続三国志演義III─通俗續後三國志後編─

作者 河東竹緒

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★★★ Excellent!!!

『三国志演義』という小説がある。おそらく、中国文学において世界で最も流通した作品であろう。

だが、その『三国志演義』は、現在、流通作品としての寿命を終え、ただの古典小説の一つになろうとしている。

なぜか?

『三国志演義』はただの歴史小説として軽く扱われ、より世界観が広がり、リアリティや人物としての幅が広がる正史『三国志』の方が本流として扱われるようになり、『三国志演義』はその正史『三国志』の添え物的なものに落ちてしまったのだ。

もちろん、小説・漫画・ゲームなどのメディアでは『三国志演義』の面白い話は生き続けている。しかし、仲の良い人たちならともかく、ネットで知らない人がいる場所で『三国志演義』やそれを元にした小説・漫画だけを題材にして歴史の英雄談義を語ることはもう難しい。正史『三国志』の話を振られ、『三国志演義』を語るのを正して正史の理解に話題を変えようという人間に修正を要求されることもある。

もう、同じ趣味の人と、気楽に『三国志演義』を語ることは難しくなっている。これは三十年ほど前からの三国志ブームからの傾向で、もうその流れは変わることはできない。あの牧歌的な時代はもう戻ってこない。

だが、そんな時代にその『三国志演義』を愛してやまず、劉備陣営の蜀の勝利を願った人たちの思いの結晶の翻訳が完成するのは、象徴的なことである。

この原作となる『三国志後伝』は145回と『三国志演義』よりも長い。しかも、わざわざ『三国志平話』であるような劉備の子孫の逆転大勝利で終わらせていいところを、滅亡に至った蜀漢ですら描写されなかった新たな漢の腐敗まで描かれている。

ここに、『三国志後伝』作者の深い『三国志演義』愛を感じることができる。『三国志演義』はただの小説ではない、中国文学には珍しい歴史に強く拘束された固い歴史小説なのだ。いかに、途中で小説としての面白い前提を設定しても… 続きを読む