15 大魔石の使い道
【ウェスティーン領・屋敷】
とある貴族屋敷の中ではアフタヌーンティーが客間へと運ばれていた。
絢爛に彩られた内装に高級なソファー、そして壁には歴代の領主達の肖像画が飾られていた。
そこに座る二人の間に花柄の鮮やかなティーカップが置かれ、香りのよい一番茶を利用した高級な紅茶が振る舞われていく。
執事が手際よくカップに注ぐ、洗練されたその仕草もこの場を格式高いものへと演出していった。
「これはこれは、良い香りの紅茶ですね伯爵。こんな私めが頂いてよろしいのですか?」
その部屋の絢爛さに対して、格好の似合わない者がソファーに接客されている。
灰色のマントに身を包んだ一見すると不審者のような様相だ。目元を残して全身を覆うその姿は体中に描かれている刺青を隠すためのものであった。
「お主のような輩であっても評議会の使い。それに屋敷に入った客であればもてなす事が貴族の流儀だからな。それで、何の用だ?」
この館の主人はウェスティーノ家の主、ロレイク・ウェスティーノ伯爵である。
400年続く由緒正しき貴族としてカルザスト王国西部の広大な敷地の領主として君臨する者。
そして彼の領地に5年前から新生ダンジョンが出来て以来、その運営を新たな事業のひとつとしていた。
そのダンジョンのひとつの管理を司が申し出て、ガイド仕事を任せてもらうといういわば雇用主でもあった。
ここで不穏な会話が交わされていた。
「第四ウェスティーノダンジョン。‥‥今日は一組の冒険者だけですか。少々入りが悪いようですが収益は見込めているのですか?」
「あのダンジョンは魔物のレベルが悪く魔石回りが良くないらしい。サイクルが週一回と頻度は高いのだが、まあ管理などしていないに均しい所だ」
「では不祥事が起きても問題ありませんか?」
「他で管理しているダンジョンの方には人が入っているからそれで充分だ。で、何を企んでいる?」
「どうやらエルフがこの街に来たようなのですが、ご存じですか?」
「エルフが?魔王が消えて久しいが話だな」
「ええ、幻想時代はもう終わりを迎えたというのにノコノコ出てきた亜人エルフ。お上にとっては都合が悪く目障りだと。今そちらのダンジョンにいるようですよ」
「エルフの女をうちの敷地で葬るつもりか?」
「ご都合の悪い依頼でしたかな?」
「‥‥別に構わん」
「よく起きる事故を装いますよ。ギルドには妨害の手立てを立てさせてあるので自滅してくれる流れを見込んでおります」
「念のため使いの者を出そう。‥‥アーシェ!」
「はい、伯爵」
司書官を担うような眼鏡をした女性が傍に寄ってくる。
「至急状況確認に入れ」
「かしこまりました」
「‥‥そういえば、あそこの門番は黒髪の少年に任せた所だったな」
「はい、ツカサという者です。まずは彼とコンタクトをとります」
「ほう‥‥?黒髪‥‥ですか?」
「妖精の類ではないさ」
「なるほど、そうですか‥‥そうですか。念のためこの事は議会に報告させて頂きますね」
「なんだ?ああ‥‥例の予言の件か?確かその後の進展は何もないのだろう?」
「はい。黒き者と妖精との結託‥‥。帝国は対策をとる形になっております。実は今回の件も源流はそこから来ている事なので」
「エルフを捕まえる事が依頼なのだろう?要件を増やすなら相応の準備をしてこい」
「もちろんです。その時にまた出直してきます」
そう言ってローブの男はカップを持ち上げ、まだ熱さの残る紅茶に口をつけた。
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【ウェスティーノ新生ダンジョン中域】
司の目の前でワイバーンはその体を気体化させて、体の一部を魔石へと変えていく。
大型の生物の胸元から一粒の魔石が生み出されていく光景はとても幻想的で、鮮やかな色を放ち心を魅了するものであった。
司は拾い上げてた魔石を見つめた。
「色がかなり濃いな」
今回の討伐に使用した石は約50魔石分。
その投じた魔石に対して目の前に現れたのは100魔石分程の価値が見込まれるものであった。
消費した分に対してそれを上回るリターンが返ってくる、この瞬間が何よりの達成感を与えてくれる。
「それにしてもコレ魔力濃度が平均よりもずっと高い気がするな」
「カオス化した変種はダンジョンの魔力を急激に吸収するのかもしれないわね」
「確かに魔法攻撃を乱発してたからな。でもカオス種ってどうやって確定するの?」
「ワイバーンの雄叫びに金切り声が混じってたでしょ?」
「キイイって音が混じってたな」
「それが共通した特徴よ。結果、寿命と魂を消費して戦闘能力を底上げする不可逆な状態になるの」
「今まで見たことがなかったけど」
「私も初めて見たわ。生存本能から逸脱した非生産的行為なのよ。よっぽどの事がなければそんな変化は起きないはずなの」
