特別な笑顔

華也(カヤ)

第1話

『特別な笑顔』



著・華也(カヤ)



時刻は18時45分。仕事終わり、学校帰りの人達の出入りが多い時間帯。

私はコンビニの店内で人を待っていた。立ち読みだけはなんか気がひけるので、カルピスとアーモンドチョコを買い、雑誌コーナーでファッション誌を読んでいた時、右ポケットに入っているスマホのバイブレーションがブブッと鳴る。

【あとすこしちく】

いつもの業務的なLINEを受け取った。恐らくは赤信号で車が止まっている隙に返事を打とうとしたが、青信号になってしまい急いで文字を打ち込んで送ったため、漢字変換がされていないのであろう。あと誤字も。【あと少しで着く】と打ちたかったのだろうと予想を立て、あとで弄ってやろうと企てる。

私はコンビニで、彼の迎えの車を待っている。


───────


【お疲れ様!】

【明日は休みなの?】

と彼の予定を知るために送ったLINEの返信が来たのは、18時を過ぎた辺り。私はお昼休みに返信できるようにと、彼もお昼休憩であろう時間に送ったというのに、一向に返事は返ってこない。それどころか、既読にもならない。

そんな、歳下の彼女に対して全く思いやりもない事にももう慣れた。

慣れるまでは、本当は私のことが好きじゃないのかな?遊びなのかな?と悩んだけれど、出会って1年も経てばさすがに私の脳内にある"彼の説明書"はまだ未完成ではあるものの、7割は完成している。

彼はとにかく面倒くさがり屋で、LINEの返信が遅い。通知を嫌って、仕事関係の人以外は通知をオフにしてしまっているほどに。まさかの彼女の私も通知オフ対象です。

LINEが来ていることは気づいてても、敢えて放置をして、あとで纏めて返信する事が多いので、私は彼が仕事が終わる時間帯になると、少しだけそわそわして、スマホと睨めっこをしている。唯一彼氏とのお揃いのスマホケースの柄を見ては少しだけニヤニヤとしている。

そんな年相応な感じです。ちなみに私は勿論通知オフなんてしてないから、彼の連絡にすぐ気付く。

【お疲れ。明日は休み。】

ようやく返信が来て、飛び跳ねて嬉しい感情をバッグやポケットにしまい込んで、いつものように返事を打つ。

【なら、いつものドライブ行きたい!】

すぐに既読になり、

【受験勉強はいいの?】

【たまには息抜きが必要なの!】

【…わかった。いつものコンビニに19時ね】

そう返信を貰ったのは、18時15分。早めにコンビニで待つとしても、あと約20分以内に準備をしないといけない事になる。女の子は出かける準備に何かと時間が掛かることを知っているだろうに、全く考慮してない時間指定。

【わかった!待ってる!】

と、用意していたように、すぐに返信をした。


───────


いや、もう慣れましたよ。

私は彼が明日休みだったのも知ってた。ドライブをokしてくれる事も知っていた。

だから、学校が終わった後に、すぐに髪を整えて、制服からデート用の私服に着替えて、軽く化粧をする。私は比較的薄化粧なので時間としてはそう掛からない。

あとは、彼からの返信に備えるだけ。

もし、明日は用事があると言われたら…と最初の頃は思っていたけど、彼は用事がある時の断りの返事だけは早い。

つまり、返事が遅いという事は、特に休みの日に用事がないということになる。

これも"彼の説明書"に書いてある。


───────


肩まで伸びている髪を後ろにやり、ヘアゴムで縛って、ポニーテールにしている私の頭の尻尾が少しだけ痛くない力加減で引っ張られた。

「お待たせ。飲み物買ってくるけど、なんかいる?」

一緒に会計するけど、と付け加えていう彼に、

「ううん。大丈夫!先に買ったから」

と、15分前に来て買ったカルピスとアーモンドチョコが入った袋を見せる。

相変わらず優しい気遣いをしてくれるけど、声になんの色気も感情もない。

「そう」と言い、自分用のいろはすを取りに行き、レジでタバコの番号を言い、いろはすとタバコの会計を済まし、商品を受け取る時に、作り笑顔で店員さんから受け取り、コンビニを後にする。

