第三十四回 靳準は自立して王延を戮す

 靳準きんじゅんを殺そうとした関山かんざんnの屍は平陽へいようの市に晒されることとなった。

「屍を切り刻んで見せしめとする方がよいのではないですか」

 靳術きんじゅつが勧めると靳準は言う。

「それはならぬ。関山は忠臣である。民にはその屍を見せて吾に背かぬよう戒められればよい。晒した後は葬らねばならぬ。屍を収めて葬ろうとする者があっても阻んではならぬ」

 関山と約していた孔延壽こうえんじゅは関山の屍を納め、後日、二人の僮僕は遺灰を関防かんぼう関謹かんきんが眠る関氏の墳墓に葬った。

 

 ※

 

「関山を討ち取りましたが、関心と関河はまだ解にあります。このことを知れば、必ずや兵を集めて仇に報いようとするでしょう。先手を打たねばなりません」

 靳術がそう言うと、靳準は人を遣わして様子を探らせる。すでに関心と関河は家を引き払って蜀に去った後であった。

「関氏の者たちは蜀に去り、憂えるには及ばぬ。平陽には諸葛しょかつ丞相じょうしょう諸葛宣于しかつせんう)、呼延寔こえんしょく黄臣こうしんの兄弟が残っておる。これらの者たちが禍根となりかねぬ。試みに召し出し、除けるものであれば先に除いて禍根を断つべきであろう」

 靳準がそう言うと、配下の者が報せて言う。

「諸葛丞相はすでに亡くなられ、子の諸葛武しょかつぶは霊柩を奉じていずこともなく去ったそうです。呼延寔は遊光遠ゆうこうえんとともに平陽から逃げ出しております。黄良卿こうりょうけい(黄臣、良卿は字)のみは金龍池の畔に暮らしております」

 靳準の命により黄臣の許に人が遣わされた。

「吾が弟は半年ほど前に家眷とともに蜀に向かった。吾は老病のために同行できず、子の龍瑞りゅうずいを代わりに行かせた。吾は平陽にて死期の訪れを待ち、先帝の陵墓を守るのみである。半月ほど前に諸王の骸骨を収めて葬ったが、それより体調が優れず家を出られぬ。すみやかに始安王しあんおう劉曜りゅうよう)を帝位に迎えれば、上党公じょうとうこう石勒せきろく)と張孟孫ちょうもうそん張賓ちょうひん、孟孫は字)が攻め寄せてくることもあるまい。吾の命は旦夕にあり、朝廷に入って大事を諮れぬ。このことを熟慮されるよう、丞相に申し上げよ」

 黄臣は使者にそう語り、靳準はそれが偽りであると覚らず、腹心の者たちに言う。

「もはや平陽に敵する者はない。自立する時である」

「大事はすでに定まりました。すみやかに百官を職に任じて根本を固め、外敵を防ぐべきです」

 王沈おうちんが勧めると、靳準はその言葉に従うこととした。

 靳術を録尚書事ろくしょうしょじに任じて国政を掌らせ、毛勤もうきん孟漢もうかんに禁衛兵を率いさせ、丘麻きゅうま方寔ほうしょくに平陽の軍勢を委ねる。さらに、靳明を大司馬だいしばとして内外の軍権を与え、王沈を司礼監しれいかんに任じて詔を掌らせた。また、靳康きんこう侍中じちゅうに任じて国家の財政を握らせる。

 娘の月華げつかを上皇太后として御簾みすのうちで政事を執らせ、漢の百官の異論を防ぐ。ついで、年号を紹平しょうへいと改め、自らは皇帝が身につける冕旒べんりゅうを被って百官の朝見を受けた。

 それより漢の旧臣で劉聰りゅうそう劉燦りゅうさんを諫言して退けられた者たちを用いようとしたが、従う者には官職を授け、拒む者は刑戮した。これにより十数人が殺されて四、五人が官職を受けることとなった。

 

 ※

 

 先に光祿大夫の官にあった王延おうえんという者がある。靳準と王沈を退けるよう劉聰に勧めて容れられず、ついに面と向かって靳準を弾劾して退けられた。今は平陽の私邸に暮らしている。

 靳準は王延が忠義にして才に優れていると知っており、害を加えるに忍びず三度も人を遣わして官に就くよう勧めさせた。やむを得ず、ついに王延は入朝して靳準に見える。

「二度も人を遣わしたにも関わらず、これまで顧みなかった。王公は不安を感じているのか。先に官職を削ったのは先帝の命であり、吾は悪感情を持っておらぬ。それゆえに朝廷に召し出して官に任じようとしておる」

「官職を受けるつもりはございません。丞相は下官げかんに一秩を与えて直言を称揚されようとしているに過ぎますまい。漢の禄を受けて齢は六十になり、どうして今さら国恩に背けましょう。ゆえに、官職は辞して田野に余年を送り、この生を終えたく存じます」

「王公は漢の恩を思われるが、吾もいささかの恩を施したいと考えておる。官職を拒むなど許されぬ」

「人にはそれぞれに志がありましょう。吾は漢の臣であり、その漢はすでに滅びました。理においては殉じて死ぬべきところであり、再び官職に就いて後世の謗りなど受けられませぬ」

「お前は死をもって吾を脅すつもりか。吾は恩によって先の罪を許そうとしているにも関わらず、お前は吾を蔑ろにしておる。無知も甚だしい」

 怒った靳準は兵に王延を斬るよう命じた。

「死は願うところ、望まぬ生など願い下げだ。殺した後に吾が左目を西陽門せいようもんに掛けよ。それで趙王ちょうおう(劉曜)の入城を見られよう。右目は建春門けんしゅんもんに掛けよ。それで石世龍と張孟孫の到来を見られよう」

 王延は言い終えると、頸を引いて刑を受けた。

 執行した者が内に入ってその言葉を告げると、靳準は懼れて李矩りく祖逖そてきに人を遣わして言った。

劉淵りゅうえんは夷狄の身でありながら、中原を侵して洛陽を破り、二帝を幽閉して死に追いやった。天人はともにその行いを怒っております。吾は今、天人の怒りに従ってその一族を根絶し、大義を述べて晋室の恥を雪ぎました。ただ、二帝の霊柩は平陽にあり、送ろうにも送れません。臣たる者が先帝の霊柩を打ち棄ててはおけますまい。この書状を見られれば、すみやかに軍勢を発して霊柩を引き取りに参られよ」

 李矩と祖逖はその書状を得ても軍勢を送らず、江東にある晋帝の司馬睿しばえいに報じた。その命令を受けてから動こうとしたのである。

 晋帝は大いに喜び、太常卿たいじょうけい韓胤かんいんを祖逖の許に遣わし、蘇峻そしゅんの軍勢を動かして石勒の軍勢を進ませぬよう命じる。さらに、二帝の霊柩を迎えるべく、鄧攸とうゆうを河北に遣わしたことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る