歳の差ハッピークリスマス!(前編)
芦ヶ波 風瀬分
第1話
俺はなぜ駅前に向かっているのかって?
それは現役女子高校生に呼び出されたから。
文言としては間違いない理由だが、ここに感情的表現が入るならば否定しなくてはならない。
というか、意味もなく「現役JK」と呼ぶ時点でだいぶおっさんだろう。もちろん自覚ありだ。
それなのになぜ、12月24日の夜なんかに俺を呼び出すのか…。
「雄勝さぁーん!ここだよぉ〜!!」
小さくぴょんぴょんと跳び跳ねながらこちらに手を振っているのが、待ち合わせ相手の
講習があったのか彼女は制服姿だった。首元をマフラーでぐるぐるに巻き、ブレザーの中にパーカーを着込んで、パーカーの袖がブレザーの袖から少しはみ出ている。スカートはこの冬の寒さに似合わず、膝上15cmぐらいまで上げている。程よい肉つきの生足が目に悪いこと悪いこと……。
彼女との出会いはバイトだった。そこで知り合い、シフトの相談などの連絡の為、連絡先を交換した。
俺のスマホが業務連絡以外での通知は久々すぎて目を疑った。だって、クリスマスの夜にJKがこんなおっさんを呼び出すんだぞ? ありえないだろ。
当然、眼科にも行ったし、脳の検査にも行った。スマホの不具合の点検にも行ったし、アプリの不具合も問い合わせた。結果は全て”問題なし”だった。
「もぉ〜!遅いですよぉ〜!!」
「ごめんごめん!10分前に着く予定だったのに……」
時計を見ると、言った通り集合時間の10分前に到着していた。
「まぁ、良いです!許しますっ!」
ニィ〜と笑う。正直言うと、可愛い。だって現役JKだぞ? 可愛いに決まってる。
「それじゃあ、行きましょうか!」
フフ〜ンと鼻歌を歌いながら楽しそうに歩き始める。
着いた先は、駅前のデパートだった。
連絡内容が「クリスマスの夜、買い物に付き合ってくださいませんか?」という内容だったので、一通り買い物が終わったら解散だろうと踏んでいる。
もしかしたら、誰かの為のプレゼントを選ぶのかもしれない。でも俺が相手ってどうなの? おかしいよね?
「クリスマスセール! 見逃せませんよねっ!?」
「あ、あぁ、いや、クリスマス終わっても初売りとかあるし……」
「なぁ〜に言ってるんですか、クリスマスですよ! く・り・す・ま・す!」
いや、知ってるし……。なんなら、さっきから散々意識しちゃってるし……。
「クリスマスって、何だか魔法がかかっている日だと思うんです!こう、宗教的な影響もあるかもですが、何だか、キラキラしてて綺麗じゃないですか? でも、お正月って、なんていうか……ちょっと、お年寄りっぽい……」
「なるほど、俺はもう年寄りって言いたいのね」
「そんなこと言ってないじゃないですかぁ!」
今時の若者の考え方なんだろうなと思う。クリスマスは家族以外の大切な人と、お正月は家族と、そんな感覚だからこそ、クリスマスを輝かせて見えるのかもしれない。
そう考えると、俺も相当ラッキーなんだろうな、まさかJKといるなんて。
「あ!これ可愛くないですか!?」
「んー、どれどれ」
彼女が手にとって指をさしたのは、三日月のイヤリングだった。
「ほぉー、これはすごいなぁ」
「え、半額!? 買おうかなぁ……」
そう言うと、虹里さんは俺の顔を覗き込んできた。
「虹里さんが決めたらいいんじゃないかなぁ?」
「いや、あの……雄勝さんは、似合うと思います、か?」
「え! 俺!?」
こういうの困るんだよなぁ。こういう時ってなんて言うのが正解なんだろう……。
って! 何彼氏面してんだ、俺!!正直に言えば良いじゃないか!!
