テンプレよ!これがリアルな異世界召喚だ?

無虚無虚

第1話「テンプレよ!これがリアルな異世界召喚だ?」

 僕は平凡な男子高校生。何の取り柄もない、本当に平凡な高校生だった。

 インフルエンザで学校を休んで、自宅で寝ていた。眠れないので携帯ゲーム機で、布団の中で遊んでいた。

 何の予兆もなく、僕の部屋の中央に、いきなり魔方陣みたいな物が現れた。その中から、牛の頭をした人間が二人現れた。

「な、な、なんだ、おまえたちは!?」

 僕は思わず叫んだ。でも家には自分しかいない。叫んでも誰も来てくれない。乱暴なことをされると思った。ところが、牛頭二人は、うやうやしくひざまづいた。

「救世主様、お迎えに参りました」

「救世主? なんの事だ?」

 僕の声はうわずっていた。

「私たちは異世界から参りました。貴方は我が世界の救世主になる御方です」

『異世界』、『救世主』? 待て待て、確かに異世界チートものは好きだ。結構読むよ。でもそれを現実と取り違える中二病じゃないぞ!

「そんなわけないだろ! だいたいおかしいぞ。普通は主人公が死んだときに、神様がチートをくれて、異世界に転生させるものじゃないか。僕は死んでいないし、おまえたちは……」

 魔物みたいだ、と言いそうになったけど、なんとか喉の奥に呑み込んだ。

「では死んだら納得していただけますか」

 牛頭の一人が曲がった刀を鞘から抜いた。やっぱり危ない連中みたいだ。

「い、いやだ! 死にたくない!」

 牛頭たちが僕の両腕をつかんだ。

「いやだ! 助けてくれ!」

 僕は叫んだが、無理やり魔方陣の中に引きずり込まれた。


 次の瞬間、僕は見たこともない大広間にいた。目の前に凄く豪華そうな椅子に座った女性がいる。黒く長い髪で赤い瞳。ボディラインが見え見えのぴっちりした黒いドレスを着て、巨乳が存在感を主張している。かなりの美人だけど、耳の上から角が生えている。人間じゃない。周囲を見回すと、魔物としか思えない連中ばかりだ。

「救世主殿、手荒な真似をして申し訳ない。非礼は詫びる。だが緊急を要する状況なのだ」

 目の前の女性に言われた。

「あなたは誰ですか? ここはどこですか?」

「私は魔王だ。ここは魔界にある私の城だ」

 僕は逃げたくなったが、牛頭たちに両腕をつかまれていたので、何もできなかった。

「おまえたち、救世主殿を離せ」

 魔王に命じられて、牛頭たちは僕を離して、退しりぞいた。でも逃げ出せなかった。そんな真似をすればどうなるか、簡単に予想できた。

「私は貴方に危害を加えるつもりはない。そうでなければ、とっくにやっている」

 とっくにやっている! じゃあやられないためには、僕はどうすればいいんだ? とりあえず要求を聞こう。

「僕をどうするつもりですか? 僕に何をさせるつもりですか?」

 魔王は足を組み換えた。ドレスの裾が一瞬めくれて、中が見えそうになった。こんな状況なのに、一瞬ドキドキした。

「救世主殿に、この世界を救っていただきたい。私からのメッセージを書簡にしたためた。これを人間の王に届けてほしい」

 魔王は、羊皮紙らしいものを丸めて、何かの紋章みたいなスタンプを押した蝋で封をしたものを見せた。

「なんのメッセージですか?」

「和平交渉の申し込みだ。人間と魔族が国境を守り、どちらも相手の領地に侵入しない。そういう講和条約を結びたい」

 僕には意外だった。それを見透かしたように、魔王は話を続けた。

「人間は魔族を誤解している。魔族も人間と同じ知性を持った種族だ。損得勘定ができる。今の状況では和平が実現するのが、魔族にも人間にも利益になる」

 どういう事だろう? 魔族は本当に平和を望むのか? 今の状況がわからなければ、判断できない。

「今はどういう状況なんですか?」

「魔族の一部が人間の領地を侵略している」

 魔王は物憂げな顔をした。

「私の命令を待たずに、血気にはやった者たちが、勝手に人間の領地への侵略を始めた。そいつらは私が責任をもって処罰する。そうでなければ、魔族の統率がとれなくなる。魔王としての資質が疑われる」

 魔王はさらに憂鬱な表情をした。

「それに対し、人間の側では、伝説の勇者が現れた。私でも勝てるかどうかわからない強敵だ。人間は勇者を先頭に、魔界へ攻めてくるだろう。そうなれば、どちらも多大な犠牲者が出る。だが私を倒しても、別の者が魔王になるだけだ。魔王は地位であって、特定の個人ではない。人間はそこも誤解している。私は独裁者ではない」

