第三十六回 黄良卿は乱を石勒に告ぐ
「先に主上は朝廷に入るよう遺命されたが、吾らは他事に
そう言うところ、外より報せがあって
石勒が愕いて問う。
「黄良卿ではないか。何ゆえに喪服を着ているのか」
黄命は走り寄るとその手を執って言う。
「不幸にも劉氏は
周囲にいる者たちはそれを聞いて慟哭する。
「漢のために尽力し、万死に一生を得て少しく功業を建てたというのに、今やそれも虚しくなるとは」
みなが哀しむなか、高齢となった張賓は衝撃のあまりに昏倒する。石勒は助け起こして言う。
「吾と
張賓と弟の
※
石勒が張賓を召して進退を諮ろうと思うところ、
「
「それは吾が願いでもある。しかし、兵が少なければ平陽の大軍に勝てず、多ければ背後を
石勒の懸念に王震が言う。
「兵の半ばを留めて
それを聞いた孔萇が駁する。
「そう簡単にはいかぬ。数十万の軍勢があるものの、吾らは四方を敵に囲まれているのだ。北には
王伏都が割って入る。
「孔世魯の言うとおり、周囲は敵ばかりである。しかして、漢の滅亡を座視しているわけにもいかぬ。ここは張右侯に諮るべきであろう」
そう言い終わらぬうちに、張賓が姿を現した。声高に言う。
「仇に報いて国の恥を雪がず、紛々と議論だけしているとは何事か」
「まさにそのことを論じていたのです。すぐにでも兵を挙げて平陽に向かうべきという者もあり、妄りに動いては根本の虚を突かれかねぬという者もあり、それぞれに意見が異なります。そのため、右侯のご意見を伺いたく」
王伏都の言葉を黙殺し、張賓は石勒に問う。
「将軍の存念はいかがか」
「晋の軍勢など物の数にも入らぬ。ただ、曹嶷は漢主に討伐を上奏した吾を深く怨んでいよう。隙を見せれば必ずや噛み付いてくる。出兵を躊躇せざるを得ぬ」
「かつて将軍には立錐の地もなく、東奔西走して劉氏の信任を得られた。それより将兵を得て今日の勲功を建てられた。この場にいる一人として漢の禄を食まない者はおりません。どうして国恩に背いて人を従えられましょう。劉氏の不幸を知って報復を志さぬ者はおりますまい。ましてや、この期に及んで難を避け、躊躇して兵を出さなければ劉氏と趙氏の情誼を捨てたも同然です。しかし、曹嶷は漢の臣であっても油断はできません。書状を送って逆賊を討ち滅ぼすために兵を出すよう求めるのです。求めに従うならば疑うに及ばず、断るならば趙王の命と偽って背信を責め、先に青州を平らげればよいだけのこと。その後に平陽に出兵すればよい。懸念するにも及びません」
「右侯の言うとおりである。能弁の士を選んで青州に遣わし、あわせてその動静を探らせよう。無用の疑いを招かずにやりおおせる者は誰がいようか」
「王子春であれば、能弁にして臨機に処せましょう」
議論は決死、石勒は書状を認めると、王子春に与えて青州に向かわせた。
※
青州にある曹嶷は、すでに靳準と通じている。その靳準からの出兵を求める書状を読むと、衆人に言った。
「石勒はこの青州を併呑せんと企ててやがる。だから靳準の野郎と結んだわけだが、こんだけの大事になっちまうと先に結んだとはいえ靳準に与するわけにゃあいかねえな。そのうち、長安の劉曜がこっちにも出兵するよう求めてくるだろうぜ。そん時に兵を出しゃあいいことよ」
「一理あります。ここは時勢を観望するのが上策でしょう」
そこに襄國から遣わされた王子春が到着した。迎え入れれば、石勒の書状を呈して言う。
「吾が主の
「俺も靳準のことは聞いたぜ。ちょうど平陽に向かう相談をしていたところだ。とはいえ、一人で平陽に向かっても必勝は期しがてえ。お前が来たのは渡りに船ってもんだ。ご苦労だったな。賓館で休んでてくれや。その間に相談して事を決めておくぜ」
王子春が退くと、
「劉曜は各地の軍勢を合わせて靳準を滅ぼすつもりだぜ。しかし、石勒の使者が先に来るとはな。ここで兵を出すか。長安からの使者を待つか。どうしたもんかな」
「石勒が使者を遣わしたのは、吾らに背後を襲われることを懼れたためでしょう。使者ではあっても吾らの動静を探る間諜でもあるのです。その後に出兵するかを決めるつもりでしょう。吾らが平陽に向かわぬ理由も、同じく石勒を懼れるがため。彼が平陽に向かうというなら、約に応じるのが上策です。この約を拒めば、石勒は平陽に向かわず、まずはこの青州を平らげようとするでしょう。そうなると、進退に窮することとなります。約に応じて平陽に向かわせれば、吾らはひとまず害を避けられます。王子春には、吾らの先鋒はすでにこの地を発っており、吾らも留守を定めた後に平陽に向かうとでも言えばよいのです。その後は座して天下の形勢を観望すればよろしいでしょう」
「まあ、そんなところか」
曹嶷はその言に従い、夏國卿に三万の軍勢を与えて出兵させ、約に応じる旨を王子春を伝えた。
「返書も認めておいたぜ。ご苦労だが石将軍に渡してくれや。見ての通り、先鋒はすでに出発した。俺も準備が整い次第に平陽に向かう。逆賊を平定できるかは采配次第、平陽の軍勢は靳準に従い、数も少なくはねえ。石将軍がみずからあたらねえと難しいだろうぜ。後顧の憂えがないよう、襄國には精鋭と勇将を残すよう伝えてくれや」
王子春は曹嶷の返書とともに襄國に還り、石勒に復命する。
「それならば、後顧の憂えなく平陽に向かえるというものだ」
石勒は十五万の軍勢を発し、
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