長くこのダンジョンに潜っていた司達だが、今日のこの場には何か異変が起きている予感がしていた。
「ツカサ、今日はもう上がるでしょ?」
「そうだなこれ以上奥へ向かう探索はしないよ」
そう言って司は 来た道を戻って行った。
そこにはワイバーンとの戦いによって 命を落としたエルフの少女が横たわっている。
その姿は死してなお、美しさを失わない清らかな存在感であった。
「外傷がないんだな 炎で焼かれたのであれば火傷の一つもあるのかと思ってたけど」
「彼女はきちんと、火属性の攻撃に対して水魔法を展開し続けていたの。ワイバーンの炎からの直接のダメージは受けてはいないわ」
「魔法使いとして優秀だったという事か。じゃあ死因は窒息死あたりか?」
「ええ、このあたり一帯で息が出来なくなる程の炎の広がりだったわ」
「一酸化炭素中毒か‥‥苦しかっただろうな」
司の難しい単語の意味を質問しようとしたサキであったが、エルナレスの内にある「残り香」を感じ取った。
彼女の生命活動は止まっているが、しかし心臓の鼓動を止めていても残っているものがあった。
「サキ‥‥どうした?」
「彼女はまだそこにいるのよ」
「彼女の精霊がまだ留まっているのか?」
「ええ、精霊種の特性よ。私達妖精族はこの状態でも人に想いを伝えながら、時間をかけて死を迎えていくの」
サキが残り香から感じ取ったのは郷愁。彼女が故郷に残す家族と仲間達への想いであった。
無念を感じる間もなく一瞬の致死であったため、彼女の気持ちからは美しい景色が伝わって来ていた。
その事を司に向かって言葉にしようとするが、司はすでに別の事を決心していた。
「サキ、いま取得したカオスワイバーンの魔石‥‥それと俺の持つ魔石。これらを全部合わせるとどれくらいのMPに変換できる?」
サキは疑問を抱きつつも、先程取得した魔石の魔力を正確に鑑定した。
「200魔石分はあるわ。‥‥すごい、大魔石に近いわね。司の分があと100魔石分あるから300魔石よ。これなら当分探索には困らないわね」
「なら1800MP分くらいに変換できるか。ギリギリ足りるな」
「ギリギリ?なんのこと?」
司は手持ちの魔石の袋を取り出した。
「ちょっと待って。なに?まさか今ここで全部使う気?」
「彼女の体からはまだ魂が消えていない。その場合は蘇生させられる可能性は高いんだよな?」
「それは‥‥確かにそうたけど‥‥でもせっかくここまで貯めたのに‥‥どうして?」
「助ける事が出来ると分かって見過ごす事はできない。生まれて初めて出会ったエルフなのに」
司は自分の持っていた魔石の粒群を魔石袋から全て右手に移し、ワイバーンからいま得たばかりの魔石を左手に持った。
【300魔石分をND-MPに変換。1800MPをチャージ】
両手の石を砕いた。
すると大量の魔力が周囲に包まれる。
これまで見たこともない量の魔力が司の周囲を覆った。
時間をかけてゆっくりと体内に向かって魔力が満たされていく。
「はあ、アタナってすぐ突っ走る人ね‥‥。もう後戻りも出来ないわし、私も協力するわ」
「頼む」
大量の魔力が司の体へと納められるにつれ、腕が次第に黒ずんでいった。
許容量を超えた魔力が人体に込められると、細胞が黒く魔素化する変異が起きる。
「こんな魔力量を扱うのは始めてだな。サキ‥‥いけるか?」
「理論的には‥‥ね。アナタの体の方が心配よ」
「機材の方は大丈夫って事だな。よし、
「了解、演算処理を開始と同時に、
司の背に装備している剣型の魔術機導武具がキイィィンと振動音を発しながら光を放っていく。
「サキへ10MP付与。装置へ残り全MPを装填」
「【
二人の魔術師が流れるようにスムーズな連携を繰り広げていく。
繰り広げようとする魔術は他の追随を許さない程の膨大な魔力量と、熟練者であっても実現できない最高難易度の魔法である。
母がこれまで築いてきた魔術演算の研究に司が改良を加えて、今ここで暗黒時代に紡がれた伝説の魔法が復活し、形となっていく。
「紡術完了、魔力装填率90‥‥95‥‥100%!!行けるわ」
「よしいくぞ、【 蘇生級回復術 リザラクティブグランドケアリイ】!!」
背負っていた演算装置をフル稼働させ、剣の装置部分がガタガタと震えオーバーヒートを起こしながら発動されていく。
サキが代理詠唱したのはかすり傷を治す程度の回復魔法。それを剣型魔術機工の演算機能、[魔力紡術]によって効果を増大していくものであった。
投入される魔力の分だけ増大していくため、今回の魔術に至っては何百回もの編み込みが行われた。
結果、大賢者と大僧侶にしか使う事が出来ない高難易度の蘇生級魔法が、まぎれもない完成形で発現された。
白金色の神々しい光がエルフの少女を包み、火傷をしていないまでも
わずかな外傷も残さずに再生された肉体は、同時に内臓の酸欠状態の回復へと至る。
