16 不肖の精算

 【ウェスティン領 地上】


 ウェスティーノ領の新生ダンジョンの祠からだいぶ離れた草原の上で四人の傭兵と、エルフの付き人であるアンナが口喧嘩をしていた。



「待ちなさい!おまえ達には護衛の依頼料をすでに払っていただろう!なぜ自分たちだけで戻ってきてるのだ!」

「しつけー女だな!もう終わった事だろ!ついてくるんじゃねえよ!」


 地下ダンジョンでエルナレスの帰りを祈っていた所に傭兵達だけが戻ってきて、転移陣からそそくさと帰ろうとする彼らをアンナが追いかけていた。

 だが制止を聞かずに傭兵達はその場を離れていこうとする。


「お前達は傭兵としての矜持もないのか!戻って雇い主を救ってくれないのか!」

「うるせえな、あの女はもう死んだんだよ!」


「な‥‥!?う‥‥ウソだ!!」

翼竜ワイバーンにターゲットされたんだ。無事で済むワケないだろ!」


 アンナはその場で足を止めて固まり、目を見開いたまま呆然とした。

 それを見た傭兵の一人が近づいてくる。


「これでも最善は尽くした方なんだぜ?前払い分だけじゃこっちの割りが合わねえくらいだよ。へへ、だからよ、ちゃーんと報酬は頂いていくからな!」


 そう言っておもむろにアンナの腰の巾着に手をかけて金銭袋を手際よく奪い取った。

 アンナは抵抗もせず、目から涙を流し続ける。


「そんな‥‥母君に‥‥なんとお伝えすれば‥‥う‥‥うう」

「チッ。泣きやがった、妖精族が気持ちわりいな」

「おお!なんだコイツこんなに金を持ってたんじゃねえかよ。じゃあこれは後報酬ってことで貰っていくからな!」


 ドンとアンナは蹴り飛ばされるが、悲しみで立ち上がる気力もなく、地面へとふさぎ込んだままであった。


 傭兵は奪い取った貨幣袋の重さに喜びながら去っていこうとした。


 すると後ろから、もう聞くことがないと思っていた声が耳に入ってくる。


『それは探索が成功した時の報酬よ、あなた達に貰う権利はない。返しなさい』


 傭兵は声のする方向を見て驚いた。


「な!アンタまさか!」

「うそだ‥‥あそこから逃げられたのか?」

「ありえねえ!オマエあんな状況じゃ絶対死ぬはずだろ‥‥それになんでこんなに早く出てこれるんだ!」


 傭兵らは幽霊を見ているかのように驚いた。

 アンナは目を見開いてその身に触れようと近づいていった。


『お‥‥お嬢!!』

『アンナ、私は大丈夫よ。心配させちゃったわね』


 生きて再会できた奇跡にアンナはさらに涙を流す。まぎれもないエルナレス本人である事に喜んだ。


「こ‥‥この金は返さないぞ!これは俺たちの報酬だったはずだ!」

「そうだ!奪うってんなら容赦しねえぞ!」


 そう言って傭兵達は鞘から剣を抜き出した。


 アンナが涙を拭いながら前に出て盾になろうとする。

 だが決して戦闘に慣れているわけではないグラスランナー族が相手とあって傭兵達は笑いだした。


「ダンジョンの外で祈ってるだけの女が俺たちに対抗できるわけないだろ!」

「オイ!ダンジョンで俺達が何十体魔物を刈ったと思っているんだよ。エルフの嬢ちゃんも見てただろう。オマエ俺たちに叶うと思ってるのか?」


 白兵戦において彼らはそれなりの力を持っている。現にダンジョンにおいて魔物に対しての一定の成果は出していた。

 地上戦において武具を使った戦いに負けるはずはない。彼らがそう思っていた所で状況が一変した。


 エルナレスはダンジョンの魔石をアンナの掌に乗せて砕かせた。


『風の精霊よ、この魔力を触媒に粗ぶる力を彼女に宿し、舞いあがれ』

『こ‥‥これは、魔力?』


『アンナ、アナタにとってはきっと懐かしい感覚なのでしょう? さあ、精霊の力を呼び起こすといいわ』

『ああ‥‥はい! 懐かしい感覚です。体が‥‥温かい』


 アンナは数年ぶりの魔力の感覚に感動しながら、手を前にかざして魔法を放った。


『【エア・スナイブ】』


「な!」

「ぐああああ!」


「‥‥お嬢、私が魔法を‥‥!また、魔術を紡ぐ事が出来ました!」


 アンナの放つ豪風に耐えられない傭兵は身をすくませた。

 必死で抵抗しようとしたが風に抵抗出来ず、流されていくと思ったら風向きが変わり、倒れる事も出来ずに右往左往を繰り返す。


 そこへエルナレスはナイフを腰から抜き取り、彼らに向かって投げつけた。

 風の精霊と親和する彼女は暴風の中で一寸も狂わず傭兵の手元にかすらせて銭袋を落とさせた。


『‥‥今回の探索は失敗。再びダンジョンへ訪れるためにはさらなる準備が必要な事がわかったわ。そのお金は次の攻略を目指す者達のための軍資金、あなた達がまたチャレンジしてくれるのなら権利があるけど‥‥どうする?』


 エルナレスの言葉に悪意は込められていなかった。

 これまでの事を言及する事もなく、ただ純粋にダンジョン攻略に向けた行動に真っ直ぐな気持ちでしかなかった。


『滅び行くエルフの魂をつなぎとめる。‥‥家族と仲間達は絶対に死なせたくはないの』


 だがエルフ語で語りかけられても聞き取る事が出来ない傭兵達は、彼女が言おうとする内容をこう推測した。


 責任追及、脅し。


 彼らは不利な状況である事を理解し、難癖をつけながら引き返していく。


「妖精族が人間様に向かって調子に乗るなよ!俺たちの組織が黙っちゃいねえからな!」


 去っていく傭兵達の後ろ姿を見送り、アンナはエルナレスの横顔を見上げた。


『お嬢、ご無事で何よりです。よくぞ戻ってくださいました!』


『実益は少ないけど、収穫を持って帰る事が出来たわ』

『はい、魔法を使う事が出来るようになりましたね!』


『ネオダンジョンの魔石。これは噂通り魔力マナを私達に与えてくれるものだった。ネオダンジョンは森の妖精族にとって重要な存在だということが証明出来たわ』


『はい‥‥種族が救われます!早速次の準備を進めましょう。もうギルドの推薦なぞに頼らず‥‥!』


『そうね、今回は私達に不利になるような条件が多かったわ。妖精族には有用な情報は流れてこない。きっとこのダンジョンも不利な場所だったのかもしれない‥‥』


『では‥‥場所を変えますか』


『ええ。でも‥‥きっとここに戻る事でしょう』

『そうですね、わかりました』


 エルナレスは少しだけ後ろを振り返った。


『あなたとまた出会うとき、私は運命を共に出来る力を持って現れましょう‥‥』


 小さな、しかし力強い言葉を呟き、エルナレスは大きな歩幅で真っすぐに自らの道を突き進んでいった。



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