第三十七回 靳準は偽って石勒に降らんと欲す
復讐に燃える
しばらくその地に軍勢を留め、
「
斥候の報せを受けると、劉曜は怒って言う。
「先に洛陽で
▼「軍旗に血塗る」とは、当時、戦にあたって軍旗や軍鼓に殺した捕虜の血を塗って祭る慣習があったことによる。
それを聞いた
「李矩は必ずや
劉曜はその言葉に従い、軍勢を赤壁に留めて動かない。
※
劉曜の軍中に
▼「裨将」は副将、部隊長ほどの意味に解すればよい。
「帝はすでに
鄭雄は遊子遠と
「先帝は
「即位は時機尚早であろう。今は逆賊を平定する軍中にある。その最中に議論すべきことではあるまい」
「長安を発していまだ平陽に到っておらず、靳準を討ち果たして仇にも報いておらぬ。にわかに尊号を称しては、世人に哂われよう」
劉曜も
「王は創業の主ではございますまい。創業する者は勇み足で民が服さぬこともありましょう。それゆえに尊号を称するにあたって慎重を期さねばならぬのです。しかし、漢はすでに二代の帝を経ており、帝が弑虐されて正統が失われているのです。それならば、王はまず大漢の業を継ぐことを明かにされ、その後に逆賊を誅殺されるのが筋道というものです。名分はともに正しく、世人が疑う余地もございません」
鄭雄の議論に駁する者はなく、劉曜は吉日を選んで赤壁の軍営で即位の礼を行い、年号を改めることとした。
※
「靳準は劉氏を滅ぼして自らは
▼「靳準が名乗る統漢の二字を避けられる」は、『後傳』では「其の統滅の二字を諱むなり」として『通俗』も同様であるが、意味を解しがたい。冒頭に靳準が統漢将軍を名乗っていると言及しているところから、避けるべきは「統漢」の二字と介して訳した。
「
劉曜は進言に従い、国号を趙に改めることとした。
「尊号を称されるには時機尚早です。ましてや国号を改めるなどなりません。
関心、
「陛下の英雄は先帝に勝ります。豪傑が自ら立つにあたり、どうして区区として前者の轍を気にしましょうか」
それを聞いた劉曜はついに袂を払って叫んだ。
「常々漢の国号を称しても国運が短いことを嫌っておった。先に蜀に帝位を称して今は平陽に拠るが、いずれも短命に終わろうとしておる。どうして漢の国号に拘る必要があろうか」
ついに劉曜は大趙の皇帝と称して年号を
※
帝位に即いた劉曜の詔を一読した石勒は喜ばず、襄國に人を遣わして
この時、張賓は漢の滅亡を深く悼んで食が進まず、従軍に堪える体ではなかったため、家にあって漢帝の霊を祀っていた。しかし、石勒の軍勢が滞留して平陽に進んでいないと知ると、車に載って石勒の軍勢に馳せ向かう。
「老臣は家にあって喪に服しておりましたが、聞くところ、将軍は逆賊の討伐を怠っておられるとか。それゆえ、病身ではあれども軍勢に従って犬馬の労を致し、先帝の恩に報いたく存じます」
軍営に姿を現した張賓がそう言うと、石勒は詫びて言う。
「すみやかに平陽に入って逆賊を滅ぼそうと思わぬわけではないのだ。
「趙王に封じられるならば吉兆というもの、受けられればよい。先に『石姓を趙姓に改められるには及びません。いずれ国を建てた際に趙と名乗ればよいのです』と申し上げておりました。劉曜が将軍を趙王に封じたのは天意というものです」
石勒はその言に従って封爵を受け、使者に篤く
※
「劉曜の封爵を受けては命に従うよりなくなる。果たして志を得られようか」
石勒が不満げに問うと、張賓は言う。
「劉永明は匹夫に過ぎません。勇を恃んで人に
「それならば、軍勢を襄國に返すべきであろうか」
「それはなりません。吾らは父祖より漢の禄を食んだ身です。劉曜の行いのために恩を捨てて義を忘れてはならぬのです。ただ、すぐに進んではなりません。劉曜に使われて敵の精鋭にあたるより、その遣り様を見つつゆるやかに進むべきです。劉曜が平陽に向かうならば、吾らも長駆して向かわねばなりません。公事に勤しめば、大義は吾らより離れぬものです」
「しばらくはこの地に軍勢を留めるとするか」
「いや、まずは平陽の近郊まで軍勢を進めます。逆賊を討つと宣言した上で周辺の郡縣を取り込み、人心の向背を測るのです。漢の徳を忘れていなければ、人々は争って従いましょう。その時には、ただちに軍勢を進めて平陽を落とし、逆賊を滅ぼして莫大の勲功を建てるのです。その上で、劉曜の出方を探れば吾らは有利な立場にいられます。しかし、人心が漢より離れて人が従わなければ、平陽は易々とは落とせません。その際には、長安と青州の軍勢を待って一斉に攻めるべきです。さすれば、無用の害を受けずして義を果たせましょう」
石勒はその言に従い、軍勢を平陽の境まで進める。そこで近隣の郡縣に高札を掲げて言う。
「吾は三十万の大軍を率い、趙王は関中の精鋭二十万、曹都督(
それより十日を過ぎず、石勒の軍に加わる者と近隣の郡縣で従う者がそれぞれえ四、五万人もあった。それを知ると、石勒は漢の
▼劉邦は
それより近隣に檄文を飛ばし、日を定めて平陽を攻めると宣言した。檄文を受けた近隣の者たちは兵や糧秣を送り、石勒の軍勢は日に日に膨れ上がっていく。その一方、人を平陽に遣わして靳準に投降を呼びかけることも忘れてはいない。
※
石勒の軍勢が近隣を従えたと知り、靳準は懼れて衆人に進退を諮った。
「劉曜の軍勢は李矩に阻まれたものの、石勒の軍勢が近郊まで迫っている。これは張賓の計略によるものであろう。このまま戦となっては到底勝ち目はない」
▼「金吾将軍」という官はない。
「
「それがもっとも恐ろしい。矛を逆しまにして吾らを攻める者さえ現れよう。石勒に和を求めて軍勢を引かせ、身の安全を保たねばならぬ。しかし、石勒が受け入れるかは判じがたい。能弁の士を遣わして成功するかどうかであろう」
秦璉の副官を務める
「臣が皇帝の
靳準は書状を
この靳準は
図らずも、
これは
これらの事情を
謹んで喬泰に皇帝が用いる御物を与えて明公に奉げます。日を選んで帝位に
帝位という大器は某が妄りに望むところではございません。
千回も
石勒はその書状を読むと、靳準に推戴されて帝位に即くか否かを張賓に諮った。
「なりません。士民が将軍に従っているのは、漢の仇に報いるという名分に従っているのです。帝位に即かれれば、やはり私心であったかと見限られ、民心は変じましょう。大事を行う者はすべて民心に拠ります。靳準の妄言に従っては、士民は将軍の行いを嫌いましょう。属国になるなど馬鹿馬鹿しい。百戦して平陽を落としても構わぬのです。しかし、逆賊を許して大事業など成せましょうや。必ず、逆賊を誅殺して罪を正し、世人の戒めとせねばなりません。それが道理というものです」
石勒はその言に従い、喬泰を捕らえると劉曜の許に送り届けたことであった。
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