心臓が再び血液に酸素を運べるように鼓動を始め、それと同時に静止していた肺が痙攣しながらも外気を体内に取り入れようと収縮を始める。
「ゴホッ!‥‥ごほ、ごほ」
屍であったはずの体は突如動きだし、生命活動を再開させる事が出来た。
「よし‥‥成功した!‥‥おっと!」
司は喜びの声を上げようとするが、その場で足をもつらせてしまった。
顔はげっそりととして疲れ果てた様子であった。腕の黒ずみはどうやら一時的なものであり、すぐに大魔力を使いきった事で細胞へのダメージは免れ、黒ずみは引いていった。
しかし魔力の最大許容量の入出力は体力に大きな影響を与えるためその場に座り込んでしまった。
エルナレスは目を覚まし、状況を探ろうとあたりを見回す。
そしてエルフ語を口にした。
『‥‥わたしは‥‥どうして?』
「ふう、大丈夫か?自分の事はわかるか?」
『あなたは‥‥? 入り口にいた
「サキ、彼女の言葉を訳してくれ」
サキはエルナレスに司の言葉を語りかけて、帰ってきた言葉を司に通訳をした。
「うん、脳の方にも問題はないようだな」
「ええ、どうやら支障なくうまく行ったみたい」
『‥‥なぜ、あなたはここに?‥‥ワイバーンは?』
「司、彼女は現状の説明を求めているわよ」
「ここに来たときワイバーンはもういなかった。僕は通りかかった道で偶然キミを見つけた、そう伝えてくれ」
「‥‥それで、いいのね?」
「ああ」
サキは一語一句その通りにエルナレスへと言葉を伝えた。
司は思考を一巡させて言葉を選んだが、その選択に迷いはなかった。
司のとった行動は自身の偏った思想によるものだと認識しており、見返りを求めるものではないと決めていたからだ。
『そう‥‥そうだったの。私はあのワイバーンから助かったのね』
エルナレスは首から下げていた宝石を両手で握り、天へ向かって感謝の祈りを捧げ始めた。その宝石にはヒビが入っており割れていた。しかしとても大事そうに手のひらで包んでいた。エルフ族は精霊と祖先に対して敬虔な感謝を抱き続ける種族である。祈る姿も美しく感じており、司は神秘的なこの存在を守る事が出来たことに誇らしさを覚えた。
司は大きく伸びをして一段落がついたことで肩の力を抜いた。
「さて、戻るか。ダンジョンの開放時間も残り1時間を切った。俺は魔装で30分もあれば戻れるけど‥‥。サキ、彼女に帰還魔法のガイドを頼む」
「わかったわ」『エルナレス、あなたに最後のガイドをする。残った魔石を見せて』
『えっと‥‥これだけあるわ』
『十分ね。いい?ここからスタート地点に戻るまであと二時間程度かかる。あなたのスピードなら間に合うかもしれないけど、陣還りの魔法の使用をお勧めするわ。あと一時間でゲートが閉じてしまうからね』
『時限式の事ね、覚えてるわ。私そんなに長い間、気を失っていたのね‥‥』
『ええ、だから手持ちのうちその5粒を魔力変換して。10MPで発動できる離脱用のダンジョン魔法を教える』
エルナレスはサキに指差された魔石を取り出して、指示通りに魔石を砕いた。彼女の周りに魔力が纏いだす。
新生ダンジョンにおいてルーキーであるエルナレスの迷宮専用魔力への変換効率はまだ二倍程度である。
『熟練に応じてその変換効率は高まっていくからこれからも頑張ってね。陣還魔法は比較的簡単な魔法よ。ルーンを刻むからそれを見て覚えれる。覚えたら早速発動に入ってみて』
魔法の覚えの早いエルナレスは、すぐさまルーンを習得し帰還魔法が発動された。
『【
もともとエルナレスは魔法適性は高く、新生ダンジョンの親和性は高い事を彼女自身実感する事ができた。だがこのダンジョンの入場料、傭兵雇用、その他諸費用を考慮するととても健全に運用出来るものではないと思えている。彼女のパーティは今回の探索で25粒の魔石を得る事ができた。だがここまですでに13粒分を消費している。そして今5粒を消費する。
割に合わない。しかし魔石は彼女にとってとても必要なもの。そのためにもっと熟練が必要であると実感した。
エルナレスは足元で展開されていく魔法陣の中で叫んだ。
『‥‥‥‥!』
それは小妖精と黒髪という不思議な組み合わせの二人に向けた感謝の言葉であった。
そして光に包まれてその場から姿を消し、彼女は転移陣へと移動していった。
魔法の音と光の眩しさ薄れていき、あたりは再び静寂に包まれていった。
「彼女、最後ぼくらに向かって何か言ってた?」
「一つ目は私へのガイドのお礼よ。次があれば正式に依頼として申し込みたいって」
「そうか、彼女はきっと上達するだろうからな。きっと良い冒険者になる。またガイドしてあげると良いよ」
「‥‥あともうひとつあるわ」
「ん?」
「――エルナレス・ウィズトリアは、ツカサ様への恩を一生かけて返します――‥‥ってさ」
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