第34話 職務じゃなくても子作りします(完)
その日の夜、二人は一度宮殿に帰った。二人の新居がまだ決まっていないのだ。女王やヒルダがアルヴィンともユディトとも離れたくないと言ってごねたからである。新婚生活は当分の間宮殿での暮らしになりそうだった。
ユディトは、二人のために新しく用意された寝室の天蓋付きのベッドに腰掛け、一人でアルヴィンを待っていた。彼は水晶の間で軍学校の同期たちに絡まれて酒を飲まされている。無事に帰ってくるといいのだが、初夜から失敗しないか不安だ。
ややして、扉がノックされる音がした。
ついにこの時が来た。
緊張で爆発しそうになる心臓を胸の上から手で押さえつつ、ユディトは「はい」と答えた。
「遅くなってすまなかった」
アルヴィンが入ってきた。式の間と変わらぬ軍の礼装のままで、だ。髪は乱れて前髪が顔にかかっていた。酒が回っているのか頬がほんのり赤い。
実はユディトもこの時まだヘリオトロープ騎士団の制服のままだった。アルヴィンが着替えるなと言ったからだ。どういう意図があるのかは知らないが、とりあえず言うことを聞いて、式が終わった後はそのままの姿で水晶の間でのパーティに参加して、着替えることなく現在に至る。
「よそに引っ越したかったな。新居で初夜を迎えたかった。宮殿にいたら邪魔が入るのが目に見えている」
歩み寄りつつ、アルヴィンが険しい顔をして言った。ユディトは「そんなことはあるまい、陛下とヒルダ様が用意した結婚なのだから」と否定したが、彼は「絶対絶対絶対そんな簡単に落ち着くものか」と頑として譲らなかった。
「まあ、いいけどな。どんなことがあったって、もう、お前を譲らないからな」
アルヴィンが近づいてくる。
ベッドの上に、膝をのせた。ぎし、とベッドが鳴った。
距離が近づいた。
ワインの甘い香りが漂ってくる。ユディトまで酔ってしまいそうだ。
「なあ、ユディト」
彼の大きな左手が、ユディトの右頬を包んだ。
「今夜こそ、いいんだよな」
唾を飲んだ。初めてのことでうまく振る舞えるか不安で体は強張っていた。
恐ろしいとまでは思わなかった。ユディト自身も待ち望んでいたことだった。少しくらい失敗してもアルヴィンは笑わないでいてくれるという確信もあった。
ゆっくり、頷いた。
「子を」
頬が、熱い。
「赤ん坊を、授かるように。たくさん、愛していただきたい」
次の時、唇と唇が、触れた。
最初の口づけは、すでに何度も経験した、やわく浅い口づけだった。
しかしその後、初めての深い口づけを与えられた。いつにない角度で唇を重ね合わせた。舌先で歯列をなぞられた。
頭の奥が、じん、と痺れるような、甘い疼きを感じる。
一度、唇を離した。
「愛してる」
彼の紫の瞳が、まっすぐ見つめてくる。
ユディトは、照れて目を逸らしそうになるのをぐっとこらえて、見つめ返した。
「私も。お慕いしている」
アルヴィンの手が、制服のジャケットのボタンに触れた。
「俺、騎士団の制服を脱がすの、夢だったんだよな。すごい、こう、背徳感があって興奮する」
「バカ!! なぜ今のこのいい雰囲気の時にそういう変態めいたことをおっしゃるのか!?」
「汚したり破ったりしないから! 汚したり破ったりしないから脱がせてくれ、頼む!」
「呆れた!!」
だが憎めなくて、ユディトは溜息をついただけでそれ以上何も言わなかった。
彼が天蓋から下がるカーテンを閉めた。これから始まる夜は二人きりの世界だ。
子とは何度睦み合えばできるものなのだろうか。最初の子はいつになるのだろう。最終的に全部で何人産めるだろう。どんな家庭になるのだろう、賑やかで楽しい家庭だったらいい。ピアノを習わせるのもいい。
そしていつかみんなで夏のリヒテンゼーに行こう。二人が愛を育んだ日々の記憶を慈しみながら新しい家族の記憶を塗り足していこう。
未来はこんなにも明るい。
そんなことを考えながら、ユディトは目を閉じた。
~おわり~
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