 そう言われてみると、そうかもしれない。日本なら総理大臣みたいなものか? 魔族の社会にも、政治があっても不思議じゃない気がしてきた。

「人間は勇者がいるところでは、完全に勝てるだろう。だが勇者がいないところでは、ほぼ必ず負ける。勇者一人で国境の全てを守るのは不可能だ。果てしない戦争が続くだけだ。魔族と人間、どちらにとっても不毛な戦いになる。それは避けたい」

 魔王が言っていることは、もっともらしく聞こえた。僕は発言しようと思ったが、声の代わりにゴホゴホと咳が出た。

「救世主殿はお加減が悪いようだ。急いだ方がよい。魔族が書簡を持って行っても、書簡を渡す前に殺されるだろう。だが救世主殿は人間だ。王に書簡を届けられるだろう。それに救世主殿は、この城よりも人間の世界にいた方が安心できるのではないか? 講和条約が締結されれば、救世主殿を元の世界に戻す。約束しよう。見返りを希望するのなら、できる範囲なら、与えよう」

 魔王の城にいた僕は、魔王の要求を拒否できる立場じゃなかった。

「救世主殿の世界には、ぱふぱふという感謝の方法があるそうだな」

 拒否できる立場じゃないので、僕は魔王の巨乳にぱふぱふされた。その後、書簡を渡され、魔方陣で人間の世界に飛ばされた。


 僕はゴホゴホと咳をしながら、王様の城へ向かった。城に入ろうとしたら、門番の兵士に止められた。

「きさま、何者だ? なにをしに来た?」

「王様に手紙を届けに来ました」

 またゴホゴホと咳が出た。

 門番の兵士は、僕が持っていた書簡を見て、驚いた。

「おい、近衛兵長に伝えろ!」

 僕は全身を検査された。魔族じゃないか、武器を持っていないか、徹底的に調べられた。人間だと納得してくれた後、謁見の間に通された。

 王様らしい人は、手紙を読んでいた。

「和平交渉のために、十五日後に魔王本人が少数の護衛だけで来るだと! この手紙は本物なのか?」

 王様は大臣らしい人に訊いた。

「はい。調べさせましたが、紋章は魔王のものに間違いありません。呪いの類はかけられていませんでした」

 大臣はそう答えた。それを聞いた王様は、僕に質問した。

「魔王というのは、どのような奴だった?」

 王様は僕に訊いた。

「えーっと、人間の女性みたいに見えますが、耳の上から角が生えています。ゴホゴホ。髪は黒、目は赤、ぱふぱふできるくらいの巨乳でした。ゴホゴホ」

 大臣の隣にいた人が、本のページをめくっていた。その手が途中で止まった。

「陛下、ありました! かつての歴代の魔王の中には、それらしい者がいました」

 王様はそれを聞いて、考え込んだ。

「その者は魔王と考えてよさそうだな。勇者殿はどう思いますかな?」

 勇者らしい人は考えていた。

「信用はできませんが、会ってみる価値はあるでしょう。地の利はこちらにあります。仮にその場で魔王との決戦になっても、手間が省けるだけです」

 王様は様子を見る事にした。

 その翌日、侵略をしていた魔族が一方的に撤退したという報告が届いた。

 それを聞いた王様は、二週間後に来る魔王を待つことにした。

 僕がこの世界に来てから四日目、僕の周囲の人が咳をするようになった。


 そして手紙に書かれていた日、魔王は本当に来た。

 だが魔王を出迎える人間はいなかった。人間は一人残らず死んで、街や城には腐敗した臭気が漂っていた。

 僕だけは生き残っていた。インフルエンザは治っていた。僕を見つけた魔王は言った。

「救世主殿、よくやってくれた」

 僕は魔王のたくらみに気づいていた。

「みんなインフルエンザで死んだ! インフルエンザを流行らせるのが、目的だったんだ!」

 魔王は会心の笑みを浮かべた。

「その通り。この世界には本来はインフルエンザウィルスはない。だから人間には免疫がない。しかし、種族が違う魔族はインフルエンザに感染しない。実に簡単な理屈だ。異世界への移動など、簡単にできると思ったら大間違いだ。救世主殿も同じだ。全身の皮膚がただれて、血と膿がにじんでいる。顔色も悪い。さて、約束を果たそう。講和条約はもはや必要ないのだから。元の世界に戻そう。見返りは何を望むか?」

 僕の望みは一つしかなかった。

「病気を全部治してください」

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