第4話 決闘だ~~~~!!!

 宮殿には庭が大小合わせて三つある。正門から正面玄関へ続く広大な前庭、壁に囲まれて四角形になっている中央の吹き抜けの中庭、そして宮殿の裏にある広いが薄暗い裏庭だ。


 さすがのユディトにも目立つ前庭や王族の目に触れやすい中庭で事を荒立てるのはまずいと思う理性はあったので、アルヴィンを裏庭に誘導した。


 裏庭は宮殿の北の棟の北側から敷地の北の縁を示す壁までの間すべてを使っているため広い。けれど二階建て――一般住宅と比較すると四階建てに相当する高さ――の宮殿の北側で日当たりは悪い。しかも今は春になったばかりで寒い。行事にはめったに使われない。

 好都合だ。王族の皆に迷惑をかけるわけにはいかない。できるだけ目立たないように始末したい。相手のアルヴィンも一応王族だが、こんなクソ野郎はヘルミーネの子ではないのでカウントするのはやめた。


 そう思っていたのに、いつの間にか野次馬が現れて辺りを取り囲んでいる。


「いいぞユディト! やっちまいな!」

「ヘリオトロープ騎士団の何たるかを見せつけろ!」

「男なんかに負けてなるものか!」


 威勢のいい、若干暴力的な野次を飛ばしているのは、ヘリオトロープ騎士団の紫の制服を着た女たちだ。半分はユディト同様髪を短くした背の高い女で、ともすれば少年の集団のように見えるが、ヘリオトロープ騎士団の制服を着ている以上は全員女性のはずだ。しかしそれがなかなかどうしてか好戦的で、ユディトは声援を受けて気持ちがさらに高まっていくのを感じた。


「まずいですよアルヴィン様! 万が一殺しちゃったらどうするんですか!」

「いくらなんでも相手は一応女なんですから! こんなこと女王陛下に知られたら!」

「あくまで黙らせる程度ですよ! 絶対本気になっちゃだめです!」


 対して、王国正規軍の黒い制服を着た男たちの方が少々弱腰だ。彼らはできれば決闘を回避したいようだ。

 しかしそれが余計にユディトの怒りに火をつけた。


「つまり、貴様らは私が女でアルヴィン様より弱くて下手をしたら殺されてしまうくらい力がないと言いたいわけだな」


 ユディトが唸るようにそう言うと、男たちは一瞬黙った。


「そりゃな。女の子だし」


 誰かがぽつりと言う。

 それに対して誰かが続ける。


「いや、本当に女なの? 俺には男に見えるけど」

「おい、バカ! 言うなよ! みんな言いたかったけど我慢してたことなんだぞ!」


「皆殺しにしてやる」


 ユディトの言葉に、ヘリオトロープの騎士たちが「やっちまえー!」と叫んだ。


「女だからとて甘く見ていると――死ぬのは貴様の方だ」


 腰に携えていた剣の柄を握る。ゆっくり引き抜く。

 自慢の得物はレイピアだ。騎士の伝統の剣であり、刺突に長けた形状をしている。刃の部分が長く柄の部分が短い槍のようなもので、長さはユディトの腕ほどあり、重さは一キロを超える。だが鍛え上げられたユディトの腕では大した負担ではない。これでヒルダを狙う悪党を一突きにして倒したことも一度や二度ではなかった。人間の分厚い胸を突き抜ける瞬間、ユディトはいつも爽快を感じていた。


「やめるなら今のうちだぞ」


 アルヴィンも腰に携えていた剣の柄を握った。ゆっくり引き抜いた。

 彼の剣は軍用のサーベルだった。歩兵同士の白兵戦になった時に斬り合うための剣で、レイピアより若干短く、重量も少し軽いはずだ。刃は大きく磨かれていて斬った時の殺傷能力は高い。だが王族として名誉将校をしているアルヴィンの腕など大したものではないだろう。将校の軍刀は見せびらかすための装飾品だとユディトは認識している。


「何度でも言うが、俺はお前のために言ってやっているんだからな。俺はお前を傷つけたくてやっているんじゃない」

「私の名誉は傷ついた。忠誠心やプライドが貴様に傷つけられたのだ。これは命をもって贖っていただきたい」

「お前いつの時代の騎士だ!?」


 右手で持ち、軽く肘を曲げて構え、腰を落とした。


「……本気でやるんだな」

「当たり前だろう。貴様も本気でかかってこい」


 アルヴィンも、溜息をつきながらではあったが、サーベルを構えた。柄を両手で握り締めている。サーベルを使う、というより、ロングソードを使う時の構えだった。それこそ、古き良き時代の騎士を思わせる姿勢だ。

 背が高く筋骨隆々とした男性であるアルヴィンなら、両手でロングソードを握るだけで古い悪しきドラゴンを倒した英雄のように格好がつく。

 腹が立つ。


「行くぞ」


 一言言い放ってすぐ、突進した。

 風よりも速く跳び込む。


 左胸を狙って繰り出した。

 アルヴィンはサーベルを横に薙ぎつつ一歩右に逃れた。

 サーベルとレイピアの刃がかち合う。

 金属音が鳴り響く。

 重い。


 ユディトは思った。

 こいつは強い。


 だが負ける気もしない。腕力ならユディトも自信があった。


 互いに剣を弾き合いながら足に力を込めて留まった。


 すぐに第二撃に移る。


 アルヴィンのサーベルの切っ先とユディトのレイピアの切っ先が重なる。かちかちとぶつかる音がする。


 一歩踏み込む。

 アルヴィンもまた踏み込む。

 すれ違うように立ち位置が入れ替わる。


 振り向いてまた一歩踏み込む。

 レイピアの方が長い。間合いは有利――のはずだったが、アルヴィンも一歩踏み込むとアルヴィンの剣の切っ先がユディトの頬をかすめた。レイピアの方が少し長いと思っていたのに、腕が、男性のアルヴィンの方が長いのだ。相殺されてしまう。