「ごめん! 俺はイヤリングとかピアスとか、穴あけてる人ちょっと苦手で……わかんないや!」
「そっか……なら買うのやめます」
え? あ、そう……。
買わないにしても、やけに盛り下がったような……。
「それじゃあ、次行きましょー!!」
少し切なそうな表情になったように見えたが、気のせいらしい。
また明るい声になって、俺をリードする。
結局ショッピングは、商品を眺めるだけで終わってしまった。
しかし、彼女は満足げに微笑む。「クリスマスセールだー!」なんて言ってのに、今時の子は本当にわからない。
そして、次はお腹が空いたと言うので同じデパートに入っているファミレスに立ち寄った。
うーん……親子とか兄妹って思われてるんだろうなぁ、これ。
入店後、二人用の席に向かい合って座る。
俺はハンバーグセット、虹里さんはミートソースドリアを注文した。
「やっぱり、女子高校生っぽいもの頼むんだねぇ」
「私、女子高校生ですけど?」
「あぁ、いや、そういう事じゃなくて……」
んー?と首を傾げてはてなマークを頭に乗せる。うん、可愛い。
頼んだものが運ばれてくると、彼女は早速スプーンで一口。
「あっ、あふっ! あふっ!」
「あははは、少しふーふーしてから食べないと」
彼女は水で口内消火を終えて、プゥーと頰を膨らませる。
その様子を微笑ましく見ていた俺がお気に召さなかったらしい。
「ごめんごめん!」
「じゃあ、これ、お詫びにもらってあげま……すっ!」
そう言うと、テーブルに乗り出して、俺が一口サイズに切ったハンバーグの一切れをスプーンで器用にかっさらった。
「あ! それ!」
「うぅ〜ん! おいすぃ〜!!」
彼女のとびっきりの笑顔、もうこれだけでお腹一杯です。
「まぁ、いっか……」
「じゃあ、もう一切れもらいますねっ!」
「いやいや! どうしてそうなる!」
流石に二切れ目はしっかり両腕でガードした。
「あ、私のも食べてみます?」
「え? 良いの?」
「ふーふー、はい、あーん……」
へ?まじで?俺おっさんだよ?それなのに、JKにあーんしてもらってるって、どういう状況!?
いや、そういう状況だけど……これ、素直に頂いちゃって良いのっ!?!?
ゆっくりと口を開けて、彼女が持つスプーンを受け入れ態勢をとる。
「はぐっ!」
すんでのところで手を引っ込められ、顎が空振りをする。
当然、彼女は吹き出している。
「ぷっ、ぁあはははっ!超面白ぉ〜い!」
何もお腹まで抱えて笑うことないだろう……。
「ごめっ、ごめん、なさっ、あははは……」
完全にツボに入ったな、こりゃ。
まぁ、俺も俺だよ。全く。そもそも話が上手すぎだろ。JKにあーんしてもらえるとか。もっと自分の立場をわきまえろ。よくよく考えたら間接キスにもなるじゃないか。元々あーんして食べさせてくれるはずなんてないのに、何やってんだよ、俺は……。はぁ……。
「はぶっ!」
ため息をついたタイミングで、そのわずかに開いた口に何かが差し込まれる。
見ると、彼女が身を乗り出して、腕を伸ばしている。
そして、ゆっくりと上目にスプーンが抜けていく。
「どう?おいしいですか?」
「お、おいしい……です」
正直、味なんてわからなかった。目の前で起きていることが衝撃すぎたのだ。
ついでに、敬語まで出てしまう始末だ。
「あ、の、虹里、さん……?」
「あーんってするの、結構緊張しますね! 」
上手くできて良かったです! と嬉しそうに微笑む。
いやいや! 俺が気にしてるのは、そこじゃなくて!!
「あの、間接……」
「へ?あぁ、私、そういうの気にしないタチなんですけど、雄勝さんは気にします?」
「あぁ、いや、そうじゃなくて……」
えぇ〜、おっさんと間接キスだよ!?普通、嫌なもんじゃないの!?!?