その後ろについて歩き、彼の車に向かう。


───────


彼の車の助手席に乗り込み、飲み物をセットして、スマホ以外の荷物が入ったバッグを後ろの席へと軽く放る。

彼の車と言っても、正確には彼の家の車。自分の車ではないらしい。

彼曰く、「高くて自分のは買えないよ」だそうだ。

若者の車離れは、結局お金の問題なのかもしれないと、ワイドショーのコメンテーターのコメントと同じ事を思ったのを覚えている。

彼の車は5人乗りの普通の乗用車。車種など分かるわけでもなく、彼も名前を覚えてないらしい。

色はグレー。新車のようにとても綺麗。彼や彼の家族が大切に乗っている事が伺える。

とにかく燃費が良いということ以外は、よくはわかってない私と彼。

そんな彼の車の中で、エンジンをかけ、ナビを起動させる。

「きょ・う・は・ど・こ・に・行こうかねえ」

とナビのボタンを押す動作と同じテンポで、自分と私に問いかけるように言う彼に

「海に行きたい!夜の海!」

と、如何にも子供の発想といったところの事を言ってみる。我ながらチョイスが本当に子供だ。いや、まだ子供ですけどね…。

「海…ねえ。行きたいのは山々だけど、帰り遅くなっちゃうでしょ?却下。それに夜ご飯まだでしょ?食べて行くんだから、それも考慮して…」

私はまだ学生。キチンとした門限は無くとも、帰りの時間が遅過ぎると、さすがに怒られるし、彼氏がいるのが暴露る。それは困る。特にお父さんには知られたくない。

絶対、外出禁止にされそう。そうなれば、彼とも会えなくなってしまう。

ただでさえ、受験勉強で遊んでる場合ではないのに、我慢できずに今日は息抜きなのだ。

「海はダメかー」

却下されるのはわかっていたけど、少し見たかったな。夜の海。季節外れの潮風にも当たってみたかった。

「冬で星が綺麗だから、少し山の方に行ってみようか?星も綺麗に見えるかも」

「じゃあそれで!」と私が言い切る前に、彼はナビで位置登録している場所をセレクトしてセットしていた。行き慣れてる場所なのかな?そんな事を思いつつ、コンビニで買ったアーモンドチョコの封を開ける。

「あそこは…まあ、大丈夫かな」

少し訝しげな表情をしながらも、彼は車をコンビニの駐車場から発車させた。

私は夜の道をお喋りしながらただドライブするだけでも充分だから、そんなに拘らなくていいんだよと心の中で思いながら、それをコンビニで買い、キャップを開けたカルピスと共に飲み込んだ。


───────


「まずは先に夜ご飯にしよう。だからそのチョコ食べるのは後でにしなさい」とアーモンドチョコを食べようとしているのをアッサリと止められ、通り道にあったファミレスに車を止め、店内へ入った。

次の日が土曜日ということもあり、店内は家族連れなどで賑わっていた。

幸い席は空いていて、店員さんに喫煙席か禁煙席か聞かれて、

「禁煙の席でお願いします」

と店員に告げる彼。

禁煙席に案内されたあと、オーダーが決まりましたら、ボタンを押してお呼びくださいと言うテンプレ接客用語を口にし、一礼してから店員はまたレジの方へ消えて行った。

お冷は自分で取りに行くタイプのファミレスだったので、ここは私がーと彼と2人分取りに行く。

まあ、どっちにしろドリンクバー頼むから水は要らないような気がするけどね。

お冷を2つ抱え、席に戻って、メニューを広げどれにしようか悩んでいる彼に、

「喫煙席でもよかったのに」

と一応言ってみる。

「煙たいし、服に匂いが移るでしょ?」

メニューのページをめくりながら、そう当たり前のように言ってくる。

彼はタバコを吸う。でも、私の前では絶対に吸わない。というか吸ったところを見たことがない。

匂いが移るとよくないからと。私個人としては、隣でくっついている時に、少しだけ彼の服から香るタバコの匂いは嫌いではなかった。むしろ好きかもしれない。それは彼が好きなのか、彼の匂いの一部だから好きなのか、私にはよく分かってない。