 心の中で舌打ちをした。


 刃元まで滑り込んでくる。

 アルヴィンのサーベルの鍔とユディトのレイピアの鍔がぶつかる。

 すさまじい腕力だ。このままだと押し切られる。


 力を逃がすために横に振った。


 アルヴィンは左手を柄から離した。

 そして、その左腕で、ユディトの胴を抱え込んだ。


「なん――」


 力任せに地面へ叩きつけられた。

 あまりの衝撃に一瞬何が起こっているのか分からなかった。


 アルヴィンが剣を捨てた。

 地面から今まさに体を起こそうとしているユディトにのしかかってきた。

 重い。体重が違い過ぎる。


 右の手首をつかまれた。

 一度上に引っ張り上げ、地面に叩きつけた。

 手首に強烈な痛みが走った。

 けれどユディトはまだ剣を手放さなかった。


 それならそれでこちらも対処のしようがある。


 ユディトも左手を伸ばした。

 アルヴィンの詰襟をつかんだ。

 肘を内側に曲げ、思い切り引く。

 アルヴィンの表情が一瞬苦痛で歪む。


 アルヴィンの額を地面に叩きつける。


 同時に、足を彼の腰に絡めて、力任せに横へ倒した。


 押し退けることに成功した。


 二人の間に少し距離ができた。


 なんとか体勢を立て直そうと、レイピアの先を地面に突き立て、杖として使って立ち上がった。


 アルヴィンは完全に素手だ。だが体術の心得もあるに違いない、軽く拳を握って顎の下辺りで構えた。


「お前、なかなかやるな」

「貴様の方こそ」

「女だからって手加減するんじゃなかった」

「最初から本気で来いと言っただろう」


 次で決める。

 ユディトのレイピアがアルヴィンの体を貫けばユディトの勝ち、ユディトのレイピアが外れてアルヴィンがユディトのふところに跳び込めたらアルヴィンの勝ちだ。


 二人とも、気合を入れるために声を上げた。


 一歩を踏み出そうとした。


「おやめなさい!」


 甲高い声が聞こえてきた。


 はっと我に返って、声のする方を向いた。


「何をしているのですか! おやめなさい、このお馬鹿さんたち!」


 宮殿の方から二人の人物が走ってきていた。


 ドレスを両手でつまんで、らしくもなく足首を見せてこちらに走ってきているのは、妖精のような少女だった。髪は緩く波打つ長く美しいバターブロンドで、碧の瞳には焦燥感が滲んでいる。白い肌は走ってきたためか紅潮していた。


「ユディトも、アルヴィン兄様も! なんてこと!」


 ヒルダ姫――第三王女ヒルデガルトだ。


 ユディトはすぐさまレイピアを鞘に戻してひざまずいた。

 アルヴィンも構えを解いてヒルダの方を向いた。


「信じられませんわ! どういうことですの!?」


 ヒルダの後ろをついてくる者がある。

 クリスだ。

 彼女は相変わらずの涼しい顔でこちらを眺めていた。

 いつの間にか消えたと思っていたが――決闘騒ぎが馬鹿馬鹿しくて離脱しただけだと思っていたが、どうやらヒルダを呼びに行っていたらしい。彼女は何がユディトに一番効くのか理解しているのだ。


 ヒルダがユディトの前で立ち止まった。


「どういうことですか! 説明なさい!」


 今にも泣き出しそうな声で怒鳴る。よほど怒らせてしまったのだろう。ユディトは申し訳なくなって深く首を垂れた。


「こんな騒ぎを起こして! 皆も止めなかったのですか!?」


 誰も何も言えなかった。


「あのな、ヒルダ、俺は自分からは何も――」


 アルヴィンが弁明しようとしたが、ヒルダが「言い逃れをするのですか!」と突っぱねる。


「お兄様も、二十五にもなってこのようなことをしでかして! 恥ずかしいとは思わないのですか!?」

「突っかかってきたのはこいつだ」

「少年のような言い訳はおやめなさい! どのような事情があろうとも年下の女性を地面に組み敷いていたことに変わりはありません!」


 十四歳の義妹に叱られ、アルヴィンもうなだれた。


「ユディトも! 場合によっては謀反です! アルヴィン兄様も一応わたくしの兄ですよ!?」

「まことに申し訳ございません」


 ちらりとヒルダの顔を盗み見ると、ちょうど彼女の頬にひとしずくの涙がこぼれたところだった。よほどショックだったようだ。あまりのことにユディトは消えてしまいたくなった。彼女のために生きてきた自分が彼女を傷つけてしまったのだと思うとつらくてつらくてたまらない。


「どうしてこのようなことになったのか、説明なさい」


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