「あ、デザート食べなきゃ」
ぐるぐる考えている俺をよそ目に、彼女はイチゴパフェを頼んだ。
パフェが運ばれてくると、こちらが本命ではないかという程のボリュームだが「デザートは女子の特権」だとか「甘いものは別腹」とか色々あることないことを言って食べ進めた。
「ん〜!甘くって、おいしぃい〜!」
女の子って、甘くて美味しいものを食べると本当に頰に手を添えるんだなぁ。
それにしても、よくそんなにおいしそうに食べられるよなぁ。
まぁ、本当に美味しいんだろうけど。
「ほっぺにクリームついてるよ」
「え、どこですか?」
「ここんとこ」
自分の顔を見本にして教えてやる。
しかし、クリームの的を射ることがなかなか出来ない。
「え〜、ちょっとふいてくれませんか?」
「しょうがないなぁ」
そう言って、備え付けのナプキンを一枚取り、虹里さんの頰についたクリームを拭き取ってやる。
なぜだか、拭き取ってもらっている時の表情がとても嬉しそうだった。
店を出ると、虹里さんはゲームセンターへ行きたいと言い出した。
正直、ゲームセンターというのは苦手だ。ただ単にアーケードゲームが苦手というわけではなく、騒がしい場所が苦手なのだ。
それでも勇敢にゲーセンの中に入っていく彼女を頼もしいと思ってしまう。
「雄勝さん、何かやりたいものありませんか?」
「うーん、俺、あんまりゲーセンとか来なくて……」
「そうなんですね〜」
虹里さんは、ゲーセンをぐるっと一周眺めると、あるものに指をさして言った。
「これこれ! この台のクレーンゲームしましょ!」
「あぁ、うん」
クレーンゲームはゲーセンの定番中の定番中だろう。
しかし、特に欲しいものなどない。
虹里さんが欲しいもののある台で遊ぶのは必然と言える。
「あぁ! これ! これいいなぁ〜!」
彼女は、熊や猫などの着ぐるみを着たキャラを眺めて目を輝かせる。
俺は、このキャラの名前も知らなければ、こういうのが流行っている事さえ知らなかった。
「うーん、じゃあ、一回ずつにします?」
「オッケー、いいよ!」
自然と再び、勝負形式のようになった。
初めに挑戦するのは虹里さんだ。
俺は横から透明なプラスチックを睨む。
虹里さんが操るクレーンはフクロウの着ぐるみを着たものを吊り上げた。
「げぇー、なんか地味なの引いちゃたなぁ……」
どうやら、狙いがずれてしまったようだった。
「何が狙いなの?」
「うーん、あの、兎とか良さそうです……」
なんとなく狙ってみることにした。
これは別に彼氏面したい訳ではなくて、欲しいものがないのだから、別に取れなくても構わない。もし景品が取れても、彼女にあげる予定だ。
そして、俺の操るクレーンは何も持ち上げることなく、定位置に戻っていった。
「やっぱり難しいね……」
「ですね!」
虹里さんの表情が明るいように見えたのは、自分だけが景品を取れて嬉しかったからかな。
「少し歩きませんか?」
ゲーセンを出ると、俺たちは駅前のアーケードを歩き始めた。
建物の中にいた時間が長かったからか、少し火照った体を、容赦なく冬の寒さが切り裂いていく。
クリスマスという事もあって、街のイルミネーションが夜を鮮やかに彩る。どこかで聞いた事のあるようなメロディーが絶えず鳴り響いている。ショッピングの時に虹里さんが言っていた「キラキラして綺麗」というのはこういう意味もあるのかもしれない。お正月は、鏡餅に門松、
そこに気付き、自分で笑けてくる。
「どうしたんですか?」
俺が一人でニヤついている所を、彼女が覗き込む。
「あぁ、いや、確かにクリスマスってキラキラしてるなぁ、と思って」
「でしょー!」
イヒヒィ、とニッコリ笑う。
「あっ! 見てください! あれ!」
「おぉ、すげぇ〜……」
アーケードを抜けると、ちょっとした広場に出る。
そこにはクリスマス期間だけの大きなクリスマスツリーが鎮座していた。
赤、青、黄、様々な電飾が点滅を繰り返し、見る者を飽きさせない光の動きを繰り返す。
「綺麗……」
隣にいる虹里さんの表情を窺う。
彼女は目も口も大きく開いて、ツリーをまっすぐ見ている。
タイミング的には今かな?