彼女の前ではタバコを吸わないスタンス、そういうところは凄く紳士だと思う。きっとそういう何気ない気遣いにも惹かれているのかもしれない。

門限を気にしたりするところも然り。

タバコを吸うのは、仕事のコミュニケーションのためだと言う。

「タバコミュニケーションだよ」と、いつもは何を考えているかわからない無表情な顔を少しだけドヤっとさせたてたのを思い出す。

時々、本当に時々、表情が変わる。

私以外の、コンビニの店員さんや、ファミレスの店員さんにはあんなに愛想笑みを振りまいているのに、少しくらいは私にも振り撒いてほしいものです。

いや、私にも愛想笑いを振りまいていた時もあった。

まだ、出会ったばかりの付き合ってない時だ。


───────


1年半前、私はある音楽に、バンドに熱中していた。RADWIMPS(ラッドウィンプス)という日本のロックバンド。

キッカケは日本で大ブームを巻き起こした、"君の名は。"という映画だった。

作品としてもとても面白く感動したのを覚えている。そして何よりも、映画を盛り上げていたのが、RADWIMPS通称RADの楽曲である。

夢灯籠、前前前世、スパークル、なんでもないや。

それらの楽曲が歌詞も曲としても、とても素敵で、私は映画を見終わった後、映画館を一緒に見に言っていた友人を引き連れ、近くのCDショップへ行き、"君の名は。"のアルバムCDをレジへ持って行ったのである。

今時の私達学生は、スマホの音楽聴き放題のアプリを使っていることが多く、CDなんて買わない。

買っても聴くための再生機器を持ち合わせていないなんて良くあること。

音楽はダウンロードがストリーミングの時代。

でも幸い、私の姉がCDコンポを持っていて、使っていないからと貸してくれた。ついでに、私のスマホのiPodにも曲を入れてくれた。こういう時だけ、邪険にしている姉に感謝したりする都合が良い話です。

外にいる時は、iPodで、部屋にいる時はCDコンポで。何回も何十回も聴いても飽きなかった。

そして、RADがライブをやることを友達が教えてくれた。絶対に"君の名は。"の曲をやるよとTwitterやネットでファンが盛り上がっていた。

私はどうしても行きたかったが、友人達はライブには興味がないと言うので、勇気を出してソロ参加することにした。

完全ににわかで、他の曲も全然知らないのに、怒られないかな…と変な不安を抱えながら、姉にチケットの取り方を教えてもらい、無事にチケットを購入した。

あとは当日を待つばかり。

そんな中、Twitterで

『今度のRADWIMPSのライブの時にファンで集まりませんか?』

というツイートが回ってきた。

『私はにわかですが、いいですか?』と送ってみたところ、『全然大丈夫ですよ!』と返事が返ってきた。

ファンの人と知り合えるんだ。嬉しいなあ。

そんなライブが楽しみで私は当日までをドキドキしながら過ごした。


───────


ライブ当日、

『ライブ後だと遅くなるので、始まる前にカフェやファミレスで集まってお話ししましょう。その後ライブ見て、終わったら外に集まって記念撮影しましょう。』

私はあまり好きではない電車移動だったが、ライブへの興奮でアドレナリンが分泌しているのか、全く意に介さず、あっという間に現地に着いてしまった。

勿論、iPodから流している曲は、RADの君の名は。楽曲だ。

かなり余裕を持って出発してしまったので、まだ私だけかと思ったら、既に物販に人が行列を作っていた。

100人、いや、200人以上もの大行列。

まだまだ時間があるというのに、そんなに欲しいのか。

私は物販はあまり興味がなかったので、並ばずにTwitterで集まるメンバーを待つ形になっていた。

発起人の人は、既に着いてはいるけれど、物販に並んでいるのでまだ集まれなさそうだと言う。

おそらく、あの大行列の中に埋もれているのであろう。

事前にTwitterで私のようにリプライを送り、集まる予定の人数は20人ほど。

けど、殆どが物販に足を運んでいるらしく、ライブ終わってから集まって軽く話して記念撮影しましょうという変更事項のDMが送られてきて、少しだけガッカリしたのと同時に少しホッとした。

