男装の女騎士は職務を全うしたい! 俺様王子とおてんば令嬢の訳アリ婚【旧題:子作りも職務に含まれますかっ!?〜男装の騎士と訳アリ王子のハッピーな結婚〜】
第6話 そういうのが許されるのは十八歳くらいまでじゃない?
第2章 なんとなく流されてゆく春の終わり
第6話 そういうのが許されるのは十八歳くらいまでじゃない?
春の空気はうららかで、つい最近この宮殿の主の長男が失踪したばかりとは思えないほど穏やかな陽気で、中庭に置かれた白いテーブルと椅子のセットで午後のコーヒーブレイクを味わうのにも適している。
目の前でげらげら笑う男の様子を眺めて、アルヴィンは溜息をついた。
この男はいつもそうだ。アルヴィンがどれだけ真剣に、深刻に、重々しい気持ちで苦悩し葛藤しているか考えずに、何でも笑い飛ばしてしまう。もっと言えば、彼は思い悩むアルヴィンの人生をコメディだと思っている。
「ひー、笑った。ああ笑った。今年最大級の笑いをありがとうございます」
「ふざけるなよ、ロタール」
男――ロタールが笑い過ぎて出てきた目元の涙を拭う。
「俺は真剣に悩んでるんだぞ」
「その真剣なのが笑っちゃうのでもう勘弁してください」
「別に俺はお前を笑わせたいわけではなくてだな――」
「はいはい分かります。分かっていますよ。僕がギャグだと思っているだけでアルヴィン様はシリアスなんですよね。分かってますってば」
思い出し笑いか、テーブルをばんばんと叩きながら「この世の終わりみたいな顔をしてると思ったらこれだからさぁ」とふたたび笑い始める。
アルヴィンはもう一度溜息をついた。
今のこいつに真面目な話をしても無駄だ。
ロタールはアルヴィンの乳兄弟だ。ロタールの方が何ヶ月か先に生まれたがほぼ同い年で、アルヴィンが十歳になるまでロタールの母親である乳母の家でともに育てられたので、感覚としては双子の兄弟である。十五歳から三年間士官幼年学校へ、卒業してから四年間士官学校へ通ったのも一緒であった。今も、ロタールもアルヴィンも、王国軍の軍服である黒い詰襟の服を着て軍刀のサーベルを下げている。
この世で一番近しい存在であり、一番の理解者で、一番の親友である――
と思いたいが彼はいつもこうしてアルヴィンの真面目な話を大笑いする。
アルヴィンもよせばいいのにと思っているが、結局一番構ってくれるのが彼のため、最終的には彼に何もかも打ち明けてしまうのだった。
ロタールが「ああ、おっかしい」と呟きながらテーブルの上のコーヒーカップに手を伸ばした。カップのへりに口を近づけようとする。
「飲み物を飲んでいる時は笑わせないでくださいね!?」
「笑いを取ろうと思って喋ってるわけじゃない」
ロタールの手が笑いで小刻みに震えている。よほど面白いらしい。
彼の姿を眺める。
アルヴィンほどではないが背が高く、すらりと手足が長い。長く艶やかで柔らかい栗色の髪は緩くひとつに束ねられていて、同じく栗色の瞳を守る睫毛は濃かった。ともすればやや女性的と言えなくもないが、女性好みの優男だろう。中身は、アルヴィンとは正反対で、物腰穏やかで口がうまい。昔から女性にはよくもてた。
いつも、それに比べて自分は、と思ってしまう。
背は高ければいいというわけでもないだろうというほど高く、雑念を振り切るために鍛え続けた肩や背中は筋骨隆々としている。黒い髪は硬くまっすぐで、ヘルミーネや義妹たちに「どうしていつも怖い顔をしているのですか」と言われるくらい笑顔が苦手でうまく愛想を振りまけない。
挙句の果てには――この紫の瞳は呪いの証だ。
アルヴィンも、コーヒーを一口含んだ。
幼年学校に入ったばかりの頃には先輩の真似をして苦さを我慢しながら飲んでいたコーヒーも、今は飲むと心が落ち着くのを感じるから、一応、成長はしているのだろう。
だが、時々、自分が本当に大人になれているのか考えてしまう。
体格が良くなっても、コーヒーが飲めるようになっても、自分には何か欠落している気がしてならない。
「――この俺が結婚など」
カップをソーサーに下ろして、何度目かも分からない息を吐いた。
「俺は家庭を持つべきじゃないと思う。彼女を不幸にしてしまう。俺は、呪われている」
「それ。そういうの、どうして幼年学校を卒業する時に一緒に卒業しなかったんです? そういうのが許されるのは十八歳くらいまででしょう」
「そういうのって何だ」
「世界で一番不幸そうとでも言いますか――一周回って不幸な自分がお好きなんですよね?」
遠回しにひどい自己陶酔に陥っていると言われている気がした。アルヴィンはほのかに怒りを感じてテーブルの上で拳を握り締めた。
だがロタールの言うこともあながち間違っていない。
アルヴィンは世界で一番自分自身が嫌いだが、裏返せば、自分のことが一番気になるということでもある。
「いいんじゃないですか、軽い気持ちで結婚すれば」
ロタールがまた、先ほど一度ソーサーに置いたコーヒーカップを手に取る。
「それこそ、まあこんなこと女性に対して失礼なのでここだけの話にしてほしいんですけど、産むのは彼女であってアルヴィン様じゃないですからね?」
次の時、彼はこんなことを口にした。
「種付けだけして逃げることも不可能ではないんですよ」
一瞬脳味噌が沸騰するかのような怒りを覚えた。
思わず本気でテーブルを殴った。
「俺がそんなことをすると思っているのか」
