。‥‥ねえ、もしかして後悔してる?」


「いや?してないよ」

「そう、ならいいじゃない」


 サキはその返答がなんとなく嬉しかった。

 最近の人間の多くは妖精族をないがしていて、それは時代が進むごとに酷くなっていた。理由は多々あるが、多くは暗黒時代における風評被害であった。そんな中で司は珍しく時代遅れな考えを持っていた。妖精族を他の誰よりも大切にしようとする真逆の思想だった。それがいつまでも変わらないで欲しいとサキは願い、司の肩に乗って横顔を見つめた。



 すると遠くから鉄製の四輪駆動の車が駆けてくる音が聞こえる。この異世界で最近開発された蒸気機関スチーム自動車だ。石炭を燃料にした動力で駆動する近代異世界の発明品である。列車と同様のボイラーが小型の乗用車前方についており、燃焼で発生した黒煙を煙突から吹かせながら司の所まで車を走らせてくる。


「‥‥アーシェさんだ。こんな所まで珍しいな」


 そこから降りてきたのはウェスティーノ家で働く秘書の女性であった。


 20台後半の女性でキリっとした立ち振る舞いをする仕事が出来る雰囲気の人だ。


 貴族が管理するダンジョンにおいてバイトさせてもらっている際の所有者との連絡役でもある。司にとってはいわば直属の上司である。

 サキは俺の後ろ襟の中にスっと入っていった。


「ツカサ君、ご苦労様。今日の報告はここで受けるわ」


「あ、はい。今日は事前に申請のあった一組だけです。申請通り6人で、今から30分前には帰っていると思います」

「そう‥‥全員無事というワケなのね‥‥」


「はい」

「‥‥その中に妖精族はいた?」


 無事だと聞いて顔を曇らせていた。

 その表情を見て、この人も亜人排斥派の人だったっけ、と司は不思議に思った。


「あ~ふたりいましたよ。エルフ一人と、もう一人は小柄な女性の妖精族。種族はわからないです」

「小人の方はグラスランナー族よ。ダンジョン入場手続きの登録代表者だった者ね。そっちの事はいいわ、大した戦闘力のない陽気なだけの種族よ」


 司はアンナの事を思い出し、そんなに陽気な感じは受けない印象だったけどなと思い、種族特性は血液型性格診断と同じで参考にならないな、と感想を持った。

 しかし入場申請時の情報までも伝えてきて、それは秘書業務を超えるような調べをアーシェがしているようだと思えた。


「一体どうされたんですか?エルフの方も無事に事なきを得ましたけど」


 司はこの人には自分の事を認めてもらった方が今後の仕事の継続に向けて都合が良いという事から、自分が彼女を救ったのだと自慢しようか悩んだ。


「無事だった事が問題なの。王国の議会はエルフをここで遭難させる事態にしたかったのよ。事前にギルドへの根回しもして‥‥ね」


「へ?」

「(ツカサ、話の流れがまだ読めないからうかつに情報を出さないで)」


 襟の後ろでサキが忠告をしてきた。

 どうやら排斥運動に今回は大きな組織が絡んできているようだ。


「(自慢しなくて良かった。けど‥‥どうしよう)」

 司はひとまず思いっきり嘘をつくことにした。


「えっと、‥‥俺は門番をしてただけですよ!」

「それはそうでしょう?あなたに関係する事はないわ。けれど‥‥」


 アーシェは指を額に当ててため息をつきながら語った。


「もし生きていたら捕縛せよとのお達しよ。生死は問わないという条件つきで」


「‥‥!!」


 排斥運動どころではなかったようだ。まるで彼女を犯罪者のように扱おうとしている様子に司は気を引き締めた。


「俺はただの門番です。関係ないですよね」

「そうね、けどあなたはウェスティーノ家の労働者の立場も兼ねて‥‥この王国からの依頼を受ける事になるわ」


「そんな事‥‥僕は引き受けられませんよ?」

「伯爵からの依頼よ」


 それは貴族から司に対する個人的な依頼であった。この封建社会においては理屈を通り越して通される絶対的なルールである。


 異世界にしかいない妖精を守りたいと願う司であったが、自分が救った女性を自分で討つことになってしまう事態となってしまった。



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 司は伯爵秘書のアーシェに連れられてそのまま屋敷へと招き入れられる事になった。



 彼にとって屋敷の屋内に入った事は、まだ一度しかない。ダンジョン案内係の仕事を始める時の面接の時以来であるため高級な屋敷に入る事に、少し気負いがあった。


 乗せてもらった二人乗りの蒸気自動車は煙を揚げながら走っていて、馬車に比べて少しスピードが遅い程度だが、生き物ではないので管理が楽だとアーシェが語る。

「燃料の調達は大変だけどね」と苦笑した。さらに一般化されればその苦労も減るし、フル稼働させれば馬よりずっと速く走れるらしい。だがクールダウンの処置が大変なので最高速度をお披露目してくれる事はしなかった。


 だがアーシェは安全運転をしていたにも関わらず、車はエンジン部分から黒煙をあげて動きを止めた。


「‥‥どうしたんですか?」

「故障ね。ここからは歩いていきましょ」


 アーシェは終止落ち着いている様子だった。まるでいつも起きる事のように冷静である。


「車は‥‥どうするんですか?」

「あとで業者に廃棄させに来させるわ。口八丁で売り付けにきたけどやっぱり私には馬の方が扱いやすいわ」


 他の貴族の多くが自動車を多く所有し移動手段を変えていくなかで、ウェスティーノ家は未だに馬を多く育てていた。アーシェが馬に乗る姿を司は一度だけ見たことがあったが、とても力強い走りで駆けていてとても優雅だと思っていた。司は馬も好きなので、出来ればあの馬たちをこれからも育て続けて欲しいと願いつつも、車の修理を買って出た。


「あの、良かったら僕が見てみましょうか?」

「え‥‥?あなた自動車の事がわかるの?」


「蒸気自動車を見るのは初めてですけど、小さい頃からいろんな修理とかしてたので原因を探るくらいなら」


「そう、まあ‥‥お願いしていいかしら」


 司は前世でバイクを組み上げた経験があったため走行機構に精通している部分があった。まずは駆動構造から検査してみる。フレームの歪みや車軸フレームの歪みはなかったので蒸気機関を開けてみた。そこは蒸気によって金属が高熱になっていてまともに触る事の出来ないものであった。


「うーん‥‥排熱効率の悪そうな構造ですね」

「少し長く走るだけですぐ故障するのよ」


「なるほど。すごく強引に動力を回そうとしてるし、きっとこれ開発した人は動けばいいって感じで作ったんでしょうね」

「粗悪品ってこと?そこまでわかるのね」


「原因もわかりました。歯車の一部が熱で癒着してますね。なにか工具はありますか?」

「乗せてあるものを持ってくるわ」


 司はまだ熱の残るエンジン部に鉄棒や金づちを叩きこみ、歪んだ構造体を力づくで整備していった。


 蓋を戻したあとアーシェと共に再び乗り込んでアクセルを踏み込むと先程のように再び進む事ができた。


「凄いわね、ツカサ君! あなたこんな技能を持っているなんて」

「あー、いえ。叩けば直る程度のものだったのでこれくらいなら全然」


「それでも修理に出したら高額な費用を請求されていたわ。本当にありがとう」


 司はこそばゆい思いをしながら、人の役に立てた事を心の中で喜んだ。



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近代魔術は幻想のために ~理系勇者の息子は魔導×理工学で滅びゆく妖精族を救いたい @Nanarikuroko

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