人見知りでにわかファンなので、話せるか心配だったし、これで良かったのかな…と。

ライブ開始まで結構時間があった。時間を持て余してしまっている。仕方なく時間潰しで、Twitterの#RADWIMPSライブの入ったツイートを検索して見ると、たまたま見つけた、

『会場に着いたけど、凄い時間余ってる。ソロぼっちです』

というツイートを見つけた。私もソロぼっち。同じだという境遇から、

『私も同じくソロぼっちです(笑)ライブ始まるまで凄い時間余ってしまいました』

と送ってみた。すると、

『同じですね。よかったら時間まで会場外でお話して時間潰ししませんか?』

というお誘いだった。

元々、ファンの人と集まって話す予定だったから、ライブまで時間が潰せるのならと思い、でも私はにわかだから大丈夫だろうか?という心配あり、DMに切り替えて

『DMで失礼します。私は君の名は。から入ったにわかですけど大丈夫ですか?』

すぐにDMの返信が来て

『大丈夫です。私も君の名は。から入ったにわかなので(笑)』

それがきっかけで知り合った人が、私の彼氏になったのだ。


───────


ライブ後に興奮冷めやらぬ内に、会場外へ出て、Twitterの呼びかけで集まった、10代20代総勢24人の記念撮影とTwitterやLINE、SNSの交換合戦が始まった。

私達世代は、連絡先、ようはLINEなどの交換に抵抗がない。

親曰く、携帯がない時代や、ガラケーの時は異性との連絡先交換は、ある種1つのハードルだったという。

そういう概念がないので、なんの考えもなく交換してしまう。

でも、私は他の人と記念撮影はしたものの、すぐ帰らないといけないからと断りを入れて、駅の改札へ向かった。

「えー!少し喋ろうよ!」とか「LINE交換しようよ」という声が聞こえたが、時間が無いのでごめんなさい。あとでDM送ってください!と言い足早に去った。

理由はライブ会場スタートまで、一緒に話していた、同じにわかファンのあの人と一緒に帰る約束をしていたからだ。

ちゃっかりその人とだけはライブ前にLINEを交換していた。

【写真撮影終わりました。今から駅向かいます!どの辺にいますか?】

【お疲れ様です!改札前にいるのでわかると思います!】

【わかりました!】

今となっては懐かしい、彼のLINEのトークにエクスクラメーションマーク(ビックリマーク)がある。

彼を見つけると、改札を入り、同じ方向の電車に乗り、たまたま席が空いていたので、隣同士で座り興奮覚めやらぬライブの感想をお互いに熱く語っていた。

ライブ前に話していた時に、意外にも家が近かったり(電車で4駅くらいの距離)、同じくにわかで、他の曲をあまり知らなかったり、人見知りであったりと、共通点が多く、私は気付けば友達と話すような感覚で接していた。

彼はとても物腰の柔らかそうな笑顔と話し方で、なんでも話を聞いてくれるので、なんでも話してしまっていた。

優しく笑う人だなあ。そう思いながら自分の家の最寄駅まで話し込んでいた。

その時点で、私は彼の事が好きになっていたんだと思う。


───────


「好きです!付き合ってください!」

そう告白したのは、出会ってから3ヶ月が過ぎた頃。あれから何度か映画デートやカラオケデートなどを重ねて、ようやく勇気を振り絞って言えた言葉だった。

私は当時16歳。彼は21歳だった。

彼は少しだけ驚いた表情をしていたのを覚えている。デートしてたんだから、少しくらい察してもいいのに、鈍感なのかそういうつもりではなかったらしい。

なので返事が、

「君と俺は歳が少し離れてるけどいいの?」だった。

「勿論!よろしくお願いします!」

そう満面の笑みで言い終わると、笑顔で頷いて告白を受け入れてくれた。

そんな彼は今、運転席で笑みは無く無表情に運転をしている。

好きだからいいけど、慣れれば慣れるほど表情が動かなくなり、今に至る。

この人はロボットか何かか?猫型ロボットでも表情豊かなのに。

夜ご飯を食べ終わり、ドライブを再開していた。

「なんの曲かける?」という断りもなく、いつものRADの曲をランダムにかけ始める。

毎回聞かれては「RADの曲かけて!」と言っていたので、最早それが定番化していた。

私も彼もにわかだったが、ライブ後に彼はRADのアルバムを全て大人買いをしたと報告してくれた。

私も他の曲を聴いてみたかったので、彼の親が留守の隙を伺って、部屋に入り、パソコンに繋いでiPodに入れてもらった。

彼の部屋は如何にも普通の部屋で、机の上にパソコンがあり、少し大きめのテレビが置いてあり、横には本棚が。置いてある本は漫画に小説。メジャーどころでなさそうなタイトルが羅列している。

