悪人勇者

中本 優花

正義

 私は勇者だ。

 困ってる人に手を差し伸べて悪を裁く。

 そして全ての悪の元凶である魔王を倒す。

 そんな誰もが思い描く勇者。


『お願い! この人を殺さないで!!』


 目の前にいるのは瀕死の魔王。

 私は激闘の末に残り一歩のところまど魔王を追い詰めた。


「魔王。その少女は……」

「そいつは関係ない!! そいつにだけは手を出すな! そいつは何もしてない……」


 私と魔王の間に立ち塞がる14歳くらいの可愛らしい女の子。

 そんな彼女が魔王を殺してほしくないかのように私の前に立ち塞がる。


『あなたにはおじさんは悪かもしれない! でも私にとってはおじさんが全てなの!』


 涙を流しながら必死に訴えかける。

 私は初めてその時、理解した。

 魔王は間違いなく大罪人で、魔王のせいで何人もの人が死んでいる。


 しかしその魔王にも愛する者がいて、愛してくれる者がいるのだ。

 もしも私が魔王を殺したら、そこの少女はどう思うだろうか?

 恐らく私を全てを奪った魔王として憎む。


「……あなた。そいつは魔王で何をしたのか理解してる?」

「分かってる!! でも私を助けてくれたのは神でも無ければ勇者でもない。そこの魔王なのよ!! 私にとっては魔王が……勇者なんだ。だから魔王を守るためならこの世界だって敵に回してやる!」


 少女は殺意に満ちた目でこちらを睨む。

 私は何度もこの目を見た事がある。

 ここまでの旅で嫌という程見た。


 これは覚悟の目だ。


 魔物に襲われた息子を守る時のお父さん、愛する妻を守るために山賊に立ち向かう夫。

 そういった人達が見せる目……


「魔王。最後に問おう」

「……なんだ?」

「お前はどうして人を殺した?」


 魔王から出た答えは驚くべきものだった。

 また、それにより私に初めて魔王を殺すことへの戸惑いが生まれた。


「そこの娘……アリスのためだ。この娘は昔は大罪病に犯されていてな」

「まさか……!!」


 大罪病。

 それは産まれた時に死を約束される病気。

 人間は生きるために魔力が必要だ。

 この病気はかかった瞬間にその人の持つ魔力を全て喰らって死に追いやる。


「そうだ……」

「でも、だとしたらなんで生きてる!」

「俺の操る魔物。あれが人を殺すと、その人が持つ魔力を吸い取りアリスに流すことで延命させていた 」


 つまり魔王はアリスの為だけに……?

 そのアリスの為だけに人を殺したのか!


「俺も前は……人間だったんだ」

「な!?」

「人間だった時は可愛い妻がいた。そして妻は俺との子供を産んだ。しかし、ある日妻は大罪病にかかって魔力を吸われて死んだ」

「……続けろ」

「私は絶望した。でもまだお腹の中の子供は生きていた。だから俺はありとあらゆる魔法を使って死んだ妻の腹から無事に赤子を取り出した。それがアリスだ」


 それじゃあその子は魔王の娘?

 まさか魔王に子供が……


「しかし大罪病の人が子供を産むなんて事例が無かったから分からなったが……実は大罪病は遺伝するんだ」

「それじゃあ?」

「そうだよ……俺は世界よりアリスを選んだ。アリスを生かすために世界を敵にまわす魔王の道を選んだ!! アリスも妻もいない世界など存在しない方がマシだ!!」


 その瞬間、私の剣が手から落ちた。

 もしも魔王を殺したらアリスは死ぬ。

 なんの罪もない子供を殺す。

 果たして、それは勇者として正しいのか?


「もしもあんたが勇者だって言うならアリスを助けてくれよ! この命でも財でも世界の半分でもなんでもやるからアリスを助けろよ! アリスは俺の全てなんだよ……」


 私は魔王を殺せば終わりだと思っていた。

 しかし、それで終わらない。

 魔王を殺したら、そこのアリスが死ぬ。


 世界のために一人を犠牲にする?


 それだけは絶対に間違ってる!


「……魔王」


 私は呪った。

 無力である自分をこの上なく呪った。


「ごめんなさい……私、勇者なのにあなたのことを救えなかった……」


 でも魔王を殺さなければ幾万の人が死ぬ。

 それを見逃すのが正義なわけがない。


「……俺はいい。ただアリスに生き場所を与えてくれ」

「でもアリスは大罪病で……」

「昔の話だ。今は完治している」

「…………は?」


 つまり魔王が死んでもアリスは生きられる?

 ちょっとふざけるな。

 ならいくらでもやりようはあるわよ。

 私が勇者として救ってあげる♪


「俺の救いはアリスが幸せに生きること」

「はぁ……あんた馬鹿?」

「なんだ?」

「とりあえず人は二度と殺さないんだよね?」

「当たり前だ。殺す理由がない」


 それなら、回答は一つしかないじゃない。

 私は勇者だ。

 勇者っていうのは全てを救う。

 それは魔王だって例外じゃないのよ。


「なら、逃げて♪ 死んだことにしといてあげるから」

「……は?」

「アリスにとってはあなたが全てなの。あなたはたしかに人をたくさん殺した。でもあなたが死んだらアリスが悲しむでしょ」

「ゆ、勇者……」

「いい? アリスはあなたがいないと幸せになれないの。だからあなたはこれから先は寿命が来るまで死ぬ気で生きろ」


 こいつは魔王。そして大馬鹿者だ。

 お前が生きてなくてアリスが幸せに生きてるわけがねぇだろ。

 アリスのハッピーエンドにはお前が必要なんだよ。


「でも俺は人殺しの魔王で……」

「もう人は殺さないんでしょ? だったら無害じゃん」

「それでお前はいいのか?」


 それでいいのか? ……か。

 そんなの決まってるじゃない。


「いいわけがないじゃない! でもね、そこのアリスが悲しむより何倍もマシなんだよ! 私は魔王を倒すために勇者になったんじゃなくてみんなを救うために勇者になったの。女の子一人救えない勇者なんていない方がマシよ」

「勇者……」

「だから、あんたは生きて彼女に教えなさい。世界は悪いことばっかりじゃなくて楽しいものなんだってね。そしてあなたは一生人殺しの罪に縛られて生きなさない」

「あぁ……」


 そうして魔王は逃げ出した。

 私は国に嘘の報告をして、魔王は死んだ事になった。


 だけど私には分からない。

 本当にこれが正しかったのか。

 魔王は何人も人を殺した。

 もしも、その遺族があの現場を見たらブチ切れるだろう。

 私は遺族達の無念を果たすという役割もあったんだ……


 あなたの大切な人が極悪人に殺された。

 だが、その極悪人はある理由で見逃された。

 あなたはその時どう思うか?

 きっと怒り狂うだろう。

 私はそれと同じ事をしたのだ。


 魔王の被害者からしたら胸糞悪い話だ。


 自分の大切な物を奪った犯人が娘と二人で幸せそうに笑いながら呑気に生きてるなんて本当に胸糞悪くて吐きそうだ。


「ねぇ……私、これで良かったのかな?」


 私は空に問いかける。

 魔王を殺したらアリスが悲しむ。

 しかし魔王を殺さなければ被害者達からしたら心底やり切れないだろう……

 もしもこの正解が分かるなら教えてほしい。


 ただ、少なくとも言えるのは私はもう勇者を名乗れない。


 でも、無理矢理名乗れというなら私はこう名乗るだろう。


 ――悪人勇者と。

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悪人勇者 中本 優花 @Aliceperopero

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