第三十二回 靳準は漢を滅ぼして平陽を乱す
漢主の
この時、軍国の大事は
密かに腹心の
「漢主は不道にして太后は人倫に
靳準の言葉に毛勤と孟漢が応じる。
「
それより、翌日に迫る
その際、一人たりとも生き延びさせぬよう厳命した。
※
翌日、靳準は遊光遠と
この時、東宮の護衛は
「ここは禁門である。お前たちは何者か。
二人が一喝すると、靳明が応じる。
「お前たちは宮中で変事が起こっておると知らぬのか」
その言葉に狼狽するところ、葉聚は早くも毛勤に斬り伏せられる。龔通が叫んだ。
「変事とはお前たちの叛乱であろう。すみやかにこれらの者どもを
その声に応じて禁衛兵が攻めかかり、龔通も大刀を振るって宮中に入ろうとする賊徒を斬り殺す。この時、門を守る兵は三千に及ばず、攻めかかる五千の精兵に及ぶべくもない。
力戦する龔通であったが、靳明の一刀を浴びると、乱兵に突き殺された。龔通の戦死により禁衛の兵は乱れたち、城門の内に逃げ去っていく。
※
靳明が逃げる兵を追って宮中に入ると、宦官の
「お前たちは何ゆえにこのような無礼を働くのか」
言い終わる前に兵士に打ち倒され、続々と後に続く兵によって踏み殺された。兵士たちは宮中の諸門を破って奥へと踏み込んでいく。
漢主の劉燦は叛乱を知ると
「何故かは分からぬが、宮中に賊徒が攻め込んでおる。勢いは凄まじく、それゆえに朕はこの楼上に逃れたのだ」
「吾が父を呼んで賊徒を取り押さえさせましょう」
月華の言葉に劉燦が叫び返す。
「そうしようにも朕の命を伝える者がおらぬ」
しばらくすると、兵士たちが翠華楼に踏み込んできた。
「お前たちは敢えて天子を冒すつもりか」
「無道の君を捕らえよとの丞相のご命令です」
ついに靳準の差し金と知り、劉燦は月華を指さして罵る。
「お前たち父子は恩を忘れて義に背き、讒言して二王を害したのもこのためであったか。朕の命を容易く奪えると思うな。朕の身に万一のことがあれば、大漢の臣宰たちが黙ってはおらぬ。必ずやお前たちを許すまい」
「無道にも先君の定めた皇后を犯して
月華の命を受け、靳明は漢主を捕らえると諸々の
※
靳術は宮中の叛乱が成功したと知り、軍勢を率いて丞相府に向かう。
「百官どもを宮中に
靳術は靳準にそう言うと、変事があったと偽って百官を宮中に召し入れる。宮中に入れば庭を囲むように靳明が率いる兵士が居並び、堂上の
「劉燦は無道にも妾らを穢さんとし、
靳準が進み出て言う。
「皇太后はしばらく後宮に戻られ、吾らの議論をお待ち下さい」
二人の遣り取りを傍らより聞いていた遊光遠が色をなす。
「聖上はどこにおられるのか。すみやかにお会いせねばならぬ」
「
靳術の言葉を聞くと、遊光遠は駆け出した。百官がその後に続こうとすると、靳明に従う兵士が剣を抜いて止める。
「劉燦は己の無道のために殺された。お前たちが行ったところで無益であろう。それよりも大議を定めねばならぬ」
靳明はそう言い、百官は害されるかと怖れて足を止めた。靳準が言う。
「遊大夫はおられぬが、みなの高見を伺おう」
「すでに丞相が天意に従って行われたこと、ただそのお言葉に従うのみです。
百官は畏れてそう言い、靳準が言葉を継ぐ。
「吾は
その意図を知ったものの、百官のいずれも命を惜しんで答えない。靳術が進み出て言う。
「始安王は勇猛ですが殺戮を好みます。丞相は劉氏の老若を問わず誅殺されました。この仇は海より深く、山より重いもの、劉氏を再び帝位に迎えれば一門を滅ぼされるのみです」
「それならば、誰を帝位に迎えるべきか」
靳準が問うと、王沈、
「今の朝廷にある者を観るに、帝位に即くべき者は丞相を措いて他におりません。それでこそ、百官も従うというものです」
その言葉を聞くと、靳準は己を偽って謙退し、百官に有徳の者を薦めるよう命じる。ここで余人の名を挙げれば必ずや害されると怖れ、百官は平伏して言った。
「丞相はすでに朝政を執られる身、ただ丞相の決定に従います」
靳準はついに大将軍、
※
劉燦の遺体に哭した遊光遠は、靳準に会いもせず私邸に帰り、変事を報せるべく諸葛宣于の許に逃れた。子の
「このような夜半に来られるとは、何事かがございましたか」
「にわかにお話できるような小事ではない。まずは丞相にお会いしたい」
二人は諸葛宣于が休む部屋に入り、椅子に座る。諸葛宣于は床に就いていた。
「靳準と王沈が叛乱して老若を問わず劉氏を殺戮し、あわせて三百人が殺されました。靳準は統漢天王と自称し、国政を私するつもりです」
諸葛宣于が言う。
「この二日ほど、心神が安からず夜も眠れなかった。このような事態に立ち至るであろうと予想はしておったが。吾らは家を捨てて劉氏を支え、いささかの功業を建てて永く富貴を得られると思っておった。一旦に賊徒が劉氏を滅ぼして吾らの労を無に帰してしまったか。吾はすでに年老い、この逆賊を討ち滅ぼせぬ。このままでは往時の労苦もすべて水泡に帰そう。もはや取り返しがつかぬ」
そう言うと、一声嘆いて倒れ臥す。諸葛武が駆け寄ると、もはや脈もない。
「丞相を擁して逆賊を滅ぼそうと考えておったのに。天は漢室を見捨てられたのか」
遊光遠は大哭し、その声を聞いた家族も駆けつける。諸葛宣于の死を覚り、一家の者たちは残らず哭声を挙げた。
「吾はもはや生きられぬ。平陽は必ずや廃墟となろう。お前たちは吾の霊柩を奉じて
諸葛宣于は諸葛武にそう言うと、遊光遠を見て言う。
「吾はもはや国家に報いることはできぬ。後事は公に託するよりない」
そう言い終ると、ついに諸葛宣于は世を去った。遊光遠はその屍に再拝して嘆く。
「漢の仇をどうすればよいのか。誰がよく逆賊を滅ぼせよう」
「この平陽は靳準に従う者ばかりです。一人、二人では逆賊を滅ぼせません。公に忠義の心があり、先帝の厚恩を忘れておられぬならば、長安に逃れて始安王に報せ、挙兵して逆賊を滅ぼすのが上策です。吾らはお力にはなれません。ただ霊柩とともにこの地を離れるのみです」
諸葛武はそう言い、遊光遠は長安に向かうべく諸葛宣于の府を辞した。密かに城門を出ようとすれば、折から呼延寔と行き会った。呼延寔も平陽を捨てて逃れようとしていたのである。
二人はともに夜陰に乗じて平陽を出て、長安に向かった。
靳準は遊光遠が平陽を去ったと知り、必ずや劉曜に降って報復に出ると考えた。毛勤、孟漢、丘麻、方寔に命じて
この時、いずれも棺も破って火をかけられたが、皇太弟の
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