なんか、彼っぽい本棚。マイナーな漫画のチョイスも、本屋で平積みにされてなさそうな小説のチョイスもなんとなく彼っぽいと少しおかしくなった。

本棚にはDVDもあり、男性特有のAVやアイドルのDVDがあるのかな〜とタイトルを見るが、殆どが洋画のDVDだった。

知ってるタイトルもあれば、知らないタイトルもあり、

「映画好きなの?」と聞くと、少し嬉しそうに「うん」と頷いた。

そういえば、映画デートが多い気がしてたのは、そういう背景があったのね。また1つ彼のことが知れた。

他に別段面白いものはなく、ベッドがあり、綺麗に整頓されていた。

枕元の小さい棚には、読みかけの小説や漫画が積まれていた。

初めて彼の部屋に入った事で緊張と興奮で、何が何やら。さり気なくベッドに座ってみたり、彼が飲み物取ってくると言って部屋から出たあとに、ベッドに寝転がり、ここで寝てるのかあ〜と少し匂いを嗅いでみたり。とても恥ずかしい事をしてた。

そんな初々しい時期は去り、ある意味対等な関係になっているので、話し易さは増した気がした。

増すのと同時に、彼の表情もあまり動かなくなっていったけどね…。


───────


少しずつ車は街から外れた山道に入っていく。街灯が設置されている感覚が、どんどん先へ先へとなり、周りを見渡しても森、木しかない。

「あっ、この曲歌詞好きなんだよね〜!」

と車のスピーカーからランダム再生されてくる曲に対して反応を示す。

「有心論だね。なんか歌詞いいよね」

お互い未だに凄く詳しいわけではないけれど、有名どころの曲名は覚えつつあった。

私はコンビニで買ったアーモンドチョコを2つ手に取り、1つは自分の口に運び、もう1つは彼の口の前に持って行く。

運転中なので、こちらを見ないでチョコを口にして、「ありがと」と一言前方を見ながら言葉は私に向けて言う。

チョコを私と彼に交互に食べさせていくうちに、より深い闇の中へと車は進んでいた。1人であれば怖いが、隣に彼がいるので真っ暗だねという感想くらいしか出てこない。

彼がボソッと

「星、すげえな」

と言ったのを聞いて、私も窓から夜空を覗く。

満天の星空とはこのことなんだろう。

森の木々の間から見える夜空は、テレビや映画で見るのと変わらないほど綺麗で見とれてしまった。

すると、空気を読んだ彼が、ランダム再生を解除して、"君の名は。"の曲のスパークルを流した。

「凄い!タイミングばっちり!」

助手席に座っているのに、飛び跳ねてしまいそうになるくらい興奮をして、「さすがー!はい、ご褒美!」と彼にの口にチョコを1つ差し出す。

「夜空、星空といえばこの曲かけないとね」

と少し満足気な表情を浮かべて、私の差し出したチョコを咥えて食べた。

チョコが結構美味しかったのか、「もう一個」と催促をしてきた。

「どうしよっかなあ〜」と焦らしながらも、もう一つを彼の口に運ぶのであった。


───────


ナビが目的地に到着しましたとドライブの終わりを告げる。

少し広い駐車場のような場所に、彼が車を止める。

ナビを見ると、なんとかダムと書いてある。

「ダム?ここってダムなの?」

なんでここにしたのか、最初の段階で聞くべきことを到着してから聞いてみる。

「ダムって大きめのフリーな駐車場があって、周りも開けてるから、空が見やすいし、川の音も聞こえるから心地良くていいんだよね」

と、星空を手っ取り早く見るにはとても良い場所だと説明された。

確かに、街灯は全然無く、周りは森なのは変わらないが、ダム周辺は開けていて、見上げても邪魔をする木々や建物は皆無だ。

「さて、降りて星空でも眺めようか」

そう言うと、彼は車から出て、貴重品の財布とスマホ、免許証やSuicaが入った定期入れを持って外へ出た。