「虹里さん」
「はい?」
恐らく緊張で仏頂面であろう俺にも、彼女は何気ない素の表情だった。
「メリー、クリスマス……」
ラッピングされた小さな小包を差し出す。
虹里さんは、驚いた表情を見せながらも、ゆっくりと手を伸ばし、受け取った。
「開けて、良い?」
無言で頷く。
正直、今時の女子高校生の好みなんて、わからない。
だが、俺はおっさんというステータスがあるから、逆に気を使う必要なんかないことに気付いた。
ただ、なんとなく。なんとなくで選んだ。
「これ……」
綺麗にラッピングを剥がし、箱を開けた彼女は、目を丸くしてこちらを見ていた。
そのクリクリした表情に吸い込まれそうだった。
俺は、吸い込まれないように、そっと目をそらした。
プレゼントしたのは、何気ないト音記号のネックレスだった。
「虹里さんの下の名前、琴音って、音楽に関係する名前だったから、なんとなくで選んでみた。いらなかったら、好きにしていい」
「ううん、嬉しいです!……大切に、します……」
彼女は箱ごと、胸元でギュッと握りしめる。
そして、またこちらに向かって、微笑みかける。
その笑顔が現実の俺と、何か別の俺が混同して、渦を巻く。
彼女は特に明るい表情になった時が可愛い。ずっとその表情を守ってあげたいと思う。曇ることがあれば、率先して涙をふいて笑顔にしてあげたい。そんなできもしないことを考えてしまうほどに、今日という日は特別だった。そう、特別おかしな日が、今ここにある。
でも、今日という日も、いずれは消えて、忘れられていくのだろう。
夢の時間は終わりにしよう。もう、充分だ。
「そろそろ帰ろうか、途中まで送るよ」
「あの!」
一際大きく聞こえた彼女の声に、少しビクッとする。
「私、今日、雄勝さんに言いたいことがあって……」
「……言いたい、こと?」
コクコクと頷く。その様子が何だか不思議に思えた。
「私、県外の大学を受験しようと思うんです」
「そっか、それじゃあ、来年の四月には会えなくなるんだ」
寂しいね。なんて、普通を装うが、それが言いたかった事ではないだろうと腹をくくっている。
それでも、その先の言葉に期待を背負ってしまう馬鹿な俺が言う事を聞かない。
ありえない。わかってる。期待するだけ無駄なのに。
矛盾の気持ちというのは、こういう事を言うのだろうか。
何だか、苦しい。いや、苦しくなっている事自体、情けない。この自惚れが。
「私、雄勝さんのこと……」
やめろ、やめてくれ。
「……好きです……」
その瞬間、全ての物が止まった。
今まで聞こえていた喧騒もクリスマスのメロディーも、何もかも音を無くして消えている。
イルミネーションも色を失って、電飾も点滅しているのかどうかさえもわからない。
この世界でただ、彼女が姿と形、そして、色を持っていた。
そして、止まった世界は突然動き出す。喧騒やメロディーがやたらとうるさく聞こえる。
夢なのではないかと目を擦るが、彼女の明るく照らされた赤い頬が、現実であることを呼び覚まさせた。
「え、あの……好きって、人として、だよね……?」
「うっ……」
彼女は悔しそうな顔をする。どこか痛い所を突かれたかのような、そんな表情。
「私は、雄勝さんの彼女になりたい!」
押し返すように力強く言い返す。
だが、俺にとってはそれが逆効果で、こちらにとっては冷静さを取り戻すには十分な熱量だった。
「俺、おっさんだよ? こんなおっさんのどこが良いの?」
「好きになるのに、理由なんて要りますか?」
「要らないかもしれない。でも、俺と虹里さんは違うんだよ。虹里さんは、これから色んな人と出会って、色んな経験をする。それは俺が一緒にできないことだよ。それなのに、こんなダメなおっさんのこと気にしてたらもったいないよ。俺は、君の近くにいて守ることなんてできないんだから」
そう。俺では守れない。俺が守るには、彼女との間に決定的な溝がある。時間と言う溝が。
彼女と俺は、決して重なることの無い時間を歩んで行く。
同じものを見て泣いたり笑ったり、同じような経験をして泣いたり笑ったり、そんな風に共感し合うには、俺はあまりにも歳をとりすぎた。
だから歳の差カップルというのは少ないんだろうな。なんて考える。
彼女は先ほどまで大きかった瞳を細め、唇を噛み締めている。
ごめんな、俺はそんな表情をして欲しく無いのに。
「私のこと、どうしても恋人として見れませんか……?」
その言葉で、死んだと思っていた現実的じゃない俺が目を覚ます。
あぁ、もう、ずるいじゃないか。その言葉。それになんだよ、その表情は。必死に追いすがるような、慈悲を求めて泣きすがるような、その表情は。
恋人として見られない。その言葉を言えば終わるのに、口が動かない。喉から音が出ない。まるで何かが詰まって押さえつけられているかのようだ。
開いた口からは、只々白い息だけが漏れ、空気に溶けていく。
そんな俺を察してか知らずしてか、虹里さんが口を開く。