想像以上に低く鋭い声が出た。
許せなかった。
それは、あってはならない、最大の禁忌だ。
アルヴィンの父親がアルヴィンの母親とアルヴィンに対して取った、最悪の行為なのだ。
ロタールはふわりと笑った。
「いいえ、まったく」
その声も、細める目も、優しい。
「そういうアルヴィン様だから、結婚させたいんじゃないですかねえ。アルヴィン様は、根は優しくて、責任感が強くて、何より、家族というものは何か、深く考えておいでです。だから、王家のためにと言って作った子供でも、なんとか愛そうとするのではないか、とお思いになられたのではないでしょうか」
ロタールは、誰よりも自分を理解してくれているのだ。
「アルヴィン様は何でもぐるぐるお考えになってしまうから」
今度こそ、ロタールの手元のコーヒーカップは空になった。彼はそっとソーサーにカップを戻し、肩をすくめた。
「僕はそのユディト嬢と直接の面識がないので憶測で申しますが、彼女はそういうアルヴィン様の思考回路をずばーっと一刀両断にしてくれるタイプの女性なんじゃありませんか?」
問い掛けられて、彼女のことを思い出す。
確かに、良く言えば明快でシンプルな、物事を深く考えるのが苦手そうな女性だった。
アルヴィンはそういうタイプが嫌いではなかった。
代わる代わる挨拶に訪れる令嬢たちはいつも柔らかな笑顔に婉曲的な物言いを好む。顔色を窺うのが苦手なアルヴィンは相手をするのにてこずっていた。ロタールに託して逃げたこともあるくらいだ。
相手がユディトならああいう苦労はないだろう。
「図星だ。あー僕は本当にアルヴィン様のことは何でも分かっちゃうんだなあ」
「お前少し黙れ」
「しかもヘリオトロープ騎士団の第三王女護衛官筆頭。飽きませんねこりゃ」
予想外の単語が出てきたので、アルヴィンは眉間にしわを寄せた。
「護衛官、筆頭?」
ロタールが「あれ、ご存知ないんです?」と小首を傾げる。
「ユディト・マリオン・フォン・シュテルンバッハでしょう? ヘリオトロープ騎士団の中でも最強と謳われる女騎士ですよ。次期女王と目されるヒルデガルト王女の鉄壁。斬り捨てた賊は数知れず、男性騎士でもまったく歯が立たない。恐れをなさぬ様からついたあだ名は猛将」
「猛将って女につくあだ名かよ……」
「ヒルダ姫の周囲を固めるヘリオトロープの騎士はみんな騎士団の中でも優秀な人材を揃えていると聞きますけどね」
親指を立てる。
「たとえばエルメントラウト・アドラー。平民の出でありながら入団試験では優秀な成績を収める。ユディト・マリオン・フォン・シュテルンバッハに次ぐ剣の腕を見せ、一説によれば体術では彼女以上の力を発揮するとの噂。諜報任務を得意とする情報屋でもある。ヒルダ姫の行く先々を『掃除』するのはもっぱら彼女」
ユディトの隣にいた、へらへらとした笑みを浮かべた赤毛の女を思い出した。あのひょうきんそうな様子からは考えられない。
人差し指を立てる。
「それからクリスティーネ・フォン・ローテンフェルト。大貴族ローテンフェルト家のご令嬢。幼少の頃から三ヵ国語を話し士官学校レベルの学問を修めて神童と謳われ、ヘリオトロープ騎士団の頭脳として扱われる。剣の腕もさることながら弓矢も並ぶ者のない技量。ヒルダ姫のご公務で一番近くに控えてともに貴人に挨拶をするのは彼女だ」
同じく、ユディトの隣にいた、銀髪の美しい女を思い出した。人の心がなさそうな冷たく鋭い物言いだった。自分たちが決闘している間に黙ってヒルダを連れてきたのも彼女である。頭の回転は速そうだ。
「敵に回しちゃいけないヒルダ姫三人衆」
「もっと早く言ってくれ」
「興味がなさそうだったので言いませんでしたすみません。僕もまさかこんなところで絡みが出てくるとは思っていませんでしたし……しかもよりによって猛将ユディトかぁ」
手を叩いて「盛り上がってきました!」などと言う。何が盛り上がってきたのかさっぱり分からない。
「まあ、でも、可愛らしい女性なんじゃないですか? 好きな食べ物はいちごタルト、ミルクたっぷりの紅茶をよく飲む。実家のご両親との関係は良好」
アルヴィンは目をしばたたかせた。
「胸の大きさは可もなく不可もなし。アルヴィン様は控えめな方がお好きですもんね、よかったですね。年齢は三つ下、身長差は十センチと少し。ぴったりだ」
「ちょっと待て、お前、直接の面識はなかったんじゃないのか?」
ロタールが軍服の胸ポケットから一通の封筒を取り出した。
「なんと、さっそくのタレコミが」
「誰からの!?」
「エルメントラウト・アドラー嬢です」
アルヴィンは頭を抱えた。自分の知らないところでいつの間にかアルヴィンの周りで一番情報通のロタールとユディトの周りで一番情報通のエルマが手を組んでいたのだ。
「これからは情報戦の時代ですよ」
「何の戦いだ!?」
「僕もアルヴィン様の情報をしたためてエルマに渡しました」
「何を告げ口した!? あといつからエルマなどと馴れ馴れしく愛称で呼ぶ関係になったんだ!」
コーヒーカップののったソーサーを持ち上げて、ロタールが立ち上がった。「面白くなってきたなー」と言いながら建物の中に入っていくその足取りは確かに楽しそうに弾んでいて、アルヴィンはそれ以上何も言えなかった。
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