私も財布とスマホを手に取り外へ出る。

季節柄、当たり前だけど厚着をしていても少し冷える。

すると彼は、この辺で唯一の存在なのではないかと思われる、ポツンと設置してある自販機に向かい、2本飲み物を買って戻ってきた。

買ってきたのは、ホットココアだった。

手渡された時、少し熱いくらいの温もりがとても気持ち良く、頬に当てたりして、彼に抱きつきながら、ココアを飲み、心と体の温かさを直に感じていた。

彼が自分のスマホのiPodからイヤホンを外して、スパークルを少し音量を上げて流し、上を見てみなと私に空を指差しながら視線を誘導する。

「…………」

あまりにも私の家から見える星空とはかけ離れているほどに、星の数と光の強さと、月が照らし出す夜の世界に言葉を無くした。

「綺麗でしょ。結構ここ好きで星空だけ見に来るんだよね」

彼に抱きつきながら、温かいココアを飲み、スパークルが更にこの景色とシチュエーションを盛り立てる。

凄い綺麗以外の感想が出てこなかった。

冬の星空って、こんなにも多いんだね。

街明かりが多い場所だと、こんなに見えないもん。

今日は雲が全くなく、月は満月に近く、私と彼の影が長く伸びていた。

ホットココアの効果もあり、私の吐息は、真っ白の煙になり、この美しい星空へと向かって溶けていく。

それから彼は一言も声を上げることもなく、空を見つめてはココアを口にしていた。

曲が終わる直前で、ロマンチックかなと思い、おもむろに彼を正面から抱き寄せて唇を重ねた。

彼は不意を突かれて、驚いた表情と、少し恥ずかしいのか視線を逸らした。

少しだけ沈黙の後に、

「体が冷えるから、そろそろ戻ろうか」

と、彼が視線と表情を戻して私に言う。

彼は不意打ちに弱い。これは私の頭の中の彼の説明書に書いておこうと思った。


───────


星空は綺麗だったけど、やっぱり寒い。

足早に彼と手を繋ぎながら車に戻る。

顔や身体は冷えていたけど、繋いでいた手のひらと心だけは暖かかった。

車の中に入り、エンジンをかけ、すぐさま全開で暖房をかける。

温かい空気が車内を回る。

彼は私の自宅周辺にナビをセットして、私の方を見て

「それじゃあ、帰りま〜す」

と言ってハンドルを握った。

私はシートベルトをするために、少し視線を下に下げてしっかりと固定する。

「さあ、出発!」

と私が掛け声をかけた時、アドリブなのか、そうすると決めてたのかわからない、「あっ、そうだそうだ」とわざとらしい口調で言葉を発し、私の名前を呼んだ。

「なに?」

と返事をした瞬間に、少しだけ身を乗り出して、私にキスをしてくれた。

ちゃんとできるように頬に手を添えてしてくれた。

ほんの数秒の後に、私の唇から彼の唇が離れ、

「さっきのおかえし!」

とちょっと恥ずかしそうに笑った。

ああ、ダメだ。

好き過ぎて、抱き締めたくて堪らなかった。

彼は決して無表情ではない。慣れれば慣れるほど気を使わなくなるから、愛想笑いをしなくなるだけ。

私に気を許してるからこその、淡白な表情が多くなっているだけ。

店員さんや、仕事の人、その他の人に向けられる笑みではない、彼の素の本当の笑顔。

少し照れながら意地悪そうにする笑顔。

これを見れるのはきっと私だけなんだろうなと思えた。

特別な笑顔。私にだけ向けた特別な。

「…ずるいなあ……」

そう呟いて、私はここにまた一緒に来ようねと約束した。

きっと次は私の受験が終わってからだ。

勉強頑張ろう。

そして、またここで、星空を見上げながら、またあの特別な笑顔を見るんだ。





END

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