「私、今日、すごく嬉しくて、楽しくて、こんな日が続けば良いのに、って思ったんです。待ち合わせに来てくれて嬉しかったです。服装は毎日のように着ている制服ですけど、可愛く切れてるかな? とかめっちゃ気にしてたんですよー! ショッピングの時も、ピアスが苦手だって知れたから、ピアスはやめようと思いました。二人で夕食を食べるのも嬉しかったです! あーんって、初めてだったので、すごくドキドキしました。間接キスも、本当は恥ずかしかったんですからね!ほっぺについたクリームを拭き取って貰うのも、心臓が飛び出しそうだったんですよ? 気づきましたか? ゲーセンのクレーンゲームで私の欲しいものを取ってくれようとした事が、たまらなく嬉しくて。そして、これ。素敵なプレゼントまでもらえました」
今日の出来事を語る彼女は、やはり恋する乙女だった。
その笑顔に、俺の強固に築いたはずの壁は、脆くも溶け出す。
一体何の為に、ここまで苦しい思いをしているのか。何に維持を張っているのか……。
それでも、ダメなものはダメなのだ。何より、俺自身が……。
「いくら一緒にいた事を語っても、違うんだよ。俺と虹里さんは違う」
「どうして、そんなに違うんですか? 」
「違うだろう」
「違いません!」
彼女の目はいつも表情の中核を成して、俺に訴えかける。まっすぐな瞳が、更に俺という存在を削り落としていく。
「私、同じ事、いっぱい知ってます! 最初に見つけたのは干支です。私達、同じ干支なんですよ? 気づいてましたか? 他にも、同じバイト先で、同じ仕事をして、同じものを自販機で買って、同じ時間帯で働いて。いっぱい同じものはあります!」
「もうやめてくれっ!」
彼女を突き放すように叫ぶ。
俺は膝から崩れ落ち、両肩を抱いて下を向く。
あぁ、もう、ボロボロだ。これが、恋をしている、って事なんだ。
彼女は可愛い。
それでも、手に入らない、触れられない。それが、手繰り寄せる事が出来るかもしれない距離にいる。
ずっとずっと、欲しかった言葉。何年も前から、言われた事のなかった言葉。
嬉しくて、苦しい。
どこか温かくて、満たされるような。それでいて、渇望するような気持ちも。
だが、それを経験するには、あまりにも歳をとりすぎた。
ひたすらに溢れ出る滴が、膝の上にポツリポツリと落ちていく。
否定する理由は、彼女の将来を案じているんじゃない。いつか来るかもしれない別れの日を怖がっているんじゃない。
俺は、自分が傷つきたくないんだ。
それでも、彼女に笑っていて欲しいという矛盾を抱えている。
不器用な男だな。俺は。女子高校生一人さえ救えやしない、ダメな大人。
「雄勝さん」
名前を呼ぶ声が聞こえて、顔を上げる。
その瞬間に唇が塞がれた。それは柔らかくて、冷たい唇だった。
頬に触れる冷たい手が、天使に見えた。
全く、彼女はきっと何もわかってない。この先の険しさも、体験するであろう苦難も。
それでも、救われたのは俺の方だった。
「大学、卒業したらまた戻ってきますから」
彼女はようやく、久々に笑顔を咲かせた。
それでいい。
その笑顔に、俺は惚れてしまったのだ。
これから先、俺は戻ってこないかもしれない彼女を待つだろう。
今日の事は絶対に忘れない。
「それでは間も無く10時を迎えます! イルミネーションウィンクにご注目下さい!」
突然のアナウンスに驚きながらも、お互いのリアクションを見て笑い合う。
イルミネーションウィンクは22時と同時に、イルミネーションが全て消え、何秒間か真っ暗になった後に、一気にイルミネーションが再び灯るという演出だ。
「良い?」
もう、「何を」とは言わない。通じていると思ったから。
「……うん」
恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに頷く。
どうやら彼女も理解した様だ。
「10……9……8……」
カウントダウンが始まる。
俺は、彼女の肩に両手を置く。
彼女はそっと、目を閉じて顔を上げる。
「3……2……1……0!」
0と同時に辺りが暗くなる。
その瞬間に、優しく口と口が触れあう。
上手くできたかはわからない、それでも温かな、お互いのつながりを確かめるようなキスだった。
数秒間の暗闇に隠した口づけは、何だか二人しか知らない秘密のようで嬉しかった。
唇が離れると同時に、燦然と輝くイルミネーションが辺りを照らした。
お互いの顔が近くにあり、表情もよく見えてしまう。
恥じらいの笑顔で視線を逸らす。
「もうすぐ、クリスマスも終わりだね……」
「何言ってるんですか! 今日はイヴですよ、本当のクリスマスは明日です!」
「あぁ、確かに……」
先が見えていないのは俺の方かも知れないな。なんて思いながらも、まだ見ぬ未来に向かって祈るような願うような気持ちで冬の空を見上げた。
「あ! 雪! 雪ですよ! ほら!」
どうやら空を見上げていたのは俺だけではなかったようだ。
二人だけのクリスマスという魔法は、まだ解けない。
歳の差ハッピークリスマス!(前編) 芦ヶ波 風瀬分 @nekonoyozorani
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