一夜目 揺り籠に揺られてみては如何でしょう

それは赤子の夢 

といっても 赤子というのはそれが何かというのはわかりません

ただ快か不快か それしかないのです

誰もが一度は思うでしょう 赤子の頃に戻りたかったと

それもそうでしょう 笑えば喜ばれ 泣けば世話を焼いてもらえる

至れり尽くせりの扱いです

しかし 赤子というのは思うより不便でございます

一人で歩けない 物を食べられない 話せない

そして何より とても無力でございます

赤子には赤子なりの幸せがありますでしょうが

果たして それは如何なものかと 私は思う次第でして

ああ こんな哲学的な話をしては 眠れるものも眠れませんな

いやはや 語り部というものは つい何でも語ってしまうもの

何も 物語を面白おかしく話すのが仕事ではございませんで

では ここからは私めの仕事をいたしましょう

さあさ お聞きくださいませ 今からあなたを赤子にしてみせましょう



ゆらりゆらりと揺れますは 小さな揺り籠 中には赤子

程よい揺れは心地よく 赤子の寝顔は健やかに

春の日差しは赤子の柔い肌を照らし そよ風が生え始めの髪を撫でます

母は何度も赤子の様子を伺い見るでしょう

泣いてはいまいか 変わったところはないか  

起きていたならば 笑っているのだろうか

母の甲斐甲斐しい世話により 赤子は今日も健やかに眠っている

ゆらゆら ゆらゆら 揺蕩って

夢だ現だ そんなことなどわからぬまま 

そうして 大きくなっていくのでございます

日差しも 風も ただ心地よいというだけを感じ

心地よいに囲まれて 赤子は眠るのでございます

心地よい 心地よい 何と心地よい

それは毛布か 風呂の湯か はたまた母の胸なのか

わからずとも 心地よい

識らないことを 咎める者などございません

何せ 赤子なのですから

ゆらゆら ゆらゆら 快い

揺り籠よ ゆらゆら ゆらゆら   

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今宵語るは 榊真夜 @sakamayo

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