狛犬の悩み事
潮が小さく息づき、留花の近くまで歩いてくる。そして、彼女の前で屈むと、目線まっすぐに合わせて言った。
「さっき、そこの潮が口走った通りだ。わたしたちは、ここの神社で狛犬を務めている。今、この神社は願いが不足していて、わたしたちは満足に仕事が行えない。故に、人間の力を借りて、参拝者を増やしたいと考えている。……君は、信じてくれるだろうか?」
留花は、首をかしげる。
「えっと……」
「駄目だ駄目だ、ぜんっぜん駄目だッ! そんなヤツ、絶対頼りにならねぇよッ」
潮が茶髪を振り乱しながらつかつかと歩いてくると、ぎろっと留花をにらむ。
「アンタは何も聞かなかったし、何も知らねぇ。それでいいよな」
戸惑う表情を浮かべる留花を尻目に燈は、眉をひそめて背筋を伸ばす。そして、潮を見下ろして冷たく言い放った。
「潮。おれは、この人を頼るべきだと考える。不満なら、とっとと荷物を出てここを去れ。ここでの恩を忘れたというんなら、別の仕事を見つけるなり、何でもしろ」
その冷たい物言いに、潮も、そして留花もびくっと肩を震わせる。
「何もせず、行動しようともしないのに物言いだけ立派な奴は、ここには必要ない」
その言葉を聞き、留花ははっとする。まるで自分に向けられているような言葉。それが、彼女の胸を刺した。
「……私を、必要としてくれますか」
彼女の口から、無意識に言葉がこぼれ落ちた。その言葉を聞き、険悪なムードが漂い始めていた燈と潮がほぼ同時に留花の方を振り返る。
ハローワークへ行ったのは、自分の居場所を見つけなければいけないと思ったから。今までの自分に終止符を打ち、新しい場所、人と出会って自分を変えたいと願ったからだ。
今の仕事を退職すると決めてから、ハローワークへ足を向けるまでにかなりの時間がかかった。どうせ、どこへ行ったって無駄だ。自分の居場所なんて、自分を必要としてくれる場所なんて、きっと見つかりっこない。そう思い続けてきたからだ。
でも、これは。もしかしたら神様がくれたご縁、チャンスなのかもしれないと思った。
この二人がうさん臭くないかと問われたら、全く疑っていないわけではないと答える。けれど、普通の人であれば敬遠するであろう、この不思議な出会いに、賭けてみたい。
そう、彼女は心に強く感じたのだ。
ちょっとご飯に行ってきます 工藤 流優空 @ruku_sousaku
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